勇気の言葉2・コンダクターサイド 



朝靄のたちこめる林の奥、紅野桜花は薄衣のみで湖の水に足を浸していた。

右手には形見の塵乃桜雪、

左手にはシュレットの鍛えてくれた無銘の刀。

両の刀を水面ぎりぎりに下げたまま、目を閉じまったく動かない。



周囲の静けさとは裏腹に桜花の頭の中で二刀を振るう。

思考の闇の中で右、左とリズム良く刀を繰り出す。

一連の形のイメージを組みたてた後、ゆっくりと目をひらき実際に五体を動かす。

水が波紋を作りしぶきを上げ、桜花の動きに応える。


「っつ・・・」

流れるような動きが突然止まる。

やはり身体がついていかない、刀を地に刺し腕を抑える。


実戦闘において桜花は滅多に二刀を使用しない。

理由は明快、桜花自身が付いていけていないのだ。

自分の描く刀の軌跡を思い通りに追いきれない。

持って数分。すぐに左腕がねをあげる。


実際、こちらに来るまでは完全に使用を諦めていたほどだ。

それをこの世界の絶対奏甲が覆した。

今までの障害が嘘のように振るうことのできる力。

封印した思いを存分に使う事のできる喜び、

道具にこだわることは本来の教えに反する事なのだが、

今は自分の閃きの先に有るものを見てみたいという欲求に身を任せている。


そして絶対奏甲で得た感覚を自分の身体で確認しているだが、

「・・・私の・・身体では・・」

腫れあがった腕をじっと眺める。

過ぎた望みなのだろうか?それでも構わない。

強くなることに寄り道をしているのかもしれない。

しかしそれで動けなくなれば自分はそれまで人間というだけのこと、

自分で決めた事に悔いは無い。


再び刀を握り直し構えをとる。

多少の無理は承知の上、元より楽をして強くなれるとは思っていない。

再び形に入ろうとした、その時・・。

「んがぁ!」

間の抜けた声と木の枝の折れる音が響いた。

「!?・・・っ」

音のした方に慌てて振り向く桜花、周囲に気配はまったく感じなかったのだが。

「いちち・・や、やあ、おはようマイマザー桜花君・・」

尻餅をついた優夜がそこに居た。

「・・・・優夜さん?」

突然の事で反応に困る桜花。

「ああ、ちょっと花摘みに来ただけだから、決して桜花君の水の滴る艶姿に見入っていたわけでは
 無きにしもあらずんば故事を得ず、なんて事は秘密の中の秘密だ」

きっと自分でも何を言っているかわかっていないだろう。

そのまましばらくお互い硬直していたが、

「・・・先に戻っていてもらえますか?」

ため息をつき水から上がる。

「ああ、うん、そうだね。そうする」

お説教が無いのをいつも以上に怒っていると判断しそそくさと立ちあがり、

「んじゃ、失敬するよ・・・・あと、お肌は大切にってことで・・」

優夜はそのまま飛ぶようにその場を去った。


しばらく優夜の消えて行った方向を眺めていた桜花だったが、

「・・・・ふう」

もう一度ため息をつき、痛む左腕をいたわりながら荷をまとめる

「これは・・」

自分の荷のなかに見覚えの無い物を見つけた。

「湿布・・ですか」

宿を出る時に他の人間の荷物が紛れたのかもしれない。

少し躊躇したあと左腕の腫れた部分にそれを貼り付ける、
ほどなくひんやりとした感覚が左腕を包む。

それから一度湖を振りかえり、桜花はその場所を後にした。



      ※      ※      ※



「で、あれが目的の物なわけだ」

一同が見上げるその先にそれはあった。

「高い所にありますね」

だいぶ山を登ってきたのだが目的の物は更に崖の上にある。

「俺にはどうという事はない」

「んじゃ、レグニス君GO♪」

「今さっき、お前がとってくる事になったはずだが・・」

決め方はちなみにジャンケンである。

「むう・・固いことを言う、パンピー以下の僕がこの崖をどう登れと?」

「同じ人間で五体満足ならなんとでもなる、経験などただのおまけだ」

「・・ここに来て特にレグニス君の風当たりが冷たいのだが気のせいかな桜花君?」

「たぶん気のせいです」

「むう・・桜花君まで・・なら、せめて保険がほしいのだが・・」

数分後、

「上がって行く途中であの草をとって来れば終わりだろうに・・」

崖の上に上がってロープを投げてよこすレグニスを恨めしそうに眺める。

「優夜さん」

「わかってますって・・」

投げられたロープを身体に巻きつけ重い足取りで崖に対峙する。

「たしか余裕ないんじゃなかったっけ?」

誰もそれに応えようとしないので仕方なく岩に手をかけた。



      ※      ※      ※



優夜が崖を登り始める数刻前の事。

「期限を最優先にすべきだ」

目的の場所を目指して黙々と進むレグニスは隣を歩く桜花に反論した。

「それは私も同じです。ですが・・」

言葉を濁して後ろを振り返る。優夜は例によってかなり後方だ。

「あいつが何もしていないというのだろう、街に残られて被害をださないだけで立派に役にたっていると思うが」

「それは・・・ですけど、ルルカさんのためにも優夜さんは何がしか行動で示すべきです」

歌姫のために英雄が動かずなんとするのか、桜花はそう言いたいらしい。

「それではブラーマやおまえの歌姫まで危険に晒す事になる。リスクが大きいだろう」

「心配してくださるのはありがたいですが、こういった機会でしか確かめられない事もあります」

「強情だな。何か含む所があるというのか・・万が一の場合はどうする?」

「もしもの場合はバッドラックのおじ様がなんとかすると言っていました」

「・・またあの男か、踊らされているようで気にいらんがお前がそこまで言うのなら信じよう」

「ありがとうございます」

「しかし何故そこまで優夜に何かさせる事にこだわる?」

「優夜さんだけにこだわった事ではありません、自分が一番大変な時はもっとも信頼する人に助けられたいものです」

「そんなものか?」

「そういうものです」

会話はそこで終了とばかりに桜花は先を進む。

そう、これは優夜だけにこだわった事ではないのだ。

『それではブラーマやおまえの歌姫まで危険に晒す事になる』

レグニスが言った言葉を頭で反芻する。言葉の優先順位に朴念仁のわずかな心の機微があった。

それを本人に再認識させるのは自分の役目ではない、それを確認できただけでも十分であるといえる。

『できれば奴等が自分の歌姫を大事にしているかを確かめてくれ、それがこの病を治す鍵だからな』

旅立つ前に言われた伝言を確認しつつ桜花は足早に歩を進めた。



      ※      ※      ※



「やっぱりめんどい・・・」

開始5分、優夜にしては上出来の部類にはいる。

「優夜さん日が暮れてしまいます」

「あ〜わかっちゃいるけどね・・・って、レグニス君微妙にロープを引っ張ってないか?」

自分が登るたびに同じだけロープも上に引かれていく。

「安全は保障する、手助けはしない、退路も絶たせてもらった」

本気で薬草をとるまで崖から降ろさないつもりらしい。

「ロープをつたって登ろうと思うなよ、自分の命が惜しければな」

駄目押しとばかりの注釈が入る。

「お兄さんはそんなに酷い仕打ちを受ける理由が思いつかないのだが?」

「「・・・・・・・・」」生暖かい視線が刺さる。

「・・・・・・・嘘です。すいません」

刺さった視線を振り払うように腹をくくって崖を登りはじめる。

一度言ったことは引かないレグニスと

道徳という言葉が服を着ているような桜花の鉄壁のディフェンスにより

目的は達成されつつあった。

「んがぁ〜これで文句はなかろう、とったぞ御両人」

崖の中腹で仰向けに突っ伏しながらつぶやく。

「だいぶ暇を食ったな」

「では戻りましょうか」

合流して下山しようとする一行に影が差し、風が舞う。

「お久しぶりです〜、不肖新見忍、バッドラックさんの命により参上しました」

見なれない飛行奏甲の奏座からさわやかな笑顔で少年が顔を出す。

「忍君までそんなタイミングで・・何の罰ゲームやっちゅうねん!」

さすがの優夜も逆切れ気味にほえる。

「優夜さん、どうかしたんですか?」

「気にするな、運動をして熱くなっているだけだ」

「払われるべき対価を清算しているだけです」

不て腐れる優夜を尻目に帰りは数刻と掛からなかったという。



      ※      ※      ※



忍の奏甲に便乗し日没後、街に戻った一行。

「おう、はやかったな」

宿で夕食をほおばるバッドラックとシギュンが出迎える。

「優雅な晩餐だなおっさん・・」

まだ優夜は根に持っているらしい。

「こっちだって一仕事した後なんだ、準備は出来てる目的の物をくれ」

無言で渡される薬草を確かめる。

「うむ、確かに。シギュン後は任せる」

「はい、畏まりました」

薬草を受け取るとシギュンはそのまま奥に消える。

「おじ様、シュレットは?」

「ああ、上で休んでる。あれにもだいぶ酷な事をさせたからな、そっとしておいてやれ」

「ブラーマ達の具合はどうなのだ?」

「心配するな、危険ではあるが手遅れじゃあない」

そこで一同はようやく腰を落ち着ける。

「あの・・それじゃあ僕、任務の途中なので・・」

忍がおずおずと会話に割ってはいる。

「おう、悪いかったな。戦況、厳しいんだろうに」

「いえ・・そうでもないですよ、仲間に恵まれているので、
 初対面の方にゆっくりと挨拶もできないですいませんが・・」

「・・初対面?」

あきらかにこちらに投げかけられる言葉に桜花が疑問系でつぶやく。

確かに普通の格好の彼に面と向かって合うの初めてだが、

泳ぐ視線が宿の入口に持たれかかっていたアーデルネイドにぶつかる。

目が合うとアーデルネイドは軽く首を振った。

どうやら事情があるらしい。

「しかし、忍君。その格好はまるで軍属ではないか」

「まるもしかくも・・僕はずっと白銀の暁です」

そう答える忍の格好は緑を基調とした儀礼的な服装だ。

「・・・・・・馬子にも衣装」

「やめてください、気にしてるんですから」

優夜と話す忍は嘘を言っている様にはみえない。

「とりあえず、僕は行きますね」

宿を出る忍にならってアーデルネイドも無言できびすを返す。

「アールの嬢ちゃん、話しには聞いていたが忍は・・」

「わかっている。いずれ話す」

バッドラックの言葉にそれだけ応え宿を去る。

「どしたのさ忍君等は?」

「いんや、何でも無い」

「話しがそれちまったな、それで歌姫さん達を治す方法だが・・」

簡潔に説明するバッドラックだが、


「・・・マジかおっさん・・」

「マジだよ、優夜」

「特に問題もなかろう・・」

レグニスはそのままブラーマの眠る2階に向かう。

「優夜、おまえもとっとと行って来い」

「わかってらぁな」

しぶしぶ階段を上がる優夜。

「あの・・・おじ様シュレットの事ですが・・」

二人を見送っているバッドラックに桜花が切り出す。

「んあ、ああ、お前だけには言っておかなくちゃないけないな、実はな・・」

慌しかった夕食が嘘のように夜は静かに深まりつつあった。

〜続く〜

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