無題迷話

参章 第参話






 どこまでも続く葡萄平野、その一画。

 心地よい風が駆け抜け、緑の海原が波立つ。

 風に乗り、織歌の短い調べが草原に響いた。

 アメルダの歌にあわせて<声帯>と呼ばれるチョーカーが輝き、周囲の幻糸もそれに呼応するように微発光する。

「わざわざ調べるほどの事でも無いんだがなあ…」

 琉都は手近にあった岩に腰掛け、その光景をどこか不満そうに眺めていた。

「あ、でも」

 クゥリスは、ぽん、と手を打った。

「ひょっとしたら移動してるかもしれませんよ」

「そりゃ、まあ、そうかもしれない」

 一応は否定しないながらも、琉都はやはり楽しそうではない。

 奇声蟲がそこに存在していれば幻糸が乱れる。だとしても、地中の幻糸まで調べられる訳ではないだろうからだ。

 むすりとしながらも、琉都も三眼を見開いて気配を探る。

「……来たわよ!」

 アメルダは目を見開くと、少なからずショックを受けたように叫んだ。

 それもそうだろう、何しろ平野そのものの幻糸場が乱れているような状態なのだから。

 琉都は岩から立ち上がり、少々緊張した面持ちで篭手にクローを取り付ける。アルゼは左手に白銀色リヴォルバーを、右手にマシンピストルを持つ。

 アメルダは爆弾をリュックサックから取り出し、どこか浮かれたような顔で投擲体勢を整えた。ルィニアは巨大スパナを構え、不安そうに周囲を見回す。ソフィアはスナイパーライフルを肩から降ろし、弾倉を3発の物から16発の物に取り替え、銃身を途中で引っこ抜いた。

 クゥリスは腰に手を伸ばし、自前の汎用ナイフを取り出そうとする。しかしそれは以前ここで失った事を思い出し、ついでにここに出現する蟲の姿も思い出してしまった。

「あぅぁぅ……。 琉都さん…」

「あン? どうした?」

 戦闘への緊張感もあり全身から極低濃度の『気』を噴出させながら、琉都は不機嫌そうに返事をする。

 涙目がちになりながらも、クゥリスはどうにかその場に立っていた。

「何で奏甲に乗ってこなかったんですか?」

「面倒だし、整備費がかさむからだ。それにこの戦力でどのくらい戦えるかは知ってるつもりだ」

「でも。私、今、素手です」

「歌えるだろが。自分が生き残る事をまず考えて、防御や支援の歌術を中心にサポートしてくれ」

 それから、と琉都がさらにくどくどと続けようとした時だった。

 唐突に地面から蠍の尾が生え、クゥリスに狙いを定める。琉都は袍の袖を振ってクナイを投擲し、その尾にある針のような部分を砕く。

「来るぞ!」

 アルゼの声と同時に、あちこちの地面から青白い蠍がぼこぼこと出現する。

 恐怖で蠍型奇声蟲とどっこいどっこいの顔色になってしまったクゥリスを無視し、琉都は炸裂弾を蟲の密集している部分に投擲した。景気のいい音と共に、奇声蟲の脚を吹き飛ばす。

──ギッ、ギッ、ギギィィィィィッッ!

 奇声蟲特有の咆哮が響く。と同時に、アメルダの織っていた織歌が完成し、奇声に干渉して精神攻撃としての側面を打消した──奇声対抗歌術『さざなみのフーガ』だ。

 アルゼのマシンピストルが連続して火を吹き、次々と蠍型奇声蟲の胴体や頭に風穴が開く。8匹ほど挽肉にした所で、弾倉が空になった。

 琉都はその装填の隙を塞ぐように襲いかかる奇声蟲だけを、鉄串をなるべく的確に投擲して迎撃する。

「…クゥ、対象を複数にする歌術支援歌術はあるか?」

「は、はい、ありますっ!」

 よし、と呟きながら琉都はクゥリスの背後に忍び寄っていた奇声蟲にクナイをおみまいした。

「ルィニアさん! 防御結界歌術、知ってるか?!」

「知ってるよ! 2つばかりねえ!」

 よいせっ、と奇声蟲の頭を叩き潰しながら、ルィニアは興奮気味に答える。

「クゥ、ルィニアさんの結界歌術を支援! ルィニアさん、防御力上昇を頼める?」

「はいっ!」

「あいよぉ!」

 混戦地域と化した中を走り、クゥリスは急いでルィニアの近くに移動する。琉都が途中で二回ほど支援した他は、特に奇声蟲に狙われたような様子も無い。

「どうすんだ! 琉都!」

 リヴォルバーを撃ちながら、アルゼはそう訊ねた。弾丸を叩き込まれた奇声蟲の頭が破裂したのは、恐らく低出力の雷炎弾だったからなのだろう。

「突撃戦法だ! アルゼ、衛星のように女性陣の周囲をぐるぐると周りながら蟲を攻撃するぞ!」

 琉都はアルゼから少し離れた場所へ移動すると、クローを使った武踏を始めた。左右併せて6本の刃が一閃する度、奇声蟲は運が良くても尾を斬り取られる。

 武踏はほぼ無駄を排する動きばかりで、クローを儀式用の華美な物にすれば、ある種の舞とも見えるかもしれない。

 アメルダが投げた16発目の爆弾が爆発するとほぼ同時に、クゥリスとルィニアの紡ぐ織歌が完成した。

 クゥリスの織った対象拡大の歌『無垢の伴奏曲』により、ルィニアの織った身防ぎの歌『小鳥のための小練習曲』の効果が、一行の全員に行き渡る。本来ならば歌い手しか護らない結界──薄い光の幕のような物──が体を包み込み、その内外を軽い遮断状態にする。

「…あら、私も?」

 琥露鬼も効果を受けられたらしく、驚いたような声を上げた。そしてしばらく考えた後、どこからか取り出した風変わりなロングソードを抜剣し、手近に居る奇声蟲を次々と斬り伏せる。

 結界の副作用なのか、やけに攻撃が阻まれるのに焦りを感じながらも、琉都は武踏を続けた。

 アルゼの撃つマシンピストルも弾丸が僅かに外れているが、それでもなんとか弾道を計算してアルゼは奇声蟲に鉛弾を叩き込み続ける。


 数分後、一行の鬼神の如き戦いっぷりで、この辺り一帯の蠍型奇声蟲はほぼ壊滅した。

 そもそも蠍型は個体数が少なかったと言う事もあったのだろうが、それを差し引いてもかなり凄い事である。




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 リクセンブルク村はいつ来てものどかだ、と琉都は再確認した。

 1キロ歩いて隣家と言うような人口密度のこの農村は、奇声蟲の進入を許さないような所がある。以前に蠍型に襲われ逃げた時も、ここまでは追いかけてこなかった。


 いきなり9人も客を迎えると、陰鬱な気と言うのはさすがに留まれないらしい。イングはそんな事を考えつつ、フォルティッシモ家にとっての伝説である機奏英雄の同姓同名さんに出す茶を煎れていた。

 以前にクゥリスが言っていた「ただのいい人」と言うイメージも確かに無い訳ではない。しかしイングは彼にそれ以上の物を、ただ漠然と本能的に感じ取ってしまった。

 最高級の茶を陶磁器のティーカップに注ぎ、まず真っ先にお出しする。緊張のためか、かちゃかちゃと陶磁器は煩い音をたてている。

「お構いなく」

 どこかで見たことがあるような錯覚を覚えさせる顔立ちの燻し金の竜眼の青年──クシェウは、そう言いながらぺこりと頭を下げる。

 他の6人にも茶を出し、イングは少し落ち着き無くクシェウの向かい側の席に腰をおろした。

「……ふっ……」

 何が可笑しいのかクシェウはいきなりふきだした。そしてしばらく顔を手で覆うようにしながら押し殺して笑う。

「あ、あのう。何か変だったですか?」

「いや…。俺の知ってるフォルティッシモの人とあまりにも似てるんでな」

 そう言って茶をすすり、クシェウはその味と香りをしばし楽しむ。

「クシェウ様の知っておられるフォルティッシモの人…ですか?」

 緊張から自然とかなりの敬語になっている事に気付かず、イングは思わず訊ねた。

「あぁ。……見た目でなく、立ち振る舞いとか雰囲気がライナそっくりだ…。おっと」

 しまった、とクシェウは口を手で塞ぎ、誤魔化すように苦笑した。事実を知るのは限られた者達だけにしたいのだ。

「ライナ…とは、ライナ・フォルティッシモの事でしょうか?」

「さあな」

「………もしそうなら、クシェウ様は一体御幾つなのですか?」

「見たまんま18か19くらいだと思うけどな」

 失敗をした事で開いた風穴を広げようと、イングは畳み掛けるように質問する。だがクシェウはその尽くをのらりくらりと躱し、的確な答えを与えるような事を言うまいとした。

「あぁ、そうそう…。知らない方がいい事もあるんだぞ、人間の女」

 ゴゥッ、と何か突風のような感じがクシェウの体から放たれる。しかしクシェウの顔は、普段の通り微笑に見えた。

「…なあ、琥露鬼の姐御。さっきのは一体なんなんだ?」

 クシェウに悟られないようアルゼはこそこそと、ネコミミとシッポを隠して完全に人間の姿になっている琥露鬼に耳打ちした。

「ただの威圧感よ」

 事も無げにそう答え、琥露鬼は焼き菓子を齧った。そして同じような威圧感を、微量ながらアルゼに放って見せる。

「けどね、アルゼくん。人間、知らない方が幸せな事もあるのよ…?」

「そんな事、今までに腐るほど見せつけられてきたぜ。今更増えた所で変わる事も無い」

 あらそう、と琥露鬼は同情するように呟く。

 少しの間だけ無言の帳が降りた後、不意にクシェウが手を打った。そしてどこからか大き目の紙袋を取り出す。

「あぁ、そうだ。 シフォンケーキを焼いてきたんで、皆で分けてくれ」

「わぁい」

 ソフィアが思わず歓声をあげ、ルィニアは慌てたようにテーブルの陰でつついた。それを見て思わずイングは微笑みを漏らす。

「それじゃあ今、小皿にとり分けてくるわね、ソフィアちゃん」

 紙袋を持ち、イングは台所に向かう。

「手伝いましょうか?」

 シフォンケーキを切る事の難しさを知っていたのか、琥露鬼がそう言いながらさっと席を立つ。もちろん断られたが、半ば強引に琥露鬼は台所に向かった。

 そして台所から琥露鬼が采配を揮う声が聞こえてくるようになったのを機に、クシェウは不意に真面目そうな表情になる。

「ルィニア、だったか? この中に凄腕の奏甲技師が居ると琉都に聞いたんだが」

「ああ、そうさねえ。確かにワタシゃ奏甲技師だけど、凄腕と言われるほどかどうか…」

 謙遜らしい事を言いながら、ルィニアは肯定する。もっとも否定する必要性は全く無いのではあるが。

 うむ、とクシェウは満足げに頷く。

「その<宿縁>は、そっちのお嬢ちゃんだな?」

「うん。でも名前はお嬢ちゃんじゃなくて、ソフィアだよ?」

 お嬢ちゃん、と呼ばれた事自体はそう嫌では無かったのか、ソフィアは上機嫌で答えた。

 クシェウは軽く笑ってから、

「そりゃすまん。 まぁそれはそうとして、ちょっとお二方に頼みたい事があるんだが」

 と話をきりだした。

「依頼?」

 ソフィアも表情をすぐに引き締め、どう見てもその年齢の女の子がすべきではない、何か剣呑な物がある顔になった。

「だったらさ。わたし達じゃなくて、ちゃんと傭兵ギルド通した方がいいんじゃないかなぁ?」

「それもそうさねぇ…」

 話の展開にイマイチ追随しきれていないのか、ルィニアは曖昧に肯いた。

 だがクシェウは頭を横に振る。

「そういう訳にも行かない。この面子にしか頼めないし、公にしてはならない事だからな」

「…? ちょっと待て、そりゃどういう意味なんだ?」

 横からアルゼが口をはさみ、話の腰を折る。クシェウは舌打ちを一つし、ついでにため息もついてから、短絡的に説明した。

「クロイツがそうホイホイとあったんじゃ、この世界が幾つあっても足りゃしないだろ?」

 その言葉を耳にとめ、アメルダは顔をしかめる。

「クロイツは13機だけ、じゃなかったのかしら」

「今現在の段階で存在が公に認識されていて、一般人がクロイツと認知できるのはな」

 あまり事をばらしたくないのか、クシェウは慎重に言葉を択ぶ。

「実際には古代奏甲の最後期生産型の過半数は、クロイツと同じ機能を有していたとされる。が、その98%以上は朽ち果て、残った物もほぼ半数は機能を喪失している」

「一体何機が生産されたの?」

 さぁな、とクシェウは取りつく島も無く答えた。その答え方に、質問した側のルィニアは少しムッとなる。

「俺達が把握してるだけじゃあ、250機ほどが当時の生産機数じゃないか、と予想するのが限界だ」

「そんなに!? だったら何で歌姫大戦の時に奇声蟲が完全駆逐されなかったのよ!」

 興奮したのか、アメルダはいきなり叫んだ。しかしクシェウは茶をすすり、全く相手にしない風を装う。

「話を元に戻そうか」

「うん」

 色々と思う所があったのか、ソフィアがまず真っ先に肯いた。

「これ以上話の腰を折られても、時間の無駄だもんね」

「そういう事だ。 …で、手っ取り早い話。今現在の赤銅の工房の技術でも、最後期生産型古代奏甲──クロイツ系と呼ぼうか──をしっかり研究すれば、クロイツの模造品くらいは創れる」

「本当かい!?」

 奏甲の話と言うだけあって、ルィニアがまず真っ先に食らいついた。クシェウは多少気圧されぎみに肯き、とりあえず椅子にもう一度座るよう手で制する。

「本当だ。…こっちとしては、そういう物は出して欲しく無いんでなあ」

「技術を抹消? でもさあ、それって一個所だけやっても意味無いと思うんだけど…」

「そうだぜ。それに工房の本拠地は、ポザネオじゃねえかよ」

 ああそれなら、とクシェウは軽く手を振る。

「アルゼ、君の言った方はすでに別働隊が動いて、大掛かりな作戦行動を行ってる」

「…手回しがいいんだな…」

「ま、そうでもなきゃこんな大仕事できやしないがね」

 比喩も謙遜も無く言い放ち、クシェウは懐から紙を取り出した。

「ここに赤銅がクロイツ研究の本拠地としてる付近の地図がある。場所は岩蛇山塊の盆地だ」

 トーテス・タールか、と誰がとも無く呟いた。

「でも、そこって確か有毒性の火山ガスが残留する土地よね。何でそんな場所に?」

「だからこそだぜ、アメルダ。他人が寄り付かねえから、そう言う機密事項を隠すのにうってつけだ」

「アルゼの言うとおりだ。……だが俺にとってあの地は毒より心の傷の方が……」

 後半は独り言のように、ぼそりと呟いた程度だ。聞き取ろうとしなければ決して聞こえはしない。

「おまたせー」

 どうしようかと4人が悩んでいる所へ、琥露鬼がシフォンケーキの小皿を持って入ってきた。白いふりふりのついたエプロンをかけて新妻気分、と言った風だろうか。

 クシェウはその様子に苦笑してから

「ま、返事は明日の朝にでも聞かせてくれ」

 と言った。




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 翌朝。


「クシェウ、ちょっといいか」

 琉都は目が覚めたばかりのクシェウを呼び止め、一介の農家としては広い方のフォルティッシモ家の廊下で立ち話を始めた。

「何でソフィアまでお前らの組織抗争に巻き込む? それにアルゼもだ」

 クシェウはため息をひとつつき、外へ行こうと目線で促した。琉都は何も言わずに、家を出るクシェウの後に続く。

 しばらく歩くと、周囲には人っ子一人居なくなった。村の者達は各々の家畜を牧場に出しているらしく、アーカイア人ではない者が並んで歩いていても聞き耳を立てる者は居ない(好奇の視線は飛んでくるが)。

「俺達だけじゃあ今回は手に余る。だから外部に、まあ、切り捨てられる末端が欲しいんだ」

 クシェウはいきなり答えを言い、それ以上喋りたくなさそうだ。だが琉都は更に問い詰めた。

「なら他の組織と協調すればいいだろ?」

「そうも行かない。八方敵だらけ、目立つ事は厳禁、ついでに言えば技術管理は完璧に、だからな」

 クシェウはやれやれと肩を竦めた。

「手土産にできる物はあっても出し惜しまなきゃならない。これじゃあどの組織とも相容れないだろう?」

「それもそうか」

 琉都はその点については納得する。クシェウはふと思い出したように言葉を付け加えた。

「あぁ…でも自由民は案外俺達に頼っている節があるな。技術提供を一応はした、まぁ組織っちゃあ組織だし」

「自由民に?」

 降って湧いたような発言に、琉都はかなり驚いた。

 機奏英雄追放の過激思想集団とも言える自由民が、何故に異世界の存在に頼るのか。

「ああ。俺の知らない所で、スェルとピアスが勝手にやらかしたみたいだ…。……あのひよっこどもめが!」

──ボギッ! バキバキ…

 力任せに殴り付けた柳のような木が、いともあっさりと粉砕に近い体で折れてしまう。そこまで怒っていたのかと思うと同時に、まるで嵐のような破壊力だなと琉都は内心で評した。

「技術提供って、まさかクロイツ系の提供をしたわけじゃないだろう」

「ああ、最初期の奏甲の設計図を渡したらしい。異世界人を乗せる必要はないと頑固に歌姫どもが主張していた頃の、まともに動きもしないまるで木偶の坊のような役立たずだったが」

「が?」

「スェルが勝手に改良して、現行の機体の改修で済むように変えたみたいだ。錬金術師であるあいつなら、その程度の事は寝ながらできる」

「キューレヘルトか」

「ああ。あのバランサーは、俺達の世界ではなかなかにポピュラーなデザインだから、すぐわかった」

 ふぅん、と琉都はわかったようなわからなかったような微妙な調子で頷いた。そしてしばらく顎を人差し指と親指ではさみ、何事か考えているような難しい顔をする。

「でもさ。そうやって考えると、十分に目立つ事をしてるような…」

「そうか? 名目上は自由民の完全自主開発だが、その設計に別組織の人間が関わっても、設計した場所が自由民なら自由民の開発に違いはない」

 クシェウは平然とへ理屈を言ってのけると、適当な所でくるりと回れ右をした。琉都もその場で回れ右をする。

「それにブラオヴァッサァ。あれの魚尾部分の根幹設計には、俺も一応は参加したんだ」

「へぇ? すると思念操作に関する部分か」

「ああ。人間に無い部分を操作する技術は、いくらフォイアロート・シュヴァルベで確立したとは言え、人魚形とは大幅に違うからな…幻術師の俺が呼び出しをくらったわけだ」

 あの頃は俺もバカだった、と冗談半分に言ってみせる。琉都はその言葉と目の奥に、何か深い後悔のような物を感じた。

「やっぱ目立ってんじゃないか」

「いや、俺以外にも色々と呼ばれてたからな。無限光(アイン・ソフ・オウル)だけが目立つ事は絶対に無いし、第一あの時は俺個人で呼び出された」

「じゃあ、ブラオの後継機は…」

「無限光でなら造れるし、売れと言われれば売る──ここ10年の間ずっと資金難だから」

 どうか今後とも“黒竜の酔拳亭”をご贔屓に、と道化た調子でクシェウは虚空に向かっておじぎする。

 琉都はそれを見て笑い、そしてハッと気付いた。だんだん話がそれている。

「話を戻すが…自由民とヴァッサァマインに助っ人を回してもらえばいいんじゃないか? 技術提供はしたんだろ」

 クシェウは道化た調子を一瞬で消し去ると、真面目腐って首を横に振った。

「俺個人の名前を覚えてるほど国は暇じゃないし、自由民にはもう人手を貸してもらってる」

「それでまだ足りないのか!?」

「全力でぶつかると、嫌でもリーサルウェポン級の兵器が飛び交う事になる。それでも?」

「い、いや、何となくわかった…」

 琉都はそう答え、ある結論に達した。

 結局の所、無限光の面々はアーカイアと言う世界をいたく気に入っていて、それ故にこの世界を破壊されたくないのだ。自分達が例えその危険性を孕んでいたとしても、それを絶対に表に向けない自信があるからこそ、裏で情報的心理的な戦争を他の組織と繰り広げられる。

 そういう事なのだろうかと聞いてみると、クシェウは満足げに肯いた。

「現世騎士団に“賢者の石(エリクシリル)”の息がかかっているのも嫌なくらいだ。彼らだってアーカイアと言う世界の、言わば役者なんだから」

「へえ…そんな所でまで」

 いや、とクシェウは苦笑した。

「実質上、彼らには代理戦争をやってもらってるんだ。ただし向こうもこちらも技術提供はせず、どちらがアジテーションが巧いかの勝負だが、ね」

「なるほど」

「…俺の時間軸で2年前、アーカイア時間軸ではついさっきまで、俺は現世騎士団で幻糸の研究をしてたけどな」

「……は?」

「時間移動したんだと思ってくれれば早いな。世界が違えば時間軸も全く違うんだよ」

 はぁ、と琉都があいまいに返事をして、これでこの事に関する会話は終わった。




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「請けるぜ。なかなかに面白そうだしな」

 何故かソフィアではなくアルゼが、クシェウに対してそうはっきりと言い切った。

 クシェウは少しだけ満足そうに肯くと、懐から両手の平ほどの大きさの皮袋を取り出す。

「前払い金、兼支度金、兼旅費。全部で5万ゴルトほど入ってるはずだが、それで足りるか?」

「十二分だと思うよ」

 ソフィアはそう答えると、その皮袋を受け取った。正式な請負人はソフィアなので、今回の事に関しては全てソフィアが交渉などを行う義務がある。

 しかしそれでも5万ゴルトも前払いとなると、これは一体どういう事なのだろうか。

「でも何でこんなに?」

 あぁ、とクシェウは悪戯っぽく笑った。

「塔の中にあるお宝は、全部お前らにくれてやる。その代わりに成功報酬は基本的に無しだ」

「ちょっと待った。塔の持ち主は、あんたらじゃないんじゃないのかい?」

 ルィニアの意見を聞き、クシェウは不意に真面目な顔に戻る。

「…誰も調査に入れないような毒ガス地域の物に、誰が一々所有権を主張するって言うんだ? それに誰も気付きゃしない」

「うわ、悪人だ…」

 ぼそり、と琉都は冗談交じりに呟いた。

「本当ですね…」

 琉都の呟きに、クゥリスは真面目に答えた。

「あ、でもな。同じような事を考える輩は多いはずだ、もう無いかもしれないぞ」

「だめじゃないのッ!」

 びしぃっ、と思わずアメルダはツッコミを入れた。だがクシェウは大真面目である。

「でも、それじゃあちょっと報酬が少ないねぇ」

 ルィニアはそっちの方が気になるのか、わざと聞こえるように呟く。

 それを聞き止めたのだろうが、クシェウはあえて何も反応しない。その代わりにか、今までずっと琉都にまとわりついていたレイが

「だったらさ、必要な機材は貸出してもらえば。 ねぇ、アハト?」

 とやっぱり琉都にべったりと引っ付いたままで言った。

 ちなみにレイは昨日からずっとこの調子で、そのしつこさたるや琉都が温泉に入りに行くのまで一緒に行くと言って聞かなかったほどだ。まあその時はクゥリスとクシェウも同行したのでレイは泣く泣く女湯の方に入ったが「もし同行者が一人も居なければ本当に男湯に入って来かねなかった」とは琉都の談。夜も一緒に寝たがったので、琉都はほぼ滅私奉公の体でレイの我が侭につきあっていた。もちろんR指定は無しである。

 琉都は大きくため息をつくと「ああそうだな、レイ」とアハトの声で言った。このセリフは、昨日から通算で二百飛んで五回目だ。クゥリスももう諦めたのか、一々目くじらを立てるような事も無くなっていた。

「じゃあ、そうするとするか」

 クシェウはそう呟くと、手の平に指で何事かを書き留めた。どうやら何かを覚える時には手の平に指で書き留めるのがクシェウの癖らしかった。




 昼過ぎ。


 レイの我が侭につきあうのがやっと終わった、と琉都は心の底から開放感を味わった。

 両方の拳を天に突き上げるようにして伸びをし、本当に解放されたのだと心と体で味わう。

「うーん…。やっぱレイとは何かが合わないな」

「…でも琉都さん、楽しそうでしたよ」

 どこか不服そうなクゥリスを見て、琉都は自分の精神の構造を僅かに怨んだ。

 確かに顔や表面では楽しそうにしていたかもしれない。本心はずっと窮屈に感じていたのだが、それは表に出せなかっただけである。

「そうか? 俺はやっぱクゥと居るのが気が楽だし、地の自分が出せると思うなあ」

 琉都は何の気負いも無くそう言い、さっさとハイリガー・クロイツ=フリューゲルの奏座に座る。

 クゥリスはその言葉の意味を考えてみて、それがある言葉に相当するのではないかと思い当たり、頬が赤く染まるのが自分でも分かった。

 昨日、シフォンケーキの作り方を教えてもらっている間にクシェウが教えてくれた「好き」と言う言葉。今まで概念も知らなかった言葉なのでその意味を理解するのは難しいだろう、と言ってはいた。

 だが他に何の言葉があてはまるだろうか?

「そうですか…えへへ…」

 照れたように笑いながら、クゥリスは奏座の後ろにあるスペースに収まる。

「笑っててもやる事はやれるんだろうな?」

 琉都もまた自分の言葉の隠された意味に気付いたか、やや照れ気味になりながらあえてキツい言葉を投げかける。

 クゥリスが明るく歌い始めると、ハイリガー・クロイツ=フリューゲルもまた、明るい光をその目に宿した。








あとがきっぽい何か



ども。毎度お騒がせのぼんくらこと、センジン リュウトです。

「…自分でそこまで言えるってのも凄いですヨ…」

まあそう言うな、参章弐話で出てきた自殺志願歌姫、もといドリス。

「……何か物凄く失礼な事言われてる気がしますヨ?」

気のせいじゃないのか?

「………」



まあそれはそれとして。所でドリスは、英雄とはどういう間柄だったの?

「……あんまり思い出させないで下さいヨ。思い出すと未だに苦しいんです」

………。要するにそこまで精神的に関わりが深かったのは確かなんだな。

「ええ」

じゃあそう言う間柄になれた人として聞きたいんだが、琉都とクゥリスはどう思う?

「質問の意味がわからないですヨ?」

俺にわからないから聞いたんだけど。俺は一応ああいうLOVERSなのかと思うんだけどな…

「まだその域には達しきれてないですヨ。もう一踏ん張りして、男の方からきちんとしたプロポーズするまではちょっと違うですヨ」

…………そういう物なのか?

「そういう物なんですヨ」

でもそういう事って、俺ら男の方が疎い事が多いし、気付いたとしても恥ずかしくて言えないんだぞ?

「それを乗り越える想いがあればこそ、その至高の領域に踏み込めるのですヨ!」

さいですか。

「さいですヨ」



ところでさ。何気に登場するキャラが某はぐれ黒魔術師の出てくる小説っぽくなってきてるのは、全部俺の気のせいなのかなあ。

「……登場人物の1人の私に聞かないでくださいヨ。それにあんた作者でしょうが」

……。いや、書いてる本人にはなかなかわかり辛いんでさ。

「こんなオヴァカな作者にも感想の一つも言ってやって下さる心優しき御方はいらっしゃるのですヨ?」

そうだっけ。俺、本当に鳥頭だから忘れたけど…

「……。その鳥頭が何故に黒魔術師『孤児』(故意的に他字をあてました)のキャラを一々覚えていられると言うのですか?」

…えーっと…毎日学校の図書館で読んでるから。

「……どんな図書館やねん、って言いたくなりますヨ」

案外変な本がある図書館。空想化学読本が1から3まで揃ってたり、なかなかに面白いぞ?

「さすがは総合学園、としか言いようが無いですヨ…」



と言う訳で今回のゲストは…誰だっけ?

「ドリスですヨ! 作者なのに忘れないでくださいヨっ!」

そうそう。そのドリル──

「違ぁぁぁう!! ドリルじゃない、ドリス! 全然別物ヨ!」

──ふぁい。じゃあ、えっと、今回のゲストのドリスさんでした。お疲れ様でーす。

「……次回はニナさんが来るとか言ってたですよね?」

ん? あぁ、そのつもりだけど…

「間違えても別の作品のニナとは間違えないようにしてあげてくださいヨ?」

大丈夫。仮にも作者だ、間違えはしないさ!

「…本当に?」

…たまに忘れるケド。

「……。 ま、まぁ、今日はそろそろもう行きますヨ…」

おう、気ぃつけてな。変な一人身英雄に誘惑されんなよー。


と言う訳で、今回のゲストは身投げした歌姫ことドリスでした。

何気に次回のあとがきの予告もしましたし、これでちょっとは安心かな…と思います。

それでは、さらば〜ッス





次回予告?

迷子になったソフィアが出会った優しい機奏英雄は、琉都と同じ三眼の者だった。

あんなお兄さんが欲しい、と思うソフィア。

兄貴ならここにいるぞとボケるアルゼ。アメルダの爆風制裁。

そんな風に移動する最中に突如出現した謎の奏甲は、琉都を名指しにして決闘を申し込んだ。

その奏甲が試作クロイツであると知りながら、琉都はクゥリスに反対されてもあえて危険な賭けに赴く。

そして決闘の最中にソフィアは一言叫んだ。

「あの時のお兄さん!」

と。

次回、無題迷話 第参章 四話。

歌と、鋼と、想いが織り成す奏でを、聞く事になるかもしれない…



なお、次回予告通りの内容でなかった場合も当方は一切の責任を負いません。