エピソード2.04S『姫達に送る前奏曲・第四』 登場人物は前々回を参照してください。 夜、洞窟の入り口付近でアーデルネイドは暗闇をぼんやりと眺めていた。 バッドラックとの会話から、すでに数時間が経過している。 しかし、アーデルネイドの心は依然、かき乱されたままだった。 何度も先程の会話が頭で再生される。 『それが、今ここにいる忍と、どう関係があるというのだ。忍は死んではいない、ここにいるではないか』(そうだ、ここにいるんだ。元の世界のことなど関係無い) 『それは、本当に忍だったのか、おまえは見たのか』(そうだ、あいつは嘘を言っている。こんどもそうに決まっている) 『さあな、俺は直接確認していない、だが忍の家族が確認した』鉄槌で叩かれたような衝撃が頭を打つ。 (家族、かぞく、そんなことはない、そんなことはない。 そうだ、同じ名前の別の人間だ、ここにだってたくさんいるではないか、私の友人にだって何人かいたぐらいなのだし) 『奇妙な事件だったから、いろいろ調べていたんだが。新見忍という人間は一人しかいない』胸が締め付けられる。 (そうだきっと『新見忍』という名前をどこかで見てここで名前を偽って使っているんだろう、有名人とか友人とかそうゆうのだ、きっと) 『なぜ、おまえはそこまで忍のことを知っている』(そうだ、おかしい、そんなことをする必要が何処にあるんだ、ほら、嘘だきっと、嘘だ) 『おまえに、言っても解らんだろうが、あっちではそうゆう仕事もあるんだ』 『それはいい。だが名前を、騙っているだけだろう、どこかでその名前見て』 『その可能性も無いわけじゃない。だが、その名前をあっちで知っているのは・・』目の前が暗くなる、(やめろ、もうやめろ、そのさきは言うな、言わないでくれ) 『本人と家族、あとは俺を抜けば、9人だけだ』(なんだそれは、そんなことがあるのか) 『奇妙な事件だった、隔離施設内での集団喪失。消えたのは新見忍をはじめ5名とも、6名とも言われている。 施設側があまり協力的でなくてな、他の消えた人間の名前や特徴をほとんど教えてくれない。 お手上げ状態が何日か続いた後に『死体で一名発見されました』だそれが俺の知っている新見忍だ』 『何名か・・消えた・・?』(消えた、元の世界から。消えた・・数名) 『そう、ここに飛ばされた可能性がある。というか間違いないだろう。俺はその事件を調べているうちいつのまにかここにいた。そして・・』 『死んでいると言われた、新見忍に会ったんだ』(あるのか、そんなことあっていいのか) 『おまえの言っていることは、なんとなくわかったが』(そうだ、そうだよ、だからって今の忍が消えるわけじゃない、ここに、ちゃんとここにいるんだ) 『まあ、確かにたいした事じゃないのかもしれないが、頭の良い嬢ちゃんならわかるだろう』(やめろ、言わせないでくれ、そんなこと、たのむ) 『ここの忍は、その事件になんらかの形でかかわり、この世界に来たか・・』 『この世界から戻って死んだか、最悪、その元の世界の忍を・・・』 『殺した・・』(何を言っている、このアーカイアは戦争が起こっている、実際何人も人が死んでいるんだ。自分で見てきただろう。いまさら・・) 『だが、それらが事実でも今は、さほど重要じゃない。問題は、真相の記憶を忘れながら、不安定に生きている今のあいつだ』 『あの戦闘中、忍は元の世界の記憶に怯えていた、異常なほどに。 これは憶測だが、何かを思い出してしまったのかもしれない、きっとそれは忍にとって死ぬよりつらいことなのかもしれない』 『今のあいつを救えるのは嬢ちゃんだけだ、あいつを支えてやってくれ、頼む』 (私には・・、無理だ・・) 不意に雨の音が耳に入り。一気に現実に引き戻される。 アール 「・・・忍・・おまえは、いったい誰なんだ」外の闇を見つめ呟く。 『あいつを支えてやってくれ』バッドラックの言葉が蘇る。 アール 「・・私には、救えない」涙が頬を伝う。 シィギュン「・・アーデルネイド・・・」洞窟の奥からシィギュンが出てくる。 アール 「シィギュン・・私は、・・私は」よろよろと立ちあがる。 シィギュン「何も考えない方がいいわ、今はゆっくりおやすみなさい」やさしく抱きとめて、そっと涙を拭う。 アール 「・・シィギュン、・・」 シィギュン「大丈夫。忍様はきっと助かるわ、だからあなたも気をしっかり持って」 アール 「シィギュン、少し話しを聞いてくれないか」ポツリと呟く シィギュンは抱きとめたまま何も言わない。 無言なのを肯定と受け取とり、アーデルネイドは話し始めた。 アール 「誰かに助けてもらいたかったんだ」下をむいたまま話しはじめる。 アール 「周囲の期待が重くて嫌になり、ヴァッサマインの家を飛び出した。名目上は『ポザネオで勉学に励みたい』と言って」 アール 「本は好きだったし、学ぶこと自体に問題は無かった。だが目標もなく、家から逃げてここにいると思うと、胸が痛くなった」 アール 「そんな時、忍が現れた。そして私は『歌姫』になった。そのとき思った『これで自分の生きる言い訳が立つ』と。 世界でもみんなのためでもなく、ただ自分の進む道を誰かが決めてくれるから『歌姫』になったんだ」 アール 「そんな、中途半端な私に忍を救うなんて、できない。 他に依存するだけの私に、自分を捨ててまで、他人のために動けるあいつの心の偽りと戦う勇気なんて、私には無い」 止まっていた涙が再び流れ出す。 アール 「何故あいつと私が『宿縁』で結ばれたのだ、私にはもっと、どうしようもない奴がお似合いだ。 あいつに見合う『歌姫』だってもっと・・たくさん・・・いるんだ」 最後の方はほとんど言葉にならず、シィギュンの胸の中で泣きつづけた。 泣きつづけるアーデルネイドに、シィギュンはやさしく語りかける。 シィギュン「『宿縁』にはそれ相応の意味がきっとあるわ。『歌姫』と『英雄』幾百幾千のなかから選ばれた二人。 その出逢いは本当に喜ぶべきこと、でもそれは喜ぶべき事だけではないわ。 一人ではできない事、忘れてしまいたいほどつらいこと事、逃げ出してしまいたいこと。それを乗り越えることのできる二人が選ばれたのだと思うの」 アール 「・・シィギュン?」普段はあまり話さないシィギュンの言葉に、アーデルネイドは驚いていた。 シィギュン「それと、この場合、問題の大小が問題ではないわ。必要なのはそれを解決しようとする意思の力よ。今あなたは『できない』と言った。 今はそれでいいと思うの。今の自分を認めるのも大切なことよ。でも、本当に問題なのはそれを今からやろうとする意思の力が本人にあるかどうかよ。 ねえ、アーデルネイド、あなたは忍様のことは、好き?」 突然の、しかも更に突然な内容の質問に慌てるアーデルネイド。 アール 「あ、あ、あたりまえだ。あいつの・・忍の事は・・大切に思っている」慌ててその場を取り繕う。 シィギュン「それではだめ、『好き』とちゃんと言葉にしなさい」イタズラっぽく笑いながら聞く。 アール 「!?、あ、その、・・す、す、好きだ」本人が聞いているわけではないのに、顔を真っ赤にしながらやっと答える。 シィギュン「その人のためだったら、何でも出きる?」更に問いただす。 アール 「あたりまえだ、あいつのためなら私は・・」 シィギュン「自分がどんなに変ろうとも?その人のためにあなたは強くなれる?」 アール 「自分の・・ことなんて・・!?」言いかけて自分の言おうとした言葉の意味を理解する。 自信に満ちた顔で同じ言葉を繰り返す。 アール 「忍のためならば、私は・・。私が強くなることで忍のためになるのなら、私は・・」 最後の言葉を言おうとした瞬間、洞窟の入口が爆発する。 シィギュン「・・・!?」 アール 「な、なんだ」 二人が見上げる中、煙から見覚えの有る奏甲が姿を現わす。 アール 「あれは、あの奏甲は」 忘れるはずが無い、先日の襲撃の張本人。 D・A 「ようやく見つけたよ・・、まったくこんな所に隠れちゃって」挑発的な声が響く。 アール 「おまえはデッド・アングル」忌々しくその名を呼ぶ。 D・A 「おや、名前を知っているんだね・・。それじゃあ長生きはできないよ」ナイフをかざして進んでくる。 バッド 「まちやがれ、変態殺人鬼!」そう叫んでバッドラックが二人の前に出る。 D・A 「おやおや、その声はこのメンシュハイトに傷をつけた奴だね。おまえも許さないよ」 バッド 「許され無くても気にせんが、傷はお前の腕の無さだ」憮然と言い返す。 アール 「バカ、挑発してどうする!」 D・A 「はっはっは、おもしろいなあ、おまえ。でも今は後だ、さあ、あのガキをだせ」 バッド 「嫌だと言ったら?」 D・A 「いいねえ、その言葉。悪役冥利に尽きるよ。だがあまり遊ぶ気は無いんだよね」 バッド 「こっちも、人殺しごっこに付き合う義理は無い」 D・A 「ふふ、なら。悪役らしくそこの綺麗な歌姫さん達を、人質にしちゃおうかな?」言われて二人は身構える。 バッド 「残念だが、片割れは俺のものなんでね。人質なんて安い役回りはキャンセルさせてもらおう」 D・A 「ここで、皆殺しにしちゃってもいいんだけど」一段低い声で脅しをかける。 アール 「バッド。これは明らかに不利だ、人質なら私が・・」 バッド 「バカかおまえは、あんなのに捕まったらどうなるかわからんぞ」 D・A 「わかっているじゃないか、綺麗なお嬢さん。君があのガキの歌姫だね」 アール 「ガキとは何だ!忍は、忍は貴族種をたった一騎で倒したこともある、りっぱな機奏英雄だ。その歌姫たるこの、アーデルネイド・カルクライン。 栄光ある歌術の都、ヴァッサマインで生まれた緑青の歌姫。気安く呼ぶのは止めてもらおう」 進み出て一気にまくし立てる。 D・A 「はっはっは、楽しい。たまらく楽しいよお前達。そうか、あのガキが連れているのもわかる気がするな」笑いをかみ殺しながら話す。 アール 「ガキと言うなと言ったはずだ、新見忍だ。よく覚えておけ!」そういってビシっと指をさす。 D・A 「すまないねお嬢さん、あとは、その震えている手がなければ合格なんだけど・・」 アール 「く、」慌てを手を隠す。 D・A 「気に入ったよ、君を人質にすることにした」 バッド 「てめえ、勝手に話しを進めるな」 アール 「いいんだバッド、忍を助けるためだ」 D・A 「そうだよ、おじさん。これは僕と、そこのお嬢さんとの取引なんだから、邪魔しないでもらおう」 バッド 「どうなっても知らねえぞ、全く」どかっとその場に座りこむ。 D・A 「では、決まったようだね、決闘といこうか」 アール 「場所と時間は?」 D・A 「そうだね、この谷の先にちょっとした湖があるから、そこにしよう。時間は次の日の出から日没までの間だ。 好きなときに来るといい。ただし、日没までに来なかった場合は・・」 D・A 「アーデルネイド、君を容赦無く殺す」言葉に凄まじい殺気がこもる。 アール 「わかった。バッド、忍が起きたら伝えとおいてくれ」なんとか物怖じせずに答える。 バッド 「勝手にしろ、本当に知らないからな」 D・A 「特別におじさんも来てもいいよ、変な真似をしたら大変だけどね」 バッド 「おじさん言うな、これでも四捨五入すれば、まだ30だ!」 D・A 「それがおじさんって言うんだよ。ふふふ、おもしろい遊びができた。それではいこうか、アーデルネイド?」 アール 「気安く呼ぶなと言った、それなりの扱いはしてもらうぞ」 シィギュン「・・・アーデルネイド・・」心配そうに近寄る。 アール 「・・シィギュン、私は大丈夫だ」数歩進み振りかえる。 アール 「そうだシィギュン。忍に伝えておいてくれないか」じっとシィギュンを見る シィギュン「・・・?」 アール 「私をはやく助けに来いと」それはこれから捕われに行く者が、見せるものとは思えないほどさわやかな笑顔だった。 エピソード2.04S END |