無題迷話
第弐章 参話(前編)




 暗闇に荒い息だけが響く。
 その息は縄で動きを制限されている、命令で歌うよう“調教”され、それ以外何もできないようにされた、何人もの歌姫のものだった。
 精神の深い傷は彼女達から悲鳴や助けを求める声を奪い、ただ歌う事だけを許していた。
 彼女達が歌わされるのは、望まぬ争いのための歌。
 その歌を“使う”のは、冷酷なモノ。盗み、破壊する、盗賊達の操る悪魔。
 盗賊達は自らを『絶望の歌声』と名乗っていた。だが実際には、現世騎士団に寄生している、ただの荒くれの集団だ。


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 虚空を見て過ごす見張り達。
 篝火に引き寄せられて来た蛾が、自ら炎に飛び込みその身を焦がす音がした。
琉都   「アルゼ。」
アルゼ  「ん?ああ、交代の時間か。」
 そう言ってその場からアルゼは腰を上げる。
アメルダ 「早く暖かい布団で寝たいわ…。」
クゥリス 「後は私達が見張りますから。ゆっくり休んでていいですよ?」
 じゃあ、と軽く挨拶をしてからアルゼとアメルダは仮の寝床へと向かって行った。
 返事を返し、琉都とクゥリスが彼等の後を勤める。
琉都   「…クゥはもう少し寝てていいぞ。俺がその分目を凝らしてるから。」
クゥリス 「んー、じゃあそうさせてもらいますね。琉都さんも眠くなったら言ってください。」
琉都   「了解。何か違和感を感じたら起こすから、そのつもりでな。」
 そして防寒にと思って持ってきた毛布を手渡す琉都。
 本当にどうしようもなく眠かったのか、クゥリスはそれをはおるとすぐに寝てしまった。
 琉都はまだ少し眠い目をこすりながら、何も無い闇を見張り続ける事にした。

 虚空を見て過ごす見張。
 篝火に引き寄せられて来た蛾が、自ら炎に飛び込みその身を焦がす音がした。
 そして微かな歌声が聞こえた。元々眠かった事もあって、彼は重しをつけられたかのように、眠りの泥へと沈んで行った。


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 キューレヘルトが戦闘起動する。
 そのための歌は“調教”された歌姫が織っていた。
 リーダー機と思しき一機が、銃を振り上げて手下に何か指示をする。
 手下機の内数機が頭を縦に振って、崖を滑るようにして駆け下りていく。
 そして、盗みと殺しが始まろうとしていた。


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 僅かな幻糸の乱れと振動に、クゥリスは目を覚ました。
 見れば琉都はすっかり寝てしまっている。自分が今まで使っていた毛布を彼にかけると、彼女は立ち上がった。仲間を起こしに行くためにである。
 しかし。
盗賊A  『動くな。』
 奏甲外部対話装置を通じて、背後から荒くれた声が聞こえる。
盗賊A  『動けば即刻潰す。 否定ならば左腕を上げ、そうでなければ右腕を上げろ。…ここの見張りか?』
 圧倒的不利状況では、一時でも時間を稼げ。
 昼間アルゼがそう皆に言った事を思い出し、クゥリスは少々の間を置いてから右腕を上げる。
盗賊A  『するとそこの奏甲はお前達のモノか?』
 新しい質問をされると同時に、一旦腕を下げる。
 そして悩んでいるフリをしばらくしてから、右腕を再度上げる。

 そんな風にしていくつも質問をされ、その度に時間を稼ぐべく間を置いて答える。
 夜を三分割して交代で見張ると決めていたため、交代はもう望めない。朝までその場に引き止めておく事が、できるかどうか微妙ではあるにしても、最良の手段だろう。
 しかし、その望みはあっさりと消え去った。
盗賊A  『…真面目に答えた事は褒めてやろう。そこに寝て居る男は殺さないし、お前も殺さん。』
 そう言うと同時に、奏甲の巨大な手がクゥリスを掴み上げた。
盗賊A  『見られた以上、逃がすわけには行かん。悪く思うな。』


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 朝日が昇る。
 琉都はいつの間にかかけられていた毛布を除け、そしてその直後に自分の失敗を痛感した。
 なぜならば、彼の宿縁が見当たらなかったし、奏甲も一筋縄では動かせそうにすら無いほどに破壊されていたからである。


 ルィニアは奏甲の惨状を見て、一瞬ふらっとした。
 修理するのに少なくとも半日丸々かかるだろう、と見てすぐにわかったからだ。
アルゼ  「…琉都。お前、居眠りでもしたのか?」
琉都   「言い訳はしない。…今回は俺の失敗だからな。」
 殴ってくれ、と言わんばかりに頭を下げる琉都。
アルゼ  「まぁ、しちまった失敗はどうしようも無いさ。ただ、修理が終わるまで俺の前に現れるな。」
 アメルダはアルゼの意図を読み取り、何も言わない。
 琉都は頭を上げ、今度はソフィアとルィニアに話しかける。
琉都   「手間をかけさせて悪いと思っている。…手伝える事があれば言って欲しい。」
ルィニア 「この状況は到底、素人が手伝える修理じゃないよ。ソフィアも手伝えるかどうかわからないんだからね。」
ソフィア 「…早く行って。そうでないと、頭を撃ち抜いちゃうかもしれないから。」
 そう言ってスナイパーライフルを軽々と構えるソフィア。
 それに倣ってかアルゼも拳銃を構える。
 殺気を肌で感じた琉都は、その場を素早く奏甲の足跡が続く方向へと走り去った。
アルゼ  「それでいい。…俺でもそうするだろうからな。」
 そう言うとアルゼは武器をしまった。


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 琉都は足跡を追って、歩き続けた。
 時々途切れる事もあったが、決して追跡に支障が出るほどの障害とはならなかった。

 林を通り…

 小さな山を登り…



 山の中腹まで来て、不意に奏甲の足跡が途切れた。
 辺りに足跡が続いている気配は無い。それどころか、素人ですら一目でわかるほどに、ある一箇所を除いて地面は踏み固められていた。
琉都   (…ここか?)
 そう思い、丁度境目にあたる部分に手を置く。
琉都   (だとすれば、罠の一つも仕掛けてないとなると…中の警備が厳重なんだろうか。いや、考えても仕方が無いか。)
 今の彼が動いている理由は、ただ己の半身を救う事。そして仲間もそれを認めたから。
 今回は盗賊退治の依頼が原因であるとは言え、ここまでに発展するとは思いもしなかった。常にそうした危険は付きまとうと言うのに。
琉都   (全く、俺の頭はどうなってるんだろうな…。)
 自分が知らないのに他人が知るか、と言いたくなる問である。
 それはさておき。踏み固められていないため柔らかい地面を、琉都はしっかりと観察する。何かの仕掛けがあるとすればそこにあるに違いないのだろうから。
 石の一つ一つに至るまで、指で突いて調べる。
 そして、革靴を見つけた。
 それに続いて、武装した無骨な人間も見つける。
琉都   「……盗賊?」
盗賊B  「いかにも。って、答えてる場合じゃあ無いな。」
 大声を上げようとする盗賊Bに対して、琉都は頭突きを喰らわせる。
 ガッ、と鈍い音がして、盗賊Bのアゴにそれは命中した。
 琉都は自分の頭が痛いのも気にせず、アゴの痛みのあまりに悶絶する男を捕まえる。
盗賊B  「〜〜〜〜〜〜ッ!」
琉都   「痛いのはこっちもだ…。まぁ、それはさておき。武装解除させてもらうぞ。」
 手から銃を剥ぎ取り、上着の裏に隠していた手榴弾も上着ごと捨てる。
 男は痛みに耐える事が精一杯で、それに抵抗する余力などありはしなかった。
 琉都は右手では男を押さえつけたまま、左手にだけ爪を装備する。
盗賊B  「何のつもりだね?」
琉都   「至極簡単…。貴様らのアジトにはどこから入ればいい?」
盗賊B  「よかろう、教えてやる。まずそこの──」
 琉都は爪を盗賊Bの喉にピタリと触れさせる。
 そして右手を離し、爪を装備してから、さきほど奪った銃を持ち直す。
琉都   「案内しろ。…仮にも人間だ、必要以上に殺しはしない。」
 銃を頭に突きつけ、立ち上がらせる。
 盗賊Bは渋々と言った感じで、すぐ近くの岩を両手で押した。すると、地面の柔らかい部分が坂になり、その下から奏甲の二・三機は通れるであろう通路が現れた。
盗賊B  「……中も案内するかね?」
琉都   「信用できない。…今すぐ山の頂上まで登って、一日は下りて来るな。」
盗賊B  「よかろう。金さえ払えば私を雇うなど訳無いのだがね、仕方が無い。」
 そう言うと盗賊Bは山の斜面を登り始めた。
 琉都はそれを見送らず、すぐに通路に侵入する。


 ここまでの道中二時間ほど、さして罠も無かった。ついでに言えばばったり出くわす者以外には、人間も居ない。
琉都   (ここ、か?)
 ほとんど直感を頼りに、琉都はアジトの中層部にまで侵入していた。
 武装を解除し、誰かが来るのを待つ。ここまで罠も見張りも居ないとなれば、相当にアホな奴等ばかりなのだろうからだ。
 案の定、すぐに盗賊が一人現れた。琉都の姿を見ても、軽く手を上げて挨拶をするだけで、何ら警戒した様子は無い。
琉都   「…先輩、ちょっと訊きたいんスけどね。」
 言葉遣いに気を使って、それでいてなるべく自然に話す。
盗賊A  「おう、何だ?」
 男もごく自然に返事をして、足を止めた。
 ここまで巨大な施設をアジトにするような盗賊団だ。一々団員全部の顔と名前を覚えてなど居られないのだろう。
琉都   「最近、歌姫が数人捉えられたそうッスね。」
盗賊A  「…あー、そうだったな。それがどうかしたか?」
琉都   「どこにいるか知らないッスか?世話を任せられたんスよ。」
 男はここで、何かを怪しむように表情を変えた。だがすぐに元に戻し、腰から提げた鍵束を渡す。
盗賊A  「すぐそこの角を左に曲がって二つ目の扉だ。鍵はそのダイヤマークのヤツで開けれるはずだ。」
琉都   「すまないッス、先輩。」
 そして何事も無かったかのように、鍵を受け取り歩き出す琉都。
 男もその場を離れようと歩き始めた。が、それは首への衝撃で意識がかき消される事で中断された。
琉都   「だましてすまないッスね、先輩?」
 ガクン、と力が抜けた男の体を要領良く支える琉都。
 そしてそれを半ば引きずるようにして歩き始めた。
琉都   (…左に曲がって二つ目、だったか…。)
 そのように移動する。二つの扉の間隔はかなり開いていたが、幸いにも人は一人も歩いていない。
 ダイヤマークの鍵を鍵穴に差し込んで回すと、二つ目の扉は以外にもあっさりと開いた。
 そこにあったのは、鞭や蝋燭そして手枷と言った、極めて初歩的な拷問器具。さらに無数の血痕。
琉都   「うっ…」
 思わず声を漏らしてしまうほどの異臭も漂っていた。
琉都   (まぁ、それは置いておいて。ここは拷問部屋か?)
 引きずってきた男を適当な物陰に隠し、そして探索を始める。

 めぼしい物はさほど見つける事はできなかった。
 せいぜい銀製の十字架形をした鞘と剣のセット、そして何故か聖書。それくらいしか換金できそうな物は無かったのである。
琉都   (まぁ、銀でできた剣は大収穫か。…何か忘れてないか、俺?)
 しばし考える。
 場所が場所だけに誰も来る事は無く、比較的あっさりとそれを思い出す事ができた。
 再び探す。今度は壁を重点的に調査し、隠し扉が無いかを調べる。
琉都   (!)
 進入するのと同じくらいあっさりと、見つける事はできた。
 しかし扉には鍵がかかっているらしく、何度ノブを捻ってもガチャガチャと音がするだけで、開く気配は欠片すら無い。
琉都   (…まぁ、一人も殺してない時点で発見される可能性は大きいんだし、帰る道は覚えてるし…)
 十字架剣で扉を叩く。とん、と木の軽い音が帰ってきた。
 琉都は篭手をしっかりと装備しなおし、少し扉から下がる。そして。
琉都   「ぅおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 ドーン!

 体当たりをして、突き破った。ただそれだけ。
 隠し扉を突き破ってどうやら正解だったらしい。部屋一杯に人間が“モノ”として詰め込まれていて、そしてそのほとんどが襤褸同然の服だったらしい物を身に纏っている。
 中にはまだ新しい服を着ている者もいた。赤髪やら金髪やら…茶っぽい黒髪やら。
琉都   (…。)
 猿轡でも噛まされているのか、声すら出さない。それでも、助けに来た事が嬉しかったのか、ぽろぽろと涙を流していた。
 兎にも角にもとばかりに、右手だけ爪を装備して、猿轡や縄を斬り裂く。泣きながらわっと声を上げて飛びつくクゥリス。
琉都   「…。」
 頭を軽く叩くように撫でてやる琉都。服に顔を埋めて泣きじゃくるクゥリス。
 そしてそれを妬ましい視線で見るその他。
琉都   「…クゥ。しばらく待っててくれないか、ここにいる全員とまでは行かなくても後数人は助けてやりたい。」
クゥリス 「………。」
 服に顔を埋めたまま、首を縦に振る。
 琉都はそれを認識すると、まだ体力も精神も大丈夫な者を数人選んで、猿轡を外す。
琉都   (精神が正常なのは全部で10人か。…多いな、確か依頼を請けた時点では最近さらに4人と言っていたんだが…。)
 束縛を放たれた者は次々と立ち上がって、痺れたり何なりで調子が悪い体の面倒を見る。
 琉都は何も言わずに部屋を出ようとしたが、服の袖をクゥリスに引っ張られて立ち止まった。
琉都   「…まずは奏甲を持ってこなきゃ話にならないだろ?それから助けるさ。」
クゥリス 「何で分かったんですか…?」
琉都   「顔に書いてあるからな。」
 そう言って改めて部屋を出る。

 異臭立ち込める拷問部屋を通り抜け通路に出た。
 しかし、何か空気がさっきと違う。肌で分かるのは、それが敵に対する遅すぎる警戒だという事。そしてすぐ近くに何人か居るということだ。
クゥリス 「────────♪──♪─」
 不意にクゥリスが歌い始めた。
 今まで聞いた事の無い、戦闘起動のため以外の織歌。
 幻糸が発光して、彼女の周囲で乱舞するかのように交差し、そして一つの術式を編み上げていく。
琉都   「…! 止めろ。気付かれたらどうするんだ?」
 慌てて琉都はそれを止める。だが、すでにクゥリスはそれを歌い終わろうとしていた。
 そして、幻糸が一層激しく発光し、編み上がった事を知らせる。
 参ったな、という風に琉都はひたいを手で叩いた。
クゥリス 「“白月夜フーガ”、自然物を操作する歌術です。」
琉都   「…はぁ〜…」
 仕方が無い、と言わんばかりに爪を両手に装備する琉都。ここまで持ってきた銃器は後ろからついて来ている歌姫の一人に与えた。
 クゥリスも珍しくロープ付きナイフを逆手に、いつでも戦闘が行えるように持つ。ロープの端は彼女のベルトに結び付けられている。
盗賊C  「こっちから何か聞こえたぞ?」
盗賊D  「気のせいだろ?おめえは電波系だからなァ。ははは…」
琉都   「それはそうかもな。居ないはずの侵入者が居るんだから。」
 ごく自然に聞こえた声の主を探す盗賊C・D。琉都はその二人の喉首を、爪で深々と切裂く。
 断末魔すら上げずに、盗賊C・Dはその場で息絶えた。
琉都   「…急ぐぞ、見つけられればすぐに追手が来るはずだ。」
 そう言って急に走り始める。
 その後を追って、残り11人も走り始めた。
 時々何か重い物が落ちるような音がしたが、琉都はあえて振り向かなかった。

 無数の通路を走りぬけ、無数の角を曲がる。
 それだけの脱走劇ならばどれだけ楽か。
琉都   「ぉぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 鮮血が噴水のように喉の斬創から吹き上がり、それが周囲の者全員に分け隔て無く降り注ぐ。
 その中で琉都は片足を軸にして体の方向を変えると、そのまま後ろに回りこんできた盗賊の心臓を骨を避けて切裂いた。
 残りの盗賊の一部は恐れをなしたらしく、向きを180度転じるとそのまま逃げ出す。
 しかしそれを狙って、11人の歌姫の内の一人が発砲する。三人ほどの盗賊を仕留める。
琉都   「…来い。」
 くい、と指を動かし挑発する。仲間を殺された恨みもあってか、盗賊どもはあっさりとその挑発に乗った。
 狭い場所での跳弾を警戒してか、銃器は使わずに各々の得物を構えて攻撃してくる盗賊ども。ただ通路と言う場所が幸いして、三人ほどしか同時に攻撃を仕掛けられる者は居ない。
琉都   「ラあぁぁぁぁぁぁ!!」
 琉都は武器を篭手で弾き、次々と爪を付き立てていく。
 喉動脈に、横隔膜に、心臓に。
 血の雨と言っても過言ではない量の血飛沫が、殺戮者の顔や体に無差別に飛び散る。
 しかしその殺戮者の身は、一つとて血痕を残さない。まるで肌から血を飲むかのように、すぐに消えてしまうのだ。
 もはや発狂寸前であるが、それでも盗賊は斬りかかって来る。
盗賊(狂)「このバケモンがッ!」
 剣筋が見え見えの一撃を放つ盗賊。
琉都   「化物?」

 ギィン!

琉都   「俺に言わせれば、人をあんな風に扱える、テメェらのが化物だ。」

 シュバァッ!

 ビシュゥゥゥ…ビシュッ…ビシュ…

 心の臓の動きに合わせ、強弱をつけて赤い液体が斬創から、少しずつ弱くなりながらも大量に噴出する。
 殺戮者は全身にその返り血を浴びた。が、またすぐにそれは無くなってしまった。
 そして血の一つすら付いていない、無特徴な顔を盗賊の方に向ける殺戮者。
琉都   「次は…誰がこう言う風にされたい?」
 冗談じゃない、と盗賊は異口同音に言う。
 琉都がごく自然に微笑むと、盗賊どもは慌てふためいて逃げて行った。
 しかし。

 ズドン!

盗賊A  「何を、逃げてる?撃ち殺せばいい話だろう…。」
 目を覚ましたらしい。盗賊Aがいつの間にか、猟銃を持って立っていた。
 ツゥ、と琉都の頬を赤い線が伝う。
琉都   「そうだろうな。何、気が合いそうじゃあないか。えぇ?」
盗賊A  「かも、しれないな。だが…」

 ズドン!ズドン!ズドン!

盗賊A  「ここで会った以上は、殺さなければならない。悪く思うな。」
 琉都はゆっくりと倒れこむ。
 それもそのはず、背中に三箇所も風穴が空いているのだから。
琉都   「…まぁ、そうだろうな。」
 そう言うと彼は、そのまま目を閉じた。
 クゥリスが駆け寄り、名前を呼ぶ。だが彼はそれを聞いてはいなかった。


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 暗い、昏い、闇。
 人が必ず二度通る、混沌の闇。
 一度目は産まれるために、そして二度目は…。
琉都   (死ぬために、か。)
 体を一つも動かせぬままに、記憶の海を泳ぐ。
 そうする事で、ここを抜けられるかもしれない。それが本能である。
 過去の“全て”を、新しいものから古いものへと、潜るようにして思い出す。

 フォイアロート・シュヴァルベOCを操縦した“記憶”。
琉都   (…絶対奏甲、か。過ぎた力だったかもしれない…。)

 召喚直前の“記憶”。
琉都   (あのままなら、どれだけ楽だったろうな…。)

 林海家に引き取られた時の“記憶”。
琉都   (俺の記憶は、たったこれだけか。…もっと多く、もっと深く…。)

 仙仁家最後の日の“記憶”。
 真っ赤な炎を背景に、三眼の者が琉都の顔を覗き込んでいる。
 その者は全身血塗れで、息も絶え絶えだ。
 遠くでは大砲の音すらしている。
三眼の者 『いいか、琉都。今からお前の記憶から、三眼能力者である仙仁家に関する事を、そして三眼能力を全て封印する。』
琉都   (何だ、これは!?こんな記憶は…!!)
昔の琉都 『…つまり、父さんも母さんも忘れる…?』
三眼の者 『ああ。だが、それでも生きろ、琉都。日本に渡って、林海と言う父さんの親友を訪ねるんだ。』
琉都   (!!?)
昔の琉都 『わ、わかった。』
 三眼の者が、昔の琉都のひたいに手を置いた…

 ごく自然な日々の1コマ。
 仙仁家の台所であると言うのはすぐに判ったが、それは到底日本や欧米諸国のそれとは違っていた。
 どこかの王朝時代の中国の、それなのである。
琉都   (………。さっきの自分よりかなり幼い…。)
幼い琉都 『母さ〜ん…。』
琉都母? 『あらあら、どうしたの琉都。目が真っ赤よ?』
幼い琉都 『いじめられたんだよ、山の下から登って来た、怖い二眼のおじさんたちに…。』
琉都母? 『あらまぁ、それは大変ね。でも、追い返したんでしょう?』
幼い琉都 『ぅん…。』
琉都母? 『そう。強い子ね、琉都は。だからもう泣かないの。』
幼い琉都 『ん…うん! あ、そうだ。』
琉都母? 『なぁに、琉都?』
幼い琉都 『二眼の人たちがね、三眼は恐ろしいから退治しに来た、って…。ねぇ、この眼って怖いものなの?』
琉都母? 『自分達が持ってないモノを怖がるのは普通よ。だから、何も心配するんじゃないの。』

 もっと幼いころの“記憶”。
 今で言う、居間にあたるだろうか。そこで幼い琉都が父親と思しき三眼の者の話を聞いている。
琉都父? 『いいか、琉都。よく聞くんだぞ。』
幼い琉都 『はい。』
琉都父? 『お前はまだ小さいから使えないが、三眼の者は二眼の者には無い力が備わっている。』
琉都   (えっ…?)
幼い琉都 『はい。』
琉都父? 『その力を引き出すために、修行をするんだよ。父さんはまだ、全部の力を引き出せているわけじゃあない。』
幼い琉都 『だからシュギョウしてるの?』
琉都父? 『そう。だがそんな事をしなくても、死にそうになるとその力は無理矢理引き出される。この方法なら、全ての力を使えるようにはなる。』
幼い琉都 『??』
琉都父? 『しかしそれを操作するには、どちらにせよ修行が必要な場合も多い。…わかるか?』
幼い琉都 『え…っと。わかんないや。』
琉都父? 『そうだろうな、まだ小さいんだ。もう少し大きくなって修行するようになったら、もう一度話してやろう。』

琉都   (…生きたい。父さんの、母さんの分も生きて、そして────)


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盗賊A  「………処理するしかないか…………。」
 琉都の肉体から離れようとしないクゥリスに、銃口を向ける盗賊A。
クゥリス 「ッ!」
 思わず目を瞑り、いつ撃たれるかと言う恐怖に耐えるクゥリス。
盗賊A  「悪く思うなよ。」
琉都   「それは、こっちの、台詞だな。」
クゥリス 「りゅ、琉都さん!?」
 むくり、と体を起こす琉都。
 彼が死んだと思っていたクゥリスは、驚きと喜びとが入り混じった表情になる。
盗賊A  「ズンビーか!?」
 思わず一歩後退る盗賊A。ついさっき自分が撃ち殺した者が生き返ってくるのは、余程恐ろしいだろう。
琉都   「そうかもな。だがあいにくと俺の心臓は動いてる。」
盗賊A  「つまり、死んだんだろ!そのまま死んでてくれ!!」
 目を閉じる琉都。
琉都   「そうも行かない。ついさっき、全て思い出したんでな。─────開眼!!」
 クヮッ、と目を開く。それと同時に、ひたいに異変が現れた。
 ビシビシと音を立てて皮膚が引き裂かれ、そして次第にまぶたのような形になる。
 両腕の紋様が皮膚を走る。そして第三のまぶたの下へ滑り込んだ。
琉都   「ウアァァァァァァ!!」

 ブシュッ

 第三のまぶたから血が少し飛び、それが地面に落ちる。
 そしてそれが開かれ…。
盗賊A  「第三の紅眼、だと!?本当にバケモンかよっ!!」
 銃を乱射する盗賊A。
 しかしその弾丸は、琉都にはスローモーションで見えていた。
琉都   (見える! けど、弾けるか!?)
 篭手が一見でたらめに、狂ったように操られる。

 キカココカキィン!

琉都   「ッフー…。」
盗賊A  「銃弾まで弾きやがった!マジでバケモノかッ!?」
 しかし、男はその答を得る前に息絶えた。
 それほどまでに素早く、琉都が爪で絶命させたのである。

 バシュッ!

 大量の血が飛び、三眼の殺戮者の顔にも一部がついた。今度は肌でそれを飲む事は無く、そのままである。
 ただひたいの紅眼はその色を失って、二眼とおなじ澱んだ黒になってしまっていた。しかもそれは不思議な事に、琉都本人にも分かったのである。
 第三の眼のまぶたを、丁度二眼の者が片目だけ瞑るのと同じようにして、閉じる。そうする事で三眼を見事に隠し二眼になる。
琉都   「…行くぞ。」
 そしてまた、逃亡するために通路を歩き始めた。


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 奏甲搬入口だったのだろうか。琉都が進入する時に使った入口には、およそ三機の奏甲が立っていた。
 しかも実際に戦闘に参加できないとは言え、まだ多くの奏甲がその後ろで待機している。
琉都   「流石にここから逃げるのは無理か…?」
 そう思わざるをえない。
 ちらは生身なのだ。さらに言えば2人だけならばなんとかできたかもしれないが、今は12人で行動している。
歌姫A  「あのぉ。さっきの紅い眼ではぁ、何とかならないんですかぁ?」
 やけに間延びした、少し苛立たせる喋り方で、歌姫の内の一人が訊ねる。
琉都   「ああ、第三眼の力?…無理だ、まだ紅になってない。」
 とりあえずそれに答える琉都。
 そしてもう一度奏甲搬入口を見る。さっきから全く動かないし、他の場所と連絡を取っている様子も無い。
 隙を見て逃げるしかないだろう。そう琉都は思い、見張る目を逸らさないまま話しかける。
琉都   「クゥ。」
クゥリス 「はっ、はいっ!?」
 返事がいつもと違う。
琉都   「怖いか?三つめの眼は。」
 しばしの間。
クゥリス 「怖くはないですよ。」
琉都   「何故?」
クゥリス 「何故って…だってそれが琉都さんの“普通”なんですよ?怖がる必要なんて無いじゃないですか。」
 また、しばしの間。
琉都   「…三眼なのは多分、アーカイア中探しても俺だけだ。それでも怖くないのか?」
クゥリス 「琉都さんはいい人だから。怖くはないです。」
 奏甲に動きがあった。見張り交代なのか、一機が後ろを向いたのである。
琉都   「行くぞ。」
 そう言うや否や、琉都は素早くそこから走り出た。続いて11人が走る。
 なるべく物陰に隠れ、視界を避けて進む。
 しかし奏甲の誰も、それに気付いた様子は無かった。


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 盗賊退治依頼を請けた町に戻るまで、特にどうと言うような事は無かった。
 10人の歌姫達とは、町に入った時に別れた。


琉都   「いくら何でも、今からまた行ったら反撃にあうだろうな…。」
 工房に戻る道で、そう言う風に呟く琉都。町の活気の中でも、彼の呟きは何故かかき消されなかった。
クゥリス 「大丈夫ですよ。きっと。」
 何の心配もしていない、と言った風にそれに答えるクゥリス。
琉都   「…何の根拠があって言ってる?」
クゥリス 「クロイツですから。100機と対等なんですよ? それに琉都さんは紅い第三の眼も得たんですし。」
琉都   「そうか…。紅眼はまだ使えないけど、まぁクロイツだしな。」


 工房。
 丸一日かかるはずの奏甲修理は、案外と早く終わったようだ。サイレント・ソングもフリューゲル・ヴァッサァも、ほとんど元通りになっていた。
 そして、その足元で見慣れた四人が何か話している。
 琉都はそれを素通り……
アメルダ 「ちょっとマテ。」
 しようとして服の袖を掴まれた。
琉都   「何か?」
アルゼ  「何か?じゃあないだろ。…今から何処に行こうとしてた?」
琉都   「はぁ〜……。まぁ、有り体に言えば正義の味方をしに、盗賊団のアジトに殴りこもうかと。」
ソフィア 「一人で?」
琉都   「…………。」
ルィニア 「一人だと何かと不便じゃないかい?」
 しばし考える琉都。
 そして、答えを出す。
琉都   「……頼む、来てくれないか。」
 アジトで手に入れた銀十字剣と聖書をアルゼに渡す。
アルゼ  「何のつもりだ?」
琉都   「いや。…何のつもりだろうな。 まぁいい、戦闘での援護を頼む。」
 四人は頷くと、それぞれの奏甲に乗り込み始めた。
 琉都とクゥリスも急いでハイリガー・クロイツに乗り込む。

 ハイリガー・クロイツのコクピットは案外広く、大人2人でも十分入ることが出来る。琉都は自分が乗ってから、クゥリスも来るよう手招きする。
 乗り込んですぐに、一人では狭すぎるが二人では少し狭い感のあるコクピットに、起動歌術が満ちた。
 琉都は第三眼を開いた。何故そうしたかと言うと、そうしなければならないような気がしたからである。
琉都   「!?」
クゥリス 「どうかしたんですか?」
琉都   「クロイツの機能が覚醒したらしい…。何だろう、これは。」
 第三の眼には機体の情報が、数値・視覚化されて投影されていた。
 二眼はもちろん機体の眼に映る風景が映し出されている。
琉都   「幻糸炉出力に装甲耐久値、自己再生速度、戦闘起動許容時間…機体のステータスモニターか?」
 ステータスモニターの左端に、緑色の“通信中”の文字が点滅する。
ソフィア 『琉都?』
琉都   「何か?」
ソフィア 『ルィ姉から伝言だよ。「例の金属板の解読が少し進んだから、そこにあった奏座調整方法をちょっと試してみたんだけど、調子はどうだい?」だって。』
琉都   「ああ。ステータスモニターが使用可能になった、と伝えてくれ。」
ソフィア 『ん、わかった。』
 通信中の文字がふっと消える。
琉都   「さて、行きますか。」


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