無題迷話 〜アラタナル〜

第四頁











 フォスィール遺跡。

 宿場町ツヴィッシェンを最寄りに持つツェルト村の近くにある、おおよそ200年前の半地下型中規模遺跡だ。今も発掘作業は進められているが、全体の発掘はまだまだ行われていないも同然である。

 ツェルト村の場所が場所だけに研究材料としては魅力的ではないらしく、研究者も居なければ評議会の監視の目も戦時中と言う事もあって無いに等しい。

 そのフォスィール遺跡に、琉都達は足を踏み入れた。



 これを遺跡と言うのかどうか、はっきり言ってルィニアには疑問だった。

 工房のように12.5ザイル(12.5メートル)もの天井高があり、しかもしっかりとした石造りは全く欠落していないのだから。広さそのものも、全体では小規模な工房の十倍はありそうである。

 床にはよく訳のわからない機械──現世では蒸気カタパルトと呼ばれている──が設置して在ったが、今はもう使えそうに無い。

 灯火の歌【シュルペン・ポルカ】をかけた石ころをシャルフシュッツェの手の平の上でかかげ、ルィニアはつぶさに壁の様子を調べる。

 一つとして同じ形の無い多角形の石を無数に組み合わせて創られた石壁の表面には、まるで生物の血管のように幻糸鉄鋼の薄く細長い板が張り巡らされている。『血管』に手の平を当てると、僅かな幻糸の流れが駆けているのが感じ取れた。

「幻糸のネットワークが構築されてるのかねえ…」

 そう呟いて手を離すと、幻糸が僅かに光りながら手の平にくっついてきた。光の糸は僅かに残滓を残しながら、すぐに幻糸鉄鋼の『血管』に戻って行く。

 琉都は石の壁を見ていて、ある言葉が喉元で引っかかっているのに気付いた。何遺跡だっただろうか、現世にもここの壁と良く似た構造の壁を持った遺跡があったと思ったのだが。

「何だっけな……何遺跡だっけ、ソフィア」

『フォスィール遺跡だよ。何回言っても覚えないね、琉都兄ぃ』

 軽く勘違いをしている答えを返し、ソフィアはシャルフシュッツェの手を引っ込めた。

「違う。現世にあっただろ、こういう壁が…あぁ、マチュピチュ遺跡だ」

 琉都はやっと思い出せて、喉の小骨が取れたようにすっきりした。

 ソフィアも壁をしばらく見た後、あー、と感心したように声をあげた。

『本当だぁ。マチュピチュ遺跡に似てるー』

『マチュピチュ? 何だそりゃ』

 リサはイマイチわかっていないらしく、まるで奇想天外な事を言われたように訊ね返した。

 琉都は軽く笑うと、記憶の片隅を発掘し始める。

「確か…西暦1400年代──600年前頃、インカ帝国と言う国があって、そこの人々が前線基地として造った町がマチュピチュだ。そこの石壁は複雑な形の自然石を研磨して組み合わせただけだが、カミソリの刃一つ通らないそうだ」

『へえ、そりゃ一回見てみたいものだな』

 リサは純粋に驚き、ローザリッタァを壁に寄せた。そしてまじまじと観察し、本当にカミソリの刃も通らないのか考える。

 ミリメートルどころかミクロン単位で整合している結合面は、全く隙間と言うものが見当たらない。試しにと琉都がシュツルムに刀を抜かせて刃を通そうとしたのだが、逆に刀の刃が欠けそうなほどである。

「少なくとも奏甲用の刀は通らないみたいだな」

 琉都は軽口を叩くと、刀を鞘に納める。

 と、唐突にソフィアが声を上げた。

『あーっ!』

「どうした!?」

 シャルフシュッツェがいきなり歩き始めたので、琉都は少し驚いてしまった。急いでシュツルムに一歩後退させて進路を確保する。

 十歩も歩いた所で、シャルフシュッツェは歩みを止めた。そして複合受動的センサー群『フォルシェン・フォーアリヒトゥング』と置換されている機体右目を近づけた。

 熱、音、幻糸の三つのセンサーをひとまとめに扱うので、対奇声蟲と対奏甲に関しては、真っ暗闇の中でも十分に有効なシステムである。

『幻糸の流れ、ここから奥に進んでるよー』

 ソフィアはそう言いながら、シャルフシュッツェの顔を壁から離した。さらに二歩ほど後退りする。

「ふうん…? クゥ」

「はいっ」

 琉都に名前を呼ばれただけで、クゥリスは大体何をすべきか察した。すぐに幻糸探知の歌【大地の調べ】を紡ぎ始める。

 幻糸の乱れを調べる事しかフォルシェン・フォーアリヒトゥングにはできないので、どうしてもより詳しい幻糸調査は歌術に頼るしかないのだ。

 僅か数秒の後、クゥリスは大きく頷く。

「ここの石の壁を中心に、『血管』が真っ直ぐ奥に進んでるみたいです」

「他は?」

 訊ねながら、琉都はコクピット内のスイッチを叩いてフォルシェン・フォーアリヒトゥングをONにした。

 なるほど確かに、幻糸を無理矢理分流させた部分が僅かな幻糸の乱れとして察知されており、奏甲が通れる程度の扉の縁が薄い紫色で描かれている。

「有りませ…いえ、反対側にもありますけど、あっちは途中で途切れちゃってます」

 琉都はシュツルムの視線を後ろに向け、確かにそこにも同じような紫色の縁がある事を確認する。

「しかし、問題はどう通るかだな」

 琉都はそう呟くと、フォルシェン・フォーァリヒトゥングのスイッチを切った。

 何か思いついたのか、クゥリスはぽんと手を叩いた。

「あの…琉都さん、ひょっとしたらこの壁、自然物の性質を兼ね備えてませんか?」

「んー、どうだろうな。不整合形で整合しているって点では、確かに自然的な形だが…。ま、試してみる価値はあるんじゃないか?」

 何を言いたいのか琉都はわかっていたらしく、主語を言いはしなかった。クゥリスは一つ頷くと、戦闘起動用のそれではなく、大自然の精霊歌【白月夜フーガ】を歌い始める。

 すらり、とシュツルムは再び刀を抜き放つ。ゆっくりと『血管』に刃を押し当てると、軟性幻糸鉄鋼だったのか、思いの外あっさりと断ち斬る事ができた。

 『血管』からあふれ出た幻糸は、歌術の力で編み上げられて行く。そして編み上がった構図は、自然物としての石で組み上げられた壁に複雑に絡んだ。

「上手く行くかねえ…」

 ぼそり、と不安にさせるような事をルィニアが呟く。

「上手く行かなきゃ、その時はもう一つの幻糸の力に頼るさ」

 軽口めいた事を言い、琉都は幻糸炉から80mm連装幻糸砲へのエネルギーバイパスを確定する。がしょこん、と何か機械が接続される音が奏座内部にも聞こえてきた。

「行きますっ!」

 歌を紡ぎ終えたクゥリスは、気合と共に両手をぶぅんと振り下ろした。それに連動して幻糸の輝きが動き、石の壁の石の一つ一つに干渉する。

 が。

 一秒経っても、二秒経っても、何も起こらない。

「あれ? …もう一回行きます!」

 ぼそりとそんな事を呟いてクゥリスは、今度は両手を左右に広げた。

 幻糸がもう一度干渉し、石と石の隙間に続く溝から砂埃がふわりと浮かび上がった。

「えと…」

「干支だが十干十二支だろうがどうでもいいが…。さんざ期待させといてこれって、多少は落ち込むぞ」

 琉都は自分の判断ミスを悔いながら、幻糸砲を照準した。すでにチャージ率は27%まで高まっているが、通常起動ではこれが限界だ。

 シュツルムは両足をしっかりと踏みしめ、左手を抱きかかえるようにしてそこに乗っているクゥリスを庇った。

『おい──』

 何か気付いた事があったのか、リサのローザが止めさせようとするように一歩踏み出した。

「発射ッ!」

──バシュウゥゥッ!

 幻糸砲の砲口から解き放たれた幻糸の白光は、凄まじい破壊力を持って岩壁を叩いた。

 破壊力として幻糸エネルギーを内包した光が岩壁に突き刺さった瞬間、数シュタインもの爆薬を一気に爆破に使ったような爆風が三機の絶対奏甲に襲いかかる。その拍子に、天井から砂が何粒かぱらぱらと落ちてくる。

 シャルフシュッツェとローザリッタァは手の平に乗せた各々の歌姫を庇いながら、どうにかその場に立ち留まっていた。シュツルムは予め備えていたため、どうと言う事は無い。

『──おいっつってんのが聞こえていないのか、現世人! ンな物ブッ放したら、遺跡が崩れるかもしれないんだぞ!』

 非難するようにリサはそう言うと、不安そうにローザの頭をめぐらせた。

 幸いにも石造りのこの遺跡は不必要に丈夫であるらしく、石がずれている事すら見受けられない。まあ、この程度の衝撃に耐えられそうにないならば、すでに朽ちていておかしくない話ではある。琉都がそんな事を考えていたかと言えば、甚だしく疑問であるが。

 爆風が巻き起こした粉塵が収まるまで数秒もかかったが、そこにあったのは相も変らぬ石造りの壁であった。それどころか『血管』が再構築されてすらいる。

「なんて不必要な強度を持ってんだ、この壁は…」

 琉都は唖然としたように呟くと、シュツルムの手の平で壁の焦げた部分を軽くさする。と、唐突にさすった部分の『血管』がわなわなと動きだした。

「! 幻糸が歌術の反応をしてます…!」

 クゥリスは己の視界に捉えた幻糸の流れを見て、それが確実に織歌を紡ぐ際の幻糸の動きであると確信する。

 しばらく呆然と見ていると、石壁が少しずつ粒子になって消え始めた。

『幻影…みたいだね』

「ンな事があるか」

 琉都は軽くソフィアの考えを否定すると、すっかり通路に変わった岩壁に機体を滑り込ませた。通路としてはそう狭くなく、奏甲二機程度であればぎりぎりすれ違う事ができそうである。

 シュツルム、ローザリッタァ、シャルフシュッツェの順に一列に並び、通路をずんずんと進んで行った。


 先ほどの『カタパルトホール』とは異なり、ここは純粋に機体を移動させるためだけにあったのか、壁も天井も床も全て白い石(と言うよりも高分子物質)で一体成形されているようだ。案内板のようにあちこちに金属プレートが掲げてあるのは、恐らく格納庫の番号だろう。ルィニアは長旅の間にすでに身に染みついた癖なのか、方眼紙に通路をマッピングしている。

 通路は途中で何回か折れ曲がった後に、土砂崩れのようにも見える状態になって行き止まりになった。

「クゥ、この先は──」

「さっきの大部屋ですね」

 ろくに歌術も紡がず、ほとんど確信に近い声でクゥリスは言い切った。

「今まで通った通路が全部120度角で、それが6つですから。この『大通路』は正六角形を描いてます」

 ふうんと呟き琉都は鼻の頭を人差し指でこりこりと掻いた。それから眉間の少し下辺り──目と目の間を、人差し指と中指で軽く揉み解す。

「っつー事はだ。俺達が入ってきたのが反時計周り方向だったから、左に行けば中心部に到達できると。 ルィニアさん、それで正しいのか?」

「そういう事になるかねえ」

 羽ペンを持った右手の中指で小丸眼鏡を押し上げ、ルィニアは自分がマッピングしたマップをまともに見もせずに肯定した。

「一つの角から次の角までの間に必ず二つの分岐路があるし、しかも二つとも近い方の角の先と平行になってる。おおよそ一辺の三分の一の位置に分岐路があるねえ。それに角にも二つずつ分岐路があるさね」

 そこまで測っていたのかと琉都は驚きながら、機体をターンさせた。

「…面倒な解説ありがと。ソフィア、先頭になって一番近い分岐まで戻れ」

『うん』

 シャルフシュッツェは大人しくターンし、一番近い通路──つまり『カタパルトホール』の右側から入る事ができたならばまず最初に遭遇する分岐路まで戻る。

 琉都はそのまま三機を歩ませると、シュツルムが先頭に立つよう、またターンしてから角を曲がった。ルィニアはプレートを見て『LABO-1』とマップに注訳を書き込み、シャルフシュッツェの手の平の上で少し楽に座り直した。


 ここでルィニアは記したマップを少し見る。フォスィール遺跡は一辺おおよそ二キロほどの、巨大な六角形とでも言うべき形をしているようだ。その全ての角から二つずつ通路が必ず直線状に(少なくとも数十ザイルは)伸びており、ダビデの星、六芒星、などと呼ばれる三角形が二つ組み合わさった形を構成していると考えられる。

 分岐路も大ヘキサグラムから90度回転した小ヘキサグラムを構成していると考えると、その全ての辺から六角形まで両端を伸ばした形になっているようだ。

 別の紙にその想定される地図を書き出してみて、ルィニアはその事がひどく気にかかった。七つの六角形を組み合わせたこの形状に、見覚えがあるような気がしたのだ。


 そうこうルィニアが考えている内に、どうやら三機は『LABO−1』──第一研究区域に辿り着いたようだ。

 明らかに絶対奏甲に乗っている事を前提にした駐機場に奏甲を停めると、六人は床に降り立った。先ほどまでのリノリウムのようにも見える床とは異なり、ここは磨き上げられた大理石が使われている。

「ったく。ご苦労な事だ…」

 琉都は腰の後ろに保持してあるクローを確認しながら、こうもころころと材質を変える建築家に軽い悪口を叩いた。掃除夫が居ないために水気が無い大理石の床は、到底鏡のようなと言うには程遠い輝きであったが、琉都の悪口はきれいに反響させる。

 シャツからホタル石のペンダントヘッドを引っ張り出してから振り向けば、クゥリスが後ろに立っていた。琉都と揃いのホタル石のペンダントを、既に<声帯>を着けているからと左手の手首にくるくると軽く巻き着けている。

「クゥ、ちゃんと小太刀は持ってるか?」

「はい。…ほら」

 シャッ、と小気味良い音を響かせながら、クゥリスは腰の後ろに真横に挿した鞘から小太刀風ダガーを抜き放った。白刃が歌術加工されたホタル石の蛍光を反射し、薄ぼんやりとした光をしゃっきりした感じにして見せている。

 満足げに一つ頷くと琉都は、他の四人の方を向いた。銃火機の方が準備には余分な手間がかかるのだが、さっきの短い無駄話の間に弾込めまで終っている。

「ねえ、琉都兄ぃ。中、誰か居る?」

 そう訊ねたソフィアは、スナイパーライフルを奏甲のコクピットに置いてきたらしい。右太股の外側に拳銃を収めるためのホルスターを着け替えているだけだ。視線は琉都ではなく、『BAIOTEC01』のプレートのかけられている扉に向かっていた。

 紅龍眼で氣を読み取ろうとしたが、琉都には誰か居ると言う風に感じ取れない。軽く首を横に振った。

「いや、居そうに無い」

「じゃ、淑女的に、穏便に行こっかな」

「淑女的に?」

 訝しげに訊ねる琉都の目の前で、ソフィアは服のポケットに手を突っ込んだ。そして、一番長い辺でも15センチほどの、そう大きくない木の箱を取り出す。やたら複雑な閂や小さな絡繰錠を外して蓋を開くと、幾つかの細い金属片が大切に仕舞い込まれていた。

 ソフィアはその金属片を幾つか左手の指の間に挿むと、右手にも折れ曲がった針金のような物を一本持った。そして扉の前に跪くと、おもむろに鍵穴にそれを突っ込む。

「流石は現世人だな。年端も行かないのにこんな技術を──」

 唸るように呟くリサ。どうやら感動屋でもあるが、一度信じた事は頭っから信じきる性質でもあるらしい。

「わたしだけだよ、若干13歳でこんな事できるのは」

 苦々しげに否定すると、ソフィアは手早く鍵をこじ開けた。普通の合鍵を使うのとほぼ変わらない速度である。ふうと溜息をついて金属片を引き抜き、木の箱にしまうとまたポケットにつっこんだ。

 琉都はソフィアが一つ頷くのを見て、まず真っ先に扉の前に立った。ソフィアはクゥリスの隣辺りに立ち、琉都の陰に隠れるようにする。

 琉都が静かに扉を開けると、どうやら電源は生きていたらしく、研究室内は思ったよりもほの明るかった。誰も居ないだろうと高を括り、身構える事もせずに琉都は部屋に入る。

 辺りを見回すと、何かの培養液のような物が満たされたクリスタルケースが、所狭しと林立しているのが嫌でも解る。何だろうかと顔を近づけ、琉都はその中身に顔を顰めた。

「…」

「ガラスケースは覗くなよ。精神衛生上よくない」

 リナも覗き込もうとしているのを、琉都は襟を引っ掴んで止めた。培養液そのものが発光しているため、中に入っているものを判別するには培養管に頬をつけるくらい近付く必要があったが。


 しばらく探すと、クリスタルケースの林立する中に、リサが面白いものを見つけた。

「おい、来て見ろ」

「どうした」

「何かあったんですか?」

 まず真っ先に駆け寄ってきた琉都とクゥリスに、リサは黙って机の前を明け渡す。実験机の上には日記と思しきノートが開かれており、書きなぐったような200年前のアーカイア文字が綴られていた。

 だが、琉都にはさっぱりわからなかった。

「クゥ、読めるんだったら意訳してくれないか?」

「もちろんですよ…えーっと──」

 クゥリスは少しずつ、一文節毎に意訳して音読し始めた。




月奏歴──年 種蒔の月 第13日

 まさかこうも早く実験成果が出るとは、最初は夢にも思わなかった。

 我々の築き上げてきた研究は、この地下研究所『フォスィール』でも特異な物だが、有能な協力者のお陰で他よりも早く形になりそうである。

 このクリスタルケースの林に住み着いてから早数ヶ月、いや数ヶ月にもなるとも言えるかもしれないが、それだけの時間を費やした価値はあった。

 一刻も早く、例の実験を成功させたい物だ。


月奏歴──年 葉茂の月 第4日

 とんだ失態だな、と某E氏に笑い者にされた。

 当然の事のように言うが、どこまで実験精度を計算で上げても、絶対に失敗しない実験など実験ではない。

 仕方が無い、8番は廃棄する事にしよう。


月奏歴──年 葉茂の月 第10日

 12番も失敗だ。またEに笑われたが、もう気にしない事にしよう。これで3回目なのだし。

 だが、これで残るのは1番、4番、9番、10番の四つだけだ。どれか一つだけでも成功させなければ、他の開発部門に笑い者にされてしまう。

 絶対に、成功させなくては。


月奏歴──年 葉茂の月 第22日

 もう残っているのは1番と10番だけだ。

 武器開発班は同じ協力者の技術提供の元で、既存機よりも数十段強力な絶対奏甲の開発に成功している。それに歌術品開発班も種々の物品の量産化に成功している。

 失敗続きなのは我々だけ。

 こうなると、所長の目も厳しい物がある。絶対に成功させたいのだが…


月奏歴──年 葉茂の月 第29日

 やった!

 成功した!

 10番も廃棄せざるをえなかったが、1番が無事に成熟しきった。

 仮に製造番号を名前として、ロット番号を苗字とし、『プロートス−エーアスト(1−1)』と名付け、知能水準の調査を行う事にする。

 もしも協力者の言葉が真実ならば、私と同じだけの知能水準を持っているはずだ。


月奏歴──年 祈りの月 第1日

 『プロートス−エーアスト』の知能レベルは非常に高いようだ。下手をすれば我々を追い越しているかもしれない。

 協力者はすっ呆けていたが、恐らく何らかの手を加えてくれていたのだろう。ちなみにプロートスの顔立ちは、どこか彼に似ていなくも無い。

 既に成熟完了を確認した時点で次の『エイコストス−ツヴァイト(20−2)』が生育に入っていたのだが、こちらは上手く成熟する筈だ。理論的には。


月奏歴──年 収穫の月 第24日

 とうとう成功だ。

 新たな人工ユニットは、『プリメーラ−ドリッド(1−3)』と名付けた。一体のみを造ったのだが、生育にも成熟にも不安点は全く無かった。

 これで、この実験は商品化できるだろう。


月奏歴──年 ──の月 第29日

 何て事だ。

 まさかこの研究所を、奇声蟲が攻撃してくるなど。

 だがプリメーラだけは渡さない。私は冷凍睡眠起動の暗証文(パスワード)を入れ、プリメーラを仮死状態にする事で成熟しきった彼女の老化を停止させた。

 彼女は、次世代を担う、新たな力だ。絶対奏甲をアーカイア人のみで動かせる、片割れだ。異世界の者に迷惑をかけずに『エー・アール・シー・エー・アイ・エー』の未来を築くための。


 たのむ これをみたものよ いちのさんをめんどうしてやってくれ

 めざめのかぎは だいちのな




 琉都はそこまで聞くと、目の前にあるクリスタルケースを見上げた。クゥリスとリサ、それに何時の間にかよってきたソフィアとルィニアとリナも同じである。

 そのクリスタルケースは表面を薄氷に覆われており、常に冷気を放ち続けていた。

「この“いちのさん”ってのは、プリメーラ・ドリッドとやらの事だろうな」

 琉都は当てずっぽうにそう呟くと、“プリメーラ”の眠るクリスタルケースの薄氷を手で拭った。篭手越しにでも、氷のような冷たさが伝わってくる。

 息を吹きかけて何度か擦る内、培養液に満たされているのが見えた。この温度で氷結しないとなると、ずいぶんと融点の低い物質であるようだ。

 そこから少しずつ視線を上げて行くと、膝を抱え込むようにして丸くなっている少女──と言ってもパッと見た感じには18歳くらいか──が目に入った。髪は長いが色素が全く無いために白く、肌は透き通るように白く血が透けて見えてしまっている。俗に言う白子──アルビノだろう。

「なるほど、色白の美人さんなわけだ。研究員が固執するのもわかる」

「…ッ! 琉都さん、あんまり見ると可哀相ですよ」

 クゥリスはそう言いながら、琉都をクリスタルケースから引き剥がした。

 机の前にはルィニアとソフィアが立ち、うーん、と首を捻っている。

「でも、この“だいちのな”の所が解らないと、面倒見ろと言われてもどうしようもなさそうだしねえ」

「だいちのな…。大地の中、かなあ?」

 ソフィアは当てずっぽうでそう言って、そんな訳がないけどね、と自分で否定した。

「蟲に襲撃されて鍵を隠すんだったら、地中に埋める暇なんか無いだろうし…」

 うーん、と首を捻り過ぎて横にこけそうになるソフィア。

 リナも同じような事を後ろでしていたが、これはこれで違和感が無いので誰もツッコミを入れない。

「初歩の謎かけ(リドル)だな」

 何時の間にか復帰してきた琉都は、最後の部分をクゥリスがアルファベットで言っていた事を思い出し、事も無げにそう言い切る。

「リドル?」

 不思議そうに訊ねかえすリサ。

 琉都は一つ頷いた。

「文脈的には“アーカイア(Arcaea)”と続く所を、“Arcaia”…わざと間違った綴りなんだ? そういう事で、後は現世の神話に関する知識だな」

「あ…そういう事だったんですね」

 クゥリスは何かわかったのか、嬉しそうに琉都に訊ねた。しかし琉都はイエスともノーとも言わず、黙って研究室を出て行こうとする。

「お…おい。わかってるんなら、言ってくれても──」

「プリメーラは自由民に必要そうだからな。お前に世話を任せようと思うし、世話する者が目を覚まさせてやれよ、リサ」

 琉都はそう言うと、クゥリスを連れてさっさと部屋を出て行ってしまった。

 ぱたん、と扉を閉じる音に混じって、リサの怨嗟的な声が聞こえてきたが、琉都は無視してシュツルムに乗り込んだ。





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 半時間後。


 “武器開発班で既存機よりも強力な奏甲”云々の記述を見たために、琉都は武器研究開発室に来ていた。ちなみにすぐ隣に歌術品研究開発室があるので、恐らく共同開発品もある事だろう。鍵は開けられないので、仕方無しに扉ごと蹴り破った。

 研究室の壁には無数に錆び一つ無い真剣がかけられており、それらも実験成果の一部なのだと琉都は研究ノートを覗き見て(正確にはクゥリスに読んでもらって)知っていた。だからこそ、コクピットに詰め込めるだけ詰め込もうなどと言う馬鹿をやらかしている。

 鍔元に宝珠の埋め込まれた見事な巨刀を壁から取り外すと、鞘に納めて武器の束に加えた。

「なかなかに収穫がありそうだな」

「そうですか?」

 クゥリスは武器にはあまり興味が無いのか、隣の研究室から持ってきた歌術関係の書物を読みふけりながら答えた。

「そんなに価値の無い書物ばっかりなんですけど」

 琉都はそれを聞いて軽く笑い、何故か異様に多い刀をまた一本武器の束に加える。これは鞘に何か施されているのか、鯉口近くに小さなオパールが埋め込んであった。

「書物は、な。物品を探った方がいいだろうな、それなら価値に間違いは少ない──特にオーブ、ビジュ、ジュエル、なんかの宝石系な」

 そう言い、おおよそ六割がたが大小含めて刀になってしまった武器の束を持ち上げる。サイスやアクスも無いと言えば嘘だが、ソードやブレードに比べれば圧倒的に少ない。

 本を閉じると、クゥリスは琉都の後について武器研究開発室を後にした。蹴り破った扉を直せるほど琉都も器用でないので、もちろん内側に倒れっぱなしである。

「例えば…ちょっと待ってろ、今もう一本盗ってくる」

「盗って、って…」

 クゥリスが何か言うよりも早く、琉都は武器の束をコクピットに放り込むと武器研究開発室に駆け込んだ。

 開発室の一番奥、ガラスケースに収められていた、細緻な模様のある剣を手に取る。どちらかと言えば大剣に近い中剣だが、不思議な事にその重みはほとんど感じられないも同然だった。深緑色の縞を時折見せるホークアイの宝珠が鍔元に埋め込まれた、なかなかに意匠溢れる一品である。

 琉都はそれを一緒に置いてあった鞘に収めると、研究開発室の扉をくぐった。

「例えば、こう言う物だ。芸術的な価値も持っていれば、全体的に安定株だからな」

「なるほど…って、盗ってきたんですよね?」

「いや、取ってきただけだ」

 琉都は軽く笑うと、隣の──歌術品研究開発室の扉枠をくぐる。

 歌術品研究開発と言うだけあって、こちらは宝石と紋章のオンパレードだった。

 琉都はその中から自分でも「これはいい」と思えるものを慎重に選び、すぐ後ろにぴったりとついてくるクゥリスに渡して行く。

 全体的に宝石類に趣向が偏っているのは、琉都が鑑定技能を持っていないからだ。兎に角値段を考えれば高いだろうと、宝石類を運び出している訳である。

 その中に、血のように紅い石があった。拳ほどの大きさだが、クゥリスはそれが非常に大きい力を持っていると直感する。

 だが、すぐに忘れてしまった。





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 さらに一時間後。


 三機の絶対奏甲は、それぞれの獲得物を傷つけまいと遠慮していたがために、たった一体の巨大動石像──アーク・ゴーレムに蹂躪されていた。

 シャルフシュッツェは左腕がもぎ取られていたし、ローザリッタァはほとんど半壊。シュツルムは辛うじて装甲板を何個所も抉られただけで済んでいたが、総合的に見れば他の二機とそう変わりない。

『まさかこんな所で、伝説のアーク・ゴーレムにお目にかかるなんて…最悪だ!』

 唾を吐き捨てるような調子で呟き、リサの奏でるローザリッタァはバトルスタッフを横に振りかぶりながら突撃した。だがゴーレムは目を光らせながら軽く身を躱すと、その攻撃をいともあっさりと躱してしまう。

 シュツルムは刀を構え直すと、一撃必殺と言う刀の基本理念に基き、ゴーレムの隙をうかがいにかかる。

 軽く何度か刀を繰り出すが、ゴーレムはその尽くを相手にするまでもないと言った風にあえて手で受け止めていた。

「くそ…ここまで冷静なゴーレムじゃなければな」

『そんな無茶言わないで下さいよ』

 クゥリスに冷ややかなツッコミを入れてもらう。

 ローザは先ほどの突撃で、もう動けない状態になったようだ。シャルフシュッツェはどうにか片腕でサブマシンガンをバラ撒いているが、命中精度が高くはない。

 琉都は眉間に皺を寄せ、次いで紅龍眼を見開いた。

「さて。どうした物かな」

 すでに答えを導き出しているにも関わらず、琉都は自嘲的にくつくつと笑った。

 その後ろでは、歌術品開発研究室から持ち出した宝石類が、尽くと言っていいほど割れてしまっていた。









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