無題迷話 〜アラタナル〜

第弐頁










 名も知れぬ小さな森の中。

 薔薇の騎士と名を冠されたその奏甲は、バトルスタッフと呼ばれる戦闘用杖を持って仁王立ちしていた。

 肩部装甲板の20ミリ口径の銃口と、頭部の鋭い角が真っ直ぐ前へと出て、踵部分にブレーキフックがついている他は、ほぼ素のままのローゼリッタァだ。

「ねえちゃん。ここで間違い無いんだよな」

 奏座に座った目つきと顔つきの精悍な女性(22歳)は、ローゼの手の平に乗った女性に訊ねた。

「…あってる…」

 ローザの手の平に乗ったぼんやりとした目つきと顔つきの女性(23歳)は、寡黙なりにそう答えた。

 彼女らは自由民である。現世騎士団に捕まり調教されかかった所を、現世人に助けられて脱出した後に、復讐目的で入団したのだ。

 しかし幸いにも、彼女らはまだ人殺しはしていなかった。せいぜい蟲を倒すのが精一杯である。

「リナねえちゃん、本当に合ってるんだよな?」

「…リサ、慌てない…」

「でもよ、ノイズのノの字もないじゃないか」

 リサはそのダークシルバーのロングヘアーを掻き毟ると、アメシスト色の瞳で辺りを見回した。

「…」

 リナはディープグリーンの瞳でリサを見据えて黙って困ったように笑うと、何時の間にか舞い落ちてきた木の葉をダークシルバーのショートヘアーからどかせた。

 森の木々を揺らし、一陣の風が吹き抜ける。さわさわと言う枝ずれの音さえも、疑心暗鬼を生ずの状態のリサにはノイズの声に聞こえてしまう。

 しばらくの後、リナは目をすぅっと細めた。そして、森を抜ける唯一の道の先を見つめる。

「…来た…」




 琉都ら一行は、街道を少し外れた場所にあるその森の入口に来ていた。

 と言うのは、彼らが請けた仕事の内容が、この地域の奇声蟲駆虫だからである。

「それにしても、かなり多くの英雄が召喚されたのに、毎日養えるだけの奇声蟲がよく生きてると思うよ。全く」

 苦々しい物を吐き捨てるような調子で、琉都はそう言った。

『しょうがないじゃん。だって、前の召喚もあったんだし、同じだけの貴族種がいると思わないと…』

 もう諦めたのか、宥めるような調子でソフィアはそう言った。

「でもそのお陰で、本当にお金には苦労しませんよね」

『修復費が実費だけで済むってのも考えておくれよ』

 と、クゥリスとルィニア。

 それもそうかもな、と琉都は少し機嫌を直したようにビリオーン・ブリッツ『Sturm(シュツルム)』に思念を送った。シュツルムは鈍重な動きで足を動かし、ゆっくりと歩き始める。

 ソフィアは慌てて、それに遅れないようにナハトリッタァ『Scharfschutze(シャルフシュッツェ)』に思念を送る。やはり鈍重な動きで、シャルフシュッツェも歩き始めた。

 森に入って少しして、前もってうちあわせたとおりに、クゥリスが歌術【大地の調べ】で幻糸の乱れを探知し始めた。横目にそれを見ながら、琉都はコクピットハッチを閉じる。

「でも、いくら修復費が実費オンリーとは言え、結局はそう安くないんだろ。せいぜい人件費が要らない分だけ安くなる程度で…」

 そう言いながら琉都は、コクピット内に設置されたスイッチをONにする。ガシャン、と何かの機械が接続された。

 琉都の視界の端に些か魔術的なフォントで“Forschen mode”の字が浮かび上がり、シュツルムの額にある緑色の窓の部分が軽く光り始めた。

『改造はワタシの財布でやってるじゃないかい』

 大人なのにも関わらず、まるで子供が拗ねているようにルィニアはそう反論した。

「正確にはわたしとルィ姉ぇの財布なんだけど…」

 聞いてないよね、と最初から諦め加減に呟くソフィア。琉都はしっかりと<ケーブル>で聞こえていたりするのだが、とりあえず黙殺する。

「さて…クゥ、蟲か奏甲は居そうか?」

「居そうも何も、すぐ目の前に来ますよ。戦闘起動しますね」

「…そんな厄介な相手なのか?」

 そう思いながら、琉都はシュツルムの視線を上げた。と同時に、まるで全身血塗れた牛が突進するような体で奏甲が突っ込んでくるのが、否応無く視界に収まってしまう。急いでスイッチを叩き、探知(フォルシェン)モードを解除した。

 クゥリスの織歌に呼応して、シュツルムに搭載された古代炉が唸りを上げる。琉都はシュツルムに刀を抜き放たせると、もう片方の手でシャルフシュッツェに下がるように指示した。

 流石に大人ルィニアはそれに気付いたらしく、すぐに織歌を紡ぎ始めた。ソフィアはしばし辺りを見回した後、突進してくる紅い奏甲に気付く。

『無茶苦茶だよっ!?』

『確かに、整備が無茶苦茶に大変になる運用法さねえ。でも突貫攻撃力は高い使い方だよ、何しろ最大速力24キロ毎時で六万シュタイン(≒60トン)近い巨体が突っ込んでくるんだから』

 そう言われ、琉都は想像して恐ろしくなった。装甲板の強度さえ十分ならば、ちょっとした岩を砕けるエネルギーがありそうだ。

 幸いにも紅い奏甲はまだ少し遠く、辿り着くまでに1分はかかるだろう。しかも角が前に出ているため、攻撃するなら直線的な突進しか出来ないはずである。

「クゥ、乗れ! 乗ってる方が安全だ!」

 琉都は地面に降ろしかけたシュツルムの手を再び上げ、コクピットハッチに近接させた。クゥリスは戸惑ったような表情で、しかし紡ぐ歌を変える事はなく狭いコクピットに滑り込む。

『狭いんですね、奏甲のコクピットって』

 歌っているために口が使えない代りに、クゥリスは<ケーブル>を使ってそう思念を送ってきた。

「だったら、変な所触ったとしても、怒るなよ」

 琉都はそう軽く冗談をかまして、コクピットハッチを閉じる。ほとんど密着状態であるが、機奏英雄は奏座を通じて風景のイメージを受け取る事で視界としているので、ほとんど問題無かった。

 シュツルムは素早く方向転換すると、森の木々の中へ駆け込んだ。ソフィアはそれを見て琉都の意図する所を悟ったらしく、コクピットにルィニアを乗せてシャルフシュッツェを逆の森の木々の間へ駆け込ませる。

 その直後。

──ガキョッ、ガガガガガガッッ!

 踵のブレーキフックを地面に打込む事で、ローザリッタァは恐ろしいほどの減速能力を見せた。全力疾走から急ブレーキに転じたのに、僅かに数百メートルほど先へ行き過ぎてしまっただけである。

「ンな無茶苦茶なっ!?」

 琉都は思わず叫んでしまっていた。

『いや、無茶じゃないねえ。これで無限軌道輪(クロウラ)でも付いてたら、急加速・急減速仕様ってだけさね』

 ルィニアは冷静にツッコミを入れると、こちらもスピードで対抗しろと言う事か、加速の歌【ラップ・ザ・トラップ】を紡ぎ始めた。

 シャルフシュッツェの幻糸炉が唸りを変え、風が無数に荒れ狂っているような音となる。幻糸の輝きが機脚に纏わり付いたのは、一種の防護を施したのだろう。

『今度、琉都兄ぃのシュツルムにもクロウラ着けたげよっか?』

 奏甲の速度が早くなった事で機嫌がいいのか、明るい声でソフィアはそう冗談半分に訊ねた。

「小回りが効くようになるんならな。 …来る!」

 ローザリッタァがバトルスタッフを構え直したのを見て、琉都はシュツルムに刀を抜き放たせた。

『こっちも【ラップ・ザ・トラップ】行きますか?』

 クゥリスの問いに、琉都は頭を横に振った。

「こっちは真っ正面から殴りに行く…装甲強化ともう一つ、防御系のを頼む」

『はいっ』

 クゥリスが歌を紡ぎ始めると、狭いコクピット内の幻糸がさらに活性化されるのがわかった。まあ当然といえば当然だが、幻糸の発光が激しすぎる。

 琉都は目を閉じて奏甲の目と網膜を同調させて、幻糸の光を見ない事にした。

「ソフィア、しばらくサブマシンガンで撹乱しといてくれ。一つ目の歌術がかかり次第、こっちも出る」

『おっけー!』

 ソフィアはシャルフシュッツェを疾走させると、すれ違いざまにサブマシンガンをローザに叩き込んだ。ローザは素早く踵ブレーキフックを格納状態に戻すと、突式奏甲とは思えない身のこなしで射線を躱す。

 シャルフシュッツェは疾走しながら手近な木の幹を蹴ると、その反動を利用して宙へと舞った。空中でアクロバティックに回転しながらサブマシンガンを2発だけ叩き込む。

 その刹那、ローザが両肩の銃口から弾丸を放った。

──ギィンッッ!

 空中で小さな火花が起こり、全く明後日の方向にある木の幹に弾痕が残った。

『そゆ事するんだ…ふーん』

 ソフィアは冷たい口調と冷めきった眼でそう呟くと、マニピュレーターを操作してシャルフシュッツェの武装をサブマシンガンからスナイパーライフルに切り替えた。

 迷う事無く弾倉をスモーク用と入れ替え、至近距離でクイックポイント。そして三点射撃。ローザはそれをあっけなく両腕の装甲板で受ける。

──パンッ!

 弾けるような音と共に、ローザの両腕から薄墨色の煙幕が爆発したように見えた。しかし正確には、先ほど放った弾が煙幕用の特殊弾だっただけである。

『な…! 何をする、卑怯者の現世人めが!!』

 ローザの<ケーブル>から、怒ったような若い女──リサの声がシュツルムとシャルフシュッツェの機奏英雄に耳へ飛び込んだ。どちらかと言うと怒号に近いそれに、琉都とソフィアは同時に

「『勝てばいい!』」

『それが卑怯だと言うのがわからないのかッッ!!』

 さらに怒り狂ったリサは、盲滅法にローザにバトルスタッフを振り回させる。

「やれやれ…奏座越しじゃ氣は見えないんだが、あちらさん、相当怒ってますなぁ」

『そうですなぁ』

 おちょくるような調子で言い交わし、ソフィアはシャルフシュッツェをシュツルムの隣に移動させる。琉都はシュツルムにサブマシンガンを背中から外させると、先ほどローザが居た地点に4発も鉛弾を撃ち込んだ。

 至近弾だったのか、ひゃぁっ、と悲鳴が<ケーブル>越しに聞こえてくる。

「よかったな、今のが俺で。ソフィアみたいな可愛らしぃ〜子でも、狙撃手や暗殺者は容赦しないってのは、知ってるだろ?」

 そう言いながら琉都は、もう一度フォルシェン・フォーァリヒトゥングを起動させるスイッチを押した。音源探知、幻糸乱探知、熱源探知の三つのセンサがパッシヴに情報を拾い集めた結果が、擬似的な光景として薄墨色の霧しか見えない実視界に被さる。

 ちなみにソフィアの乗るシャルフシュッツェには目立たないようにフォルシェン・フォーァリヒトゥングが搭載されて居るので、今の琉都と同じ光景をソフィアは見ているはずだ。

『知るかンな事ぉっ!』

 ぶぅん、とローザの腕を振り回させながらリサは半泣きの体で言った。それもそうだろう、彼女にとっては伸ばした手の先も見えない霧であるのだから。

 琉都は軽く一笑に付すと、シュツルムをローザの近くまで寄せた。

「んで、ちょいと聞きたいんだが。お前、ひょっとして噂の“自由民”か?」

 コクピットにサブマシンガンの銃口を突きつけながら、琉都はあくまでフレンドリーな口調で訊ねる。

『現世人如きに教える名は持ち合わせが無いな』

 リサは無理に微笑みながらそう答えた。

 その答えを聞くか聞かないかの内に、琉都はローザの右腕にサブマシンガンをポイントする。直後、容赦無く引き金を引いた。

──タタタタタッ!

──ゴガガガガッ!

 吐き出された鉛弾の分だけローザの右腕の装甲板が吹き飛び、銀色の光を持ったフレームが剥き出しになった。人間で言えば骨が見えているような状態だ。

『…あうっ…』

 リナのか細い悲鳴の思念が<ケーブル>伝いにリサに伝わった。

『ねえちゃん!? 貴様ッ、よくも!』

「よかったな、俺で。ソフィアならとっくの昔にコクピットにナパームをブチ込んでるだろうな」

 琉都はそらっとぼけると言うには程遠い、極めて獰猛な声とどこか楽しむような調子でそう言い放った。十分に怒らせてしまったかな、と思いながら再びサブマシンガンをコクピットにポイントする。

 確かにリサは怒り狂ったらしく、虎のような唸り声がしばらく<ケーブル>越しに聞こえていた。だが少しして何の前ぶれも無くローザの幻糸炉出力が弱くなり、琉都の視界の紫色──幻糸の乱れを示す色──が薄くなった。

『なっ…ねえちゃん!?』

『…この人…』

 眼光が朧になったローザのコクピットから、驚いたような調子のリナの声と、普段と何ら変わりないリナの声が聞こえてきた。

『…捕まった時の…』

 琉都はそう言われて、無意識の内に額の紅龍眼を手で押さえる。

 少しして、琉都では無くクゥリスがぽんと手を叩いた。だが戦闘起動用の歌術は維持したままだ。

『琉都さん。この人、私を助けに来てくれた時に一緒に脱走させた人ですよ』

 そう言われても、琉都はしばらく思い出せないようだった。

 実際、何日か一緒に居ても琉都が面白くないと思った人物は名前を一向に憶えない癖があるので、ひょっとしたら元々全く憶えていない可能性もある。

 だがしばらくの後、琉都はやっと手をぽんと叩いた。

「あぁ、あの時のショットガンの──」




 残りの盗賊の一部は恐れをなしたらしく、向きを180度転じるとそのまま逃げ出す。

 しかしそれを狙って、11人の歌姫の内の一人が発砲する。三人ほどの盗賊を仕留める。




『…久しぶり…』

「…クゥ、戦闘起動は解除してくれ」

『はいっ』

 クゥリスが歌い止めると同時にシュツルムの双眸からも戦闘起動特有の強い光が消え、通常起動の朧な光を残すのみとなる。琉都はシュツルムにサブマシンガンを下ろさせ、刀も鞘に収めさせた。

「ソフィア、もう敵じゃない。和解した…と思う」

『と思うって…。 不安だから、狙撃体勢だけとっとくね』

 好きにしろ、と琉都が言った瞬間、ローザの周囲の幻糸が乱舞した事をフォルシェン・フォーァリヒトゥングが捉えた。

 直後、烈風が辺りの煙幕を吹き飛ばした。





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「人の世とは斯様にも狭い事よなあ、と言う言葉がある。有名な言葉だ」

 琉都はいささか芝居かかった調子でそう言い、何気なく近付いてくるリナを牽制すると言う意味合いでクゥリスの肩を抱き寄せた。

 リナの目線は普段どこをさ迷っているかわからないのだが、この時ばかりはかなり琉都にそのさ迷い先が集中してしまっているようだ。恐らく吊り橋現象と言うやつで、異性と共に緊張するような状況に放り込まれるとそれを恋心と勘違いしてしまう、と言うそれなのだろう。

「うん、有名な言葉だね。わたしみたいに業界に足突っ込んでると、必然的にそうなるし…」

 ソフィアは腰のホルスターに右手を添えたまま、リナとリサを監視するような目つきで見ながら、琉都の言葉を肯定する。一瞬だけその目に寂しそうな光が浮かんだのは、何だったのだろうか。

「まあ、いずれにせよ。ワタシの仕事が増えるんじゃないかい?」

 言葉の途中で一度、小丸眼鏡を中指で押し上げながら、ルィニアは迷惑とも楽しみとも取れるニュアンスでそう言った。

「誰が現世人風情に力を貸す奴の手なんか……ごめんなさい嘘です」

 リサは途中まで強気な姿勢でそう言っていた物の、普段のぼーっとした動きからは考えられないほど素早いリナのショットガン抜き撃ちの的になりそうになった瞬間、少し機械的な口調で平謝りした。

 その様子を見て琉都は苦笑しながらも、焚火で焼いている名前も知らない野草を火からおろす。焼け具合を確かめるために一口かじってみたが、焼き足りなかったのかもう一度火にかける。

「まあ、兎に角。 リナとリサが自由民に入って、この辺りの蟲退治を任命されたってのは、とりあえずわかった」

「だったら邪魔するな」

 少し拗ねたような風にそっぽを向きながら、リサは口答えした。リナがショットガンをホルスターから抜き放つのを抑止しながら、琉都は首を横に振る。

「俺らも仕事だ。一つ違うのは、この先にあるツェルト村の協力も得られている点…」

「そういう意味だとわたし達の方が有利だよ。だって宿とかあるし──」

 ソフィアが畳み掛けるように言い続けようとしたのを、琉都は視線だけで止めさせた。

 実際には既に解決策も頭の中にあるのだが、それを顔に出さずに困ったような表情を見せる。

「困ったな。このままじゃ埒が明かない…なぁ、クゥ、どうすればいいと思う?」

 クゥリスはしばし考えるようにした後

「協力すればいいんじゃないですか?」

 とえらくあっさりと言い切った。

 それを聞いてルィニアは何か納得したのか、ぽんと手を叩いた。そして無意味に小丸眼鏡を中指で押し上げる。

「それならワタシ達とそっちの自由民の人達とで、交代制にすればいいさね。 一組が蟲退治をして、もう一組は休憩して、最後の一組は近くの町まで買い出し兼整備」

「…」

 リナはその意見を支持するつもりなのか、黙ったままでこくりと頷く。

「あー、もう、これで反対したらアタイが悪者みたいじゃないか! わかった、わかったよ、好きにしなっ!」

 ほとんど自棄になりながらリサはそう叫んだ。それでも賛成が得られた事に違いはない、琉都は満足げに頷く。

「ここならツヴィッシェンの町まで1時間で往復できるし、そこになら工房の出張所がある」

「でも修理しないとだめってなると、1日かかるよ」

 ソフィアは指折って何か数えながら、少し残念そうにそう言った。

「早く起きて遅く寝る事にすりゃいいじゃねえか。実質2日間休めるような物なんだからよ」

 やはりそっぽを向いたままだが、リサが積極的な意見を言う。

「んにゃ、ワタシなら四半日で修復もできるよ…それなら部品の買い出ししに行きゃいいだけのはずさね」

 ルィニアは不敵な意見を吐いたが、琉都を始め奏甲に乗る3人が全く相手にしてくれないと気付いていじけてしまった。体育座りをして棒切れで地面にのの字を書き始める。

「弾込め、幻糸砲の媒介補充、刀の手入れ…全部やってたらルィニアさんでも流石に時間が足らないと分かってて無視したんですよね?」

 ルィニアに聞こえるようにフォローするクゥリス。琉都はそれに黙ったまま肯いた。

 リナは先ほどからずっと黙りっぱなしだが、何か考えているようにも見える。どうしてもちょっと見ただけではぼーっとしているようにしか見えないが、1時間も話し込んでいれば多少は表情の機微がわかってくるものだ。

 不意に、ぽん、と手をうつリナ。あまりの唐突さに、巧く全員が振り向いた。

「…ツェルト村にはフォスィール遺跡…」

「フォスィール遺跡?」

 鸚鵡返しに訊ねるソフィア。リナはまた黙ったまま、こくりとうなずいた。

「フォスィール…はて。どこかで聞いた事が──」

「あるんですか!?」

 思わせぶりに呟く琉都に、クゥリスは思わず訊ねてしまった。が。

「無いッ」

 恐るべきキッパリさ加減で言い切る琉都。


 もちろんその後、琉都が全員にどつき倒されたのは言うまでもないだろう。





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 ツェルト村は、とことん田舎だった。

 村と言うだけあって家々は確かに狭い区域に少しだけ建っているが、それ以外の土地は見渡す限りの畑と言って問題はない。のどかな風景と言ってしまえばそれまでだろう。


 琉都たちが村人に提供してもらったのは、数年前に住人が全員寿命で死んでしまったと言う、ちょっといわく付きの物件である。石造りで確かに頑健だが、何か嫌な氣が立ち込めている事に琉都は気付かざるをえなかった。

 更に言えば家中埃だらけだったため、6人で役割を分担して掃除する事となった。


 急ごしらえの奏甲小屋──小屋と言っても雨風をしのげるだけだがそれでもありがたい──に子供が集まっているのを見ながら、琉都はハタキを持った手を少し休めた。

「平和だ…」

 思わずそう呟いた刹那。

「平和だからってサボるなぁぁっっ!!」

──ごすっ

 リサの見事なフライングドロップキックが後頭部にのめりこみ、石造りの家の窓を通って頭から地面に落ちそうになる琉都。だがどうにか持ちこたえると、どういう原理か謎だが琉都の後頭部に踵をめり込ませたまま地面に水平に立っているリサを無造作にハタキで叩き落とす。

 べちん、と間抜けな音を立てて石造りの床に落ち、リサはそれでも虚勢を張る。鼻息一つつくと、何事も無かったかのように立ち上がり、自分の持ち場(リサは確か厠担当だったはずだ)に戻って行った。

「……何がしたかったんだ? まるで電波仕掛けの玩具だな」

 そう呟きながら首を傾げてから、琉都は自分の持ち場の掃除を再開した。

 ちなみに琉都の担当場所は台所。埃の積もりかたも酷かったが、カビの生えた食べ物の残骸が一番酷い場所である。だが、自分が料理する場所を掃除するのだと思えば、それはあまり苦にはならないようだった。




 数時間後。


 他の担当区域は既に掃除が終ったらしく、口々に「終った〜」と言うような事を言いながら、何故か台所へと集合してきていた。

「琉都兄ぃ、まだ終らないの〜?」

「お前らが終るのが早すぎるんだろーが」

 ソフィア(寝室担当だったはずだ)を軽く叱りつけながら、琉都は食器が割れないよう注意して煮沸を続ける。

「布団の虫干しはしたか? それに、カーテンと、できればベッド本体も」

「今干してるってば」

 少し膨れっ面をしてみせながら、ソフィアは琉都の隣に立つ。ごく自然に、まるでそれが普通であるかのように、だ。

 それを見てクゥリスは少し不満そうな顔をしたが、自分より年下にむきになるのは幼稚だろ判断したのか、あえて何も言わなかった。そのかわり、新しい話題を切り出す。

「そう言えば、琉都さん。遺跡がどうとかって言ってましたよね」

「フォスィール遺跡か」

 大鍋の湯に水を足して溢れさせる事で石造りの流し台に棄てながら、琉都は窓から見える風景を見た。

 山の一部が切り崩されて、最初からそこにあったような、石造りの建造物が見えている。それはツェルト村の裏山の半分を削り取ったにも関わらず、まだ大部分が埋もれているようにも見えたし、もう埋まっていないかもしれないように見る事ができる。

 食器が粗方冷めたのを確認すると、琉都はそれをもう一度桶の水で洗い始めた。

「ま、許可がとれりゃ行くけどな。 遺跡は基本的に評議会の所有物だが」

「機奏英雄が調査するのに何で評議会なんかの許可が必要ですか。いいえ、要るはず無いですよ、そうに決まってます!」

 ダンッ、とテーブルを手で勢い良く叩きしばらくしてから、クゥリスは余りに勢いが良かったために痺れた手の手首を握る。

 しかしそれでも本気でそう思っているのか、琉都はそこに否定的な氣を読み取れなかった。やれやれと呟きながら、布巾を取り出す琉都。

「そうじゃ無くてだな。 村長の許可、それに滞在期間の1週間でどれだけ調べられるか、食料総量、その他エトセトラエトセトラ。そういう物を全部考えて、俺の中でも許可が出ればって事だ」

「最近の機奏英雄はカタギでも遺跡あさりをするのか?」

 嘲笑するような調子で、リサはそう言った。もちろんリナに止められるが、武力的な制裁を加えられない時は絶対に止まらないのが彼女である。

 琉都は特に何の反応を示すでもなく、食器を拭き終えた。

「金になるなら大抵の事はやらなきゃな。奏甲は金食いだし、改造まにあがそれに拍車を…」

 うぐぅっ、と呻き声をあげて、ルィニアは手に持っていた籐の籠を取り落とした。中にはほとんど野性化してしまっていた野菜が入っていたが、野生ゆえの力強さか形が崩れたのはほんの少しだけだったようだ。

 自覚があるならマシだな、と頭の中で呟きながら琉都は手早く食器を食器棚に片付けて行く。こういう作業がどうにも様になるのは、昔から琉都の悩みの一つだった。

「ま、何にせよ。俺は人間として最低限のラインは守るつもりだ。 例えば暗殺とか盗みはやらない、ってな風に」

「盗掘はどうなんだよ」

「失敬な、トレジャーハンティングと言って欲しいな」

 リサを軽く丸め込むと同時に、琉都は食器棚を閉じた。ため息をひとつつきながら、青地に白の水玉模様の三角巾と胸にひよこのアップリケのついたエプロンを外す。

「それにしても──」

 三角巾とエプロンをテーブルに置きながら椅子に座り、琉都は他の5人の顔を順番に見回した。

「──まるで大家族だな」

「誰がソフィアの母親どころか琉都の母親かぁぁぁっっ!」

──ごすぅっ!

 見事なスクリューパンチが琉都の顔面にきまり、琉都は回転しながら数十センチほど吹っ飛んでから地面に落ちた。

 渾身の拳を叩き込んだルィニアは、いささか血走り気味の眼で琉都に詰め寄ろうとする。

「ルィ姉ぇ、誰もそこまで言ってないって」

 ソフィアはその一言で楽にルィニアを宥めると、水を汲みに家の表にある井戸まで走って行った。

「俺が思ったのは…6姉妹家族なんだけどな…」

 地面に倒れ伏して、クゥリスが歌術で治療してくれる中、琉都はそれだけ呟いて事切れた。いや、本当に事切れたのではなく、気絶しただけだが。


 水汲みから戻ってきたソフィアに手桶一杯の水をかけられるまで、琉都は見事に気絶したままだった。










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