無題迷話

第参章 九話

 夕日に照らされた森。太陽はたった今、山々に隠れようとしている所だ。

 ホウカスタムが最後の奇声蟲に止めを刺した所で、この巣の蟲は全滅したようだ。既に周囲には奇声蟲の死屍累々が積み重なっているが、その内の五割近くはホウカスタムの手による物だった。

 琉都の乗るハイリガー・クロイツ=フリューゲルは時折思い出したように奇声蟲を踏み潰していただけなので、せいぜい一割程度しか戦績が上がっていない。それでも六匹も倒していれば、並の奏甲ならばかなりの戦績と言えよう。

 並の奏甲ならば。

『琉都君。どうしたんだい? さっきからずーっと空ばかり見上げているよ?』

 せっかくのクロイツが泣くじゃないか、と雷鳳はおどけた調子で言った。遠くからシャッテンナハトが歩いてくる足音を聞きながら、琉都は心ここに在らずと言った風で頷く。

「あぁ…。うん。 ちょっと試作クロイツの威圧感を感じたもんで。悪い」

『試作クロイツ!? も、もしかして、アストラルかな!?』

『違うやつかもしれないよ?』

 琉都はそのどちらも否定せず、肯定せず、ハイリガーのアークウィングを起動させた。

「二機一緒だ。…ひょっとしたら、取り込まれたのかもしれない」

『アストラルに?』

『アストラルが、かも』

 ホウカスタムが雷鳳の意思を汲み取って、シャッテンナハトを怒ったように睨み付ける。シャッテンナハトもソフィアの意思を汲み取り、少し上目遣いに表情をうかがうようにしていた。

 機体の大きさが微妙に異なるために、シャッテンナハトの方が子供のように思える。そういう意味では人間の外側の肉体でもあるんだろうな、と琉都はふと思った。

 そう思いながら、ステータスモニターを見やる。

 先ほどまで見えていた、鬼火を纏った重厚な十字架のアイコンは、何時の間にか少し薄くなっていた。

「…あぁ、もう行ったみたいだ」

 アークウィングを停止させ、奏甲とほとんど同じ高さから落ちるように着地するハイリガー。琉都とクゥリスへの衝撃は殆どすべて、タンデムコクピットのそれぞれの奏座──正確には変形して緩衝材の役割も果たしている奏座素材──が吸収してくれた。

『そう、か…』

 がっかりしたのか、安堵したのか、どちらともつかぬ調子で雷鳳はため息をつく。琉都は苦笑混じりに微笑むと、奏座に座ったまま器用にクゥリスの方を向いた。

「次の巣は?」

 クゥリスはもうしっかり堂に入った手つきでしばらくホロキィボードを叩き

「ここから南西に15分くらいにあります…規模が大きいですから、気をつけてくださいね」

「ん、んー。すぐ近くだな」

 確かに15分の距離と言うのは、時速20キロ毎ほどの速度で歩く奏甲でのと言う事を考えても、奇声蟲が別のコロニーを形成するにはかなり近い距離である。

『じゃあ、また僕が先鋒を──』

「いや、俺が行く。…何かこう、ハイリガーを通じて、三眼が疼くんだよな。悪感がするんだ」

 すでにホバー機能を起動させていたホウカスタムをハイリガーが手で制する。

 何を察したのかソフィアの駆るシャッテンナハトは一つ頷くと、よくも通常起動でそこまでと言うような足の速さで南西の方向へと行ってしまった。

『先行って、適当な高台に乗ってるねー』

「応。多分大物が出てくるだろうから、気ィつけろよ」

 わかってるー、と声を残し、シャッテンナハトの<ケーブル>が干渉区域外に出て行った。

 森と言う事もあり、干渉距離(無線で言えば電波の届く範囲)はそう長くない。事実、先ほどの戦闘でもソフィアの<ケーブル>は、ノイズの影響で全く声ば聞こえない事もあった。

『…本当だ、大物の反応がある』

 水晶板で幻糸の乱れを確かめたのか、感心したような驚いたような調子で雷鳳が律義にも言ってきた。

「当たりか。中途半端に知識を持ってる分、貴族の居場所はわかり易くていい」

「そんな事言うの、琉都さんくらいですよ」

 苦笑しつつ、クゥリスはそう言う。琉都はそれを褒め言葉と受け取ったらしく、行こう、とだけ言ってハイリガーを歩かせる。

 ちなみに今日の仕事は、雷鳳とのコンビネーションを確かめると言う意味で、難易度の少し高い奇声蟲コロニー掃討を請けていたのだった。

 20分後。

 すでに太陽は沈み、夕闇が森を支配していた。

 ハイリガーは飛べたのでそう苦にはならなかったが、ホウカスタムはチート・ショートスピアで木々を斬り払いながら歩いていた。それに琉都が速度を合わせていたので、直線距離で移動できなかった事もあり5分余計に時間がかかったのだ。

『遅いよお』

「悪い悪い。…で、どこに居るんだ?」

 奇声蟲の巣の入口の周囲は拓けており、案外見通しが良い。小さいコロニーの定石では見張りの奇声蟲が居る事もあるのだが、これほど大きいコロニーではそうでもないらしい。

 ソフィアの姿は開けた場所には無く、琉都はハイリガーの首を巡らせてみたが、ぱっと見ても姿を認められなかった。

『後ろだよ』

『気が付かなかった…』

 水晶板に反応が無かったのか、驚嘆したような声で雷鳳が呟いた。まあシャッテンナハトの本当の性能が発揮されるのはもう少しして星や月が出てきてからなので、このくらいで驚いている雷鳳は案外底が浅いのかもしれない。

 琉都は額の紅眼を見開いて『気』を視覚化し、ソフィアの気のある位置からシャッテンナハトの位置を割り出す。

 確かに真後ろにしゃがむようにして隠れているようだ。

「じゃ、ソフィア、サポートよろしく。最初はスモーク、次は合図でスタンな」

『うん。わかった』

 がしゃこん、と重い音を立ててシャッテンナハトはスモークの入った弾倉と通常弾の入った弾倉を取り替える。

 スモーク、スタン、と言うのは、ルィニアが最近になって試作したスナイパーライフル用の機能拡張弾である。奏甲用の弾丸は人間用の物に比べ大きいため、ちょっとした細工──例えばスモークやスタングレネードを仕掛けるくらいなら、比較的簡単にできるらしい。

 ちなみに今現在試作されているのは、着弾後僅かなタイムラグを置いて煙を噴出するスモーク(煙幕弾)、着弾時に閃光と爆音で混乱させるスタン(錯乱弾)、弾頭を柔らかく作り着弾時に油を撒き散らすナパーム(油炎弾)だけだが、将来的にはもっとバリエーションを増やしたいそうだ。どこぞの組織が既に作ったと言う噂もあるが、ルィニアは開発と創造を趣味としているので関係無いそうだ。

「行くぞ、クゥ」

「はいっ!」

 歯切れ良く答えると、クゥリスは明朗快活に歌い始めた。出力リミッタが緩和され、通常の戦闘起動より幾分だけ全ての性能が上昇している。モノアイの眼光も普段より鋭い。

 <ケーブル>念話で雷鳳に指示を受けて魅鳳も森の外で歌い始めたのか、ホウカスタムもその双眸に戦闘起動特有の強い光を宿す。

『じゃあ、僕はソフィアちゃんのスタンが着弾した直後に、ガトリングガンを撃ちながら突入するね』

 背中に背負ったチート・ショートスピアを手に取るホウカスタムのコクピットで、雷鳳は何か嬉しそうにそう言った。

「応。俺達には当てるなよ」

 少し不安を感じたのか、紅眼を曇らせながら琉都はそう答える。

『じゃあ、行くよっ!』

──しゅぽんっ

 圧搾空気を炸薬代りに使っているため、少し間抜けな音と共にスモークがスナイパーライフルから撃ち出される。それが巣穴に飛び込んだのを視認し、琉都は煙が出る『シューッ』と言う音が聞こえない内からそこへ飛び込んだ。

 巣穴は奏甲が2機横に並んで通れるほど広いが、高さはハイリガーがぎりぎり通れる程度。“裁き”を腰に吊ったハイリガーは、両手にクローをスライドさせる。

 次第に煙幕が濃くなるのを確認し、琉都は二眼を閉じた。

 視覚化される『気』だけが琉都の視界に映るが、土もそれ特有の『気』を持っているために絶対に上下左右の壁に触れる事は無い。『気』を持たない煙幕の向こう側に、琉都は大きな『気』があるのを視認した。

「行くぞっ! ソフィア、スタン準備っ!」

『おっけー! もう撃てるよっ!』

 ハイリガーは姿勢を心持ち低くしてその大きな奇声蟲に駆け寄ると、まず胴体に一撃を加える。

 軽い一撃だったため大したダメージを与えられはしなかったが、安らかな惰眠から大型貴族種を叩き起こすには十分だったようだ。

──ギャギィィィィィィィィッッ!!

 黒板とガラスを両方とも一緒に引っ掻いたようなノイズを発し、大型奇声蟲が怒り任せにハイリガーの居た方向に向けて体当りを仕掛けた。だがすでにハイリガーは穴の入口横まで逃げて来ている。

 琉都は『気』が入口近くに来ている事と、ついでに怒り狂っている事を視認し、大きく一つうなずく。

「スタンっ!」

『発射っ!』

 銃声消音装置を着けたのか、非常に小さくくぐもった音がした。

 スタンは煙から出た直後の大型貴族種の頭に命中し、元々怒り狂っていたのをさらにヒートアップさせる。

 ホウカスタムはスタンの着弾から一呼吸遅れて、大型貴族の胴体に二十発近い鉛弾を叩き込む。それだけの数の鉛弾を一瞬で吐き出したガトリングガンからは硝煙が立ち上っていたが、今はそれを一々見ている暇はなかった。

 昨日初めて仲間と認識したとは思えないほど息のぴったり合った動きで、ホウカスタムのチート・ショートスピアを牽制に、ハイリガーが脳天にクローを突き立てる。

 大型貴族種はあっけなく倒され、断末魔のノイズをあげながら地面に倒れた。

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 ホウカスタム、ハイリガー、シャッテンナハトは、森の中で三機仲良く並んで立っていた。

 その足下では、7人が焚火を囲んで談話している。

「いや、まさかここまで息が合うとは思わなかったな」

 琉都はまだ驚き覚めやらぬような熱のこもった調子で、雷鳳の蒼眼を紅眼で見つめながらそう言った。

 蒼眼をバンダナで隠しながら雷鳳は

「三眼族だからね。僕の蒼龍眼と琉都君の紅龍眼が、一種のテレパス状態を作り出してるんだよ」

「へぇぇ…」

 感心したように唸るソフィアを余所目に、琉都も紅眼──紅龍眼と雷鳳は言ったが──を閉じた。ごく普通の人間も持つ濁黒色の二眼で炎を見つめつつ、串に刺した乾し肉の焼け具合を確認する。

 丁度良い焼け具合になった肉の串を火から少し離した所に刺し直すと、琉都はため息をついた。

「アルゼの方がよかったな…あいつ、上手くやってるだろか?」

「僕に聞かないでほしいな」

「だからってわたしにも聞かないでよ?」

 むう、と唸ってクゥリスの方を見るが、何気なく視線をそらされたので琥露鬼の方を見る。

 琥露鬼はその見事に均衡のとれたプロポーションを強調するように胸を張り

「もちろん、上手くやってるわよ。琉都クンの親友なのよ?」

「ワタシの改造したネーベルを壊してるかもしれないけどねえ」

 出張修理に行きたそうなルィニア。

 ソフィアはそれを楽しそうに眺めつつ、火の中に倒れかけた串を手で掴んで引き揚げる。

「でもアルゼ、あれで結構琉都兄ぃに頼ってたから、前線についてけてないかも」

「……あぁ、それはありえる」

「琉都さん本人が認めてどうするんですか…」

 クゥリスのつっこみに笑い飛ばすしか無い琉都。焼けた肉を全員に分配しながら、その目はどこか遠い戦場を見ていた。

 最後の焼き乾し肉を齧ろうとした時だった。琉都は何か違和感のような物を感じ、ふっと空を見上げた。

 刹那。

 奏甲の目の前の空間の幻糸がくしゃりと歪み、次の瞬間復元する際の反作用が熱エネルギーとして放出される。

「きゃあぁっ!?」と、驚きの悲鳴を上げるクゥリス。

「ぬぐうぅっ!!」と、痛みに唸る琉都。

「にあぁぁっっ!?」と、吹き飛ばされてしまったソフィア。

「うわあぁぁっっ!」と、衝撃に自力で耐えてしまったルィニア。

「うへぁぁっっ!?」と、驚きと痛みの叫びをあげる雷鳳。

「きゃあぁぁぁ!!」と、吹き飛ばされまいと木にしがみ付いた魅鳳。

「にゃー」と、ふざけたような調子で鳴く琥露鬼。

 振り向いてみれば、先ほど白光の通り過ぎた空間には木が残っていなかった。絶対奏甲は無事だが、装甲の一部が融解してしまっている。

 クゥリスを庇った琉都の背中は火傷になっていたが、彼の目は──紅龍眼も──その発射された元を睨み付けていた。

『あー、外したかぁ』

 わざわざ外部スピーカーから流したのか、呑気そうな声でさらりと恐ろしい事を言ってのける声。

『さっきの一撃でハイリガーを取り込めるかと思ったのになぁ』

「…取り込む…試作クロイツっ!」

 深刻そうに叫んだ雷鳳に琉都はにべもなく

「わーってる!」

 と叫び返した。

 試作クロイツと思われるその奏甲は、見た目はシャルラッハロート・クーゲルに似ていなくもなかった。見た目は。

 だがごてごてと取り付けられた武装の多さそれに本体の大きさは、明らかに本来のシャルラッハロート・クーゲルを上回っている。ルィニアは目の前のその奏甲の名前を思い出そうと躍起になっていたが、琉都は身体に鞭打ってハイリガーのコクピットに向かう。

『どうしよぉかなぁ、おらァ別にそこのハイリガーの人達は殺しちゃって問題無いんだけどぉ』

 歌うような調子で言いながら、そのクーゲルもどきはその場を通り過ぎる。琉都とクゥリスはその隙に、どうにかハイリガーのコクピットに転がり込んだ。

 クーゲルもどきは振り向きざま、ざわりと装甲の表面を波立たせる。

『マテリアル・アストラル・クロイツの名にかけてぇ、絶対に逃しゃしなぁい』

 そう言った途端。

 クーゲルもどきは装甲板を流れさせ、姿を変えた。

 もうすでにそこに立っているのは、鈍重そうな赤いクロイツだった。蒼い鬼火のマーキングが肩の十字架に浮き出ている。

 こちらも肩の十字架に黒い逆十字のマーキングを浮かび上がらせているハイリガーを起動すると、琉都はアークウィングを浸かって機体を素早く上空へと持ち上げた。

『逃がしゃしなぁいぃ、絶対にぃ』

 歌うような調子でそう言い、マテリアルも上空へと誘われる。こちらはアークウィングではなく、背中の四角い箱のようなユニットのロケット噴射口を小さくしたような物から何かを噴出して、その反動で空を飛んでいるようだ。

 琉都はアークウィングが許容する限りの最高戦闘高度をとり、下に居る5人に迷惑がかからないようにする。まあ、相手がクロイツでは、アークゼロシフト(AZS)で地上に逃げられる可能性はあるのだが。

「ソフィア、雷鳳、聞こえるか?」

『聞こえてるよ』

『どうかしたかい、琉都君?』

 <ケーブル>の感度は良い。やはり森の中よりも、空と地の方が障害物が少ないために、<ケーブル>干渉も強いようである。

 琉都はアークウィングを巧く使って機体を空中で静止させながら、マテリアルと対峙した。マテリアルはしきりに姿勢制御ノズルで姿勢を保っているが、こまめに羽ばたかせなければならないアークウィングほどでもなさそうだ。

「バックアップとか、支援総合を頼む」

 疼き始めた背中に奏座が当たるのを我慢しながら、琉都は二人に頼んでみる。

『済まない、僕には何もできそうに無い…。 けど僕らの魅鳳が傷は粗方治してくれたから、地上に降りてきても問題無いよ』

「いや、気持ちだけ受け取っとく。サンキュな、雷鳳、魅鳳」

 傷は粗方治ったと言う言葉で、琉都は少し気が楽になったようだ。微妙に肩の力が抜けて、丁度良い緊張状態になる。

 紅龍眼を見開いた琉都は、その機能をいつでも使えるよう、予め意識を集中させる。

「クゥ、辛いかもしれないが行くぞ!」

「はいっ!」

 歯切れ良く力強い返事をし、クゥリスは明るく強く歌い始めた。

 自分を庇って大怪我をしたのに、それでも義務感からなのか何なのかは知らないが、とにかく闘おうとする琉都を想って。力強い、戦いの歌を。

 ハイリガーの幻糸炉が唸りを上げ、大気中の不可視の流体である幻糸を取り込み、それを片っ端からエネルギーに変換する。

 まるで自制心を解除したかのような炉の唸りは、ハイリガーの全身に過剰なエネルギーを送り込む。その余剰エネルギーは、一部はフィールドに転換されたが、大部分はハイリガーの装甲を光らせていた。

 華燭奏甲の発光現象をもう少し強めたような発光をしながら、琉都の駆るハイリガー・クロイツ=フリューゲルは脈動する宝珠の戻った“裁き”を振りかざす。

『おぉ、太陽の輝きだぁ。しかしそれもぉ、やはり物理的な物ぉ』

 歌うような調子で、マテリアルの搭乗者は言葉を発する。どうやらこれが口癖らしい。

『こっちも輝くかぁ。ハイパー・ドライヴ・モードっ』

 そう言った直後、パキッ、と何かが割れるような音が響き、マテリアルのボディもが輝き始めた。恐らくリミットブレイカー、つまりリミッターを外すための装置を積んでいたのだろう。

 しかし見た目のこけおどしには応じず、琉都はハイリガーを突進させた。マテリアルはそれをひょいっと躱し、すれ違いざまに多目的ミサイルポッドの弾をありったけ叩き込んでくる。

 物理兵器に過ぎないミサイルはほぼ大半がフィールドで防がれたが、幻糸兵器化されていた物もあったのか一部は貫通してきた。琉都は進行方向を100度ほど上方向へずらす事で、ミサイルの眼前から姿を消した。

「一つ聞くぞ。アストラル・クロイツはどうした?」

 そう言いながら、ハイリガーに飛び蹴りを放たせる琉都。

『喰ったぜぇ』

 歌うような調子で言いながら、アストラルの奏者はそれをあえて受ける。

 白兵戦を行った事で、二つのフィールドが共振し、赤い光を放ち始めた。

 琉都はそれを確認するや否や、怒涛の如き攻勢に移る。“裁き”に剣圧が生じない程度の殺気を込め滅多斬りに斬り付け、躱した所へ体当り同然の肉弾戦をしかけ、よろけた所へ容赦無く“裁き”を振り下ろす。

──ドンッ!

 太鼓を叩いたような重低音。

 マテリアルは間一髪でAZSを起動させたのか、どうにか視認できる程度の距離を一気にとった。琉都は急いでそちらに機体を向けたが、その間にマテリアルは両肩の120mm幻糸砲と腰の88mmアークリニアキャノンを照準合わせしてしまっている。

 幻糸砲が、アークリニアキャノンが、周囲の幻糸を収束していく。

(琉都さん! 気をつけてください!)

「あぁ、わかった。多分、あれがさっきの白光の正体だ…」

 そう言った瞬間、幻糸砲とアークリニアが火を吹く。

 幻糸の歪みが、加速された実弾が空間を走り抜けるが、ハイリガーはそれを余裕すら持って躱した。一瞬後に先ほどまでハイリガーが居た場所を、恐ろしい熱量と破壊力を持った白光が通り抜ける。

「当たったら一発…か。 威力が高すぎだな」

(リミッタが切れてますし、炉のエネルギーを半分以上武器に回せば、大抵の攻撃が強烈になりますからね)

 ふうん、と言いながら琉都は遠くのマテリアルに集中した。せいぜい豆粒ていどの大きさにしかここからでは見えないが、攻撃第二波をチャージしているようである。

「炉のエネルギーを八割“裁き”に回せるか?」

(え…?)

 驚いたように問い返すクゥリス。

 琉都にもう一度言われて、その意図を汲み取ったようだ。

(できます、いえ、やります!)

「頼む」

 アークウィングの自動制御を起動し、意識をそちらに回さずとも滞空するようにしてから、琉都は全ての意識と『気』を“裁き”に集中させた。

 すぐさま剣圧が二人を襲うが、琉都はさらに紅龍眼を発動させる。

 発動した紅龍眼の、集中の極致の中で琉都はさらに『気』を“裁き”の刃に練りこんだ。剣気がさらに高まり、見ただけで斬れるような錯覚すら与えてくる。

 直後。

 マテリアルの幻糸砲とアークリニアカノンがマズルフラッシュを発したのを認め、琉都はハイリガーに“裁き”を振り下ろさせた。

 全身全霊の攻撃。全身全霊の、効果そのものの期待度はギャンブルのような、剣圧。

 剣圧を発生させる位置を制限してさらに威力を収縮し、琉都は己とハイリガーとクゥリスの文字通り全ての力を乗せたも同然の剣圧を放つ。

 剣圧は幻糸砲から発せられた歪んだ幻糸の波を斬り裂き、エネルギーを相殺し、それでもまだ一部生き残る。

『ぬわぁにぃっっ!? 何でアストラルを取り込んだマテリアルが負け─────』

 マテリアルの奏者は、その言葉を最後まで言えずに、剣圧で素粒子レベルに消滅した。恐らく、彼の<宿縁>たる者も。

 琉都はそれを認めると同時に、ふぅっと意識を手放してしまった。だがハイリガーは落ちることなく、滞空していた。

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 琉都が目を覚まして最初に見たのは、心配そうに顔を覗き込んでいるクゥリスの顔だった。次に見えたのは、安堵したようなクゥリスの表情。

「あぁ…よかったぁ…」

「何だ、どうしたんだ? 俺は一体…」

 戦闘の最後の方の記憶が曖昧なのか、琉都は少しの間だけ状況を把握するのに時間がかかった。

 どうやらここは“黒竜の酔拳亭”の宿の一室で、ずーっとクゥリスが看護してくれていたらしい。胴体に包帯がグルグル巻きにしてあるのを手で触って確かめ、ようやく琉都は納得した。

「そうか、俺は…」

「琉都さん。いつだったかの雷鳳さんと同じ事言ってますよ」

 そう言えばそんな事もあったような気もする。

「……でも勝ったんだろ? 同じ言葉でも違った意味を持つと思うんだが」

「勝った後が問題でしたけどね…」

「どういう事だ?」

 思い出したくないのか、嫌悪感からわずかに顔をしかめたクゥリスに、琉都は思わず訊ねてしまった。しかしクゥリスは黙ったまま何も言わない。

 ふと琉都が視線を部屋の入口に移すと、そこにはクシェウが黙って立っていた。

「何があったんだ?」

 仕方無しにクシェウに訊ねる琉都。

 クシェウはやれやれとため息を付き、燻し金の竜眼に悲しみを湛えながら答えた。

「全ての通常試作クロイツが、ハイリガーに取り込まれた」

「取り込まれた…そうか、マテリアルに勝った後、喰ったのか…」

 一人納得する琉都に、クシェウはさらに言葉を投げつける。

「こうなればアイツが来るのは時間の問題だ。最高にして最強だが最狂の奏甲が来るのは。 しばらくここに留まれ。ゼンタルフェルドシュタッドなら、封印するのには最適だ」

「あ、あぁ」

「ホウカスタムとシャッテンンナハトは今、丁度クロイツェンブレイカー(CB)との戦闘に向けた改造をしてる。すぐに元に戻せるがね。 …後でもっと詳しい話をしたいんだが、いいか?」

「構わない。…クゥも一緒に聞いていいなら」

 クシェウは軽く笑った。

「雷鳳、魅鳳、ソフィア、ルィニアにも聞いてもらわなくては困るくらいだ。 明日までにその火傷を治せよ、CBは気が早いからな…」

 ああ、と答える琉都。クシェウはひとつ頷くと、今までに無い真剣な面持ちで部屋を出て行ってしまった。

 早くも織歌をまた紡ぎ始めたクゥリスの声を聞きながら、琉都は歌術の穏やかな眠りに身を任せた。

 200年前の因果、その決戦の時は近い。