無題迷話
弐章 第七話 下





 現実は苦い。そして甘い。
 まるでビターチョコレートである。
 琉都は今、それをまさに噛み締めていた。
 何故そう思うのかと言うと、事はレイが最後の扉をアンロックした瞬間にまで遡る。


 レイが扉をアンロックした瞬間、扉は誰も居ないのに自動で開いた(元々自動扉なのだが)。
 そして琉都がまず目にしたのは、自分などより数十段男前な、20代後半に差し掛かろうかという年に見える男だった。
 髪はレイの左目よりも白い白銀で、目は琥珀色。クシェウと同じ髪型をしていた。何か近寄り難い雰囲気を醸し出しており、琉都は思わずヘッドギアを固定し直す。
???  「レイ少尉?」
 声に反応したレイは、もはや脊髄反射ではないかと思うほどの速度と正確さで敬礼する。
レイ   「何でしょうか、バルド=クラウダ大将どの──いえ、司令官どの。」
 司令官なのか、と琉都は無重力なりに精一杯敬礼をする。二等兵ならばこう動くだろう、と思って行った事だ。
バルド  「何故、ここに二等兵が居るのかね?」
レイ   「彼は技術者で、実際にテストランを行ってくれるそうです。」
バルド  「そうなのかね?」
 ぎろり、と睨み付けるように琉都を見つめるバルド。彼にしてみれば普通に見ただけだが、その視線には不正を暴き出すような不思議さがあった。
 琉都は思わず「俺はスパイだ」と言いそうになるのを堪え、その通りであります、と答える。
バルド  「そうか。 わかった、では彼を准尉階級に昇進させておこう。レイ少尉、彼の名前は?」
 思い出すのに丁度いい程度の時間をかけ、レイは琉都の偽名を考える。
レイ   「アハト・ラッシュ二等兵ですが。」
バルド  「ほう、ルテレ出身の機奏英雄だったか。いや愉快な事だな。」
 そう言うとバルドは技師長に何事か指示を出し、無重力空間を去っていく。その去り際。
バルド  「アハト君。クシェウによろしく伝えておいてくれ。」
 と囁いて行った。
 琉都は一応は了解するが、顔では素知らぬ振りをしようと勤めていた。


 回想終了。
 琉都はいきなり最高司令官に出会った訳だが、幸運か不幸か見逃してもらえたようだった。
 しかしそのせいで今、レイと模擬戦闘を行っているのだ。琉都の役割は、レーダー手と通信手を兼任である。
 もちろん使用するのは絶対奏甲だが、ギリギリまで予算を切り詰めたのか、プルパァ・ケーファとシャルラッハロート1の粗悪品しか使われていない。
 とは言え武装はリニアカノンやアーククラフト・コレダー(ACC、織歌式放電銃)なので、実戦以上ではある。
琉都   「南より敵機2接近、武装はリニアとACC、距離200ザイル!」
レイ   「了解!」
 レイと琉都は背中合わせに、狭いコクピットの全天型モニターの中に居る。
 琉都は座っているのだが、レイは立ちっぱなし。それどころか全身に直接機械が接続され、その状態で動いているのだ。
 <イザナミ>は浮遊機構があるのか、何もしていなくてもその場で浮き続ける。移動はレイの思念でスラスタが作動する。
 だが人間の動きで再現できる部分は、人間が動かなければならないのだ。
 思念はノイズが混じり易いため、このような形式を取っているらしい。事実、琉都も慣れないキィボード相手に格闘しているのだから。
 レイが念じると、<イザナミ>は面白いほど素直に空を飛ぶ。
 そしてあっという間に模擬敵の目の前まで移動すると、レイの動きに呼応して右腕に内蔵されていたアークビームダガー(ABD)で斬った。
琉都   「北北東より敵機12接近、武装はリニアACC3、リニア9、距離500ザイル!」
レイ   「相手にするまでもないよっ!」
 そう叫び、左腕を構える。<イザナミ>も左腕を構え、そしてそこに設置された大型防御装置“御鏡”を作動させた。
 リフレクション・シールドが展開され、敵からの攻撃をそのままそっくり反射する。
 模擬敵は己の放った攻撃で、呆気なく撃沈された。
オペレータ『お疲れ様です。テストラン・ウォーレベル25は終了しました。』
 声美人の女性の声が、コクピット内に響く。だが琉都は、レイに悪いと思いつつもある事を待っていた。
琉都   「ABDの作動が遅い。パッチをあてて、今度はコンバットレベル30を。」
レイ   「アハト。パッチが当たるまでは何分かかるの?」
琉都   「…大体20分、か? 結構根幹に根差すプログラムを書き換える訳だから。」
 そう言、琉都はレイに、飲みかけのスポーツドリンクの入った、1リットルペットボトルを渡す。
 レイはそれを受け取ると、喉を鳴らしてさも美味しそうに飲み始めた。
琉都   「少尉。もしも、の話。」
 モロに話の内容を聞かれているのがわかっているので、あえて名前ではなく階級で琉都は呼んだ。
レイ   「んー?」
 一気飲みせず、吸収されるまで何度にも分けて飲むつもりなのだろう。
 レイはペットボトルを床に置き、そして機械を外して自分も床に座り込んだ。
琉都   「俺がアハトじゃないのにここに来ていても、俺と少尉は上手くやってただろうな。」
 宿縁の話は隣に置いておいて、の話である。
レイ   「…かもね。でも、アハトとして来た。」
琉都   「少尉が俺の事を好く思ってくれるのはいいんだが、俺は板挟みだよ。」
 俺とアハト、延いては宿縁と少尉の。そう続けて、琉都は笑った。
レイ   「迷惑だったら、いいんだよ? わがままだって事くらい、わかってるから。」
 しかし先の約束もある。レイはアハトが逃げ出さないと言う確信の下、そう言い放った。
 そして笑う。
琉都   「いいんだ。アハトは少尉と一緒に居る、と約束したんだから。」
 と、言った瞬間だ。琉都の耳元で、ヘッドギアの内蔵イヤホンがコール音を発した。
 ヘッドギアのボリュームを最小限にまでおとしてあるため、外部への隠密性は抜群である。
 琉都はコールを受信すると、交信を開始した。
クシェウ 『アハト。朗報だ。』
琉都   「何が?」
 周囲に聞こえないよう、非常に神経を使いながら、琉都は囁く程度の声で返事する。
クシェウ 『行き倒れ寸前だった機奏英雄を乗せたエヴィル・クロイツが、そこを襲撃する。』
琉都   「…で?」
クシェウ 『その隙に逃げろ。エヴィルは10分しか暴れないから、大丈夫だ。 暴れ終わればこっちに帰るようセットしてある。』
琉都   「了解。」
 呟くように琉都が言うと、クシェウは自主的に通信を切った。あまり交信すべきではないのが現状だからだ。
琉都   「レイ少尉。コード・レッドです。」
 コード・レッド。搭乗する直前に決めた、脱走スタンバイのコールである。
レイ   「了解。」
 スタンバイをするために飲料を琉都に渡すと、レイは装置を再び肉体と融合させた。
 そして空を見上げる。模擬戦闘に使われるクレバスは、天井に高圧アークによるレーザネットが被せられていた。
 もちろん<イザナミ>ならばそれくらい耐えられるが、問題はそこから先の対空砲火である。
 対空砲火は模擬戦闘とは異なり、精神波砲と呼ばれる兵器が岩肌にカムフラージュされていると言う事だった。

 コンバットレベル30は、実戦以上の激戦である。と言うのは、クロイツ・ゼクストと白兵戦で対峙する事を想定した、特殊なレベルだからである。
 単純なスペックから行けば、<イザナミ>が当たり前のように勝利する。
 だが実際には、クロイツ・シリーズは搭乗者のセンスと発想があれば、どれだけでも強くなると言う事だった。
 クロイツほどの動きをする機体は、現存する機体では存在しない。そのため、このレベル以降の訓練は、ヴァーチャル・リアリティー(VR)で行う事になっていた。

 VRのゼクストが、二振りのアークソードを踊るように捌く。
 だがレイは、思いもよらぬ反射速度でそれらを紙一重で躱して行く。
 VRとは言え、完成度が違うため、敵の思考には焦り値が設定されている。それが少しずつ上昇しているようであった。
 踊るような剣舞から、力任せの剣舞へ少しずつ変わって行く。
レイ   「こうなればレベル20と大して変わらないよー、っと!」
 レベル20は対多数敵の訓練であるが、その出現敵機体数はおよそ200。半分以上は幻影(ミラージュ)なのだが、模擬戦用のダメージ値があるため実物と同じように働く。
 レイはとうとう、守勢から攻勢へと出た。ABDを起動し、段違いの速度でゼクストの首に、それをを突き立てた。
 そしてそのまま<イザナミ>が右腕を振り下ろすと、ゼクストのコクピットから発せられていた生命反応が途絶える。
琉都   「…ゼクスト、奏者死亡を確認。」
 死亡と言うよりも、消滅に近いようだ。
 試しに琉都が探査波を投射すると、反響してきたのは全て幻糸結晶と金属の波形だった。
オペレータ『お疲れ様でした。以上でコンバットレベル30は終了です。』

 丁度、オペレータの女性が言った瞬間だった。
 天井のレーザー網の上を、黒い竜のような影が通過して行ったのは。


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クシェウ 『アハト。エヴィルが到着した。』
 全く緊迫感の無い、だがやる気は感じられる声だ。
琉都   「あの竜みたいな──!?」
クシェウ 『あ、そりゃ俺だ。 もう圧力も暗にかけるだけじゃあ意味が無いから、丁度いいと思ってな。』
 確かにもう1機、竜の後ろに続いて見慣れた機影が通り過ぎた。
 黒い破壊と殺戮と混沌の象徴であり、かつ魂の回収をする者、エヴィル・クロイツ。
レイ   「……本部! こちら<イザナミ>、敵機が上空を通過! これより迎撃行動へと移ります!」
オペレータ『了解。OSをシュミレートからコンバットへ切り替えて下さい、認証キーはレイ少尉のP波パターンAです。』
 P波?と琉都はヘッドギアのマイクに問い掛ける。
 念波の事だ、とクシェウが返事をしてくれた。
 琉都はP波認証プログラムを呼び出すと、それを実行した。レイの念波を測定し終えるまで、おおよそ10秒と表示される。
琉都   「行けるか?」
 誰にとも無く呟く。いや、強いて言うならば自分自身に問い掛けたのだ。
 返事があるとは予想していなかった。
 だが、以外な者の声が、琉都の耳に届いた。
琥露鬼  『アハト。眠り姫はお目覚めよ。 話したがってるわ。』
琉都   「へ?」
琥露鬼  『解毒完了、って事。 数分前、通常に目覚めて、ずっとキミの声を聞いてたわよ。』
琉都   「そりゃ嬉しいが…」
 その時レイは既にP波認証を完了しており、後は琉都のゴーサインを待つばかりであった。
琉都   「少尉どの。出撃して下さい。」
レイ   「了解! …わざと一発だけ攻撃される?」
 後の方はもちろん小さな声である。琉都はそれに肯き、通信用回路を物理的に切断する準備をした。
 高圧アークレーザ網を、“御鏡”で無効化しつつ<イザナミ>は浮上する。
 そして計らずして、何かからの攻撃を一発くらった。
琉都   「ぐぁっ…! 胴体部被弾、通信不能!」
 手元が狂ったか通信用回路が物理的に切断され、“賢者の石”本部との音声及び映像での交信を不可能になる。
 急いで琉都はヘッドギアを直接<イザナミ>の通信用回路に接続した。
 パッ、とモニターが開き、琥露鬼の顔が通信用モニタに表示される。
琥露鬼  『あら、そんな事して大丈夫なの?』
琉都   「大丈夫。 それよりクゥは?」
琥露鬼  『居るわよ。ただ、そこの少尉さんがどう言うかしらねぇ。』
レイ   「……。」
 肉体で動ける範囲だけで、全ての攻撃を回避するレイ。だがその目には、何か暗い感情が宿っているようだった。
 二者択一、にも至らない。とは言え琉都には、どちらも斬って捨てる考えが無かった。
琉都   「レイ。 ちょっとアハトじゃなくなる。」
レイ   「じゃあ、何になるのよ…」
琉都   「仙仁 琉都。」
レイ   「…?」
琉都   「俺の本名だよ、ミナヅキさん。 “琥珀”、クゥと代わってくれないか?」
 いいわよ、と琥露鬼はキャスター付きの椅子ごと後ろへと下がった。そこにクゥリスが入れ代わるように立つ。
 “焔狼”(本当はヴォルフと言う名前らしい)が後ろで面白そうに見てるのが、照明が不足して画面が薄暗いなりに良く見えた。
クゥリス 『琉都…さん? 声、聞こえてますよね?』
 慣れない通信方法に戸惑っているのだろうか。琉都は思わず口元を綻ばせた。
琉都   「ああ。気分はどうだ?」
クゥリス 『ちょっと頭が痛いですけど、大丈夫です。』
レイ   「仙仁さん、彼女があなたの宿縁?」
 いきなりレイが会話に割り込む。
 と、画面の中のクゥリスが少し後退りしたのが琉都にも見えた。
琉都   「ああ、そうだ。あんまり脅かさないでやってくれよ?」
 どうかしらね、とレイは言った。
 琉都はちょっと困ったように笑い、画面に目を戻す。
クゥリス 『…琉都さん、今の人は?』
琉都   「ん? ああ、ちょっと訳アリでね。アハト──俺のコードネームだけど──の、まぁ親友だな。」
レイ   「恋人、の間違いでしょ。」
 拗ねたようにレイが茶々を入れる。いや、クゥリスと会話を始めた時点からずっと、レイは拗ねていた。
クゥリス 『こ、恋っ、恋人!!?』
琉都   「アハトの、な。 今はちょっと手が離せないから、込み入った事は後で言う。」
クゥリス 『…はぁ。』
 明らかに落ち込んでいるように、琉都には見えた。
琉都   「ミナヅキさんよりクゥの方が、琉都と言う俺の事をよく知っている。だから、落ち込むな。」
クゥリス 『落ち込んでなんかないですっ。』
琉都   「…あ、そう。ならもっと明るい顔をしててくれよ。」
 さらに慰めようとした時。不意に、通信画面にクシェウが現われた。
 だがおかしな事に、背景は全くつかみ所が無く、ピカソの“ゲルニカ”辺りの時期の作品のようだった。
クシェウ 『いちゃついてんじゃねーよ、このバカ。本当にアハトと“琉都”の二重人格にされたいか?』
琉都   「…まあ、それはそれで。板挟みで悩まなくてよさそうだし。」
 なんとも無責任な発言だな、とクシェウは思った。
 だが同時に、全力でレイともクゥリスとも付き合おうと言う姿勢を読み取れた。
クシェウ 『まあ、いい。俺とエヴィルの奏者で、後6分の間だけ防衛線を引き付ける。いいな?』
 琉都が外へ目をやると、確かに黒竜は防衛線を相手に遊ぶように戦っている。
 その全身漆黒の竜は左腕が無いのが痛々しいが、それ以外は高貴で力強いオーラを持っていた。
 そして燻し金の色の瞳には、何者をも凌駕し畏怖させる光が宿っていた。
琉都   「アハト、了解した! レイ!」
レイ   「うん、アハト!」
 スラスタが作動し、<イザナミ>を一気に加速させる。
 慣性中和装置が搭載されているためにコクピット内の加速Gは、完全にでは無いにしろほぼ0になっている。
 そのためか、レイは案外無茶な動きを、いとも容易くやってのけていた。

 クシェウは<イザナミ>が脱出したのを見届けると、エヴィルに帰還命令を下した。
 ただの思念増幅装置として昏睡状態の機奏英雄を乗せたエヴィルは、その命令に素直に従う。
 エヴィルは羽を大きく広げると空間を歪ませ、一瞬にして“無限光”のAPCドッグへと戻った。
クシェウ 「出てこい、バルド!」
 アケアンドラゴン語ではなく、エティニードラゴン語でクシェウは叫んだ。
 人間にはただ咆哮したように聞こえるが、クシェウの同族ならば別である。例え人間形でも、竜としての本能は消えない。
クシェウ 「臆したか!?」
 再び叫ぶ。
 そして一番手近な所にあった精神波砲に、呪の息(カース・ブレス)を吹きかけ破壊した。
クシェウ 「出てこぬならば、俺はこのまま破壊し続けるぞ!」
バルド  「止めろ!!」
 足下に立っているバルドが発したのは、アーカイア語である。だが訛りが酷く、下手をすれば違う単語にも聞き取れかねない。
 バルドは腰にさげたフランベルジュを地面に突き立てると、その身に念を送る。
 その2瞬後、バルドが立っていたはずの場所には、白銀色の竜が居た。瞳は琥珀色である。
クシェウ 「それでいいんだ、バルド。」
 バルド。黒い竜は確かに、白銀の竜をそう呼んだ。
 白銀の竜は鼻息荒く、上空に滞空している黒い竜──クシェウを睨み付ける。
バルド  「何故だ! 何故貴様は、毎回毎回、私の邪魔をする!」
 エティニードラゴン語で問い、ゴウッ、と灼熱の息(ブレス)を吹くバルド。
 クシェウはそれを左翼を盾のようにして防ぐと、冷気の息(コールド・ブレス)で応戦してから答えた。
クシェウ 「お前がバカなんだろうが!権力者に媚を売る、飼い犬め!…おっと、飼い竜か?」
バルド  「貴様…! 長老会を裏切ると言うのか!」
 負けじとまた灼熱の息(フレイム・ブレス)を吹くバルド。不幸にも彼は、灼熱と呪の二つの息(ブレス)しか吹けない。
 だがクシェウは、思いつく限りほぼ全ての息(ブレス)を使えた。
 灼熱の息(フレイム・ブレス)に向かってクシェウは、理力の息(フォース・ブレス)を吹きかける。二つの息(ブレス)は相殺した。
クシェウ 「だから馬鹿だと言うんだ! 長老会は、他の世界を占領する事を善としない!」
バルド  「それは貴様の思い込みだ!」
 違う、とクシェウは頭を振る。
クシェウ 「違うんだ、バルド! あの命令は、途中で改竄されていた!」
バルド  「信用できるか! この、長老会の末席でありながら仇為す、異端分子め!」
 それは俺じゃない、とクシェウが言い訳するよりも早く、バルドがクシェウの腹に牙を立てた。
 苦痛の叫びを上げる黒竜。竜という者は総じて、腹には堅固な鱗は無いのだ。
クシェウ 「ガァッ…!くぁ…っ! バルドぉぉぉぉ!」
 ゴガン、と鈍い音。
 奏甲であれば5機は軽く捻り潰せる竜の腕が、バルドの首を捕えた。そしてギリギリと締め上げる。
バルド  「ガァァァァァ………っ!!」
クシェウ 「俺が何故長老会の末席を頂いたか、知っているか?」
 ハァハァと口で息をしながらも、クシェウは問う。
 バルドは両腕で、クシェウは片腕で在るにも関わらず、バルドは首絞めから逃げられなかった。
クシェウ 「それは、俺が絶対に不正を許さない上に、絶大な行動力を持っていると上層が判断したからだ。」
バルド  「嘘…だ…」
 次第にバルドの身体から、力が抜けて行く。
 クシェウは首絞めを解除すると地面に降ろし、呪の息(カース・ブレス)でバルドの四肢の動きを拘束した。
クシェウ 「そして、改竄したのは俺じゃない幻術師──イリアス=カリストル。」
バルド  「何故、彼女がそんな事をする必要がある?」
 さあ、とクシェウは竜なりに肩をすくめた。
クシェウ 「アイツは何かと俺につっかかるからな。多分、今回の本当の命令である、“アーカイアとの平和的な手段での修好条約調印”に腹が立ったんだろ。」
バルド  「そんな、馬鹿な。彼女は平和的で、かつ有能で、しかも冷静だ。」
クシェウ 「だが俺が絡むと話は違う。 昔、俺が半竜人だと知らずに本気になった事に、まだ腹を立ててるんだろうな。」
 やれやれ、と空を仰ぐクシェウ。
バルド  「…そんな個人的な…」
 呆れたようにバルドは呟いた。
クシェウ 「その『個人的な』事に、全世界をも巻き込むのさ、世界録操作幻術師の彼女は。」
バルド  「……。」
クシェウ 「しかも俺は、高位半竜人と古代半竜人の、子供だしな。それがさらに狂気を加速させたんだろう。」
 あっけらかんとクシェウは笑い飛ばした。
 バルドはもはや呆れて言葉も出ない様子である。
 だが、自分があそこまで単純なパワーの差で押し込まれた事に、バルドは納得していた。
 クシェウが古代高位半竜人(エンシェント・ハイ・ドラゴニアン)だったから、だからなのだ。
バルド  「…わかった。私はエティニーに帰還する。」
クシェウ 「そうか。お前のカリスマ性は、喉から手が出るほど欲しいんだがな。」
 3人の子供が居るんだ、とバルドは困ったように笑った。
 なるほど、とクシェウも竜なりに微笑む。
バルド  「が、私だけが帰っても、各地に散らばった“賢者の石”は機能するぞ。司令官は私ですら覚えきれないほど居るのだから。」
クシェウ 「ま、一つずつ潰していくさ。」
 一体どれくらいの時間がかかるだろう。
 そして歴史に影響が無い間に、クシェウが全て潰せれば良いのだが。
 そう、バルドは考えた。
バルド  「クシェウ=ヘダイト議員。妻と相談してみて、微力ながら私も助勢します。」
クシェウ 「助力を感謝するよ、バルド=クラウダ中将。」
 2匹の竜は、人間で言えば握手をするくらいの意味合いで、互いの翼を甘噛みした。

 人間形に戻った後の事。
クシェウ 「と、そうだ。」
 召喚された者だけあって、こちらはかなり達者なアーカイア語である。
バルド  「どうかしましたか?」
 一方こちらは、たどたどしいアーカイア語。エティニー語ならば、彼も民族言語を網羅しているのだが。
クシェウ 「もし良ければ、帰ったらマナにアーカイア土産を渡してくれ。シルヴァンスターのしおりなんだが…」
 議員も養娘を愛しているのか。バルドは微笑んだ。
バルド  「承知しました。」
クシェウ 「これだ。俺が術をかけたから、魔除けとしての効果も数倍。 お前が持っていても効果は出るだろうが、確かに渡してくれよ。」
 バルドはクシェウから銀色の押し花のしおりを二つ受け取ると、大切に懐へとしまった。


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〜“無限光”建築物内、リビングホール〜

 琉都はレイとクゥリスに本当に板挟みにされ、もはや答える事すら困難になっていた。その様子を、琥露鬼とヴォルフが見て微笑んでいる。
クゥリス 「琉都さん、一体どーいう事なんですか!?もっときちんと説明してください!」
琉都   「あー、その、だなー…」
レイ   「ちょっと、わたしのアハトをイジメないでよ!」
クゥリス 「苛めてなんかいませんよ! それに『わたしの』ってどういう事ですか!?」
琉都   「えーと、その、あー…」
 こんな会話が、ずーっと続いていた。
 琉都はずっと、何か言う間も与えられず、あーうーと言っているばかりである。
琥露鬼  「…平和ねえ…」
 ずずっ、と湯飲みの番茶を啜る琥露鬼。
ヴォルフ 「……」
 何が可笑しいのか、ヴォルフはその様子を笑いを堪えながら見ていた。
レイ   「アハトはね、あなたみたいなぺちゃは無用だって!」
クゥリス 「なっ…! 琉都さん、そんな事言ったんですか!?」
琉都   「言ってない言ってない! そりゃあった方が多少いいかもしれないとは思──」
レイ   「ほら見なさい! だからアハトはわたしのよ!」
クゥリス 「むーっ! 実はそれ、服の中に詰め物してるんじゃないですか!?」
 もはやほぼ子供の言い争いである。
 しかも琉都は居るのに無視されていた。
レイ   「な…っ。 そんな事する14歳がどこに居るって言うの!」
クゥリス 「なら証拠を見せて下さい、証拠を!」
琉都   「あの…クゥリスさん、レイさん? 俺は無視ですか?」
『うるさい(です)!』
 そうほぼ同時に叫ぶと、レイとクゥリスは睨み合いを続ける。
 と、レフェリーが二人、現われた。
クシェウ 「天然の温泉がある。そこで決着をつけたらどうだ?」
 と言って、大きい方のレフェリーは一方の通路を指差す。
???  「あ、クシェウ。ボクも一緒に入ってきていい?」
 小さい方のレフェリーは、どうやら少女だったらしい。クゥリスとレイより大人びて見えるのは、その特殊な服のせいだけでは無いだろう。
 彼女が着ているのは、一見して動き辛そうな服である。布地はまるで波打ち際の泡を固めたようで、両肩と腰の左右に水が宝石になったような大きな珠がついている。
クシェウ 「行っておいで、スェル。 …「ボクの方が大きいから、ボクの一人勝ち」とかは止めておけよ?」
スェル  「わかってるよ、クシェウ。 さ、行こ。」
 クゥリスとレイは睨み合ったまま、スェルに案内されて行った。
ヴォルフ 「“だが、彼女たちが出た後、オソロシイ思いをするとは、神ならぬ身の琉都には知る由も無かった…”。」
琉都   「変なナレーションを付けるなッ!」
 オホン、とクシェウが咳払いをする。
ヴォルフ 「っとォ。すまねェ、兄貴ィ。」
クシェウ 「さて。 琉都、君はよくやってくれた。」
琥露鬼  「結局オイシイ所は全部、クシェウがかっさらったけどね…。」
 くすくすと忍び笑いをする琥露鬼。クシェウはもう一度咳払いをすると、話を続けた。
クシェウ 「だが、一つだけミスがあった。それはレイの事だ。 ヴォルフ。」
ヴォルフ 「はいョ。」
 どっこいせェ、と取り出したのは、小型の空間投影装置。スイッチを入れると、何か円柱の物体が表示された。
クシェウ 「これは、レイに協力してもらって、キミに会えなくなると言う嘘を信じてもらった時に生成された反物質だ。」
ヴォルフ 「等倍率だぜィ。」
クシェウ 「これだけあれば、ここの施設を1年稼動させられる。まぁ、大体原子爆弾十数個くらいのエネルギーだ。」
 原子爆弾十数個。
 リトルボーイ級でも、一つの国が完全に滅ぼせる数である。
クシェウ 「こんな危険なモノを、そうポンポンと生成されたら敵わない。」
琉都   「まぁ、そうだろうなあ。」
 そこでだ、とクシェウは左人差し指を琉都の鼻面に突きつけた。
クシェウ 「毎週1回、アハトとしてレイと面会してもらいたい。」
琉都   「はぁ!?」
 思わず声が裏返る琉都。
クシェウ 「当たり前だろうが。今の所、より人道的でより安全なのは、この手段だけなんだから。」
琉都   「だ、だが、この事は他の仲間にバレたくない。」
ヴォルフ 「まあその辺はァ、エヴィルがあるから問題無えョ。“アークゼロシフト”機能を使えばァ、瞬間移動できるんだからなァ。」
クシェウ 「…と言う事だ。 まあ、それまでにクゥリスと仲直りしておけ。」
琉都   「そんな簡単に言うけどな…。自信無いぞ?」
琥露鬼  「私がフォローするわよ。ありのままを言えば、多少不満に思われるかもしれないけど、大丈夫よ。多分。」
 多分が一番怖い。
 琉都はそう思ったが、口には出さなかった。
クシェウ 「それからその分の追加報酬だが、金一封でいいか?」
琉都   「絆を金で買う、と。」
クシェウ 「違う。俺の謝罪の気持ちだ。 受け取ってくれ。」
 そう言ってクシェウが懐から取り出した皮袋は、金一封と言うにはあまりに巨大だった。


〜“無限光”施設内、天然温泉(女湯)〜

 ハルフェアの国立温泉も、ここには及ばないだろう。クゥリスは正直にそう思った。
 飾り立てすぎず、かつ素朴すぎず。和の心を知り尽くして尚、そのさらに上を目指せる職人の業。
 そして歌術で宙に浮く浮き石や、古代の神殿を思わせる柱。これらは滅多に見られない、貴重な調度品である。
スェル  「ね、凄いでしょ。」
 女湯だからなのか、スェルはバスタオルを身体に巻き付けてすら居ない。
 だが濃い湯気で、見えそうで見えないチラリズムが醸し出されており、もしノゾキがいたなら最高に喜んだ事だろう。
 ノゾキが許されるほど、甘いならばだが。
スェル  「見た目だけじゃなくて、防犯も凄いよ。この前ヴォルフが琥露鬼の入浴を覗こうとしたら、いきなりレーザーだったからね。」
レイ   「そりゃ心強いね。じゃあわたしもバスタオルとっちゃお!」
 え、と驚くクゥリスの目の前でバスタオルを投げ捨てるレイ。
レイ   「どうせ身体を洗う段になったら、とっちゃうんだし。クゥリスもとっちゃえば?」
スェル  「そうだね。ボクもそう思うよ。」
クゥリス 「え?あ、私は──」
 だがスェルがしっかりと羽交い締めにし、レイがバスタオルを剥ごうとする。
クゥリス 「止めてくださいよ!」
 抵抗するクゥリス。
スェル  「良いではないか、良いではないか。ってね。」
レイ   「よいではないかー、っと。はい!」
ぱさっ
 何かが落ちた。バスタオル以外に、である。
 何かと思ってみれば、特大のスポンジが二つ。
 レイはそれを拾い上げると、勝ち誇ったようにそれを掲げた。
レイ   「やっぱり。服を着てる時より大きかったから、変だなと思ったんだよね。」
クゥリス 「ち、違います!それは身体洗い用のMyスポンジです!」
 へぇ、とレイはスポンジをお手玉のようにして弄ぶ。
レイ   「じゃあ何で二つなの?」
クゥリス 「そんなの私の勝手じゃないですか!いいから返してください!」
 嫌だね、と意地悪に言って走り始めるレイ。
 クゥリスは必死にその後を追う。
スェル  「はしると滑るから危な──」
ツルッ
 片足が滑り、クゥリスは後ろに向かって倒れる。
クゥリス 「…あ。」
レイ   「え゙?」
スェル  「──いよ、って言ったのに!」
ガン!
 見事に頭からこけるクゥリス。
レイ   「だ、大丈夫!?」
 呼びかける声にも、気絶しているのか反応しない。
琥露鬼  「どうかしたの?」
 からり、とすりガラスの扉が開き、自称水嫌い温泉好きの琥露鬼が顔を出す。脱衣中だったのか、下着姿だ。
スェル  「クゥリスが転んで──」
レイ   「キャーッ!血、血ぃっ!?」
 何事かと琥露鬼が見てみれば、打ち所が悪かったのかクゥリスの周囲は血の海だった。
琥露鬼  「…! 大変、すぐに救急班を──」
スェル  「それより白光術師! 早く!」
 琥露鬼は肯くと、慌てて服を着て脱衣所を飛び出して行った。
 それとほぼすれ違うような形で、誰かが入って来る。
スェル  「救急!?」
 思わずそう思った辺り、希望的観測が優先されたのか。
 だが。
琉都   「クゥ! 大丈ブッ!?」
 一瞬、時が止まる。
 そして。
『きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!』
 レイとスェルの悲鳴で、時は動き出した。
琉都   「うわわわわわわっっ!?」
 次々と飛来する桶を避けつつ、脱衣所から逃げ出す琉都。
スェル  「嫌ーッ!スケベ!ヘンタイ!」
レイ   「アハトのバカバカバカぁっ!!」
 錯乱状態か。
 そしてその錯乱は、琉都が居なくなってからも続き。
クシェウ 「痛ッ!?」
 幻術のみならず白光術が使えるクシェウですら、そのサブマシンガン並の桶の嵐に晒される事となってしまった。

 クゥリスの治療中。
 クシェウは白光術を使い、頭蓋骨軽陥没を治療する。それをスェルとレイが湯の中から見ている訳だが。
スェル  「ね。クシェウってさ。」
クシェウ 「…ん?」
 気を霧散させないよう注意しつつ、クシェウは答える。
スェル  「案外、女性の事を何とも思ってないよね。」
レイ   「そう言えば…。わたしの肌見て何の反応もしない、って言うのもめずらしいよね。」
 そう言うとレイはわざとらしく伸びをする。
クシェウ 「何とも無いわけじゃあ無いが、種族数が生殖許容数を超えてるからな。」
レイ   「…?」
スェル  「あ、そうか。古代種の許容数は今、0だっけ。」
 そうだ、と肯くクシェウ。クゥリスの後頭部に照射していた白光が乱れたので、またしばらく黙って治療する。
レイ   「許容数、って?」
クシェウ 「早い話が、この数までなら生殖していい、と言う自然数だ。同じ種類の者がこの数を超えると、生殖活動は一苦労する。」
 白光が乱れないよう注意しながら、クシェウは的確な答えを与えた。
スェル  「んでその数字は、種族が衰退するのとほとんど同時期に、少しずつ減って。これが0になると絶滅するんだ。」
クシェウ 「人間には無いも同然の数字だがな。 …よし、治療完了。」
レイ   「じゃあ早くでてってよ。」
クシェウ 「まぁ待て。とりあえず、レイの事についての知識を植え付けたら、すぐに出て行くよ。」


〜“無限光”施設内、リビングホール〜

 治療を終えたクシェウは、何をするでもなくここに居た。
 琉都はすぐにでも出て行きたいらしく、荷物を纏めている。
クシェウ 「…ああ、そうだ。ついでだから、噂しておいてくれないか?」
 不意にそう言われた琉都は、一瞬キョトンとした。
琉都   「何を?」
クシェウ 「ここの事だ。お前に依頼したような仕事をこなせる者を、できれば機関内部に取り込みたいからな。俺もスカウトし歩いているんだがなぁ。」
琉都   「…なるほど…」
クシェウ 「“黒竜の酔拳亭”は全国にあるから、そこで傭兵を募集している、くらいでいい。」
 わかった、と琉都は言った。

 数分後。
 スェル、レイ、クゥリスの順番に並んで、三人が風呂から戻ってきた。
クシェウ 「いい湯だったか?」
 何気なく訊ねるクシェウに、三人が口々に、とても、と答えた。
 そして琉都が
琉都   「胸囲順…。 ハッ!?」
 こう呟いた一言には、
スェル  「…この、女性の大敵がーっ!」
 まずスェルが飛び蹴りをくらわせ、
琉都   「ぬがっ!?」
 レイが鳩尾に踵を落とし、
琉都   「ごふっ!?」
 クゥリスが歌術で治療した。
 実際には治療するまでもない打撲傷なのだが、これは心遣いと言う物である。
琉都   「…嗚呼、クゥが天使に見える…」
クゥリス 「天使?」
 アーカイアには神と言う概念が無い。したがって、天使も居ない。だが悪魔は居る。
 天使のようだと言った所で、クゥリスに分かるはずも無いのだが。


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 本当に行っちゃうの、とレイは泣きそうになりながら訊ねた。
 琉都は、一所に留まる風は居ない、と答えた。

 “黒竜の酔拳亭”に戻ると、丁度開店前の時間帯であったらしい。
 1日も地下で過ごすと時間感覚も鈍るのか、と琉都は少し面白く思った。
クシェウ 「んじゃ、また一週間後。どこの町にも、“黒竜の酔拳亭”はあるから、そこで。」
 と言うと、渡し忘れていたのか会員証なる物を手渡してくれた。何だろうと思い裏面を見てみれば、会員証提示の御客様は2割引だとあった。
琉都   「ああ。その時は仲間も引き連れて行くとするよ。」
レイ   「アハトぉ…」
 今にも本当に泣きそうなレイを見て、琉都はクゥリスに先に行くよう頼んだ。
 だがクゥリスは頑として動かず、ここで待っていると言い張る。仕方なく琉都は、琥露鬼にクゥリスを引きずって行ってもらった。
琉都   「…やれやれ。まさかあそこまで頑固になる事もあるとは…」
レイ   「アハト…?」
 ああ、と琉都は肯いた。
琉都   「レイのアハトだ。」
レイ   「アハトは、行かないでくれるよね? 琉都は行っちゃうけど、アハトなら?」
 縋るように言うレイ。
 だが。
琉都   「いや、行かなくちゃ。レイと離れるのかと思うと、心臓の辺りが苦しいけど。琉都とアハトは表の中の表裏で、絶対に別人じゃあ無いから。」
レイ   「じゃあアハトとして残ってよ。わたし、そうじゃないと寂しいよぅ…」
 大丈夫。琉都、いや、アハトは耳元で囁いた。
琉都   「アハトは、影姿座のクロイツの名前だよ。レイ、俺は影姿のような存在として、“賢者の石”に潜入した。」
レイ   「…うん。」
琉都   「だから、俺は、アハトは影。レイ、お前の影でもあるんだよ。」
 アハトはそう言うと、レイの右の手を取って指に軽く唇を触れさせた。
 何気なく、を装ってクシェウが差し出した玄大剣を地面に突き立て、篭手を外し自分の右薬指をエッジで滑らせた。
 たちまち血がどくどくと流れ出る。
レイ   「アハト!?」
琉都   「我、アハト、血の契約を結ばん。我、真に必要とさる時、心は汝と共にありと誓う。」
 玄大剣のエッジに血を流し続けながら、アハトはアドリブですべて言ってのけた。
レイ   「え? え!? わ、わたし、どうすれば…?」
琉都   「ただ一言、『受け入れる』と。そうすれば俺、アハトの心は、いつでもレイと一緒だ。肉体が離れていても、寂しくなんか無い。」
 しばしの静寂。
レイ   「…受け入れます。」
 クシェウはその言葉と同時に、玄大剣についた血を素早く拭き取った。そして契約霧散の呪文を唱え、今の契約の効力を無効化する。
 もしこうしなければ、例え琉都がアハトではない時でも、レイが『居て欲しい』と思う時には意識がリンクしてしまっただろう。
クシェウ 「今の血の契約だけどな。多分、声まで伝達するわけじゃなく、認知できないレベルの深層意識でリンクする程度だろうな。」
レイ   「それでもいいよ…ねえ、アハト。」
琉都   「そうだな。 まあ、一週間に1回は会える訳だ。そう寂しがるな。」
 うん、とレイは意外とすっきりした様子で答えた。
レイ   「一週間後、だよね。うん、わかったよ、アハト。」
琉都   「それじゃあ、またな。」

 “黒竜の酔拳亭”の扉を後ろ手に閉め、琉都は大きくため息をついた。
クゥリス 「琉都さん。」
 幾分暗くなっていた琉都の心など知らぬように、クゥリスが腕に飛びついて来る。
琉都   「…ああ、行こうか。」
クゥリス 「それよりも、“賢者の石”で何があったか教えて下さいよ。」
琥露鬼  「そうねえ。それにお仲間にも、きっちり説明すべきよね。 それから私の紹介もしてよね。」
 そうだな、と琉都は答え、空を見上げた。
 何があっても、空は青く澄み。雲は常に流れ続ける。
 そう思うと、琉都は何となく、なるようになるだろうと考えられるのだった。





対話調あとがき
〜“黒竜の酔拳亭”にて〜
 と言う訳で、今回はちょっと詩的に締めくくってみました。どうも、センジン リュウトです。(ジンジャーエールの入ったワイングラスを回しながら。)
「え、アハトがもう一人?(ひょこっ)」
 むう、何故初っ端からお前みたいな脇役──もとい、使い捨てが出て来るかな。
「ひどいなあ、作者は。クシェウさんが『俺を出せ、いや、話させろ!話し足りない!』って騒いでたのに無視しておいて。」
 …そんな事もあったか?
(出せー、今すぐ俺を出せー、と奥の方から声が聞こえ、ロッカーを内側から叩くような音がそれに続く。)
「あったよ。今さっき。」
 ああ、さいで。だけどそれ言っちゃえば、アルゼも同じ事言ってそうじゃないか?
「『今回もオレの出番が少ないぢゃないか!あとがきで話させろ!』とかって?」
 そうそう。そんな感じ。…図らずも毎回アルゼの出番が少ないと言う事をバラしてしまった(汗)
「全国のアルゼファンの人たち、ごめんなさーい!」
 で、レイ。お前はアルゼと面識が無いはずだが?
「そこらへんはまあ、あとがきに登場してるキャラにはあとがき力(ぢから)と言う物があるという事で。」
 なんだそりゃ。

 で。何で今回対話調にしたのかと言うと。
「ふんふん。」
 何となく、面白そうだったからだ(爆)
「…踵落とし、いきまーす。」
 え?ちょ、ちょっと待て。それは対琉都用であって、対リュウト用ではないはずぎゃあぁぁぁぁ!!!
「で、ほんとは?」
 まあ、ちょっと琉都(注:漢字で書いてあるのはSSのキャラで、片仮名は背後霊。)に対する接し方を比較してみようかとね。分かり辛い人もいるかもしれないから。
「へぇ。じゃあ、クゥリスと比較されるの?」
 いや、ソフィアとだ。…嘘です、はい、だからそのハンマー型光粒子化兵器を下ろせって。
「で、ほんとは?」
 お前の予想通り。クゥリスとだよ。
「これでどっちがアハトにふさわしいか、勝負がつくってわけだよね?」
 違う。全く違うから、安心して。
「そうですよね。あとがき、ですから。」
 のわっ!? いきなり顔を出すな、クゥリス。今お呼びなのは、レイだけだから。
「そーそー。わたしの方が、胸も大きいしね。」
 それも関係無いんだけど。まぁいい、それじゃ早速比較してみようか。
「わーい(ぱちぱちぱち…)」
 んで、その参考資料として、『プロファイル書類No.0368』をクシェウから借りて来た。(と、アヤシゲな封筒を取り出す。)
「何それ?」
 うん。まあ、幻術師としての技能を使った、クシェウの趣味だな。簡単にレイとクゥリスの人格をプロファイルしてある。
「…ふーん…(プチ怒)」
 怒ってやるな。悪気は無いんだから。
「で、なんて書いてあるの?」
 まずクゥリスは、“理知的思考派で、表面上は琉都と同じくらい冷静。だが薄皮一枚めくればかなり熱いと思われる。推定精神年齢16歳”だとさ。
「そーかなあ。肉体と同じくらいしか、精神も年とってないと思うんだけど…」
 それはまあ、クシェウの個人的見解だから。で、次にレイは…
「ふむふむ?」
 “表も裏も無い、幼稚な性格。人との触れ合いが無かったのか、感情が非情に強く出る。恋愛感情もきちんと発達しているか、疑わしい。推定精神年齢11歳”。
「小5!?」
 ま、そうなるわな。ちなみに実年齢にIQをかけると、精神年齢の目安が得られるそうだが、そこから逆算すると…
「止めてーっ!」
 レイが四捨五入でおおよそ80。クゥリスが同じく四捨五入でおおよそ110。
「えぐえぐ…(泣)」
 ま、目安だから。気にするな…って、泣くな!俺はまだ死にたく無いーーーッ!
「ふぇーん(泣)」
 やめ、それ以上はマジやめれ。わかった、謝るから泣か──(物質対消滅の超高熱に溶かされる)

「……ふう、泣いたらすっきりしたっ。」
 あのなぁ…。
「あれ、どしたの?」
 どしたの、じゃなくて。物質対消滅が一体どれくらい凄いエネルギー生成できると思ってるのことDEATHか!?
「…えっと…」
 …。
「…。」
 俺もよく知らんけど。
「ならそんな事を他人に聞くなーッ!」
 そして激しく後悔してる。さすがにやりすぎたか、と。
「ならやんないでよ。」
 これからはよく考える事にするよ。せいぜいエネルギー暴発くらいまでに留める。

「そう言えばさ。アハトって三眼族なんだよね。」
 まあ、そう言う設定になってるなあ。もちろん俺はフツーの人間だが。
「あれ、ひょっとしたらまだ覚醒したりって──」
 ノーコメントで。ただ、3段変色とは言っておきましょう。
「いいけど、もうこれ以上変な能力をアハトにくっつけないでよね。苦労するのはわたしなんだから。」
 クゥリスも苦労するだろが。ま、あえて言うまいて。

「あ、もうこんな時間だ。わたしそろそろ行かないと、アハトに会い損ねちゃう。」
 おぅ。気をつけてな。
「それでは読者の皆様。そして二次創作作家の皆様。次の機会まで。 またねー。」
 さらばーッス。 次の作品の投稿はいつになるかなぁ…。
「そういう事を言わない!」









おまけ
レイ=ミナヅキ 簡易設定

名前:レイ
苗字:ミナヅキ
年齢:14歳
出身:エティニー 水元素の大陸 レイニァス王国
特徴:オッドアイ(右目が黒、左目が白銀) ストレートセミロングの黒髪
能力:負感情反物質化
その他:
顔はどことなくクゥリスに似ているが、より端整。
年齢不相応ではないにしろ、胸部の発達が著しい。
感情が強く、かつ表に出易い。