無題迷話
第弐章 壱話
無色の工房。局外的中立宣言をした黄金の工房は、現在はこう呼ばれている。
無数の機奏英雄と歌姫が所属しており、最も自由な陣営と言えよう。──これを『陣営』や『組織』と言えるならば、の話だが。
有償での各国・各陣営への奏甲・奏甲技術の提供を行っている無節操さ。
さらには所属している機奏英雄・歌姫の殆どが名前だけ所属しているが実態としてはフリー、と言う幽霊陣営っぷり。
そして「中立に立つ」と言った琉都は、ここに登録だけした訳であった。
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どごぉぉん…
とある温泉掘地で、ド派手な爆発がおこった。
自然によるものではない。人為的な(火薬による)ものである。
??? 「あのなぁ…」
と、爆炎がまきおこった辺りから這い出てきたのは、見るからに腕っ節の強そうな男子であった。
あのなぁ、と言う声には多分に怒りがあらわれている。
???? 「あら、何をそんなに怒ってるの?」
と何も無かったかのように言葉を返したのは、いかにも面白い事が好きそうな女子。彼とさほど歳は変わらないだろうが、手には爆発する黒い球体──爆弾とも言う──を持っている。
???? 「たださっき完成した新作の威力を試したかっただけなんだけど。」
そう言って彼女はにっこりと笑う。
抗議する気力すら失せたか、彼は地面に崩れ落ちた。そして
??? 「頼むから…。爆弾を俺で試すのだけは…もう勘弁してくれ…。」
と言い、そのまま気絶した。
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とある町の工房。その近くの喫茶店。
ザーッ、と紙を捲る音。紙のサイズが全て同じではないため、時折違う音が混じる。
捲くっている指は金属で保護されていたが、そんな事を感じさせない器用さで指の主──琉都は依頼募集の紙を次々眺めていく。
…文字通り、眺めているだけだが。
琉都は一通り依頼書を眺め終わると、依頼書の束の隣に置いておいたコーヒーのカップを手に取り、少しだけ飲んだ。
豆を選ぶ所からこだわっているであろう、良い香りのするコーヒーである。
もう殆ど中身の無くなってしまっていたカップを置いてから、依頼書の束から何枚かを取り出す。それらを並べて置き、じっくりと見比べる。
より確実に内容を理解するためか、呟く程度に声に出して確認しながらだ。
琉都 「蟲退治・報酬出来高制…荷物護送・報酬応相談先払いアリ…温泉試掘地警備・報酬…」
しばらく呟き続けた後、琉都はその内の一枚をポケットにねじ込んだ。そして、コーヒーを飲み干す。
紙の束をまとめてから席を立った。そしてふと、何かを思い出したように立ち止まる。
丁度琉都が座っていた反対側で、クゥリスが机に突っ伏すような格好で寝ていた。
彼女はずっとそこに居たのだが、途中で寝てしまったらしい。
琉都 「クゥ?」
琉都は名前を呼んでみた。
反応無し。まるで屍のように眠っている。
琉都 「お〜い。起きろ〜。」
さっきより少し耳元で言う。
だが、やはり反応しない。
琉都 「そこまで眠いのか?」
ここ最近休み無しに依頼を請け、移動してていた事を思い出し、琉都は訊ねてみる。
無論、眠っている者が返事する訳が無い。
琉都 「………をーい、クゥ。」
肩を軽く叩きながら呼んでみたが、無反応。
琉都は小さく苦笑した。
ここまで無反応だと、本当に死んでいるのでは無いか、と言う疑惑すら生じてしまう。
琉都 「おぉーい。起きろー。」
肩を揺さぶってみる。
クゥリス 「…んぅ……すー…」
結局まだ寝ている。
流石に喫茶店でこれ以上過激な起こし方をしては、怪しまれるどころか警察に突き出されるかもしれない。もしここが現世であれば、の話だが。
琉都は少しの間、何かを考えるように腕を組んだ。
そして小さく頷いてから、金属で保護されている手の平をクゥリスの体と机の隙間に差し込み…。
もみゅ
ガバッ!
クゥリス 「!! 何するんですかぁぁぁ!!」
ベキャッ!
クゥリスの怒りの拳が琉都のアゴに突き刺さった。普段の彼女からは考えられないほどのナイスパンチ。
琉都は軽々と宙に舞い…。
びたん!
情けない着地音、もとい蛙のような落下音。琉都が受身すらとれなかったのか、それともとらなかったのか。
琉都 「何する、って…。起きなかったから起こしたに過ぎないけど? サイズは…微か。」
何事も無かったように立ち上がる琉都。──ちなみに「微か」と言ったのはクゥリスの胸部の事である。
クゥリスも席から立つ。
クゥリス 「その起こし方に問題があるんじゃないですか!よりにもよって…!」
琉都 「あのなぁ…。」
クゥリス 「あのなぁ、じゃないですよ!もう少し、こう…ああもう!」
どうやって起こしてもらえばいいのか、を言う事が出来ず余計に怒るクゥリス。
琉都 「いや、怒るのももっともだけどな。…場所考えろよ。」
そう言って後ろ頭を掻く琉都。
クゥリス 「……ごっ………ごめんなさいぃっ!!」
恥ずかしさとかもろもろで店から走って出て行ってしまうクゥリス。
琉都は代金のゴルト金貨数枚をさっきまで自分が使っていた机に置き、それから彼女を追って店を飛び出した。
その光景を見ていた少女と女性──ソフィアとルィニア。琉都達とずっと行動を共にしていたのだが、ここでは何故か別の席についていただけである。──は、思わず顔を見合わせて笑ってしまった。
ソフィア 「琉都とクゥリス、仲いいよね…。」
ルィニア 「そうだねェ…。」
ソフィア 「蟲退治の時は何となく硬い感じだったのに、何だか性格変わったよね。」
ルィニア 「ワタシたちもな〜。極度の緊張は人を歪めるって言うし、まぁいいんでないの?」
ソフィア 「そう言うもんなの?」
ルィニア 「そう言うもんなの。」
そしてそれぞれのカップのコーヒーを飲む。
それを空にした後、彼女らも店を後にした。
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飛行型奏甲と言うのは比較的、どんな地形であっても問題なく移動できる。
そのため、山の中腹にあるこの温泉掘地に来る事は、琉都のフォイアロート・シュヴァルベOCと、ソフィアのフリューゲル・ヴァッサァには難しくは無かった。
琉都はフリューゲル・ヴァッサァをしげしげと観察する。と言うのも、ソフィアがこの機体に乗り換えさせられたのは、この依頼の直前──『もみゅ』騒動の直後──だったからだ。
胴体や腕、尾の部分等は以前工房で見かけたブラオヴァッサァそのままである。しかし、背中には羽がついているし、その収納部らしい部分もある。
羽と言っても羽毛のある型ではなく、蜻蛉が持っているような、透き通った薄い羽である。それが一対あるのだが、本来ならば滑空程度が限界だろう。
琉都 「トビウオ…か。」
この機体の改造には、ソフィアが何かしら口を挟んだのかもしれない。そう思った所で琉都は観察を止めた。
機奏英雄を三人も雇っていると言う事は、それだけ奇声蟲の出現率が高いのだろうから。
琉都は通常起動すらしていないため全く反応しないOCから降り、機体の肩に移動した。
しかし周囲を見張るわけではない。幻糸の乱れは彼らにはさっぱりわからないのだから、それは歌姫二人に任せておかなければならない。
琉都がOCの肩に移動したのは、掘地の方をよく見るためであった。
三人も機奏英雄を雇っているが、見張りについている歌姫は二人。つまり、一組は見張り以外の仕事──土木作業をしているのである。
だが。
クゥリス 「琉都さん!」
琉都 「んー?何かあったのか?」
クゥリス 「奇声蟲です!」
琉都はそれを聞いて、急いでコクピットに戻る。ルィニアが作業員に蟲襲来を知らせたらしく、掘地にはもう誰もいないも同然の状況になっていた。
どずん!ずん!
蟲が出現する際の衝撃音。何故かは知らないが、大抵はほんの少し上空に出現するため、衝撃がある。
琉都 「音からすると、通常より大型の衛兵二体か?」
クゥリス 『確かに二体来てます。でも大型の衛兵なのかどうかはわかりません。』
そうこう言っているうちに、どうやら敵は目の前に来たらしい。
琉都はOCに、この依頼の前の依頼で報酬の一部として受け取った、刀を抜刀させた。ソフィアはフリューゲル・ヴァッサァを飛行させ、狙撃銃で狙いを定めている。
琉都 「あれ…?」
クゥリス 『どうかしたんですか?』
琉都 「奏甲…確かもう一機いた、よな?」
クゥリス 『そうでしたっけ?』
ソフィア 『確かにいたよ。ツルハシで地面を掘ってた。』
琉都 「シャルラッハロートUだった気がするんだけど…。ソフィア、上空から何か見えるか?」
ソフィア 『…何か偉そうな口調…。』
しばしの沈黙。
だが蟲は待ってはくれないし、ダメージだって無効化できる訳じゃあない。
ソフィアはとりあえず地上を見る。
ソフィア 『あ。いた。避難所でガクブル震えてる。』
琉都 「…………」
クゥリス 『器用…ですね…。』
琉都 「………………だな。」
ギイィィィィィィッ!
奇声蟲が二匹、森から飛び出してきた。
そしてこちらの姿をみとめたのか、奇声を二匹ほぼ同時に発する。
このくらいで行動不能になっていては“機奏英雄”は名乗れない。琉都もソフィアも何の事無くそれに耐えた。
しかし歌姫(とアーカイア人)にはそれはかなり辛い。
それでもルィニアはそれに耐えたらしく、フリューゲル・ヴァッサァの動きは一瞬鈍っただけだった。
OCの動きはかなり鈍った。つまり、クゥリスが奇声に耐えられず、結果として格好の的となったのである。
琉都 「おい、クゥ!しっかりしろ!」
クゥリス 『…………』
気絶しているのではない事が琉都にはすぐわかった。本当に弱弱しくはあるものの、戦いの歌が聞こえてきていたからである。
琉都 「チッ、面倒な…。」
OCに飛び掛ってきた一匹の弾道を刀で逸らし、踏み込みざまにもう一匹に斬りつける。後退るように避けられたため、それは牙に辛うじて傷を負わせるに過ぎなかった。
上空から狙撃銃の発砲音。OCの後ろを取った蟲の胴体に弾丸は命中した。
が、ぶ厚い甲殻がダメージを軽減したのか、蟲は苦悶の鳴き声をあげつつもどうにか生き延びたようである。
もう一匹は牙を傷つけられた事で怒りでもしたのか、ほとんど体当たり同然にOCに突撃してきた。
琉都 「うげぇッ!?」
普通であれば、軸をずらして難無く避けただろう。しかし起動状態の悪さもあってか、微妙に軸がずれた所で蟲の体当たりは成功した。
OCは背中から転んでしまいそうになったが、上体を捻った事で横倒しになるに留まった。幸運にも、どこも損傷・故障していない。
琉都 「隙を与えてたまるかぁッ!」
微妙に長い気合と共に、一瞬にして空中へと機体を舞い上がらせる。
狙撃銃によるソフィアの攻撃。発射直前に気流が急激に変化したため、それはかなり外れた場所に穴を穿っただけだった。
琉都 「気流の急激な変化。つまり…!」
ソフィア 『?』
OCの頭が上空を見る。
さっきまでの快晴が嘘であるかの如く、暗雲が垂れ込め始めていた。
ゴロゴロゴロ……
琉都 「雷まで鳴っていやがる。マジで面倒な事になったな…。」
そう呟いたと同時に、文字通り土砂降りの雨が降り始めた。
A・Wが水を吸っては飛ぶのが難しい。何故かそう直感した琉都は、急いで避難所に機体を移動させた。
ソフィアのフリューゲル・ヴァッサァは、元々水中用だった事もあってか、そんな事をしようとはしない。雷に打たれる可能性を気にしていないかのように、狙撃銃での攻撃を行う。しかも、それはだんだん精密になっていた。
蟲は雷で混乱する事も無く、奇声を発している。雨音が無ければ100%の効果が得られたのだろうが。奇声を発しつつ、琉都のOCとシャルUが居る避難所へ近づいてくる。
琉都 「…勘弁してくれっての…。」
??? 『全くだな。』
急に知らない声が届く。いかにも元気そうで、力強い男の声だ。
琉都 「誰だ?…シャルUの機奏英雄か?」
??? 『まぁ、そうなるな。自分では“機奏土木工事屋”と名乗る事もある。』
琉都 「土木…。でも今はそう名乗る時じゃ無いんで無いか?」
??? 『そう、だな。俺の名はアルゼ、機奏英雄だ。と名乗るべきなんだろうな。』
琉都 「わかってるんなら蟲退治の協力をしてはくれないか?」
アルゼ 『まぁ…しなけりゃならん状況だしな。いいだろ。』
琉都 「助かる。…アルゼ、遠距離武器は?」
アルゼ、と名乗った英雄の乗ったシャルUは雨の中に出て行ってしまった。恐らく積んではいても使えないか、元々積んでないかなのだろう。
琉都 「ふぅ…。弓の一つでも持ってりゃよかった。」
クゥリス 『だったら乗り換えるときは、弓の使える奏甲にするんですか?』
琉都 「ああ。…いつの間に回復したんだ?」
知らないうちにクゥリスの戦いの歌が元に戻っていた。琉都がそれに気付かなかったのは、雨音のせいか、それとも会話に集中したせいか。
クゥリス 『さっきです。それよr……』
アルゼ 『ぐわぁぁぁぁ!!』
琉都 「アルゼ!アヒルみたいな悲鳴上げてどうした!」
A・Wの事もあって、琉都は屋根から飛び出そうとはしなかった。それに、雨もさっきより大降りになってしまって、一寸先すら見えない状況になっていたからである。
ズンズンズンズン…
アルゼ 『やっぱツルハシじゃあ無理!勝てないっての!』
シャルUの手には、折れ曲がってしまった元ツルハシと思われる物体がある。
琉都 「わざわざ戻ってきて言う事か?」
アルゼ 『まぁ、そうだけどな…。サムライブレード貸してくれるか?』
琉都 「刀か?…ほら。」
シャルUに刀を手渡す。
アルゼ 『ありがとよ。ええと…』
琉都 「琉都だ。」
アルゼ 『リュート。いい名前じゃないか。』
再び雨の中に飛び出していくシャルU。微妙に侍気取りな走り方である。
琉都 「……………」
アルゼ 『うらあぁぁぁぁぁぁ!!!!』
雨のせいではっきりとは見えないが、どうやらアルゼのシャルUが蟲を一匹仕留めたらしい。
小降りになり始めたと思い、琉都もOCを走らせる。途中でA・Wを展開し、超低空飛行で蟲に殴りかかる。
琉都 「おぉらぁぁぁ!!」
グシャッ!!
二匹目の蟲も、あっけなく倒れた。
そして二匹の蟲が倒れた少し後、空も元の晴れ模様を取り戻した。
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雨水が溜まってしまった掘穴から水を出す作業は、フリューゲル・ヴァッサァが積んでいたヴァッサァカノンであっと言う間に済んだ。
むしろ汲み出した後の、穴から出ようにも出れないフリューゲル・ヴァッサァを引っ張り上げる方が、大仕事だったりした。
奏甲から降りてきたソフィアは地面に立つなり、とんでもない事を言い出した。
ソフィア 「さっきの穴、奏甲が埋まってたっぽいよ。」
ルィニア 「冗談…だよな?な?」
しかし、ソフィアは至って真面目な顔で首を振った。
ルィニアの表情が一瞬にして、歌姫のそれから奏甲技術者のそれに変化する。
ルィニア 「降りてって見るのがいいかもしれないね。…ハイそこの君!」
アルゼ 「俺!?」
ルィニア 「そう!君の奏甲で穴の底まで連れてってくれるね?」
アルゼは自分の隣に立っている少女──恐らく彼の宿縁だろう──をちらりと見てから、渋々と言った感じに頷いた。
ルィニアとアルゼ、そしてアルゼの宿縁──アメルダと言う名前らしい。第4位階の歌姫だそうだ。──が掘穴に降りていってから、軽く一時間が過ぎようとしていた。
クゥリス 「何やってるんでしょうね。いくら何でも遅いと思うんですけど。」
琉都 「さて。俺の知る所じゃあ無いのは確かだけど。」
ソフィア 「暇〜。退屈〜。」
琉都 「……………俺にどうしろと?」
と言った調子で琉都が遊ばれ(?)る事一時間でもある。
掘穴からは、この世のものとは思えない雄叫びが聞こえていた、一時間でもある。
やっとシャルUが顔を出した。
肩から二人が降りるのを待って、穴から上がる。
琉都 「どうでした、ルィニアさん?」
ルィニア 「…先にここの責任者に話をしてくるよ。それと、奏甲を乗り換えたいんだったら話し合って決めた方がいいかもしれない。」
まだ興奮冷めやらぬと言った感じでそう言うと、ルィニアは避難所──もとい事務所へと向かって歩いて行った。ソフィアがそれに続く。
琉都 「一体何が…。」
アルゼ 「白いクロイツだとさ。」
シャルUをどこぞへ駐機してきたアルゼが横から口を挟む。
どう言う事か、と無言の内に説明を求めると、アメルダが口を開いた。
アメルダ 「このアーカイアには、星芒奏甲──クロイツ・シリーズと呼ばれる伝説の絶対奏甲が眠っているそうよ。およそ200年前の歌姫大戦で決戦兵器として投入されたらしいの。一号機エーアストから12号機ルヴェルフトまでの12機。それに、13号機ウンエントリヒ。」
ここで続きを思い出すようにアメルダは言葉を切った。
そして少ししてから、また話し始める。
アメルダ 「12機のクロイツは何かでリンクされていて、一機が目覚めると残りも目覚める。その防御結界は幻糸兵器以外を排除し、自己再生能力までそなわっている、とまで言われてるの。それに、機奏英雄が乗っていなくても勝手に動く事すらあるそうよ。」
アルゼ 「凄いな、それは是非、いや絶対乗りたいもんだ…。でも、それが何でこんな所に?」
アメルダ 「そんな事知らないわよ。…私の一族の口伝にも白いクロイツの事は出てなかったし。」
と、ここまで話した所でルィニアが戻ってきた。顔は平静を保っているが、その目は喜びに輝いている。
琉都 「…だまくらかしたんだな?」
ルィニア 「そんな人聞きの悪い。昔取った杵柄ってね。…工房の者と名乗っただけだよ。」
ソフィア 「出てきた奏甲もただの色違いって嘘ついたのに?」
こつん、とこぶしで軽くソフィアのひたいを小突くルィニア。
琉都 「で、工房には提出するのか?」
ルィニア 「しないよ。名前を借りただけさ。…口封じはコレで、ネ。」
と金貨を取り出して指で弄ぶ。
ルィニア 「それはそうと…ソフィアはワタシの改造した機体以外には乗せないよ。君たちでどっちが乗るか決めな。」
そう言って金貨を財布に仕舞おうとする。
琉都はそれを手で制止すると、悪戯っぽく笑みを浮かべた。
琉都 「アルゼ。俺はどっちがそれに乗ろうと気にならないからな。コインで決めないか?」
クゥリス 「琉都さん!そんな方法……!」
アメルダ 「そうね。あまり感心しないわ。」
しかしアルゼは琉都と同じように悪戯めいた笑顔を浮かべると、首を縦に振った。
アルゼ 「いいだろ。俺は向こうでは、コイン名手のアルゼとも呼ばれたからな。」
琉都 「よっし。んじゃあ、ソフィアに投げてもらうかな。」
電光石火。琉都はルィニアが持っていた金貨を奪うと、それをソフィアに渡した。
ソフィアは少し迷ったようだったが、熱い期待を込めた琉都とアルゼの視線に耐え切れなかったのか、やけっぱち気味にコインを指で弾き上げた。
空中で勢いよく回転する金貨。アルゼはそれをしっかりと見て、どちらが出るかを見極めようとする。
パンッ!
ソフィア 「どぉ〜っちだ?…あ、数字の書いてある方が裏だからね。」
手の甲を手の平で押さえるようにしている。琉都はその手をじっと見る。
そして、にやりと笑った。
琉都 「表。」
アルゼ 「裏だな。」
双方ほぼ同時に別々の答えを出す。
ソフィア 「じゃあ見るよ〜。」
そっと手を離す。
コインの上面には、現世では見たことも無いような紋様があった。
琉都 「おっし…当たった!」
アルゼ 「あれ?なんでかなー…。」
それぞれが各々の反応を漏らす。
琉都 「んじゃあ、問題なく俺が乗らせてもらうからな?」
アルゼ 「おぅ。……ちっ。」
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工房にシュヴァルベOCを持ち込み、それからもう一度掘地に戻る途中。
アルゼとアメルダのペアを見張りに残して来た事に対して、琉都は非難の嵐に遭っていた。
クゥリス 「何で一番信用できそうに無い彼らを残してきたんですか?盗まれる可能性だってあるんですよ?」
ルィニア 「そう。そうでなくても琉都は、昨日今日知り合ったばかりのヤツに対して、警戒心が薄すぎると思う。」
ソフィアは黙っている。非難するでもなく、だからと言って味方に付く訳ではない、と言うのは琉都にとんでもないプレッシャーを与えた。
琉都 「かも、な。俺は他人を信じる…信じたい性質、なんだと自分でも思う。…それに信用するに足る者でなければ知り合いにすらなりたくは無いしな。」
クゥリス 「じゃあ、信用できるかどうかは、どこで判断するんですか?」
琉都 「それは…言えないな。それに、信用する──信じて用いる分には、契約なり何なりで縛ればいい。それに、信頼と信用は別物だ。」
掘地に戻る頃には、もうすっかり夜が更けてしまっていた。月明かりがあるため、飛行には何ら支障はきたさなかったが。
月明かりの下、シャルUがツルハシを持って出迎えてくれた事に、琉都は安心したようにため息をついた。
琉都 「掘り出せたか?」
アルゼ 「ああ。そりゃもう、バッチリにな。」
アメルダ 「そのかわり…爆薬代を請求してもいいかしら?」
ルィニア 「勝手に使ったんだろ?だったらこっちの知った事じゃないね。」
一瞬だけ飛ぶ、架空の火花。
琉都 「んじゃあ俺は、ちと奏甲を見てくる。…クゥも来るか?」
クゥリス 「あ、はいっ。」
そう言って掘穴の方に移動する琉都とクゥリス。
それを見て、残された四人はほぼ同時に何事かを呟いた。
“それ”は僅かな月明かりの下、絶対的存在感を放っていた。
思わず感嘆の声を漏らす琉都。
クゥリスはどう反応すればよいかすらわからず、ただ唖然とするのみであった。
白い装甲に覆われた、10ザイルの巨躯。
現存するどの奏甲とも違う、と言う程ではないにしても、威圧するような風体。
肩には白い十字架形の部分甲冑。全身には灰色と金の装飾。
全身が淡く白い光を放っている様は、文字通りまるで歌術が形をとったような錯覚すら与える。
だが不思議な事に、歌術が思わせる独特の儚さは、微塵も感じない。
それはまるで文字通り、Absolute Phono Clusteの具現。人型をした絶対的な連続した音声。
琉都 「これが俺に…乗りこなせるのか?」
装甲板に手をつき、誰にとも無くそう問いかける琉都。
恐らく乗るとなれば誰もが、この疑問を抱かずにはいられないだろう。それが例え誰であろうと、一瞬はそう思うはずである。
クゥリス 「この奏甲に私の歌は必要なの…?」
胸の前で手を組み、不安そうに呟くクゥリス。
恐らくこれの支援を行う事になれば、どの歌姫でもこう思わずにはいられまい。それが例え誰であろうと一瞬そう思うはずであろう。
琉都 「いや、乗れるはず。操作の難しい機体だろうと、一回で乗れたんだから。」
そう言ってコクピットを開く琉都。
クゥリス 「大丈夫。琉都さんが乗ってるのなら、歌える。…必要なくても、歌いたい。」
そう言って歌術の体勢を取るクゥリス。
短い起動歌術が穴から聞こえた。
アルゼ 「おぉぉぉ!やっと!」
アメルダ 「うるさいわよ…。」
バシュ!
穴の中から、温泉が湧き出した。まるで産湯のように。
そして産湯で洗われ、白い奏甲が表れた。
ルィニア 「やっぱり…動いてるのと動いてないのじゃ、違いすぎる…。」
ソフィア 「うわぁ…、キレイ…。」
白い奏甲は膝をつくと、手の平に乗っていた者を降ろした。
少し遅れて、コクピットに乗っていた者も降りる。
アルゼ 「コインなんぞで決めなけりゃよかった…」
アメルダ 「後悔先に立たず。アルゼが悪いのよ〜?」
そう言ったアメルダの顔は笑っていたが、目は笑っていなかった。
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アルゼとアメルダはいつの間にか、四人と行動を共にするようになっていた。
白いクロイツの奏座にあった金属板の解読ができず、ルィニアもクゥリスもお手上げ状態だったため、自分達より高位の歌姫であるアメルダに解読を頼み込んだのだ。──ちなみにルィニアもクゥリスも第1位階“黒橡”である。
何故クロイツと判別できたのか、は金属板の文字で最下位の歌姫が読める単語が『クロイツ』と『究極』だけだったからだそうだ。
昔、高位の歌姫の下でこっそりと修行をしていたクゥリスですらも、他に数単語読めただけである。
白いクロイツが発掘されてから五日が経った。
アメルダは解読を頼まれた日からずっと部屋にこもっている。とは言え欲しいものを自分の半身にきっちり買出しに行かせるあたり、彼女のちゃっかりさ加減がよくわかる。
ソフィアは工房にルィニアと軟禁状態だ。
琉都は依頼を請けているとかでもなければ暇に見える方の人間だったため、アルゼに荷物持ちを手伝わされた。
商店が並ぶ大通りで女性用の化粧品だのなんだのを、男二人組みで買出しするのは何となく精神的によくないのだが。
アルゼ 「なぁ、琉都?」
琉都 「何か。」
両手一杯に抱えた荷物が落ちないよう、注意して言葉を発する琉都。
アルゼは全くそんな事は気にしていないように、話を続ける。
アルゼ 「俺達って一体、何だろうな?」
琉都 「えらく哲学的な質問だな。」
アルゼ 「フッ…男は自分の哲学を誰でも持っているのさ。」
琉都 「化粧品の袋を抱えながら言われてもアレだ。」
アルゼ 「ほっとけ…。」
琉都 「それはそうと答えるけどな。短絡的に結論だけ言うと、今の俺達は買出し係兼変なもしくは怪しい二人組み。」
アルゼ 「お前、本ッ当に変なヤツだな。えらく臭いセリフを吐くかと思えば、次の瞬間にはどうでもいいような事を言うし。」
琉都 「ソフィアを連れて来ればよかったな…。」
アルゼ 「はぁ?」
琉都 「あのコがいれば怪しさは80%減っただろうに。」
アルゼ 「逆に1割増になると思うぞ。…おっと。2割増になるな、こりゃ。」
アルゼが歩みを止め、琉都もそれに気付いて足を止めた。
琉都が荷物の隙間から見れば、見慣れた茶黒色のクセ毛頭──クゥリスが見える。辺りを見回しているのか、じっとしてはいない。
琉都 「そうかもな…。ま、自警団はあっても警察がある訳じゃあなし。」
両腕からこぼれ落ちそうになる荷物を抱えなおして、琉都はまた歩き始めた。
クゥリスもアルゼとその隣にいる足の生えた紙袋の塊──琉都に気付いて、少々早足に近づく。
クゥリス 「わかりましたよ!」
一声目でそう言われても何が何だか分かるはずもない。
琉都 「クゥ。まぁ落ち着いて、まずは荷物持つのを手伝ってくれるか。」
クゥリス 「十分落ち着いてます。」
そう不満げに言いいながら、琉都の腕から一番小さな袋を取り上げる。
琉都 「で、何がわかったんだ?」
アルゼ 「仕事の速いアメルダの事だし、多分解読できたんじゃねーか?」
クゥリス 「そうです。例の金属板の解読がほとんど終わったんですよ。」
アルゼ 「ほとんど?あいつにしては…珍しいな。普段はミリグラム単位で火薬の調合できるまで、終わったとは言わないのに。」
琉都 「よきかなよきかな…。要点だけ分かれば十分だ。」
クゥリス 「要点だけ読めたわけじゃ無いんです。でもとりあえず機体名と機体概要は解りました。」
琉都 「手伝った、のか?」
クゥリス 「はい。何故かアメルダさんに読めなかった部分を数箇所訳せたので。」
アルゼ 「琉都…悪いけど俺、戻ったら直に工房に行くぜ。」
アメルダは自分の仕事を誰かに手伝われただけで、その怒りを誰かにぶつけてしまう。
その妙な誇り高さを知っていたアルゼは、素直に帰って待っていれば自らに襲い掛かるであろう惨劇を予想し、震えながらそう言った。
琉都 「わかった。生き延びろよ。」
それを知ってか知らずしてか、冗談をかます琉都。…アルゼは本気でガクブル震えていたが。
琉都 「クゥ、それであの金属板には、どんな事が書かれてたんだ?」
クゥリス 「えっと、アメルダさんが訳を書いてたんですけど、私はそれ見てなくて。…でも粗方訳し終わってから『これはかなりヤヴァいわね…。』とか言ってましたよ。」
琉都 「そうか…。」
そしてクゥリスにもう一つ荷物を渡し、琉都は早足に宿に向かった。
ばたん、と荒々しく部屋の扉が開かれ、そしてそのせいで火薬の粉末が飛んだ。
またアルゼのせいかしら、とアメルダはそう思いながら扉の方を振り向く。それも怒りの表情で。
琉都 「ぅぉ…怖。」
思わず一歩後退る琉都。
アメルダ 「あら、間違いだったのね。ごめんなさい。」
琉都 「いやこっちこそ、勝手に開けてすまない。それより、例の金属板の解読がある程度終わったと聞いたんだが…。」
アメルダ 「これの事かしら。…まだ完璧に終わった訳じゃあないんだけれども。」
そう言ってから、机の片隅に積み上げられていた紙の山から一枚を抜き出す。
アメルダ 「解ったのは機体名とスペックだけよ。でもまだ半面の半分にすら達していないから、後は多分その機体の詳細な説明が羅列しあるんでしょうね。」
琉都 「いや、ありがたい。」
少し口調が固くなりがちになりながら、白いクロイツの説明書の一部訳を受け取る。
【ハイリガー・クロイツ。聖と邪と無と─の十字架が次の絶対的な連続した音─────繋がるを祈る。絶対的────の他、クロイツF(フィールド)と自己再生を有す。───の十字架の試作型、─────にして初の成功を収め───。(以下翻訳不能)】