注:元々別の話数でUPする予定だったものを一つにまとめたため、無茶があるかもしれませんがご了承ください。


無題迷話
第壱章 四話





 戦場に居るときに休日ができたとしても、普通は何もすることが無い場合が多い。
 ルィニアは奏甲技術者として働いているし、ソフィアはその手伝いをさせられている。だが、これは特殊な例なのだろう。



 奏甲の修理をしているのを見るか、ただ空を見上げて過ごすか。それぐらいしかすることが無いというのは、琉都には耐え難い事だった。
 もっと耐え難いのは、松葉杖を使っているクゥリスを見てしまう事だったかもしれない。自分の力量不足を悔やんでいながら、それを悟られたくない、と琉都は思っていたからだ。
 それを知ってか知らずしてか、クゥリスは普段の1.5倍増しで明るく振舞っていた。普段どうなのか、と訊かれると答えられないが、琉都にはそう感じられた。
 思わずため息をつく。
クゥリス 「何かそんな風にため息つくような事があったんですか?」
琉都   「いや、何も…。それよりクゥは大人しくしてた方がいいんじゃないか?骨にヒビ入ったんだろ?」
 そう言ってから琉都は、表面には出さなかったもののもう一度自分を罵った。
 それは俺のせいだろ、何か言う資格があると思うのか、と。
クゥリス 「大丈夫ですよ。本当に小さなヒビですし、松葉杖だって念のため持ってるって程度ですから。」
琉都   「だといいけどな。無茶するなよ。」
クゥリス 「琉都さんこそ。──『機奏英雄が奏甲を動かすときの疲労は歌術を行使する時のそれとは比べ物にならない』って、聞いた覚えもありますし。」
 強がっているのか、それとも本音なのか。それはわからなかったが、琉都はとりあえず曖昧な笑みを浮かべた。

 急に強い風が吹き、その直後に風向きが変わった。
 まるで、何かが起きる前触れであるかのように。
 戦場の音が風に乗って、琉都の耳に届いた。
 それは、不吉の前兆のように聞こえた。


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 他の奏甲の整備を優先したため、OCの整備が完了したのは、貴族種の数が本当に残り僅かになった時期だった。
 女王と交戦した者がいると言う話も、正確な情報として伝わった時期でもあるだろうか。


 琉都は紫月城に向かう途中、衛兵種がはぐれていたのを発見して、難なくそれを葬り去った。
 グレートソードに付いた蟲の体液を振り払い、そのまま紫月城に機首を向ける。
 だが、紫月城は以前見た時とは違う雰囲気を放っているように琉都は感じた。

 紫月城についたのは、予定よりもかなり遅くなった。昼も過ぎた頃だ。
 無数の機奏英雄が奏甲で突入して行ったためだろう、城門は無残なまでに打ち砕かれていた。
琉都   「紫月城に到着した。奇声蟲の姿は見当たらないけど、とりあえず戦闘起動のための歌を頼む。」
 だが、返事が無い。
琉都   「おーい。聞いてるか?」
クゥリス 『え、あ。はい。聞いてます。…何かあったんですか?』
 変だな、と琉都は思った。いつものクゥリスなら、自発的に歌を紡ぎ始めるのだが。
琉都   「いや、特に何も無い。それよりも、そっちで何かあったのか?」
クゥリス 『はい。女王蟲が丁度さっき倒された、と言う報告と、その…。』
 言いたくないのだろうか。最後の方になるにつれ、声が小さくなって行った。
 違うと何故かわかったが、琉都は最も“そうであってほしい”予想を言葉にする。
琉都   「また新しい種類の奇声蟲が?」
 もしもそうだとすれば、また戦っていけば済む話なのだから。悪い報告の中では最もマシな物だろう。
 しかし。
クゥリス 『違います。さっき、白銀の歌姫様の言葉が届いたんです。それで、えっと…』
 再び言葉を詰めてしまったらしい。
琉都   「全部話さなくってもいい。要点だけ言ってくれないか?」
 琉都はそう言って話を促した。
クゥリス 『は、はい。白銀の姫様は…“幻糸が機奏英雄の体を蝕み、いずれは奇声蟲と変えてしまう”って。それを知っていながら召喚をさせた評議会を許さない、とも言ってました。』
 一気にそう言ってから、クゥリスは黙り込んでしまった。
 琉都はその言葉の意味を理解した。しかし。
琉都   「なあ。別にそうであると言う物的証明がされた訳じゃ、無いんだろ?」
 帰ってくるべき返事は無かった。
琉都   「だったら別に深刻に考える事は無いんじゃないか。物的証拠が見つかってからでも、落ち込んだりするのは遅くは無いさ。」
 そう言ってから琉都はOCを飛び立たせた。
 紫月城を離れ、来た道を戻った。


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 別にどちらにつけとも言わない、各個自由に陣営選択をするといいだろう。
 最後に小隊長がそう言って、00特小隊は解散となった。


 小石を拳で宙に舞わせ、それが地面に落ちぬよう次々と拳を繰り出す。それをしながら、琉都は悩んでいた。いや、悩んでいるから別の行動にそれを転化しているのかもしれない。
琉都   「…………破ッ!」
 宙に舞い上がり落ちてきた小石に、琉都は己の拳を思いっきり叩きつけた。柔らかかったためか、パキッ!と言う音がして小石が砕け散った。小さい物は風に乗り、大きい物はそのまま直線的に、破片が地面に落ちる。
琉都   「決めた。」
 琉都はそう言って後ろを振り向いた。丁度夕日を背にした格好になる。
クゥリス 「何を決めたんですか?」
 と、クゥリスが訊ねた。ずっとさっきから、膝を抱える格好で座っている。
琉都   「陣営さ。俺は…どちらにもつかない。」
クゥリス 「どっちにもつかない…って、それは無理があるんじゃないですか?」
 琉都の動きが固まった。逆光になっているため、クゥリスは彼の表情を読み取れなかった。
琉都   「確かに、まぁそうだ。だけどな、俺は臆病だ。自分から戦いたくは無い。…陣営につけば、嫌が応にも戦わなければならないんじゃないか、と。」
 そう言って再びクゥリスに背中を向け、琉都はさっきよりも大きい石を拾い上げるとそれを拳で宙に浮かせた。

 キィン、キン、カン、と金属が石を打つ音。
 それは夜まで続いた。