勇気の言葉・1 コンダクターサイド



振りかかるように下がる植物を払いのける。

「やっぱさあ、俺がくる事はなかったっぽくない?」

背の高い植物から更に頭を出し前方に言葉を投げる。

しばらくして前方を進む影が止まる。

「何度言わせる・・お前を街に残す方がよほど危険だ」

前方の男はそれだけ言うとまた黙々と歩き始める。

「だってさ、レグニス君と桜花君がいればどうってことないでしょ」

進む影に言葉を投げかけるも答は無い。返ってくるのは植物をより分ける音のみだ。

「まあ、責任の一端は無くも無くも無いかもしれないでもないけどね」

行軍の最後尾を歩く機奏英雄、天凪優夜に上から声が掛かった。

「もう少しで森を抜けます。夜になる前に安全な所に出ませんと・・」

大きくはないがよく通る少女の声で、優夜も幾分気が紛れてきた。

「はいはいはい、たのしいハイキング〜♪山男には惚れるなよ〜♪と・・」

気が付けば二人はだいぶ先を行ってしまったようだ。文字通りの道無き道を奇妙な足取りで追いかける。



      ※      ※      ※



今回の件に関しても客観的にみれば優夜が悪い。

当事者を知るものなら十中八九そう答えるであろう。

曰く、興味本意が服を着ているだけ。因果律を負の方向に持っていっている。等‥。

数え上げればフェァマインの塔よりも高くなるかもしれない。

そんな不条理と不真面目で出来た塔にまた一つの所業が積み重なった。



「なんですかコレは?」

『それ』の第一発見者兼犠牲者である歌姫ルルカはぐつぐつと煮え立つ釜を指差した。

「僕の手料理さ♪親愛なる歌姫君♪」

爽やかな笑顔で言う優夜。周りに星が舞っていたかもしれない。

「動物に餌付けでも始める気ですか?」

臭いからして人が食べる物ではない、優夜の今までの事を思い返しルルカは慎重に言葉を選ぶ。

今までふとした失言で何度酷い目にあった事か、既に来世の分も使っているのではないかと最近思い始めている。

「人も・・・動物だよな」

わざとらしく考えこむ優夜、やはりどうにかして食べさせる気らしい。

「私は絶対に食べませんからね!」

先手必勝、言ったもの勝ち。無駄だとわかっていても意思表示は大切である。

「せっかくみんなのためを思って作ったのに・・」

「ってみなさんにも出す気だったのですか・・」

大きな仕事が終わって一段落した今、同じ宿には数人の仲間が寝泊まりしていた。

今回はその全てが標的らしい。

「その行為は自分の連れ添う英雄の名誉のために断固止めさせていただきます」

ルルカは心に言い聞かせ再度連戦連敗の説得を試みる。大丈夫まだ自分には落ち度は無い。

「ラルカはうまいって言ったのに・・」

「ラルカが食べたのですか?」

「うまいって言ったよな〜、な〜ラルカ♪」

丁度厨房の前を通りかかったラルカに同意を求める。

ん?と不思議そうにまだ年端もいかない少女が駆け寄る。

「ラルカ、優夜さんに何かされました!」

「別に、何も」

両肩を掴まれガクガクと揺すられるラルカ、事態が把握できずにルルカの目を見返す。

「なあラルカ、うまかったよなコレ」

優夜は問題の釜を指差す。釜は相変わらず怪しげな雰囲気をかもしだしている。

「うん、うまかった。お兄ちゃんすごい」

ニッと笑うラルカ、笑顔には一辺の曇りも無い。

「・・というわけだルルカ君、さあ食べてみたまえ」

いつのまにか皿に分けられた『それ』が目の前に差し出される。

「う・・ラルカ・・本当に何も無かったのですか?」

黄緑色をした液状の『それ』から目をそむけながら、再度親愛なる義妹に問い掛ける。

「何にも無かった」

再びニッコリと笑うラルカ。これでは疑うこちらが悪いような気がしてくる。

「わたりました・・もし私が不味いと判断したら他の人には出さないでくださいね」

「もちろん♪カミに誓うって」

恐る恐る『それ』を受け取る。改めてみるとやはり危険だ。

「ささ、ぐぐっと」

満面の笑みの優夜、どうやら覚悟決めるしかなさそうだ。

決心して一気に『それ』を飲み干す。

「おお、さすが我が歌姫。漢らしい飲みっぷり」

「誰が漢ですか誰が!」

ハンカチで口元を拭いながら反論する。

「そんな事よりも味はどうだいルルカ君?悪くは無いだろう?」

言われて慌てて舌の感覚に集中する。

「ええ、まあ別段不味くはないですが・・」

確かに、苦くも無ければ辛くも無い。変な後味があるわけでもない逆に味が薄いぐらいだ。

「というわけで、安全は保障された。ラルカ君、君も食べてみなさい」

「ん」

何事も無かったようにラルカは『それ』を受け取る。

「な、な、な!優夜さん!さっきラルカは食べたって・・」

またかつがれた。慌てて優夜に詰め寄る。

「私はただラルカに『うまかったか?』と聞いたダケデゴザイマス・・」

明後日を向きながら棒読みで答える優夜。

「うん、お兄ちゃんお鍋をかき混ぜるのうまかった」

更に何の迷いもなく言うラルカ、反比例してルルカのテンションが下がる。

「もう〜何故いつもそんな嘘つき詐欺師さんなんですか!」

「ふっふっふ、ルルカ君。真の詐欺師は嘘は言わないのだよ」

ああ言えばこう言う、やり場の無い怒りが部屋中を駆け巡る。

「何をしているんだおまえ達」

騒ぎを聞きつけてレグニスが入って来る。

「ああ、もうレグニスさん聞いて・・」

言いかけたルルカを人差し指で制する優夜。

「ルルカ君、不味くは無かったのだから手出しは無用だ」

アップで詰め寄る優夜にルルカは言い返すタイミングを失った。

「いや〜レグニス君いい所に来たね♪」

こうして仲間内全員が『それ』を口にするのにさして時間は掛からなかった。

優夜はいつものように得意げに笑い、ルルカは連敗記録を爆進する。

仲間達はへき易しながらも優夜の悪戯に付合わされる。

ここまではいつもの風景だったのだが・・。


      ※      ※      ※


「効率と誠意は別次元です」

結局、森を抜ける事ができず手頃な場所で野宿をすることになった。

「何の事かな?」

「先ほどの発言の事です。宿で寝こんでいるルルカさんのためにもここは・・」

桜花の長いお説教がはじまる。

空は夜のとばりが降り、光源は三人の中心にある焚き火のみ。

それぞれを断片的に照らす明かりの中で携帯食をかじる。

「言っても無駄だ。これの頭の中には良心の呵責という言葉は無い」

「言うようになったな〜レグニス君」

現在それぞれの歌姫は宿で寝こんでいる。助けるためには7日以内に解毒剤を処方し飲ませる事。

既に2日が経過している。状況はけしてかんばしくないのだが、だからと言って雰囲気まで引きずられる義理は無い。

それは事態に対して自覚が無いわけでもなければ、対処に困っているわけでもない。

そういった事態が日常なのだ彼等にとっては。

「いずれにしてもあと数日は掛かります、今回の事はルルカさんへ日頃の行いを謝罪するいい機会だと思うべきです」

自分の刀の具合を確かめながら優夜を諭す桜花。当事者は話半分といった具合だ。

「でもさ、結局そのあとの薬が不味かったんだろ?僕だけの責任じゃあないよ・・」

相変わらずのヘラヘラとした口調で優夜は自己弁護する。

「たまたま宿に過激な薬売りが居たか・・警戒を怠った責任の一端はあるが・・」

「だろう、なら無事な皆でブワッと山に登って解毒剤を見つけてブワッと戻って一件落着。これでいいじゃない」

優夜の『それ』を食べた直後、腹痛を訴える数名に宿の主人が薬を出した。

宿の主人曰く、先日来た客から買った物だと言う。

所在は怪しかったが、以前にも似た症状の客に振舞ったと言う言葉を信じて飲んでみたのだが、

「それに僕が買った食材とあの薬がセットで悪巧みの材料だとはお天道様も思うまいってね」

「二重に警戒が足りなかったという事ですね、シギュンさん達がこなければ手遅れでしたが・・」

「それなんだけどさ。そもそも旦那達の方が怪しくないか?間が良すぎるし」

「しかし今は言われた通りするしかなかろう、他に我々に打つ手は無い」

まさに丁度よく立ち寄ったバッドラックとシギュン、

彼等は街道沿いで多発している。謎の病気について調査しているとのこと、

「まさかお前達まで引っかかるとはな」

「バッド様、これは命にかかわる事です。軽はずみな発言は・・」

と、再開もつかの間、一段と物騒な会話を繰り広げる。

結局バッドラックの言葉を信じて解毒剤になる薬草の在処を聞き、3人機奏英雄は現在山の中という成り行きである。



「しっかし、歌姫だけにかかる病とはね・・歌姫ならもっと別の病気に掛かりそうなものだけど・・」

優夜は面倒そうに焚き火を突っつく。

「別の病気とはなんです?」

「恋の病」

桜花は生真面目に聞き返したのを少し後悔した。

「・・とにかくはやく戻ってあげませんと、宿でずっと診ているシュレットもかわいそうです」

シュレットは3人の歌姫プラス、ラルカたすコニーの面倒を診ているのだった。

「あの男の歌姫もいるのだ、心配は無いだろう」

「おお、レグニス君がいたわりの言葉を述べている」

「戦力差の話しだ、くえない人物達だが対処は正確だった」

「まあ、シュレット君もたまにはいいんじゃないの、せっかくの姉妹の再開なんだしね」

「!?・・優夜さん、知っていたのですか?」

「いいや、ただ性が同じだったからそうかなってさ。あ、やっぱりそうなんだ・・
 そうか・・そうするとシュレット君もいずれはシギュンさんの様に・・」

「・・・優夜さん」

桜花の視線に冷たいものが混ざる。

「いやだなあ、桜花君。ただのロシアンジョークじゃないか、可愛い顔が台無しだぞ」



      ※      ※      ※



そんなやりとりをほどほどに済ませて、見張りの順番を決め体を休める。

順番は優夜、レグニス、桜花。

「睡眠不足はお肌の対敵だからね」

「俺は寝なくても平気だが・・」

「じゃあレグニス君、見張りは任せた!」

「甘やかさない様にとルルカからの言伝があったのでな」

「むう、おとなしく寝ていればいものを・・」


そして夜が明けた。

「・・・・おはやうレグニス君よく眠れたかな?」

「別に、良くも悪くも無い」

「あそう。で、桜花君の姿が見えないけど」

「少し前に水を浴びてくると言って出ていった」

「何ですと!これはお兄さんほっとけませんな」

立ち上がり駆けだそうとしてその場で転ぶ。

「変な真似をしない様にとも言われていな」

優夜の足にロープが巻かれていた。

「むむう、人のライフワークに水をさすとは・・」

「桜花もじきに戻るだろう、おとなしくしていろ」

転んだ体制のままでブツブツと悪態を付く優夜だったが、

「レグニス君、桜花君にもしもの事があったらどうするつもりだね?」

「刀を持っていっているし、場数も踏んでいる。子供の使いでもあるまい」

「しかしだね〜もし何事かあってみなさい、ベルティちゃんから一体どんなお仕置きを・・・
 それも面白いかもしれない・・」

でんぐり返りながら思考を続ける。

「いやまあそれは置いといてだ、レグニス君この縄ほどけないぞ」

「当たり前だ、ほどけない様にしたのだからな」

「むうう、ならば・・・あ!あんな所に空飛ぶ奇声蟲」

「・・・・・・・」

「むううう、空飛ぶ現世騎士団が!」

「・・・・・・・・・・・」

「空飛ぶカノーネ・オルケスタが!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「ってレグニス君後ろに狼が!」

木を背にしていたレグニスに本当に数匹の狼が襲いかかる。

「準備運動にもならん」

襲いかかる狼を叩き落とす。

「おまえもいい加減おとなしくしたらどうだ」

振りかえるレグニス、しかし。

「・・・・あいつめ」

そこには丁寧にほどけたロープが落ちているだけだった。


〜続く〜




終わっていないお話しがあるのに新しい連続ものです。

これはチャットで出たシチュエーションを元にしています。

そう、出演させてもらっているお二人は覚えているかもしれない『あれ』です。

たぶんかなり突っ走ったものになると思いますが・・。

私はやります。ええやりますとも・・。

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