無題迷話
第壱章 参話
第00シュヴァルベ特攻小隊が全員そろったのは、予定時間を軽く二時間ほど過ぎてからだった。と言うのも、約一機の改造機がありえないほどに遅かったからである。
小隊長 「時間をかなり過ぎたか。 ・・・全員、進撃開始!」
小隊長の号令と共に、あちこちから歌声が聞こえ始めた。その声が増えるにしたがって、増えたのと同じ数の奏甲が戦闘を開始する。しかし、戦闘起動に手間取っているらしい機体が一機ほどあった。
クゥリス 『琉都さん。』
琉都 「何だ?」
クゥリス 『そこの機体、うまく起動できてないみたいですけど・・・。』
琉都 「そうか・・・ほっとけ。」
そう言って、シュヴァルベOCを戦闘区域に飛び立たせようとする。が。
クゥリス 『ほっとけ・・・って、それはちょっと酷くないですか? それに歌っているの、ルィニアさんのような気がするんですけど。』
流石に知り合いをほうっておくのは、琉都の思考のある部分が許さなかった。
A・W(アークウィング)を折りたたみ、その機体に近づく。するとむこうも気付いたのか、奏甲の頭部をこちらに向けた。
ソフィア 『あ・・・。』
琉都 「戦闘起動できない、のか?」
ソフィア 『えっと。この機体、うまく起動してくれなくて。』
琉都 「コツがつかめてないのか・・・? まぁいい、何もかも一人で抱え込むな。奏甲を動かしているのは幻糸炉だが、その動きを決めているのは奏者と歌手の心だ。」
そう言うと、琉都は少し離れた所までOCを移動させた。──いつの間にか戦闘起動が途切れていたので、ごくゆっくりとしか移動できなかったが。
ほどなくして、二機の改造シュヴァルベが戦闘区域に飛び立った。一機は不思議なほどに羽音が静かだった。もう一機は通常では考えられない重量の武器を持っていた…が、遅かった。
蟲の群と言うよりも、蟲のレギオンと言った方が正しいかもしれない。貴族を指揮官として羽付や羽なしの衛兵が、小隊単位で波状攻撃を仕掛けてくるのだから。
他に部隊や小隊が同じ戦場にいないわけではないが、最前線にあたる位置で戦っている00特小隊は特に苦しい状態にあった。
しかし、流石は精鋭揃いとでも言うのか。00特小隊からは、一人の脱落者も出ていない。──脱落寸前で戦っている者は大勢いたが。
琉都 「数を揃えれば勝てると思ったか!」
殺の気を込めた剣が、二匹を同時に斬り裂く。即死とは行かなかったが、ソフィアのシュヴァルベLCがロングソードで止めを刺した。
ちなみにOCは両手にグレートソードを、腕に小盾を装備している。
ソフィア 『やっぱり怖い〜!!』
LCの腕に直接装備した小盾で衛兵種の攻撃を巧く防ぎながら、ソフィアが泣きそうな声で叫ぶ。奏甲の機能のせいで、それはルィニアにも琉都にも、周囲の機奏英雄達にも聞こえてしまったが。
琉都 「ぐだぐだ言うな! 戦い始めた以上・・・帰れないんだ!」
ソフィア 『だって怖いものは怖い・・・きゃあ!』
ソフィアが乗るLCはショートソードとロングソードで二刀流をしていたのだが、蟲小隊の総攻撃をくらってしまった。普通の機奏英雄と普通の歌姫で、普通のシュヴァルベに乗っていたなら難なくかわせただろう、単純な攻撃だったにもかかわらず、だ。
琉都 「チッ・・・。面倒な嬢さんだ。」
クゥリス 『そんな言い方って無いじゃないですか!がんばってたんですよ!?』
琉都 「だから、俺が面倒見るんだ! 何か問題が?」
そう言って琉都は目の前の羽付衛兵をグレートソードで叩き潰した。
ソフィア 『う・・・』
琉都 「しっかりしろ!」
LCがロングソードを杖代わりに立ち上がった。
奏甲は搭乗者のイメージを読み取り、それを最適化して反映する。これは傷ついている時の動きをLCが最適化したものなのだろう。
ソフィア 『ルイ姉・・・。え、大丈夫!?』
琉都 「わざわざ会話用通信に流すな。もう少し落ち着けよ。」
ソフィア 『あ、ご、ごめんなさい・・・。』
琉都が衛兵を撃破している少し後ろで、ソフィアは<ケーブル>を介して自分の宿縁と何か話をしていた。見れば、装甲が左腕を中心に激しく凹んでいる。
琉都 「なるほど・・・。クゥ、近くにルィニアさんはいるか?」
クゥリスが歌術のみに集中できなかったためか、ほんの少しの間OCの動きがわずかに鈍った。
クゥリス 『すぐ隣にいますけど・・・左腕を押さえてます。』
琉都 「そうか・・・。ソフィアが怖気づいてな、衛兵三匹の攻撃をモロくらった。」
クゥリス 『え!?』
琉都 「そんなに気にする事も無いだろ。回復治療系歌術の玄人(プロ)もいるんだ。それよりも、戦闘起動歌術しっかり頼む・・・ッと!」
隙を見せればすぐに襲い掛かってくる、と分かっていた。会話に精神を割いた分、奏甲の操作が甘くなる事も。
視界の端に見えた影に向かって一直線に斬撃を加える。あまりにあっさりと、その影は砕け散った。
実の所「視界の端に見えた陰に」ではなく、「聴界の端に入った音源に」であった。羽音だけではなく関節の摩擦音や、幻糸炉の起動音も極限まで小さいOCだから、琉都でもできた。
蟲の群はかなり大きく、00特小隊は参戦した線から数百ザイルも前進できなかった。
夜。
蟲は結界の外に出れないのはわかっているが、00特小隊の多くの者は精神が休まらず眠れないようだ。
ちなみに琉都はそうでもなく、これでもかと言わんばかりに熟睡している。
シュヴァルベOCとシュヴァルベLC二機の羽で作った簡易テントの下に居るのは、今の所は彼だけだった。そこにある毛布は、今使っている分も合わせて、全部で四枚。
その羽テントの裏側では、歌姫二人が何やら話している。
ルィニア 「大丈夫。きっとそんな風には思ってないよ。」
クゥリス 「でも今日、『俺が面倒見るんだ!』って・・・。」
ルィニア 「そんな事を・・・。でも大丈夫だと思うよ。リュウトは、ただ保護欲が強いだけ、なんじゃないのかい?」
クゥリス 「本当にそうだといいんですけど。そうじゃなかったら、って思うと・・・。」
ルィニア 「・・・。」
今にも泣き出しそうなクゥリスに、ルィニアは何もしてやれなかった。何かがいると言う気配に気付き、クゥリスがいるのとは違う方を見る。
足音が聞こえ、暗がりの中からソフィアが眠たそうな目で出てきた。
ソフィア 「どうしたの?」
ルィニア 「何でもないよ。さ、早く寝たほうがいいよ。クゥリスも。」
クゥリス 「・・・そう、ですね。」
ソフィアとクゥリスが寝入って少ししてから、ルィニアも寝床についた。
翌日。
やはり00特小隊は全く前進できていない。この調子では城内どころか、城壁までたどり着けるかどうか。
小隊単位で行動している以上、機動性──と言うか小回りでは確かに1軍に勝る。だが、攻撃──特に進撃では後ろのある軍の方が早いし、組織立って行動するため確実だった。
00特小隊長『全00特小隊員に伝達。 結界に沿って移動しどこぞの軍に紛れ込んで進撃、城壁にたどり着き次第各個攻撃!』
小隊長の命令に、了解の声が満ちた。と言うのも、00特小隊のみで攻撃するのは無茶がある、と皆何となく察していたからだろう。
紫月城外壁の城門にたどり着くまでに、どれだけの衛兵を斬っただろうか。琉都もソフィアも、他の機奏英雄たちもそんな事を考えてしまった。城壁が見えたので文字通り先に飛んで来たわけだが、これは何とも性質が悪い。
琉都 「貴族種か・・・本当に厄介なヤツだ。」
そう言いながらも琉都は──OCは、グレートソードを構えた。それに気付いてか、貴族種も戦闘態勢に入る。
ソフィア 『何・・・これ。大きい・・・。』
LCもロングソードとショートソードを構えたらしかった。
ソフィアの言葉が終わるとほぼ同時に、貴族が奇声(ノイズ)を発した。衛兵のそれとは格が違う、強烈な奇声。
貴族の奇声を合図に、近くに控えていた衛兵が突撃を仕掛けた。琉都は気分が悪いのを我慢しながら、捌ける限りの衛兵を捌く。<ケーブル>から聞こえてくる歌が途切れがちになったためか、思ったほど捌けはしなかったが。
LCに至っては搭乗者が気絶しているのか、微動だにしない。そのためモロに攻撃をくらってしまっていた。
琉都 「力の差が何だと言うんだ!!」
関節が悲鳴を上げているOCを全力で走らせ、LCの援護に向かう。視界に入っている衛兵は全部で6匹、その内3匹は脚等が斬られているため撃破する必要は無い。
当たれば幸いとグレートソードを乱暴に振り回し、装甲板を齧り始めていた衛兵を追い払う。2匹はそれで逃げていったが、コクピットを齧っている蟲は離れなかった。
グレートソードを片手で引きずるようにしてLCに近づき、無手になったもう片方で蟲を殴って潰す。
ソフィア 『ヒッ・・・』
さっきまで蟲が居た場所に小さな穴が開いていた。そこから蟲の体液が入ってしまったらしい。
琉都はそれを気にしないように注意しながら、貴族種の方を向く。丁度さっきまでLCがいた辺りから、A・Wが展開する音が聞こえた。
他の奏甲が貴族種の周囲の衛兵をほぼ全て倒してしまっていたので、その分戦いやすいと言えば戦いやすいだろう。事実、歌術強化を受けながら貴族に一撃離脱を繰り返し試みている者も居る。
琉都 「クゥ?」
クゥリス 『呼・・・し・・・か?』
<ケーブル>が奇声のせいで妨害されているらしい、クゥリスの声──と言うよりも思念なのだろうが──は途切れがちだ。
琉都 「ああ。 ちょっと訊ねるが、どこか痛いとか辛いとか無いか?」
クゥリス 『疲れ・・・したけど・・・だいじょう・・・・・・・・・何か・・・たんで・・・か?』
琉都 「いや何、貴族相手だと流石にね。ちょっとキツい・・・うぉ!?」
突然変な音がして衝撃が走り、琉都が乗っているOCが横倒しになった。とりあえず受身をとったが、何か嫌な音がした。
いつの間にか衛兵種が集まって来てしまい、その内の1匹が攻撃を仕掛けたらしい。その攻撃で脚部が大破、受身がうまくとれなかったせいで肩が故障してしまった。
そう分かるや否や琉都はOCのA・Wを展開し、空中に舞い上がった。小隊長に帰還する旨を連絡する必要は無いと判断した。何故なら小隊長も貴族と交戦中だったからである。
琉都 「・・・帰還する。」
誰にともなくそう言った。そして、誰にも聞こえないような小さい声でこう呟いた。
琉都 「また護れなかった・・・ 辛い目に遭わせてしまった・・・」
──To be countinued.?