無題迷話 〜アラタナル〜

第壱頁








 トロンメルの首都、エタファ。

 その街の外れにある工房で、琉都とクゥリスは立ったまま1時間以上もルィニアの演説を聞かされる羽目に遭っていた。

「──のエース専用機なんだけど、さらに発掘された古代炉を搭載させる事で性能を底上げ──」

 絶対奏甲となれば大抵の事柄は知っているルィニアは、それを誰かに自慢したいが為に、工房に来ると必ずと言っていいほどソフィアにそれを聞かせる。ソフィアはそれを適当に受け流すのだが、毎回毎回されていたために本人が憶えるつもりが無くとも奏甲の薀蓄を憶えてしまっている。

 時折絶妙のタイミングで合いの手を入れたりするソフィアが居なければ後20分早く演説は終っていたかもしれないな、と琉都は自分の乗機となる絶対奏甲を見上げながら思った。


 人型巨大兵器、絶対奏甲。

 アーカイアにおいては最も強力な力だが、それはアーカイア人には動かせない。琉都やソフィアのような異世界人である<機奏英雄>が搭乗し、さらに<歌姫>が<歌術>を行使する事でようやく実戦に耐えうるだけの力を発揮できる。<歌姫>と<機奏英雄>が<宿縁>で結ばれているなら、その力はより強大だ。

 何故そのような力が必要となったのかと言えば、それはアーカイア人の忌んでいる存在が大きく関係する。

 奇声蟲(ノイズ)と呼ばれる、巨大生物がそれだ。

 そもそも<機奏英雄>は、奇声蟲退治のためだけに召喚された。された側としてみればいい迷惑だが、した側としては命運を分ける岐路で在ったのだから仕方が無い。

 奇声(ノイズ)を発して<幻糸>と呼ばれる不可視の流体をかき乱し、自分達の増える手段として女性──アーカイア人を捕獲して卵を植え付ける。<歌術>で対抗しようにも、その源である<幻糸>が乱されては効果は望めない。卵を植え付けられれば、胎の中で孵った奇声蟲が腹を食い破るまでの命か、無理に引き剥がそうとして死ぬかのどちらかしか無い。

 それを避けるために、女性人類であるアーカイア人は、異世界から男──<機奏英雄>を呼び込んだ。

 だがその存在は、<幻糸>に中れば、奇声蟲となる。

 その発表が元で、今のアーカイアは戦乱の渦中にあった。


 琉都がこれから乗る奏甲は、ビリオーン・ブリッツと言うらしい。ルィニアの談によれば工房の会心の傑作だと言う事だが、どこまで信用していいのだろう。

「──と言う訳で歌術理論における幻糸の閉所内での干渉性を利用したエコーシステムがビリオーン・ブリッツの最大の特徴とも言えるシステムで──」

 琉都はすでに15分はビリオーンについて語っているルィニアを手で遮ると、むっとしたふうな表情の彼女に向かって笑いかけた。

「ストップ。 言葉で説明されてもわからないんだが」

「あ、それ言えてますね」

 琉都の隣で暇そうにしていたクゥリスも、慌てたように肯く。

 ルィニアはため息を一つつき、鼻にちょんと乗っかっているだけの蔓もフレームも無い小丸眼鏡を中指で押し上げた。

「だったら、乗ってみればいいさね。もう調整も済んだし、できる改造はしておいたから」

「…改造って、まだ一日経ってないのにか」

 呆れたのか感動したのか良くわからない調子で、琉都は驚いた。

 普通、奏甲の改造にはそれなりに時間が必要になる。そうでなくとも装備を取り付けるのにも、普通ならば軽くても一つ30分単位で時間がかかってくるのだ。

「不整地に対応させるくらいは簡単さね。それにソフィアも技術者として使い物になるレベルになってるし」

 そう言って、ルィニアはビリオーンの隣の奏甲を見上げた。

 黒い、細身で小柄な奏甲。ナハトリッタァと言う、夜襲専用機だ。

 ソフィアはナハトリッタァの外部装甲板に何かした所で、糸が切れたように眠り始めたのだろう。キャットウォークに腰掛けて、装甲板に突っ伏すように寝息を立てている。

「なるほど」

 琉都はそう言うと、ソフィアが寝ているのとは逆側のキャットウォークの階段に足をかけた。その後にクゥリスも続くが、途中でちょっと違う足場に移動する。

 コクピットハッチを開こうとして胸部装甲板に手をかけ、琉都は思わず固まってしまった。

「…なんじゃあ、こりゃ…」

「? どうかしたんですか?」

 違った足場とは言え元々そのために作られた物なので、クゥリスは大声を出す必要が無かった。普通に話すのと同じ程度の声で訊ねる。

 琉都は無言に身体をどかすと、装甲板の一点を指差す。それを見てクゥリスは思わず

「…シュツルム、ですか…」

 と呟いてしまった。

 向かって右側の胸部装甲板には、大きすぎないものの奏甲戦闘でも十分に目立つような大きさに墨色で漢字の『嵐』の行書体が毛筆風に描かれており、ご丁寧にもその下には筆記体で『Sturm』と書かれていた。

「まさか…!」

 細いキャットウォークを揺らさないよう気を付け、琉都はソフィアの隣に走った。そしてナハトリッタァの胸部装甲板を見て、呆れたように立ち呆ける。

 ナハトリッタァの胸部装甲板の向かって左側には、白い色で『Scharfschutze』の文字が流暢な筆記体フォントで描かれていた。

 琉都は少々オーバーリアクション気味にルィニアの方を振り向く。

「ルィニアさん! これはどういう事だ!?」

「どういう事って、嫌だねえ」

 わかってるんだろ、と言わんばかりにルィニアは胸を──少々豊満すぎる胸を張った。

「パーソナルネームさね」

「ちなみにロゴデザインはわたしー…にゅぅ」

 寝言なのか、ルィニアの言葉に続けるようにソフィアがそう言ってもそもそと寝返りを打つ。

 ふうん、と不満気に頷いて、琉都はSturm──シュツルムのコクピットハッチを開いた。

「カッコイイですよね、その『嵐』の字」

 以前から少しだけ教えていたために日本語を少しは読み書きできるクゥリスは、奏座に腰掛けようとしている琉都にそう同意を求めた。

 琉都はどこか怒ったような顔こそしていたものの、その言葉には大きく肯いた。そして奏座に腰掛け、保護素材が全身を包み込むのを黙って見る。

 奏甲のコクピットシートとも言える奏座は、シートベルトは無いもののそれ以上のシステムを持っている。歌術と幻糸素材技術を利用した、硬質変形素材の保護がそれだ。ある程度までの衝撃に瞬時に対応して操縦者へのダメージをほぼ吸収し、吸収しきれない衝撃はまた別の方法で緩和する。

 下半身と両腕を包むように奏座が変形を終えると、琉都は思念でハッチを閉じた。

「さて、相性はどうかな…。 クゥ」

「はいっ」

 歯切れのいい返事を返し、クゥリスはすぐに短い織歌を紡いだ。幻糸炉が低い唸りを上げて起動し、コクピット内に活性化した幻糸が注入される。琉都の思念を読み取り、シュツルムは双眸に淡い光を宿す。

 自分の腕を動かすような感覚で琉都はシュツルムの腕を動かし、キャットウォークを軽く側へとどける。そして片方の手を開いて手の平をクゥリスの前に差し出すと、クゥリスは自分からそこへ乗った。

「それじゃあルィニアさん。ちょっと散歩してくる」

「あぁ、気をつけて。 っと、そうそう、両肩の80mm連装幻糸砲だけど──」

「これか?」

 シュツルムの両肩にマウントされたキャノンが少しだけ動き、音を立てて止まった。ルィニアは大きく頷く。

「そうさね。 まだ調整が完璧じゃないから、絶対に撃たないでおくれ」

「撃たないって」

 ならいいけど、とルィニアは琉都の乗るシュツルムを軽く睨みつけた。

 琉都は軽く肩を竦めると、クゥリスを乗せていない方のシュツルムの手を振って見せ、工房の扉をくぐる。

「んじゃちょっと動かしてみるから」

「壊さないでおくれよ」

 琉都はへろっと笑うと、そのままシュツルムを歩ませた。




 十分ほど歩いただろうか。

 琉都はシュツルムの炉出力が意外と高い事に驚いていた。古代炉がどうのこうのとルィニアが言っていたが、それが関係しているのだろう。通常起動だけでもその出力の高さを感じさせてくれる。

「さすがだ! シュツルムは伊達じゃないっ!」

「…叫ぶ必要があるんですか?」

 クゥリスの冷ややかなツッコミに、琉都は思わずシュツルムの足を止めてしまった。奇しくもそこは奏甲修練場だったが、最初からここに来るつもりだったので問題はない。

「ア○ハイム社の方々に申し訳が立たないから」

「そんな会社は聞いた事無いです」

「サ○コフレーム搭載してる白い機体っつったらそれしか無いんだっ!」

「サイ○フレームなんて積んでないですってば! 積んでるのは古代炉ですっ!」

「……むぅ、わかってない奴だ……」

「わかってないのは琉都さんですよ」

 しばし沈黙する二人。

 だがその後で、唐突に笑い始めた。何が可笑しいのかはよくわからない。とりあえずひとしきり笑いあった後、琉都はシュツルムをしゃがませてクゥリスを地面に降ろした。

「さて…。んじゃ、戦闘起動、頼む」

「はいっ」

 まだ笑顔のまま、クゥリスはすぐに織歌を紡ぎ始めた。軽快なリズムの、聞いているとつい踊りたくなるような陽気な歌だ。

 シュツルムの幻糸炉が少しずつ唸りをあげ始め、気付けば咆えるような唸りになっている。

 琉都はシュツルムに軽く身構えさせると、その手を腰にマウントした刀の柄に添えさせた。もう片方の手は鞘をかるく掴む。

「…フッ!」

 気合を入れるための、息吹の声。

──パチッ

 鞘を掴んでいた手の親指が切羽を弾き、鯉口を切る音。

 刀身を鞘から抜き放つと同時にシュツルムは一歩踏み込み、自己流の居合いを仕掛ける。

 翻した刃をさらに二度三度と振るい、シュツルムは刀を収めた。だがまたすぐに抜き放ち、今度はそれを片手で持つ。

 しばし虚空を睨み付けた後、シュツルムは文字通り嵐のような斬舞──剣舞とも言う──を始めた。素早い回転やしなやかな身体の捻りやスムーズな体重移動、それどころか蹴りや掌底などの体術までもを効率的に取り込んだ、典型的故に有効な舞いだ。

 斬舞の最後に背中のサブマシンガンを取り、真っ直ぐ前に向ける。

 しばし虚空に銃口を突きつけた後、シュツルムは武器をおろした。

 琉都はため息をつき、奏甲に武器を納めさせる。

「クゥ。もういい、ありがと」

『あ。は、はい』

 斬舞に見惚れてしまっていたのか、クゥリスは言われて少ししてから返事をした。歌うのを止めるが、何か物惜しそうである。

 何故か見様見真似に鞘口で刀の峰を滑らせてからシュツルムに刀を鞘に納めさせる。サブマシンガンも背中のマウントアームに持たせてから、琉都はシュツルムをしゃがませ手をクゥリスの前に差し出した。




「どうだったね?」

「いや、もうなんて言うか。流石はルィニアさんとしか言いようが無いくらい凄い」

 工房に戻るなり、琉都はルィニアにそう答えた。褒められた本人はやはり悪い気はしないのか、とても嬉しそうである。

「ん、上等上等。 さぁって、さっさと80mm連装幻糸砲も調整しちまうかねえ」

 鼻歌まじりにキャットウォークを登るとルィニアは、さっさと両肩の80mm連装幻糸砲を何やらやたら複雑な工具で弄くり始めた。

 琉都はそれを見ながら、今夜の晩飯は何だろうかととりとめのない事を考えていた。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





 明くる早朝。


 珍しく夜明け前に目が覚めてしまった琉都は、どこへ行こうとも無く散歩していてうっかり街の外まで出てしまっていた。

 ぼんやりと立っていると、夜明けが来たのか朝日が背中の方から射し込んでくる。琉都は振り返って夜明けの太陽を眩しげにしばし見た後、何の考えも無く自分の影が伸びている方向に歩き始める。

──…・・…

 ふと、何かが聞こえたような気がして、琉都は立ち止まった。

──…・・・…

「…銃声?」

 いぶかしみながらも、辺り一帯を見回す。

 トロンメルの首都であるこのエタファ周辺は、少なくともトロンメル南部よりは治安が良い。いや、他の国と比べても高水準にあると言えよう。

 そんな場所で銃声のような物が聞こえるというのは、琉都は初めて遭遇した事態だった。

──…・・・・…

 もう一度銃声が聞こえて来る。

 何度も何度も反響するようにして聞こえてきたその銃声は、どうやら工房の方から聞こえてくるようだ。そう判断した琉都は、その方向に足を向ける。




──ズガンッ!

──ガシャリ、ガチャ…

 ソフィアは空薬莢を排除し、次の弾を銃身に装填した。地面に敷いたシートの上に腹ばいになっているが、スナイパーライフルにはこれが最も適した射撃体勢である。

 1キロ先の杭に乗せた奏甲のジャンクをスコープの照準に収め、風が止むのを待ってトリガーを静かに引く。

──ズガンッ!

 3秒ほど遅れて、ジャンクは杭から落ちた。せいぜい直径が10センチほどの的だが、ソフィアには大きすぎると言って過言ではない。

──ガシャリ、ガチャ…

「…ひゃあっ!?」

 ふと誰かに肩を叩かれて、ソフィアは思わずとびあがった。耳栓を外して振り向いてみれば、何食わぬ顔で琉都が立っている。

「よ。 邪魔だったか?」

 そう訊ねながら琉都は、ソフィアの隣に腰を下ろした。ソフィアは首を横に振り、それから先ほど吃驚した拍子にずれてしまったライフルの方向をスコープを覗かずに修正する。

 ソフィアがスコープを覗き込み照準を合わせる間、琉都は黙って一連の動作を観察していた。

 次にスコープの照準に収められたのは、直径が1センチほどのジャンクである。ここまで小さいとジャンクと言うより加工屑のような風だが、それでもソフィアは全くお構い無しだ。

 風が止むのを待って、トリガーを「霜の降りるが如く」静かに引き絞る。

──ズガンッ!

 しばしの後、ジャンクが杭から弾け落ちたのを見届けて、ソフィアはゆっくりと大きなため息をつく。

「毎朝こんな事やってるのか?」

「んー。まあ、だいたいね」

 ソフィアはライフルの弾倉がまだ一発残っているのを見て、少しだけ満足げに微笑んだ。

「近くに訓練できそうな所が無かったら、仕方が無いからやらないよ」

「まあ、そりゃそうだ」

 さも当然と言うふうに琉都は大きく頷く。そしてふと思い立ったように、ソフィアが先ほど──ほんの数分前にその上から的を撃ち落とした100メートル先の杭に向かう。地面からジャンクを拾い上げると、それを杭の上に乗せた。

 ソフィアの隣に戻ると、唐突に

「俺にも一発だけ撃たせてくれないか? 一回やってみたかったんだ」

 と言い出した。ソフィアは少しだけ考えた後、大きく頷いてシートから立ち上がる。

 琉都はそこに腹ばいになり、ライフルの銃身を大体の感で適当に掴むと、大雑把に方向を合わせた。そしてスコープを覗き込む。

「む…。 ピンボケしてる…」

「そこの輪っか回して調節するんだよ」

 ソフィアに指導を受け、これかな、と呟きながらスコープのピントを合わせる。どうにか目的の杭をスコープに映し出すと、それに沿って少しずつ照準を上に移動させる。

 ジャンクの、先ほどソフィアが穿った穴に照準を合わせ、風が止むのを待つ。

 …風が止んだ。琉都は急いでトリガーを引く。

──かちん

「…あれ?」

──かちん かちん かちん

「琉都兄ぃ。銃弾は装填したの?」

「あぁ、なるほど。忘れてた」

 琉都はそう言い、ライフルの装填棒を引く。よく夜店の射的屋などであるコルクを飛ばす玩具の銃と同じような形だが、あれほど簡単に引けるものでは無いようだ。

──ガシャリ、ガチャ…

 もう一度スコープを覗き込み、照準を合わせ直す。風は止んだままなので、琉都は迷わずにトリガーを引いた。

──ズガンッ!

 一秒とかからずジャンクが杭から弾け飛び、琉都の撃った弾が当たった事がわかった。

「ふぅ…」

 琉都は大きくため息をつき、ライフルのスコープから目を引き離す。

「琉都兄ぃ、すごーい! わたしが撃ったのと、このくらいしかずれてなかった!」

 そう言いながらソフィアは、右手の親指と人差し指でゴルト金貨の厚みほどの隙間を作る。

「何にでもビギナーズラックってあるんだな」

 そう言って琉都は、シートから起き上がった。ソフィアはにこにこと笑いながら頷き、スナイパーライフルを持ち上げる。

──ガシャッ

 薬莢を排除し、弾倉をポケットにつっこむと、ソフィアはそれを背負った。

「じゃ、行こっ。そろそろ朝ご飯だよ」

「ん? おぅ」

 ソフィアに促され、琉都は歩き始める。

「兄〜ぃ」

 そう言いながら琉都の手をとるソフィア。銃胼胝が無ければ、ただの可愛らしいちみっ子の手だ。

 琉都はその手の感触を篭手に阻まれながらも、そっと握りかえしてやった。

「兄〜ぃ。 …くすっ。こっち来る前はずーっと、誰かに言ってみたかったんだよね。兄ぃ、って」

「ふーん…。 あぁ、でも、俺もソフィアみたいな可愛い妹なら欲しかったな」

「欲張り〜」

「自分で言うか?」

 ソフィアはくすくすと笑うと、琉都の手を引いて走り始めた。





──ぱぁぁんっ!!

 二人分の平手が両方から同時にヒットし、琉都は叩かれたと言うよりも潰されたような痛みを感じる。

「ソフィアっ!」

 ルィニアはソフィアを抱きかかえると、素早く食堂の反対側に待避してしまった。クゥリスは琉都の襟首を引っ掴み、がっくんがっくんと前へ後ろへ乱暴に振り回す。

「どういう事ですか! 朝っぱらから、デ、デッ、デェトって!」

「いや…だから…誤解…だって」

 舌を噛みそうになりながら、琉都はどうにか弁解する。しかし今のクゥリスには聞こえてないようだ。

「私と言う者がありながら、何でソフィアちゃんと行くんですか! ひどい、ひどすぎますよっ!!」

 浮気を知った妻が夫を責めるような調子である。だが、今そんな事を言えるほど余裕のある者は、この場には居なかった。

 クゥリスの目に涙のような物が浮かんでいるのを見止め、琉都は深く驚いた。と同時に深く反省する。

「…悪い…」

「あ、でも。 琉都兄ぃ、強引だったなぁ」

 何時の間にかルィニアと一緒に戻ってきていたソフィアが、余計に場を混乱させる。

 ルィニアはもう一度ソフィアを抱えると、今度は食堂の出入口近くまで待避した。

「強引って、何をしたんですかっ!」

 そうだそうだー、とどこからか野次が飛んでくる。

 より激しく振りまわされながら、琉都はどうにか

「しゃ、射撃させてもらっ──」

 とだけ言う事ができた。最後の「た」の言葉が来るべき所で舌を噛んでしまったが、まあ仕方が無いと言うか当然の結果だろう。

 ルィニアはそれで納得したのか、ソフィアを抱えたままで近くに戻ってくる。行ったり来たりと忙しいが、本人なりに心配したり納得したりしているのだ。

「凄かったよ、琉都兄ぃ。ピンポイントだったし…」

 何故か頬を赤らめるソフィア。

 ルィニアは琉都の背中をしこたま蹴り飛ばしてから、もう一度出入口近くまで待避する。

「誤解…だっ…狙撃く…んれん…をちょ…っとや…ってみた…だけだっ…」

 これ以上やったら襟が伸びてしまうのではなかろうかと言うような勢いで振り回されながらも、琉都はどうにかそう言い訳する。

「あ、そうだったんですか」

 パッと手を放すクゥリス。琉都はその勢いで地面に倒れ込み、後頭部を地面で強打して悶絶した。

「それなら最初からそう言ってくださいよ。変な想像しちゃったじゃないですか」

「…………」

 悶絶する余りに何も言えない琉都。

「あんなの初めてだったなぁ」

 さらに場をかき回そうと、愉快犯の顔でそう呟くソフィア。

 しかしルィニアももう本気にはしないらしく、ゆっくり歩いて席に戻る。

 まだ少し悶絶している琉都はその拍子に、見てしまった。

「……白うさぎか……」

 瞬時に耳まで真赤になってスカートの後ろ側を手でおさえ、ルィニアの腕から抜け出したソフィアは琉都をげしげしと踏みつける。

 琉都はその攻撃でさらにダメージを受け、ぴくぴくと動くだけしかできないほどになってしまった。

「大丈夫ですかー? 生きてますー?」

 指で突っつきながらクゥリスが訊ねても、琉都は返事すらできなかった。

 しばらくしてからもう一度クゥリスが同じ事を訊ねると、琉都は途切れ途切れに

「性差別撤廃主義者(フェミニスト)になっちゃる…」

 とだけ呟き、朝食も食べずにそのまま気絶してしまった。







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