無題迷話
第参章 伍話
フェアトラークに辿り着いてから一週間は何事も無く過ぎ去り、一行はほぼ何も無い行程を経て、今は湖畔の街に来ていた。
ここゼンタルフェルドシュタッドは小さくも静かな町として、ちょっとした伝説もありながらも、昔からずっと宿場町としては小さい規模のままであったそうだ。
青白い月明かりが、静かに宝石の名を持った湖の湖面を照らしている。
その湖畔に佇む影は、静かに夜空を眺めていた。
うっすらと額に汗の跡が残っているのは、彼が今さっきまで激しい鍛練を行っていた証であろう。芝の生えた土手に寝転び、手枕をして上を見ている。
琉都はその空に見慣れた星座を探し、黄道のある場所に目を泳がせた。アーカイア独特の星々を見上げていると、不意に何故か捨てられた子犬のような気分になる事もあるが、今日はそう言う気分は襲ってこないようである。
「“星よ(エトワール)、何故君は、天で輝くのか。”…」
どこの誰かが詠んだような、しかし誰も詠みそうに無いような、口から出任せの詩を、呟くように朗読する。気分は吟遊詩人なのだろう。
この男、時折こう言う訳のわからない事をするのだ。
「“私の手の内で、輝いてくれれば、私は、全てを捧げよう。”…?」
呟いている途中で琉都は、遠くから誰かが歩いてくるのを聞いた。最近琥露鬼は足音をたてずに琉都に近付くので、すぐに彼女でない事はわかる。
「……“天龍よ、私の下へ、星をお迎えなさい。私が真に、星を輝かせられるなら。”……」
呟くように朗読し終えて琉都が身体を起こすと、クゥリスが隣に立っていた。
「良い詩ですね。現世の詩ですか?」
「…いや、適当に言ってみただけだ」
琉都はそう言って微笑むと、星や月を映して輝く湖を見た。
その隣にクゥリスも腰を下ろし、琉都が見ているのと同じ物を見る。
適当な石を掴み上げて放り投げ、琉都はその石を湖面で2度ほど跳ねさせる。
「眠れないのか?」
え、とちょっとびっくりしたようにクゥリスは訊ねかえす。
「そんな事は無いですけど」
「いつもならとっくに寝てる時間だろ」
「…何となく目が覚めただけです」
手近な丸い石を掴み上げ、クゥリスも湖に石を投げ込んだ。しかし普通に投げ込んだだけなので、跳ねるどころか音も間抜けであった。
「そうか…。 んじゃ俺はそろそろ戻るとするかな」
もう一度だけ石を湖面で跳ねさせ、琉都は立ち上がってズボンの尻を軽く叩く。
町の中では3番目に湖に近い場所に位置する宿でもある“黒竜の酔拳亭”に足を向けた琉都を、クゥリスは思わずズボンの裾を引っ張って止めてしまった。
「…何だ?」
琉都は振り向いてクゥリスの顔を見るが、湖の照り返す月光が眩しくてよく表情は見えない。だが引き止めた本人が驚いているのは、顔を見るまでもなくわかる。
「あ……いえ、その…何でもないです…」
そう、と小さい声で返事をすると、琉都はさっさとまた歩き始めた。クゥリスも今度はズボンの裾を引っ張るような真似をせず、何か言いたげにはしたものの大人しく見送った。
──とぽん…
また小石を投げたのか湖面に小さな波紋がまた広がり、明鏡となりし止水の影月を乱した。
月が天頂よりも先に行った頃。
クゥリスももう宿に戻っており、静かに寝息を立てている。
琥露鬼は一人で湖畔に来ると、その夜目を以ってして地面をじっと見つめた。草が無残にも薙ぎ倒されて鉄骨ブーツの足跡が残っている場所は、おおよそ10ザイル(約10メートル)の幅をあけて2個所にかたまっている。
これが何を意味するのかを、疑いながらも琥露鬼は瞬時に察した。自分の足でも瞬動を行い足跡をつけて検証してみるが、確かにそれ以外の可能性はありえない。
琥露鬼が新たにつけた瞬動の足跡は3ザイル幅ほどだが、10ザイルの幅の物と足跡そのもののパターンとしては酷似していて、移動時の地面を強くえぐるような炸裂痕が残っている。
「まさか……そんな…」
ふとそう呟いて他の場所を見やると、1ザイル幅から10ザイル幅で足跡の間隔がある場所が、一定の法則を持って存在していた。全て瞬動の足跡であるのは、検証するまでもなく明白。
瞬動と言う歩法は、確かに高速移動法の一種である。しかしその歩幅によって小回りは大きく変わってくるため、実戦ではなかなかに繰り出すタイミングをつかむのが難しい歩法でもあった。
だがこれならばほぼ対応できる。歩幅を自在に調整できるならば、繰り出すタイミングを計る必要は無い。
「…もう実戦レベルだって言うの……?」
ある種の戦慄を覚えながら、琥露鬼は琉都のセンスに深く感動した。まさかたった2週間かそこらの自己トレーニングで、気功道とも深く結びついているために習得の難しい瞬動をほぼマスターするとは。
「琉都クン…これも君が三眼族だから? それとも…」
独り言するように呟くと、琥露鬼はさっさと踵を返して宿に戻る道についた。
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その翌日。
琉都は女5人を連れて、フェアトラークで最も腕の良い裁縫職人の元を訪れていた。
いらっしゃい、と歓迎されるよりも早くずかずかと歩み寄り、手書きの乱雑なスケッチをポケットから取り出す。そしてそれを卓に置く前に、ふと思い出したように訊ねた。
「…ちょっと聞きたいんだが」
「なんでございますか?」
少し驚いているのか、職人は裁縫する手を止めている。
琉都はなるべくある表情を出さないようにしながら、悪戯を思いついた子供のような笑みを口の端に乗せたまま訊ねる。
「木綿で織った、風通しのいい薄い生地はあるか? 麻が少し混じっていても問題無いが」
「え、ええ。ございます」
「なら──」
とん、と琉都はスケッチを卓に置いた。稚拙で乱雑だが、おおざっぱにイメージを掴ませるには十分役を果たせるだろう。
「──こんな感じの、単の和服を作れるか? できれば明日夜までに」
「浴衣でございますか」
ちょっと見ただけで、職人はすぐに思い出したように言った。
「そう、それ…どこで知ったんだ?」
「昔、我が家からも機奏英雄の宿縁となりました歌姫が出身しておりまして。その際に裁縫技術と幾ばくかの衣服見本書を遺されたのです。その本で一度だけ見たのでございます」
なんて都合のいい話なんだろうか、と琉都は内心でちょっと驚いた。
「なら話は早いや。彼女らに作ってやってくれないか?」
「承りました。…あのう、英雄様も甚平などお召になられてはいかがですか?きっとお似合いでございますよ」
○じんべえ【甚平】:甚平羽織の略。丈は羽織くらいでわずかに膝をおおって前で合わせ、袂が無く付け紐を添えた夏の衣。多くは麻で作る。
「…いや、それはまた夜に来る。俺だけでなくもう一人、機奏英雄が居るからな」
琉都はそう言いながら代金を置き、そのまま店を出る。出て行き際にクゥリスの肩をポンと軽く叩き、ひらひらと手を振った。
職人はその手際の良さにただならぬものを感じながら、採寸致します、と3人に声をかけた。
さらに翌日。
今日はどうやら微風のようだ。
ユヴェール湖の水面は鏡の如く静まり返っており、何か神々しいような感じも感じさせてくれる。故人はこれを明鏡止水と言ったのだろうか、と琉都はうすぼんやりと思った。
新しい服として購入してしまった(目採寸で寸法を測って作ったと職人は言っていたが、流石は職人業と言うべきかピッタリである)甚平を着たまま、琉都は対岸の上空を見上げている。
彼の他にはアルゼも甚平姿で来ていたが、これが意外と似合っているので琉都は驚いていた。目つきが悪いせいで悪人面と言われるアルゼに甚平が似合うとは思ってもいなかったのだ。
それ以外には「何か面白い事をやるらしい」程度で集まってきた野次馬が居る。みな普段服だが、中には甚平を見て羨ましがっているアーカイア人も居るようだった。
「…何か外した気がしてきたぜ、オレ…」
アルゼが自信なさげに呟くが、琉都はその意見を却下する。
「場違いでも外してもいないだろが。堂々としてろ、お前らしくも無い」
包帯でどうにか蟲化しつつある左腕を隠しているアルゼは、もう動かない左腕を右手で掴みながら周囲に気を散じていた。どこの誰が蟲化に気付くかもと思うと怖いのだ。
琉都はしばらく黙っていたが、まだ準備に時間がかかるんだろうとため息をついた。そして不意にアルゼに向かって
「なあ、アルゼ。何でその腕の事を知っても、俺たちについて来たんだ?」
と訊ねてみる。アルゼはひとつため息をつくと、右手でコンコンと左肩の皮膚が硬化してしまった所を小突いた。
「仲間だろ。オレは当たり前の事を選んだだけだぜ」
「…そうか?」
「だってそうじゃねえか。もう同じ釜の飯を食ってンヶ月か、ひょっとすりゃ一年くらいだぜ? …時間感覚がもうよくわかんねえけどよ」
季節もよくはわからないがここの所暑いのは事実だった。
「まあ、それだけ長い間ずっと旅を共にして来た仲間だぜ。たかが蟲化程度でやめられっかよ」
「…そうだな」
琉都は少し納得したように頷くと、視線を対岸に戻した。
数分後。
ひょるるるる…という和笛のような音と共に、地面から天に向けて流れ星が駆け上る。
いや、それは流れ星などではない。れっきとした花火だ。
アメルダが時間潰しと趣味に何十発と作った物を、アルゼが物好きな機奏英雄に売り渡したのであった。
「始まったな」
「…ミスるんじゃねえぜ…」
祈るようにアルゼが呟いた刹那、夜空に見事な一輪の花が開いた。
流石は火薬のエキスパートと言うべきか、色の加減もなかなかに見事だった。少しの時間を置いて、周囲の野次馬たちが感嘆の声をあげる。
直後、二発目が打ち上げられる。
──ひょるるるる… どむっ
伝統的な開くだけの花火だが、琉都には馴染みの深い物である。
琉都はどこからか風鈴なども取り出して、指で持って息を吹きかけていた。
──チリィィィィン
「これぞフウリュウってやつか?」
アルゼが笑いながら訊ねるのに、琉都は笑いながら肯いた。
「ああ。けどまだこれからさ、真の漢(おとこ)が夏の風流と思う物は…」
「何?」
神妙な面持ちで訊ねかえすアルゼに、琉都はただ笑い顔で応える。少し風が吹き、風鈴が涼しげな音を奏でた。
ちなみにこの風鈴。ただの小さなガラスカップに糸で繋いだガラス棒を入れただけの、どこからどう見ても子供の工作のような品である。
──リィィン……
しかし琉都の手先が器用だったのか、見た目の割には美しい音を奏でるようだ。
四発目の花火が打ち上げられた時、琉都はふと振り向いた。そしていきなり表情を崩す。
「来たぞ、アルゼ」
「何がだ?」
そう言いながら振り向いたアルゼは、信じ難いと言いたげに口をあんぐりと開ける。そして次の瞬間、何を思ったのかいきなり笑いはじめた。
「あははははは……」
「…アルゼ、お前、笑うと何か変だな…」
琉都の冷静なツッコミにも動じず、アルゼはただ笑い続ける。仕方無しにそれを無視して、琉都は手を振った。
それを見つけたのか、クゥリスがまず真っ先に駆け寄ってくる。慣れない浴衣を着ているせいか足下が危なっかしかったが、琉都は落ち着いて上から下まで観察する。
クゥリスは、紺地に白枠の赤金魚が一匹だけ染め抜かれたデザインのなかなかに趣味のいい浴衣を着ている。いつもは特に手を加えない癖っ毛にも手を入れたらしく、前髪の一部を飾り付きのヘアピンで留めていた。
年齢が年齢なだけに、日本人的な──つまり西洋方から見れば幼い──体型もあってかなり似合っている。
「琉都さーん」
恐らく乗り気になった琥露鬼が見繕ったのだろう。小洒落た手提げ巾着を持ったままぶんぶんと手を振り、足の動きが制限されているためにかなり遅いスピードで琉都の方に走り寄る。
本人にしてみれば全速力だろうが、普段ほどの速度はやはり出せないようだ。歩いている他の4人とそう速度は変わらない。
ちなみに。
アメルダは薄青色の涼しそうな浴衣で、普段からは考えられないほど「大人しい」と言う印象を与えてくる。しかも仕草も普段より大人しめになっているのだから不思議な事だ。
ソフィアは子供用という印象を与える薄桃色の着物だ。丈が少し短めなのは動き易さを考慮しての事だろうが、謀らずともミニスカートのような感じがある。
ルィニアは渋い色合いの無地柄の浴衣で、大人な印象を強調しているように見える。これでもし髪や瞳が黒色ならば、完全に「大和撫子」と言えるように琉都には思えた。
琥露鬼は真っ黒い浴衣に赤い帯で、あまり普段と違って見える事は無い。強いて言うなら胸部が苦しそうな程度か。手提げ巾着だけが白く、変な所にアクセントがついてしまっていた。
と、ここまで観察し終えると、やっとクゥリスが琉都の目の前にたどり着いた。その間に花火が何発も打ち上げられていたようだが、琉都は辛抱強く待っていたのだ。
──チリィィン…
そよ風が吹き、風鈴が涼しげな音を奏でる。
──ひょるるるる… どむっ
花火が打ち上げられ、視界が一瞬だけ明るくなる。
「……」
琉都は黙っていた。
これ以上無く、完璧に、形容の仕様が無いくらい、黙っていた。
「あ、あの…」
クゥリスがおずおずと声をかける
「何か、間違ってましたか…?」
「……左前だぞ、それ」
呆れて物が言えないと言った風に、琉都はぼそりと呟く。
「左前?」
訳がわからず呟くクゥリスの少し後ろで、琥露鬼は「あっ」と小さく叫んだ。
琉都はため息をつき、端的に答える。
「死者の装束に使う着方だ」
○ひだりまえ【左前】:間違った和服の着方。向かい合った者から見て左側のおくみを前にして衣服を着る事。普段の着方と逆で、死者の装束に用いる。
「「「……」」」
──ひょるるるる…… どむっ
「…死んでるんじゃないんだから、着付け直して来いよ」
「はい……」
生きているのに死人装束をしてしまったクゥリスは、しょぼくれかえった様子でとぼとぼと宿に戻って行った。
しばらくの沈黙の後、琥露鬼が
「そっか…他の人は手直ししたんだけど、クゥリスちゃんだけ一人で先走るから忘れてたわ」
と言い残してその後を追った。瞬動歩法を応用したのか、浴衣とは思えない速度であった。
花火がほぼ全て撃ち上がってしまったのか、残っているのはどうやら小さいサイズの物ばかりらしい。
音だけの花火が何発も連続し、野次馬はほぼ皆帰って行った。
「んー……。終わりかァ」
途中から地面に寝転がっていたアルゼが、どうやら終わりらしいと察して起き上がる。そして「最後まで見るーっ」と駄々をこねているアメルダを引きずって、眠たいからなのか不機嫌そうに宿に戻って行った。
「そうさねえ。もう綺麗なやつは全部打ち上がったみたいだし…」
やはり途中で寝てしまったソフィアを背負い、ルィニアもアルゼの後を追うように宿へ戻って行った。
それと行き違いに、クゥリスが宿の方から歩いてくる。今度はきちんと正しく着ているので、琉都もやっと安心した。琥露鬼は途中で空を見上げて、もう終わりなのだろうと察するとさっさと宿に引き返して行く。
「やっときたか」
二重の意味で琉都はそう言った。クゥリスは空を見上げ、花火がもう打ち上がっていない事を確認する。
「はい…でも、もう終わりっぽいですね」
「…んじゃ戻るか」
やはり眠いのか琉都はおおあくびをひとつして、その場から立ち上がった。
「…あっ……あのっ……」
「んー?」
琉都はクゥリスに呼ばれて振り向いたが、夜の暗さでどんな表情をクゥリスがしているのか読み取れなかった。
しばらくの沈黙。
思い切ったように腕を腕で掴むと、クゥリスは琉都を引っ張ってどこかへ向かった。
「お、おい?」
琉都が困惑したような声を出すが、クゥリスはそれでも歩む速度を落とさない。まあもし本気で琉都が抵抗すれば、単純なパワーの差でクゥリスの方が引きずられる事になるだろうから、それほど嫌がっている訳もなさそうである。
──ひゅるるるる…… ぽすっ
──ひゅるるるる…… ぽすっ
しばらく歩く間に、不発弾が二つも打ち上げられる。
クゥリスは背丈の高い草が生えている中に琉都を引っ張り込むと、そこでやっと手を離した。
「……どうしたんだ?」
「えと、あの、その……」
何か言いたい事があるのだろうが、なかなか言えない類の事であるらしい。クゥリスは言葉を考えているようだったが、結局何も言葉が浮かばないらしかった。
琉都はため息をひとつつくと、草むらをかき分ける。
「あのっ!」
「ぅわっ!?」
いきなり大声で叫ばれたため、琉都は驚いてしまった。だが叫んだ方のクゥリスも驚いているらしい。
少しの間だけ無言でいたが、クゥリスは何も言わない。琉都はもう一度ため息をつき、草むらの草を適当に踏み固めてそこに腰を下ろす。
「言い辛いような類の事か」
クゥリスは黙ってこくりと肯いた。
星明かりはあるのだが背丈の高い草が光を遮っているため、琉都にはやはりクゥリスの顔の細部までは見えない。しかしそれでもたった一つだけわかった事がある。
「…いや、言うのが気恥ずかしいような事か?」
「そうじゃないですけど…」
草がうまく隠してくれている事に安心しているのか、クゥリスは少しだけ俯く。やはり気恥ずかしいのだ。
「……琉都さん」
「ん?」
全くいつもと同じ調子で、琉都は気楽に返事を返してくる。
「琉都さんは。私の事、どう思ってるんですか?」
「どうって……」
少し困惑したのか、琉都は躊躇した。
「じゃあ、クゥはどう思ってるんだ?」
「………好き、です………」
言っちゃった、と内心で何者かが狂乱しているのを自覚しながら、クゥリスはギュッと胸の前で拳をにぎる。
琉都はさらに困惑したのか、先ほどよりも長い沈黙を有した。
「…、きっと同じだろうな」
長い、長い沈黙。
「本当、ですか?」
──ひょるるるる…… ぽすっ
「うーん。前々からずっと、今まで俺が持ってた気持ちには無い気持ちを、クゥには持ってたように思うんだけど──」
琉都はここで言葉を区切り、空を振り仰いだ。そよ風が駆け抜け、未だに手で持っていた風鈴を揺らす。
──チリィィン…
「──何て言えばいいかわからなかった。 ひょっとしたらこれは、今の俺の、思い込みかもしれないが」
さわさわと風が草を揺らす音を、風鈴の音がかき消す。
──チリィィン…
「琉都さぁぁんっ!」
草むらから飛び出し、クゥリスは琉都に飛びついた。
「のわぁっ!?」
いきなりの事に琉都は対応しきれず、押し倒されるような形で草の上に倒れ込む。
(…意外とふわふわしてて軽いんだな…)
精神は確かに対応しきれなかったが、肉体は十分に対応しているようだ。頭の片隅でそんな事を漠然と考えつつ、もう片隅では現状に慌てふためいている。
クゥリスは琉都の胸板に額を押し付けるようにして、自分でも訳がわからないまま泣いていた。
「お、おい、クゥ?」
混乱する琉都の声も聞こえているのかいないのか、クゥリスはただ泣き続ける。
しばらくの後に琉都は、諦めたのかクゥリスをそっと自分の上からひっ剥がした。
「……ぇ……」
そして驚いたような顔のクゥリスを、改めて抱きしめ直す。
一瞬だけさらに驚いたようだったが、クゥリスもぎゅっと抱きしめかえした。
──ひょるるるるる…… どぉんっ!
一発だけ残っていた“アタリ”の花火が、夜の空に大きく花開いた。