半身と出会い 日の昇り沈む事 早くも三十を数え
今も 彼の者は側に居る
今は戦うとき
片方は鋼鉄(はがね)の巨人を繰り 片方は歌う
戦うために
生きるために
共に在るために
無題迷話
第壱章 壱話
琉都は──正確には琉都の乗っているフォイアロート・シュヴァルベOC(オウルカスタム)が、周囲を見回した。
周囲では様々な機種の絶対奏甲が、巨大蜘蛛が甲殻を鎧としたような生物、蟲と戦っている。単純に数だけで言えば、数十万対数千人と言った所らしいが、戦況は苦しいながらもこちらの方が有利らしい。
ギシャアァァァ!
さきほどからずっと隙を窺っていたらしく、一匹の衛兵種が琉都の乗っている奏甲に飛びかかってきた。
琉都 「くっ!!」
背中の羽を一瞬で広げ、無音ではばたかせる。それで後ろに飛び、着地と同時に蹴って攻撃に転じた。
琉都の乗る奏甲の持っている剣が勢いよく縦一文字に振り下ろされ、衛兵の体に両断寸前の大きな傷を生じた。だが、命を奪うには至っていない。
衛兵は一瞬ふらつきはしたものの、その両断し損なわれた体でなおも攻撃を仕掛ける。
琉都 「しつこいっ!」
琉都の気合とほぼ同時にシュヴァルベは剣を逆手に持ち替え、頭を狙って突き立てる。甲殻が貫かれる音がして、蟲は動かなくなった。
次の蟲が来ないかと気にしながら、琉都はシュヴァルベにショートソードを回収させる。
小盾を前に構えながらまた最前線に戻る。下手にこれ以上損傷すると機体乗り換えをしなければならないかもしれないので、あまり気は進まなかったようだが。
半ば突進するように攻撃を仕掛けてきた衛兵種の頭を、大顎の間から剣が貫いた。そしてそれを大きく薙ぎ払い、剣をそこから脱出させる。
蟲の紅くない血がおぞましい噴水となり、斬痕から勢いよく噴きあがった。
剣に映った赤い夕日が、今日一日がもうすぐ終わる事を知らせる。
クゥリス 『琉都さん。』
琉都 「ん?」
<ケーブル>越しに聞こえたクゥリスの声に反応して、琉都は奏甲を一歩後退させる。
クゥリス 『さっき帰還命令が出たので、戻ってください。』
琉都 「・・・? おぅ。わかった。」
薄茶色の羽を広げ、琉都の乗ったシュヴァルベは音も無く離陸した。
フォイアロート・シュヴァルベの背中には普通、純白の羽があるのだが、琉都の乗っている機体は違う。工房スタッフの一人が勝手に改造して、隠密行動に最適になるようカスタムされてしまったものだ。燕ではなく梟にしたかったらしいが、結局は梟の皮を被った燕にしかならなかったらしい。
ふと琉都が周囲を見回すと、待機させてもらえなかったシュヴァルベがあちこちから飛び立っているのが見えた。ほとんどが無理矢理飛んでいるように見える。
琉都 「紙装甲だかんなぁ・・・」
クゥリス 『?』
琉都 「イヤ、何でもない。何でもない。」
何がですか?と言った感じが伝わってきたのに対して反応してから、琉都はちょっとした疑問を口にしてみた。
琉都 「クゥ。この時間に前線から戦力を削いでも大丈夫なのか、何か言われてるか?」
クゥリス 『え?特に何も言われてないですけど?』
琉都 「そうか。──わかった。」
琉都は最前線基地などという都合のいい所に所属しているわけではない。黄金の工房の周辺の蟲討伐を主にする、護衛隊のようなものに所属している。
この隊では各ペアに小さなテントがあてがわれており、かなり過ごし良いと言えるだろう。
せいぜい50組が所属しているだけの、小さな隊ではある。しかし何処の国にも属さない傭兵部隊のため、重要な作戦に参加させられる事も無いではない。
いつもミーティングが行われる、テントが無くて開けた場所に琉都とクゥリスがつく頃には、シュヴァルベに乗っている英雄と歌姫の組はほとんど集合していた。
?????「諸君!」
唐突に、隊長の声が小さな広場に響き渡った。力強くてよく響く、隊長声と言うに相応しい声だ。
護衛隊隊長「この時間に前線から帰還命令があって、不思議に思った者もいるだろう。」
少しだけ、広場が静かになった。隊長はそれを確認してから話を続ける。
護衛隊隊長「あまり時間が無い・・・手短に言おう。最初期にこちらに召喚された諸君は知っているかと思うが、この蟲討伐は長く激しかった。しかし諸君の懸命の進撃によって、蟲の数も減ってきた。そして、貴族以上に強力な『女王』の存在が明らかになった。」
隊長はここでいったん言葉を切り、反応を確かめるように広場を端から端まで見回した。琉都はまるでそんな事は赤の他人の事であるかのようにぐぅすか寝ている。
護衛隊隊長「ここまで言えば、何をいいたいか大体分かると思う。諸君には、その『女王』討伐に加わってもらいたい。詳しくは明日0630にミーティングを行うので、遅れないように・・・と言っても、テントから顔を出しているだけで聞こえるとは思うがな。」
隊長の最後の一言で、広場に集まった人たちの中から笑いが起こった。
隊長の話の後。
工房内、奏甲駐機場の一画。そこに琉都とクゥリスは来ていた。
シュヴァルベOCは特殊な羽をもつため、その部位は“ある人”以外には整備できない。そのためである。
琉都 「ルィニアさん、いますか〜?」
とりあえず琉都は、“その人”の名前を呼んでみた。
ルィニア 「うん? ああ、リュートか。ワタシはここに居るよ。」
目の前に駐機してあった奏甲の裏側から、愛用のスパナを振ってルィニアが返事をした。
今は手が放せないかと咄嗟に判断して、琉都はそっちに行こうとはしない。
琉都 「リュートじゃない。リュウト。それはそれで置いといて・・・。 とりあえず梟は表に止めてありますから。」
ルィニア 「ああ、わかった。後で見とく。・・・ソフィア、それとって。」
琉都 「ソフィア・・・?」
誰のことだろうか、と気になって琉都は奏甲の裏側を覗き込んだ。
いつもと同じようにメガネをかけ作業着で奏甲を整備しているルィニアの隣では、13ほどの少女が何やかやと道具を持ってきたり片付けたりしている。金髪で、可愛らしい。
そしてルィニアの首には、金属で出来た首輪状の歌姫専用器具──<声帯>が輝いていた。
クゥリス 「あ! ルィニアさんも宿縁の人がみつかったんですか?」
それを見たクゥリスが、ちょっと喜んだ声で訊ねる。
ルィニア 「そ。このコがワタシの英雄の、ソフィア。」
琉都 「そーだったのか。俺はてっきり、子供かと思ったがほぁ!!」
ルィニアが「子供かと」でスパナを投げ、「思った」で鈍い音をたてて琉都の腹部に命中した。
人体の急所とも言われる鳩尾を押さえ、琉都はその場にしゃがみこむ。クゥリスが慌てて駆け寄り、大丈夫ですか、と言うような事を言った。
ルィニア 「誰の子供か?アァ?」
琉都 「・・・ルィニア母さんの・・・グげッ!」
今度は頭部に、奏甲用装甲板固定に使う、人間の拳ほどの大きさのボルトが命中した。大きなコブを拵えて、力尽きた琉都がその場に倒れ伏す。
クゥリス 「琉都さん大丈夫ですか!? ルィニアさん、やりすぎですよ!琉都さんは多分何も悪気無かったんですよ?」
ルィニア 「いや・・・まぁ、それもそうかもね。ごめん。」
クゥリス 「謝るんなら琉都さんに言ってください!」
ちょっと涙目になりながら一気にしかりつけたクゥリスに、ルィニアはただならぬモノを感じた──気がした。
金髪の少女英雄──ソフィアはただ、何事かとうろたえるしかできなかった。こほこほと小さく咳をしながら、だ。
───To be continued.