護りたいは 愛しきモノ
護るべきは 弱きモノ
護れるは 己の身のみ
いくら想おうと いくら望もうと 動かなければ護れぬ
想わざれば 護るべくして動くことは適わぬ
想いて動けば それ即ち守護
護り護られる限り 心満たされん
無題迷話
第壱章 弐話
ひたいに何か冷たいモノが乗る感覚で、琉都は目を覚ました。ゆっくりと目を開く。
琉都の視界にまず飛び込んできたのは、灰色の瞳の少女──クゥリスの顔だった。ふと枕元を見ると、ずっと看護してでもいたのか、縁の湿った木盥が置いてある。
琉都 「・・・」
琉都は何を言ったものかわからず、クゥリスの頭を撫でる。金属篭手を着けたままで撫でたため、元々クセ毛気味だった濃い茶色の髪が余計にぐしゃぐしゃになった。
クゥリスは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにちょっと困った感じの笑顔になった。
琉都 「・・・なでられるの好きか?」
クゥリス 「・・・琉都さんになでてもらうのは好きです。」
琉都 「そうか。」
琉都はそう言って、クゥリスの頭から手をどけた。そして上体を起こし、今まで見ていたのとは反対側を向く。
ルィニアとソフィアが座って見ていた。
何が面白いのか、ルィニアの方はにやにやしている。ソフィアは何か寂しげな感じのオーラを発している。
琉都 「何がおかしい?」
ルィニア 「いや何、仲のいい兄妹(きょうだい)だなぁ、と思っただけ。」
ソフィア 「え・・・兄妹だったの?」
コホコホ、と小さく咳き込んでからソフィアがそう訊ねた。
琉都 「似たようなモンだろ?」
クゥリス 「え!?」
琉都の爆弾発言。クゥリスはそれに少なからず驚いた。
琉都 「家族も宿縁も護るべき──護りたい存在である、という意味でだ。・・・何か違うか?」
ルィニア 「なるほど。」
琉都 「ま、それでも一番大事なのは自分なんだけどな。」
ソフィア 「それが普通よね・・・。コホッ、コホッ」
寂しそうに、ソフィアが言った。
琉都はそれを見て一瞬、しまった、という顔をした。しかしすぐに何も無かったかのような表情に戻り、毛布をたたんで片付ける。
琉都 「クゥ。」
クゥリス 「はい?」
琉都 「ちょっと散歩しないか? 前線じゃないし、数分くらいなら大丈夫だろ。」
クゥリス 「そうですね・・・行きます。」
ナイフの刃を幾つか鉄棒にくっつけて作った簡易爪を万が一に備えて鞘に収め、琉都は意味ありげにソフィアの方を一度見てからテントを出た。それに続いてクゥリスもテントを出る。
夕日はとうの昔に沈んだらしく、月明かりが唯一の光源である。
雲が無いので明るいのだが、それでも夜に散歩をするのは琉都とクゥリスぐらいだろう。他には誰もいない。
何故、誰も外にいないかと言うと、明日に備えて眠っているからである。
二人は誰も起こさないよう、声を出さず、音を立てずに歩いた。
少し体が冷え始めたか、という頃になって、琉都とクゥリスはテントに戻った。
ソフィアとルィニアはもう自分のテントに戻ったらしく、誰も居ない。彼女たちが座っていた場所には、置手紙が走り書きしてあった。
それを読んで、琉都は少し安心したような表情になる。
琉都 「・・・おちついたらしいな。」
クゥリス 「?」
琉都 「ソフィアの事だ。間違っている事を願うが・・・多分、家族の中で、何か酷い目にあってたんじゃないかと。」
クゥリス 「そんな事って・・・!」
琉都 「残念だが、むこうでは・・・そういう事が時々ある。」
そう言いながら、琉都は毛布を片隅に広げた。
クゥリス 「琉都さんは、そういう目に遭った事って無い、ですよね。」
琉都 「ああ・・・。いい、家族だったさ。自分から孤立するでもなければ、幸せで満ち足りていた。と思う。」
琉都はテントの片隅に積み重ねて片付けてあった毛布のもう一枚を持ち上げ、クゥリスの方に軽くほうって渡す。
毛布は空気の抵抗で広がって、受け止めようとした少女を頭から隠した。琉都はそれを見て小さく笑ってから、自分の毛布に包まった。
看護疲れもあったのか、クゥリスは毛布に包まるとすぐに眠ってしまったらしい。すーすーと穏やかな寝息が聞こえる。
琉都 「幸せで満ち足りていた、か。本当にそうだったのか・・・?」
そう呟いてから、琉都も眠りについた。
琉都はいつものように、朝日が昇るよりも早く目を覚ました。テントを出て、夜明け前の風で眠気を覚ます。
寝ている間も外さなかった両手の篭手を外し、その下に隠されていた部分を溜めておいた雨水で洗う。この篭手は肘から指先までしっかりと防護しているのだが、どうやっても蒸れてしまうからだ。
自分で篭手を外したのに、琉都は思わずそこにある異様なモノから目を逸らしてしまった。
禍々しい刻印。呪われた文様。様々な呼び方をされたが、何にしても決して良いようには呼ばれた例が無い、両腕のアザ。他人に不幸を押し付ける、とどこかの霊験者に言われた事もあった。
琉都 「・・・・・・」
手早く汚れを洗い流し、拭いて、篭手でそれを隠した。
0630。ミーティングが行われている。
琉都 「『シュヴァルベ第00特攻小隊』ねェ・・・。まるで太平洋戦争の、旧日本軍神風隊を思い出させる・・・。」
琉都の呟きは風に紛れ、誰にも聞こえなかった。
0650。00特小隊の面々が奏甲を起動させ始めた。
琉都もシュヴァルベOCに乗り込む。クゥリスが短い織歌を行うと、OCが目覚めた。
小隊長曰く、普通に歩いていては紫月城にたどり着くのは夕方になるだろう、と言う理由で飛ぶ事になった。
多くの英雄は特に文句を言うでもなく、自分の宿縁を手の平に乗せたりしてから飛び始めた。
琉都 「さて・・・。クゥ、どうする?」
クゥリス 『どうする、ってどう言う意味ですか?』
琉都はコクピットを開き、自機の足元に立っているクゥリスの方を向いた。
琉都 「奏甲の手の平に乗っていくか、コクピットに乗っていくか、小盾に乗っていくか。どれがいいか、と。」
クゥリス 「じゃあ、コクピットに乗っていきます。」
琉都 (・・・。まぁ、途中で落としてしまうよりはマシか。)
奏甲の手を下ろす。クゥリスがそこに乗ったのを確認してから、琉都はコクピットの前にその手を持ち上げた。
クゥリス 「奏甲の中って、けっこう狭いんですね。」
琉都 「一人乗りだからな。仕方ないさ。」
そう言ってハッチを閉じる。
シュヴァルベOCはその翼を広げ、空へ飛び立った。
──To be countinued.