無題迷話
第弐章 弐話
とある海の近くにある村の安宿。安い割には部屋も掃除が行き届いているため、どちらかと言うと民宿と言った感じが強い。
温泉すら湧かない辺境の地であると言うのに、この宿以外は全て満員御礼。一行はこの宿に泊まらざるをえなかった。
アルゼ 「しかし、なんでこんな辺鄙な所に人が集まってくるんだろうな。」
その疑問は核心を突いていた。
特別な効能のある温泉が湧いているわけでもなければ、特殊な奏甲がある工房があるわけでもない。
だと言うのにこの村に滞在している人間の過半数は男──機奏英雄なのである。無論、残りはその宿縁であろう。
琉都 「何か催し物があるんじゃないか?それも大規模な。」
アルゼ 「だとしても人が多すぎ。違うと思う。」
アメルダ 「違わないわよ。」
アルゼ 「?」
クゥリス 「さっき気がついたんですけど、こんなポスターが村中に貼ってあったんです。」
そう言ってクゥリスは琉都に丸めた紙を手渡す。
琉都はそれを受け取ると、もうすぐ食事が運ばれてくるであろう卓に広げた。
ソフィア 「【水着美女コンテスト】…?」
白い砂浜青い海美しい空と三拍子を背景に、その言葉が大きく書かれていた。
下の方に小さな字で、参加資格等が書かれている。
琉都 「【参加資格:13歳以上の歌姫もしくは女性英雄】、か。なるほど、それでこの人数。」
アルゼ 「いや、そこは問題じゃあないだろ。多分目当ては賞品じゃないかと俺は思うんだけどな。」
参加資格から呼んでいき、賞品と書かれた項を探す琉都。
しかし見当たらない。ふと違う部分を見ると…。
琉都 「【優勝賞品:絶対奏甲ヘルテンツァー・リミット、準優勝賞品:絶対奏甲グラオグランツ】…。村興しのつもりか?」
絶対奏甲は決して安くは無い。それをこんなイベントで放出するとなれば、かなりの後ろ盾があるか決死の覚悟かのどちらかだろう。
技術者の性と言うのか。ルィニアは奏甲名を聞いて、すぐにその詳細を思い出したらしい。
ルィニア 「…?確かまだどっちも試作機段階だったと思ったんだけどね。」
クゥリス 「それって…?」
ソフィア 「何か裏がある、と言いたいんだよね?」
ルィニア 「盗んだ機体を売り飛ばしたアホがいるとかでもなければ、ね。」
琉都 「…まぁ、原因を知った所で何があるでもなし…。」
そう言ってポスターを丁寧に丸める琉都。
しかしアメルダがそれを奪い、もう一度広げて下の方を読み始めた。
アルゼ 「おい、まさか…。」
アメルダ 「【参加費:一人1000G】。…私は参加するわ。」
アルゼ 「やっぱりか。ぁぁぁぁぁ・・・」
ルィニア 「ああ、そうだったね。 ソフィア、奏甲管理書類。」
ソフィアはそれを聞くと、どこからともなくいくらかの紙束を取り出す。
ごく当然の事のようにルィニアはそれを受け取ると、その中から幾枚かを抜き出した。
ルィニア 「今までの蟲退治依頼でのダメージが響いたんだろうね。シャルUはもう戦闘起動に、数回も耐えられないよ。」
幾枚かの紙をアルゼに渡すルィニア。
アメルダが横から覗き込むようにしてその紙を読む。
アルゼ 「内部破損が大きい、と?」
ルィニア 「そうなるね。まぁ、乗り換えの機会と思うのがいいよ。」
琉都 「あ、なるほど。それで参加すると言い出したのか。」
両手を“ぽん”と打つ琉都。そして邪笑を浮かべた。
琉都 「なら仲間として協力しなきゃあ、いけないだろうな。」
クゥリス 「協力って…まさか、私も出るんですか!?」
ソフィア 「だったらルィ姉も出なきゃ、だめだよね〜?」
誤解無いよう言っておくが、ソフィアはあくまでも女性機奏英雄である。
実の姉妹では無いのだが、おばさんと呼んで痛い目を見た事があるために、ルィ姉と呼ぶのだ。
ルィニア 「え、ええッ!?」
琉都 「三人だけじゃあちと不安だから、ソフィアも出るように。」
ソフィア 「ちょちょちょちょ…ちょっと。何でわたしも?」
アルゼ 「…【参加資格:13歳以上の歌姫もしくは女性英雄】。なるほど、出れるわけだ。」
ソフィア 「嘘ォ!?」
琉都 「ソッチ方面の人が投票してくれるだろうな。」
アルゼ 「大人な女性が好みの人はルィニアさんに投票するだろうし。」
琉都 「むしろ優勝しそうで怖い。」
クゥリス 「ちょ、ちょっと待ってください。私水着を持って来てないんですけど。」
ソフィア 「あ、わたしも。」
ルィニア 「ワタシも。」
しばし沈黙が場を支配する。
琉都とアルゼが例の悪戯を企んでいるようなアイコンタクトをする。
そして。
アルゼ 「水着が無いなら買いに行くぞ!」
琉都 「何が似合うかわからないなら俺達にまかせろ!」
アルゼ 「金はまだ余裕なんだから大丈夫さ!」
琉都 「と言うわけで明日は早く起きろよ!」
見事なシンクロ率で一気に言う男二人。発言に時間的内容的ズレが全く生じないあたり、なんと言うか恐ろしい。
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美女コンテスト当日受付会場。
男二人は女性陣の参加費4000Gを支払ってから、ちゃっかりと観客席へと向かう。
琉都 「さて…。特注してまで買ったあの水着がどんな反応をされるか。」
アルゼ 「楽しみ、だな。」
太陽が最も強く大地を照らす頃、浜辺に歌術的拡声による放送が流れた。
放送 『えー、間もなくー、毎週恒例ー、美女コンテストをー、開催したいと思います。なお今回の賞品はー、絶対奏甲とー、なっております。───』
琉都 (毎週恒例…。そんな頻繁に行われてるのかよ、をい。)
心の中で激しくツッコミを入れる琉都。
放送 『出場者はー、今すぐにー、お集まりください。───』
テーマ曲と思しき音楽と共に、ステージに十人近い、少女から女性までの年齢層の、水着美女が登場する。
十人十色とは正にこの事を言うのだろう。肌の色だけではなく、瞳の色や髪の色までもが全く違う。
まぁ、もしも同じような髪色ばかりだったとしても、琉都には彼の仲間が誰だかすぐにわかるはずだ。と言うのも、まず水着からこだわりがあるためである。
エントリーoに紹介と水着センスの評価と総合評価がなされていく。
アルゼ 「…なぁ。気のせいか、ソフィアって言ったっけ。緊張してるっぽいんだけど。」
周囲の迷惑にならぬよう、小声で話す。ちなみにその“周囲”のほとんどが現世騎士団所属の者だろう。
琉都 「気のせいじゃあ無いだろ。あんまり得意じゃないはずだからな、あのコは。」
ちなみにソフィアの水着は、彼女自身が選んだ物である。爽やかな桜色の、上下一体形の水着。肌が白いため、そう目立っては居ないが。
手入れが行き届いているであろう金髪は、耳の前の僅かな部分が何かの蔓のように細長く伸ばしてある以外は全てショートカットだ。瞳の色は水色っぽい青である。
琉都 「まぁ、センスが悪いとは思わないけどな。…水着にもう一色、金を引き立たせる色を使ってもいいだろうと思う。」
アルゼ 「あー、なるほど。」
次々と紹介がなされていくが、ここまではその全てをアルゼは聞き流していた。
琉都はとりあえず聞いておくだけ聞いておきながら、全く気にしていない様子である。
司会 『エントリー3番、ソフィア=エルファイムさん、13歳。この大会に参加してくれた唯一の機奏英雄です。』
琉都 「…変な紹介だな。」
アルゼ 「そうだな。」
そしてしばしソフィアと司会のトークが行われる。
時折マジボケなどかまして笑いをとってくれたため、審査員の男性機奏英雄達の評価も悪くなかった。
司会 『エントリー4番、ルィニアさん、23歳。ソフィアさんの宿縁だそうです。』
ルィニア本人の体型が無駄な脂肪が無く、それでいて出るところはこれでもかと言わんばかりに出ていると言う理想的グラマー体型であるために、着ている水着が今にも負荷に耐え切れず千切れてしまうのではないかと余計な心配をさせる。髪はソフィアとよく似た金髪で、ポニーテール。瞳の色は青銅の錆を思わせる青緑だ。
小洒落た小丸メガネは標準装備だが、水着効果で普段とはまた違って見える。セパレートタイプの、ジーンズ生地で作られた、彼女が普段着ている作業着を模した水着。上半分はまるで上着の袖と裾を機械で引き千切られたように、糸が飛び出している。下半分はジーンズの袖をギリギリの位置で取ったようにも見える。
司会 『現在は各地を仲間と旅しているのだとか言う事ですが。道中で色々と言い寄られたりされませんか?』
ルィニア 『されますね。奏甲の改造をしてくれ〜、とか。…ちょっと前まで奏甲技師をしてたんですよ。』
どっ、と会場が笑う。
その後もそんな感じでトークが続いた。そして審査員の評価も際立って良いわけではなかったが、決して悪くなかった。
司会 『エントリー5番、アメルダさん、16歳。こちらも仲間と旅をなされているそうです。』
そしてトークが始まる。
アルゼ 「頼むからいい評価とってくれよ…ッ。」
琉都 「災害が降りかかるのはお前だものな。そりゃあ祈らずにはいられまい。」
彼女の外見審査については全く心配していない琉都。
と言うのも、見事な黒髪と黒い瞳が目立っていたし、体型もルィニアほど凄いわけでは無いがそこそこだからだ。
水着はアルゼが選んだ…というよりも選ばされた、ビキニである。腰に布を巻いているのがポイントか。
しかし評価は、トークがあまりよくなかったためか、芳しくなかった。
アルゼ 「逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃ………」
顔面蒼白になり、ガタブルと震えるアルゼ。風邪を引いているのかと問われても間違いではないと思えるほどおびえている。
琉都 「壊れたか。つーか版権ネタは止めろ。」
とりあえずツッコミを入れ、それからステージの方を向く。
琉都 「さぁ。真打登場だ。」
3〜6番は全て仲間内が占めてしまっているので、全て真打であるのだろうが。琉都はわざとそういう風に呟いた。
司会 『エントリー6番、クゥリスさん、14歳。仲間と共に旅をなされているそうです…この紹介以外に無いんでしょうかね。』
そして一瞬の間。
司会 『えーと、水着美女コンテスト…なんですが。何故タオルをはおってるんですか?』
クゥリスは客席の琉都の方を、意味ありげに見る。
琉都はそれを見とめ、金属篭手で覆われた右腕を高く天に翳した。それに応え、いままではおっていたタオルを思い切ったように脱ぐクゥリス。
次の瞬間、客席から、歓声が沸いた。
琉都 「…やっぱりな。思った以上に似合ってる。」
アルゼ 「をぉぉぉぉ!言っちゃ悪いがツルペタ体型が良い効果を生んだっぽい!」
タオルの下から現れたのは、日本の各地で未だ根強い人気を誇る、紺色の上下一体型水着。胸部には名前の書かれた布が縫い付けられている。──そう、スク水ことスクール水着である。
着ている者の体型はアルゼが言ったように、微乳に始まる理想的(?)ツルペタ体型。髪は茶っぽい黒色で、クセ毛がすごくストレートとは言いがたいがショートヘア。瞳は見方によっては茶とも金とも言える、不思議な色合いである。
司会 『えー…気合が入ってますね。──それでは早速ですが審査の方よろしくお願いいたします!』
瞬時に最高点数を獲得する。よくよく見れば、審査員のほとんどが鼻から赤い線を垂らしていた。
琉都 「ィよっしゃぁ!」
アルゼ 「ありがとをぉぉぉぉ!!」
周囲の迷惑にならぬよう細心の注意を払いながら騒ぐ男二人。
もはや一心二体と言っても問題ないような、それほどのシンクロ率で何かハンドシグナルを同時出ししたりする。
そうこうして騒ぐうち、司会は13番まで紹介を終えた。
外見審査が終了。
しかし審査員と司会の意見一致により、外見審査上位6名で水泳審査が行われる事となった。
審査員A曰く、真の水着美女たるもの人魚の如き優雅さで泳がねばならない、との事である。
そのため、準備も兼ねた半時間程度の休憩が参加者には与えられた。
アルゼはさきほどからアメルダに言葉攻めされている。内容は大体、何故応援しなかったか、と言うような内容だ。二次審査通過点スレスレだったために、少なくとも表面では怒っているらしい。
言葉の使い方が巧く無い事もあって、アルゼはただただ謝るのみである。その謝り方は何も知らない者が傍から見れば、とんでもないストーリーを脳内で展開する事すら可能であっただろう。
ソフィアは今しがたルィニアにジャイアントスウィングで海に放り投げられた所だ。随分と沖の方まで飛ばされたが、それはそれで楽しそうにしている。
琉都はと言うと砂浜に寝転がり、何もしていなかった。強いて言うならば、何もしない事をしていると言うのだろうか。
クゥリス 「琉都さん。」
声と同時に不意に視界が暗くなった事に驚き、がばっと飛び起きる琉都。
骨がぶつかる鈍い音がして、それから彼はやっと自分の視界を暗くしたのがクゥリスの顔である事に気付いた。
琉都 「っと、悪ぃ。痛くなかったか?」
クゥリス 「だ、大丈夫、です。コブはできちゃったかもしれないですけど。」
えへへ、と笑うクゥリス。
琉都 「ん。ならいい。」
そう言って琉都は体を完全に起こし、さっきまで寝ていた場所に座る。
クゥリスもその隣に腰を下ろした。
琉都は何も話しかけない。自分の言葉が時に不器用すぎるのを知っていたし、何故自分の方へ来たのかすら皆目見当がつけられないからだ。
クゥリスも何も話さない。琉都が何か話すだろうと思っていたし、それを望んでいたからだ。
ただただ何も話さない音の虚空に波の音が入る。よせてはひき、おしてはひく、海の鼓動とも思える音が。
その音の元をクゥリスはその不思議な色の瞳で見ていた。白く泡立つ波打ち際や、そこに遊ぶ小さなカニを。
その音の向こう側を琉都はその澱んだ黒の瞳で見ていた。文字通り何も無い空間そのものや、文字通り時間そのものを。
平和そのものな時間が過ぎていく…はずであった。
現騎団員A「む、蟲が出たぞ〜〜!!」
その声に続いて大型種の奇声(ノイズ)が聞こえてくる。
会場の方から砂埃がもうもうと立ち上り、足音が聞こえ、現世騎士団の者が蜘蛛の子を散らすように逃げていくのが手に取るようにわかった。
もう砂浜にはほとんど人気は無い。数人の機奏英雄とそれに等しい数の歌姫が残って居るだけだ。
そして三組のペアを除いて残りも逃げていく。
琉都 「町が近いんだから始末しろよ、ったく…。」
そういいながら腰を上げ、ズボンの腿にベルトで固定してあった専用の鞘から、拳五つ分はあるであろう長さの刃を持つ爪を取り出す琉都。
両手に一つずつそれを持ち、戦闘体勢を整える。
クゥリス 「って、まさか…生身で戦うつもりですか!?」
琉都 「相手は生物なんだから、素手でも殺せるだろ。幽霊だのなんだのなら逃げるが勝ちだろうけど。」
アルゼ 「まさにその通り。蟲っつっても頭を潰せば死ぬしな。」
神出鬼没。いつの間に来たのか、アルゼが拳銃を二つ持って立っていた。その隣には手榴弾でお手玉をしているアメルダの姿もある。
琉都 「まぁ…コンテストも終わってない事だ。女性陣は準備しててくれないか。」
クゥリス 「何でですか!?」
全く予想外と言わんばかりにクゥリスは半ば叫ぶように訊ねる。
琉都 「たった4000Gで奏甲が買えるとなれば、そのくらいの配慮はしないとな。」
アメルダ 「…何を言うのかしら?もう、他の参加者は皆いないわよ。」
アルゼ 「二重にも三重にも、警戒してるんだろ。例えば退治し終わってから調子よく戻ってきたりするヤツを。」
そうこう話しているうちに、大型蟲が近づいてくる。とは言え小型衛兵種ほどの速さはその巨躯では出せないらしい。
琉都は無言に爪を構え、攻撃態勢をとった。アルゼも拳銃の最終点検を行い、それから攻撃態勢に移る。
琉都 「…厄介っちゃあ厄介だがな…。頭だけを狙うぞ。」
アルゼ 「ああ。」
ぢゃきっ
ギシャァァァァ!
向かってくる大型奇声蟲に、琉都が無謀な特攻を仕掛ける。それを迎撃せんと蟲は爪を繰り出すが、それを最小限の力を攻撃方向と垂直に与える事で、琉都はそれを難なく…とまではいかないにしてもかわす。
そして第一陣が穿った攻撃の穴にアルゼが滑り込み、見当違いな方向に押し出され引っ込めようとする前脚を射撃する。止まる一瞬を狙って射撃するのは難しい事ではあるが、動体視力と俊敏性さえあれば不可能ではない。
琉都は牙の一撃を垂直に跳んでかわし、蟲の甲殻に覆われた頭部を殴りつけるように爪を突き立てる。だがぶ厚い甲殻はその程度ではびくともしない。
アルゼは蟲の目の前で止まり、両手の拳銃を蟲の複眼につきつける。
アルゼ 「呪うなら…自分の鈍さを呪え。」
鈍い青を含んだ彼の瞳に、殺意のような物がありありと浮かぶ。と同時に、そこには命が終わる事に対する哀れみすらあった。
両手の拳銃の引金を交互に素早く引く。
ガッガガガガガガガガガガガガガン!
連続で放たれた鉛弾は、避ける事すら許さないスピードで、蟲の頭に甚大な損傷を与えた。
そして作られた死角に琉都が飛び降り、すかさず爪をその傷痕に突き立てて抉る。
狂ったように奇声(ノイズ)を発する大型種。しかし琉都は抉る手を休めない。蟲の緑色の血が、篭手の内部にまで侵入する。顔にも飛ぶ。それでも琉都は止めなかった。
アルゼはその光景に嘔吐感を覚えたらしく、すっかりしゃがみこんでしまっている。
琉都 「目標捕捉…破壊する。」
そう言って琉都が両腕を動かすと同時に、糸が切れたように蟲は倒れた。
爪を蟲の複眼から引き抜き、篭手をはめ直す琉都。その動きには無駄が無く、まるで戦闘機械を思わせる。
しかし不思議な事に、琉都の黒い髪にも特徴の無い顔にも、蟲から吹き出たであろう緑色の液体は跡すらなかった。それどころか爪や篭手や服も、そんな事があった事自体が嘘であるかのように戦う前の状態そのままだった。
アルゼは自分の赤黒い髪が緑色に染まらないかと心配しているほどだと言うのに、だ。
蟲は倒され、水着美女コンテストが再開されるかと楽しみにしていたのが間違いだった。その場に居たり戻ってきたりした者はそう思った。
蟲の体からどくどくと流れ出る液体が海を怪しく染めていたため、誰も泳ぎたがらなかったのである。
審査員は司会を通じて二次審査に残った者の内、クジ引きで優勝と準優勝を決めると告げた。
アルゼ 「これは…いい事なのか悪い事なのか…。」
琉都 「13分の4の確率で当たりが出るんだ。いい事と思うべきだろ。」
そしていかにも“今さっき作りました〜”感満々の箱を持って、参加者の許を司会が巡回していく。巡回している司会の表情がかなり疲れているように思える。
適当に順番を決めて、順番に手を箱に入れる女性陣。
ソフィア 「んっと…これ。」
慎重に感触を頼りに小さな紙片を選び、手の中にそれを握りこんで箱から手を出す。
ルィニア 「…。」
ほとんど何も考えず、最初に触った紙片を取り出す。
アメルダ 「クジ運悪いのよね、私。」
苦笑しながら適当に紙片を取り出す。
アルゼ 「マジ?勘弁してくれぇぇぇ…。」
アメルダの「クジ運が悪い」の一言で泣きそうになりつつ言う。
クゥリス 「えーっと…。」
ごそごそと引っ掻き回してから一枚掴み出す。
司会は次の参加者の許へと歩いて行った。
琉都 「…当選者が二人いたら片方は誰かに譲渡と言う事になるのか?」
アルゼ 「いや、売り飛ばす方がいい。さっきの銃撃で…正直言って財布の中身がかなりやば気なんだよ。」
琉都 「あぁ。そう言えば弾薬代がバカにできないんだっけ、忘れてたな。」
男性陣がそうこう話している間、女性陣は半壊したステージの方を注目していた。と言うのも、最後の一人がさきほどクジを引き終わったからである。
審査員が台に乗った“何か”を持って、司会と共にステージ上に現れた。そしてその“何か”に、琉都には見覚えがあった。
司会 『えー。先ほど引いてもらったクジには、内側に色が円く塗られているはずです。今からこの厳正な“籤引機”で選出される色と同じ色のクジが、当たりとなります。』
琉都 「“籤引機”って…」
微妙に違っていそうで違っていない認識に軽く呆れる琉都。
アルゼ 「へーっ。あんなすごい装置まであるんだな。」
琉都 「商店街とかでよく見かける、手回し籤引だっての。あの『がらがらー』と回すやつ。」
ステージ上で準優勝の色が決定される時が来た。これ以上無いと言わんばかりにその『がらがらー』と回すやつに注目する女性陣。
がらがらがらー………ころん
司会 『ハイ、準優勝は水色の方でーす。クジ券を持ってステージ上に上がってください。』
見知らぬ歌姫がステージ上に上る。
アルゼは舌打ちをした。本気で売り飛ばすつもり満々だったのだろう。
司会 『それでは注目の優勝者は…。』
がらがらがらがらー………………ころん
司会が出てきたスフィアを指でつまみ、それを高々と掲げる。
ようやく夕日と言えるだろう色合いになり始めた陽光に照らされたそれは、何者にも染まらぬ公平の色。闇を象徴し、文字を書くのにも多用される色。黒だった。
司会 『優勝は黒の方です!クジ券を持ってステージ上に上がってください。』
琉都は誰が優勝したのかと心待ちに待った。しかし、後ろからも前からも動く者の気配は無い。
アメルダ 「何の冗談…?」
その一言で振り返ってみる。アメルダが自分の引いたクジを持って震えていた。
アルゼ 「ちょっと貸してみ。」
クジを引ったくり、そして一瞬大きく目を見開いて、そして信じられないと言う表情をするアルゼ。
琉都 「黒?」
アルゼ 「Yes.」
素で英国英語が出てきた。よほど驚いたのだろう。
琉都は何も言うことなく、心静かに待った。
さらに一瞬の間の後、アルゼが口を開いた。
アルゼ 「さぁ…行くんだ。優勝はおまえの物だろ?」
その言葉で現実世界に引き戻されたか、アメルダはクジ券を受け取ると、ステージの方に歩いて行った。
何の装飾も無いステージに、まるで前人未踏の秘境に入るように、おどおどしながら上がるアメルダ。
司会 『今回の優勝者は─────────────』
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コンテストの2日後。
絶対奏甲ヘルテンツァー・リミット(試作型)はアルゼとアメルダに良いように調整され、フリューゲル・ヴァッサァの隣に駐機されていた。調整は具体的には歌術運用能力を少々高め風して、比較的高位の歌姫であるアメルダがより能力を発揮できるようにされていた。
右腕には20oアームガンが、また両手には奏甲用拳銃が装備されていて、拳銃の扱いに長けているアルゼに最適化されていた。
ルィニア 「あぁ。こんな感じだけどどうだろうね?」
アルゼとアメルダが来たのに気付き、奏甲の最終整備をしていたルィニアが声をかける。
アルゼ 「…変形とかしないのか?」
アメルダ 「しないわよ。昨日からずっと言ってるわよ?」
ルィニアが返事を返す前にアメルダが素早いツッコミを入れる。
ルィニア 「まあ、ね。それから改造はまだ今は無理だけど、資金が入ったらこんな感じにしたらどうかな。」
そう言って設計図を作業着の懐から取り出すルィニア。設計図など読めないアルゼにも、この改造の無茶っぷりはすぐにわかった。
アルゼ 「ブースター装備改造は賛成だけど、流石に脚部ミサイルはちょっと…。」
ルィニア 「じゃあ、装甲板幻糸純度上昇に切り替えておくかね。ともあれ、今は整備でいっぱいいっぱいだからねェ…。」
そう言ってから、改造好きな奏甲技師は物足りなさそうにヘルテンツァー・リミットを見上げた。
ソフィア 「ねぇ。アルゼ?」
整備が終わったのか、ソフィアも下りて来て話に加わろうとする。
アルゼ 「…年上の人を呼ぶときは“兄さん”とか“姉さん”とかつけてくれよ…。」
心底残念そうに言うアルゼの鳩尾に、アメルダの肘が入る。
アルゼ 「ぉ……ごぉ……」
転がる元気すらなく、そのまましゃがみこむアルゼ。
アメルダ 「寝言は寝てから言ってよね、アルゼ兄さん?」
顔は笑っているがその薄皮一枚下では吹雪が吹いている。アルゼはアメルダの表情をそう思った。
それを気にしない方向で、ソフィアは話を続ける。
ソフィア 「このコの名前、何にするの?」
アルゼ 「サイレント・ソング…。無音の歌…。」
そこまで言ってアルゼはがっくりと力尽きた。
ソフィア 「音、無いんだ。…あ、フリュヴァの整備しなきゃ。」
フリュヴァとは、フリューゲル・ヴァッサァの略である。念のため言っておくが、十二支の物の怪憑きとかが出てくる少女漫画のことではない。
ソフィアはそう言って奏甲用工具を持つと、フリュヴァによじ登り始めた。
同時刻。同工房内にて。
琉都は物凄く悩んでいた。
まさかクゥリスにこんな相談持ちかけられるはずも無い、そう思って一人で考えていた。
両手の篭手を外す。
禍々しい紋様が、また少し密になっている気がした。
琉都 「死は…不幸なのか?」
だとすれば、この紋様の働きは生を死に変換し、輪廻の輪を描かせる事なのか。
そう自分に問うた瞬間、激しい頭痛に見舞われる。
琉都 「これも、過去なのか?」
しかし彼は答えを求めない。
そうすれば、自らに苦痛を与えるだけだからだ。
琉都 「過去が無いのは辛いなァ…。」
彼が思い出せるのは、こちらに召喚されてくる前に住んでいた家の事まで。
確かに自分が貰われてきた存在であると言う事は認識していた。
だとすれば、何らかの形でそれ以前もあるはずなのである。
しかし彼は、それを己の中に見つけられなかった。
琉都 「まるで、誰かが仕組んだかのような忘れ方じゃないか。」
記憶が無い事は、ぼんやりと自覚できた。
何故、林海家に引き取られたのに仙仁姓なのか。
自分は仙仁姓以外名乗るつもりは無い、と言ったからそうなのだろうが、それでもおかしい。
そして最もおかしいのは、毎朝毎朝「ひたいは大丈夫か?」と問われた事だ。
琉都 「俺のひたいが何だって言うんだ。…。」
そう言って篭手を装備しなおしてから、自分の奏甲を見上げる。
ハイリガー・クロイツは何も言わずただそこにある。
あまりに考える事に夢中になりすぎて、クゥリスが近づいてくる事にも全く気付かなかった。
クゥリス 「何悩んでるんですか?」
琉都 「ぇ?ああ。コイツの名前を考えてた。」
そう言ってハイリガー・クロイツの装甲板を軽く叩く琉都。
クゥリス 「ハイリガーじゃないんですか?」
琉都 「色々と問題があるかもしれない。できればそれ以外の呼称が欲しい。」
クゥリス 「あ。そうですね。」
そう言ってから真面目に悩み始めるクゥリス。
琉都もとりあえず奏甲の名前を考えてみる。
クゥリス 「…思いつきません…。」
琉都 「そうか。俺もだ。」
クゥリス 「仕方が無いから呼称無しにしません?」
琉都 「無し…なぁ。まぁ、仕方が無いか…。」
そう言ってハイリガー・クロイツを見上げる。
それでも奏甲はそこにあるだけだった。