エピソード2.03S『姫達に送る前奏曲・第三』 崖に落ちた忍の奏甲を探すバッドラック達、 忍と奏甲はすぐに見つかったが、雨が降り出してきたので近くの洞窟で様子を見ることになった。 無事の報告と今後の打ち合わせのために、一度野営地もどったアーデルネイドは 報告をすませて崖下の洞窟に戻って来ていた。 バッド「どうだ、上の様子は」焚き火の番をしていたバッドラックがむかえる。 アール「まあ落ち着いている。それより忍は?」雨避けを脱いで、適当な岩の上に座りこむ。 バッド「あれから目は醒めてない、今はシィギュンが診ているが、傷自体はたいしことはない。しかし、部隊はかなりやられたんじゃないか」 暖かい飲み物を渡しながら尋ねる。 アール「すまない、部隊自体の被害はそれほどでもない、人的被害は皆無、奏甲は何騎か動けないようだが。それと忍の奏甲の引き上げはできないそうだ」 バッド「まあ、この雨が止むまで仕方が無いわな」外を見る、まだ雨はしばらくやみそうに無い。 アール「・・いや、部隊は再編成後すぐにここを立つ」力無く呟く。 バッド「なんだよそれは、おまえ達はここに置き去りってか?」 アール「伝令が届いたのだ。空に出ていた偵察隊によると、追撃してくる評議会軍はこの雨で川が氾濫して足が止まっている。 今のうちに時間を稼ぐことに決まったそうだ」 バッド「そんなことはどうでもいい、おまえ達の扱いはどうなったんだ」 アール「”可能な限り早急に準備を整え、自力で脱出し己の奏甲、歌姫と共に合流地点に向かわれたし”」 感情無く、棒読みで答える。 バッド「こっちは先に行くから、さっさとついて来いってか!」 理不尽な対応に声を荒げる。 アール「仕方が無いのだ、一騎の奏甲のために部隊を危険に晒すことはできない、小隊長も一緒に意見をしてくれていたが、上は聞く耳を持たなかった」 拳を握る手に力が入る。 バッド「やれやれ、これだから軍って奴はよお」 焚き火をいじりながら呟く。 しばらく沈黙、雨の音だけが洞窟内に響く。 アール「そろそろおまえのことを聞かせてもらいたいのだが」何気ないそぶりだが、目はしっかりとバッドラックを見据えている。 バッド「・・酒の好みは、以前教えたはずだが?」焚き火を見つめながら答える。 アール「とぼけるな、おまえはあの部隊には居なかった。なのに評議会軍も追いつけないはずのあの野営地に来た、何故だ?」 バッド「坊主の事が気になったから、ではだめか?」 アール「不足だな。これで2度おまえに助けられているが、私は完全に信用したわけではない」 バッドラックはアーデルネイドを見返す。 アール「忍を心配してのことなら、その歌姫である私に潔白を証明してもらおう」 しばらく視線が交錯する。お互い身動きひとつしない。 不意にバッドラックが苦笑する バッド「わっかた、わかった、降参だ。ここまでのいきさつを話そう」 そう言うと、再び焚き火に視線を落とした。 バッド「たしかに俺達は、『白銀の暁』にも『評議会軍』にも属していない自由の身だ。陣営の支援の無い分、いろいろ仕事を請け負って生活しなきゃならん」 アール「志というものが、おまえには無いのか?」 バッド「たいした情報も知らず、あれこれ決める気にもならんからな。とりあえずこの世界を回ることにしたんだ」 アール「まあいい、それで」 バッド「で、仕事を請け負ったんだ。輸送隊の護衛だったんだが、積荷が怪しくてな」 アール「どうせ、武器か奏甲だろう?実入りに目が眩んでよく選ばないからだ」 バッド「相変わらず厳しいな嬢ちゃんは、『中身は見るな、目的地に着き次第、金は払う』とだけ言われた。 まあ多少の危険は構わなかったんだが、不意をつかれてな」 アール「何者だ、いったい」 バッド「さあな、見張りの休憩中にいきなり騒ぎが起きて、外に出て見たが見かけない奏甲が輸送隊を襲っている所だった」 アール「情けない、他に輸送隊の中に奏甲を動かせる者が居なかったのか?」 バッド「居た、と思う。なんせ雇われているのは俺だけ、ほとんどの奴がフード被っていて顔がよくわからないときたもんだ、・・ただ」 アール「ただ?」 バッド「倒れている男に問いただしてみたんだが、妙なことを言っていた」 アール「・・もったいぶるな」 バッド「『段取りが違う、デッド・アングルが裏切った』と」 アール「何だ、そのデッド・アングルというのは」 バッド「俺も、ポザネオ島の噂で聞いた程度だが、歌姫の力に頼らず奏甲を操る英雄がいたらしい。そいつが通称『デッド・アングル』と呼ばれていたそうだ。 歌姫無しで動かせる奏甲が無いわけじゃないが、ほとんどまともに動かせないのが普通だ、だがそいつは普通の奏甲かそれ以上の動きをして見せた。 しかし、戦闘中に人や街を平気で巻きこむ戦い方で、かなりやっかまれていたようだ。 『女王討伐』が完了して以降は評議会に危険視されて、拘束されたと聞いていたんだがな・・」 アール「危険な奴だな、じゃあさっきの奴がそのデッド・アングルなのか?」 バッド「そう見て、ほぼ間違い無いだろう」 アール「現世騎士団なのか?」 バッド「それはわからん、だがあの奏甲は現世騎士団が造らせた物なのは間違い無い」 アール「理由は?」 バッド「この辺りは、白銀の暁と評議会軍が争っている。そんな中を秘密で、しかも歌姫が必要の無い奏甲を運んでいたんだ。 方角も遠回りをしていたがファゴッツに向かっていた、おまけにあのノイズを兵器にして使う。 現実主義と言われるあの男の考えそうなことだと思わないか?」 アール「確かに、いくら戦争だとはいえ。ノイズを兵器にしようという考えは我々には無い」 腕組みをして考えこむ。 アール「奏甲のことはわかった、ではなぜあいつは運び屋を裏切ったのだ?」 バッド「それは俺にもわかんね、本人とっ捕まえて聞いてくれ」まさにお手上げといった風に手を上げる。 アール「なんだそれは、ここまで追ってきたんだろう。捕まえるのはおまえの仕事じゃないか」 バッド「まあそうなんだが、ここにきてあんなことになっているとは思わんだろう」 洞窟の奥、忍に視線を落とす。忍はいまだに目を覚ます様子は無い、その側のシィギュンも疲れからか壁にもたれかかって眠っている。 アール「奴は、また忍を狙いにくるのか?」同じように忍を見る。 バッド「まず、間違いないだろうな。どうも気に入られちまったみたいだし、まあ、だから俺もここにいるわけなんだが」頭をかきながら呟く。 シィギュンが寝ているのを横目で確認して、バッドラックに尋ねる。 アール「今までの話し、本当に信じていいんだな」 バッド「ここにきてまたかい、まったく用心深いな嬢ちゃんは」 アール「事態が切迫しているのだ、敵味方ははっきりしておかなければならない」 バッド「よしわかった、とっておきのことを教えてやるが、・・つらいぞ」急に真面目な顔で問う。 アール「かまわん、続けてくれ」ただならない雰囲気に姿勢をただす。 バッド「嬢ちゃんも気になってるだろう、坊主の元の世界での話しだ」 アール「知っているのか!!」思わず身を乗り出す。 バッド「落ち着け、二人が起きる」厳しく諌める。 アール「う、すまない」座り直し、じっとバッドラックを見る。 バッド「俺や坊主の居た世界ではな・・」ゆっくりと口を開く。 バッド「 という人間は死んでいるんだ」 何を言っているか、一瞬わからなかった。頭が理解をしたくなかったのかもしれない。 ・・・ニイ・ミシノブト・・イウニンゲンハ・シンデイルンダ・・・・頭の中で言葉が理解されてくる。 ・・新見忍という人間は死んでいるんだ・・それがはっきりと言葉になる。 アール「・・そんな、ばかな。・・嘘だ」 バッド「残念ながら本当だ。俺がこんな嘘をついて、嬢ちゃんを混乱させる意味は無い」静かに重く声が響く。 アール「・・嘘だ、そんな、・・そんなこと」バッドラックの声は聞こえていないのか、同じ言葉を繰り返す。 アール「嘘だ!!!」 洞窟内で無数に反射するその声は、すぐに激しい雨音にかき消された。雨はまだしばらくやみそうに無い。 エピソード2.03S END |