勇気の言葉3・コンダクターサイド

    
ずっとうなされていた。
何か悪い夢を見たいたようだが思い出せない。

頭が重い、まだ本調子ではないようだ。

ゆっくりと目を開く。薄暗い室内。窓は半開きのままで時折風がカーテンを揺らす。
どれくらい眠っていたのだろうか、ゆっくりと上半身を起こす。

服が汗を吸いべったりと体にまとわりつく、体を少し動かすだけで体が冷えた。

もう一度部屋を見渡す、そこでやっと自分が一人ではない事に気が付いた。

「・・・レグ」
見慣れた影が窓に持たれかかっていた。

「調子はどうだ」
いつものようにいつもの調子で尋ねてくる。

「・・・ああ、だいぶ・・・悪くない」
額に手をあて頭を振る。本当の所あまりよくない。

「そうか」
その一言を最後に沈黙が訪れる。

月明かりを背にしているので表情はわからない、見るまでもないことなのだろうが。

それでもぼんやりと自分の宿縁を見つめる、ふとシルエットがいつもと違う事に気が付いた。
「それは・・」何かを持っている。

「解毒剤だ」短くきっぱりと答える。

「・・・そうか、すまない・・・で、どうすればいいのだ」
こうゆう時ぐらいしか、自分を心配してくれている事を確かめられない。
それは少し寂しくもあり、嬉しくもあった。

「聞いた話しでは、口移ししか方法がないのだそうだ」
やはりいつもの調子でいつものように言葉を紡ぐ。

「・・・・・な、なにぃ!!」
途端に頭痛が吹き飛ぶ。

「少し待っていろ、すぐにすむ」
そう言って近づいてくる。

「おい、ちょ、ちょっとまて今、口移しと言ったのか?」

「言った」

「『言った』ではない!おまえ、それがどうゆう事かわかっているのか!」

「最適な治療法と認識しているが」

「バカ!バカバカバカバカバカ」
叫びと同じに枕を投げる。

「元気だな・・もう治っているのではないのか」
「そんなことはない!余計に頭痛がしてきた」
「ではじっとしていろ、すぐに済む」
「わ、バカ来るな」いきなりの事で完全に気が動転している。

「ではどうしろというのだ・・」レグニスはその場に止まる。


「・・・・いつもこうなのか・・」自然と口が動く。

「私は・・・いつもこうなのか。いつもこうして鈍感なお前に振りまわされて、
  一人で考えこんで、悩んで、ため息をついて・・・・」
ボロボロと自然に涙がでる。

「・・・・そんな空回りばかりならこのまま死んだ方がましだ!」
「バカな事を言うな」

「・・・私は本気だ!どうせこのままでも死んでしまうのだろう」

睨み合う二つの影。

「・・・本気なのだな」

「ああ、本気だとも」

「・・俺も本気だ」
再び歩み出す。

「なっ・・来るなと言っただろう!」
ベッドの中で後ずさりする。

「それは聞けない」
「何故だ!私は・・私は・・もう」

「死んでもらいたくはない」
「っ!?・・・・・・」

「俺は・・確かにお前の思うような事わかってやれない、俺は結局俺なりにしか行動できないのだ、だが・・」

何を言わせてしまっているのだろう、ここまで言わせてしまって・・。

「これだけはわかってくれ、お前に死んで欲しくない」

何をやっていたのだろう、最初からわかっていた事なのに・・。

「お前の思うようにならなくてすまないと思っている」

「もう言うな・・・バカなのは私だ・・」




      ※      ※      ※




一方そのころ・・。

「え、えええええぇぇぇぇ。優夜さん冗談にも程がすぎます!」

「はっはっは、何をバカな事を・・僕はいつだって本気だよルルカ君」

「いつだって本気で冗談を言ってるだけじゃないですか!」

「うまいなぁ〜ルルカ君、山田君がいないのがおしいくらいだ」

口移しでしか治らないと聞いたルルカの反応はしごく当然だった。

新手の嫌がらせに決まっている、彼との付合いが長い分そう思うなと言う方が難しい。

「酷いな〜これでもお兄さんは十分本気なのだが・・」

「だから、全然説得力がないんです!!」

「じゃあ、これではどうかな・・」

スッとルルカの手を取り空いた手を腰に回す。

「え、あ、その・・・・ゆ、優夜さん!?」

普段の優夜らしかなぬ優雅な動きにさすがのルルカも戸惑った。

「僕は本気だよ」

優夜の顔が目の前にある。

「優夜さん・・・あの・・」

「なんだいルルカ君?」

「目が笑っています」

「・・・・・・・・・・・・・・・ち」

「『ち』って言いました?今『ち』って言いましたよね?」

優夜の手を振りほどき距離を置く。

「記憶にございません」

「こ〜の〜ひ〜と〜はぁ〜!」

ルルカはあらためて優夜を凝視する。

いつもと変らない彼がそこに居る、何処までいっても優夜は優夜なのだろうか?

答えの出ない思考の袋小路に入りながら優夜を威嚇する。



とうの優夜は少なからず安堵していた。

あそこで突っ込めないようでは自分の歌姫ではない。

語弊をあえて無視すれば、口付けを交わすことに対して抵抗は無い。

どの道、他に方法が無いのだから事の結果は既に見えている。

ただ面白くないのだ、バッドラックに踊らされている事や
必要以上にレグニスや桜花が世話を焼きすぎてきた事は大目に見る事は出きる。

だがそれを上回る何かをかまさなければ自分を許せないのだ。

それも先程のやりとりでだいぶ取り戻した。

虚実の彼岸を行き交う彼女の表情は見ていて飽きない。

そう思い直し。今、状況が与えてくれた舞台を彼女に託す決心をつける。

ここまででそれなりに楽しんだ。たまにはいいだろう、それに興味もある。

今まで以上に踏みこんだ領域で彼女はどうするのか?

自分の投げる球をどう返すのだろうか?

ここまで来たのだ、彼女はきっと何かをかましてくれるだろう、とびっきりの何かを・・。

それだけは確信できた。



「そう、全ては冗談だよルルカ君」

優夜が真剣な表情で歩み寄る。

「な、何ですか今度は・・」

この人はどういうつもりなのだろうか、いつまでこんな事を続けるつもりだろうか。

「ルルカ君が一番わかっているだろう?僕は冗談しか言わない」

「ほんとに・・いつもそうです」

「これからもそう、今もそれは変らない」

やっぱりそうだ、いつ大声で笑うつもりだろう酷い人・・。

いつも自分の予想外の事をして私を驚かせる・・。

予想外の事・・?そうだ、今自分の思う予想外とは何なのだろう。

そのままキスされること?ありえない、それは絶対に無い。

ならば笑うつもりだろうか、でも最初から冗談だと言うのはおかしい・・。

「どうしたのかな?ルルカ君?」

気が付けばさっきと同じ距離に優夜が居る。

「どうせまた笑うつもりですね」

毅然と見上げながら呟く。

「そうだよ」

優夜の手にやさしく抱きとめられる。それでも表情は崩さない。

「『もしかして』と思う私を笑うんですね」

「そうだよ」

ペチ、優夜の頬を平手で叩く。

「・・・・・」

「酷い人です・・」

涙目で優夜を見る。

「そうだな、酷いお兄さんだ」

そのとき以前、桜花が話してくれた現世の話しを思い出した。

自由に人を好きになれる世界、そこはすれ違いや片思いやもっともっと理不尽な悲しいものがたくさんあるのだそうだ。

『もし、ルルカさんがその世界にいたらどうしますか?』

桜花の話す悲しい恋物語を最後まで聞いた後の事だった。多少同情が混じっていたかもしれない。

『私はきっと、そこでも優夜さんと一緒にいると思います、
 宿縁とかそういうものが全然無いところで、確かなものが全然無くて
 不安でいっぱいでその思いで潰されそうになって・・でも一緒にいると思います』

もしそんな私がいたら、この世界の私をどう見るだろうか?

きっと甘えるんじゃないと叱咤するだろう。

私は、自分のために動く勇気は無い。

でも、そこに居たかもしれない私よりちょっとは恵まれた私は、

恵まれているなりの何かをするべきだろう。

そんな『もしもの私』のために私は、

「優夜さん・・私は怒っているんです」

自信の無い自分に。

「普通はそうだよね」

ギュッと手を握り決心をつける。

「今度は本気でいきます、イタイですよ、歯を食いしばりなさい!」

「そうか・・イタイのは嫌だな」

「しのごの言わないでください、本当に怒っているんですから」

「怖いな・・わかったよさっさとやってくれ」

優夜は前に屈み目を瞑る。

「いきます・・」

そんな彼に私は本気の私の思いをぶつけた。




      ※      ※      ※



「あ゛〜気持ち悪い・・シュレットォ〜水」

朝、ベルティーナは1階の食堂でテーブルに突っ伏していた。

「自分で持ってくれば?」

向かいに座るシュレットはずっと外を見たままだ。

「なによあんた・・人が2日酔いなんだから少しはいたわりなさいよ・・」

「・・・・2日酔い?ベルティ今日何日か知ってる?」

ベルティーナの勘違いを確認する。

「え゛だって昨日、桜花と私で蟲を退治して・・」

「それは先週、もう5日は過ぎてるよ」

「嘘!」

「嘘じゃないよ、全然覚えてないんだ」

「5日も寝こんでいたの私・・・なんで?」

「・・・・知らない方がいいかも」

あまりの鈍感ぶりに説明する気力が失せる。

「いやぁ〜ベルティちゃん、元気でなにより」

「ちょっと優夜!、5日間も私が寝こんでいたのって本当?」

「・・・・・そうか、あの熱い夜を忘れてしまったのか」

「いいから真面目に答えなさいよ!」

優夜に真相を聞こうとしている時点でかなり錯乱していると言える。

「朝ぐらい静かにできないのか・・」

「ああ、レグニス様、えっとですね・・」



      ※      ※      ※



一方2階では、

「・・・昨日ですか?私は自分の事で一杯一杯で・・」

「・・・・・・・うむ」

同じように頬を赤らめて顔を伏せるルルカとブラーマ。

「すいません、もしかしたらと思ったのですが・・」

桜花はため息をついた。

1階を見渡せるラウンジのテーブルを囲む桜花、ブラーマ、ルルカ、

「昨日の夜?・・・変なお兄ちゃん?」プラス、コニーを抱くラルカ。数日の間のお守りがよほど気に入ったらしい。

「優夜さんではありませんよ」

すかさずルルカの注釈が入る。

「ん・・・見たよ、昨日、変なお兄ちゃん」人差し指を口元に当て上目遣いに思い出す。

「優夜さんではないのですね?」

「うん・・違った」

「どんな人でした!」

ガタッと席を立ちラルカに詰め寄る。

「・・・・・・・内緒って約束した」

そう言って、小さな木彫りの鳥を見せる。

「これあげるから、内緒って」

「ラルカ、桜花さんがお願いしているんですよ」

「ヤダ、約束だもん」

「ラルカ!」

「いえ、いいんです。取り乱したりしてすいません・・・ラルカちゃん」

「ん?」

「その鳥、大事にしてくださいね」

「うん」

「いいのか、大事な人かもしれないのだろう?」

「大丈夫です。あの人がここに居るわけはありません・・大丈夫です」


「で・・・桜花殿・・話しは変るが・・」

声色を変えてブラーマは関払をしつつ目を泳がせる。

「はい」

「ベルティ殿がああして元気という事は・・その・・やはり・・」

「ええ、ちゃんと言われた通り口移しで薬草飲ませました」

「「・・・・・・!!」」

さらりと答える桜花、ルルカとブラーマの頭に想像の翼が元気よく羽ばたく。

「起きてくれなかったので、多少手間を取りました・・」

夜、寝ているベルティに寄り添う桜花。

「それと、ベルティは寝相が悪くてなかなか私を放してくれません」

ゆさゆさと揺するが起きないベルティに手を伸ばし、

「加えて、薬草をなかなか飲んでくれなかったので
 そのままの何度か繰り返しましたが・・・・どうかしたのですか?」

「あ・・・いや・・う・・うん・・何でも無い、何でも無いぞ、なあルルカ殿」

「え!?、え、ええ、そうです。桜花さんはあくまでベルティさんを助けるためにしたのですからね、
 ええそうです、助けるためですから・・」

「ああ、そうだ。そうだとも・・・・・あ、まさか、ベルティ殿はそのまま寝ていたりはしていなかったか?」

「ええ、ずっと寝ていましたよ」

「「・・・・・・・」」

丁度、階段を駆け上がる足音が聞こえてくる。

「おうか〜」

ベルティが階段を駆け上がりながら叫ぶ。

「ベルティ君と口付けをしたってほんとか〜」

更に優夜が追いかけているようだ。

「・・・・・・・今日ぐらいは大目に見ようと思っていましたが」

何処からともなくハリセンを取り出し階段に歩み寄るルルカ、
その脇をベルティがダッシュで通りすぎる。

「桜花!私が寝ている間に私の唇を奪ったって本当なの!」

「口移しはしましたが」

「やだ、マジ、ちょっと・・・ええ!」

「よかった。だいぶ元気になったようですね」

「いや〜おかげさまで・・って、そうじゃなくて、桜花!」

そんなやりとりの後方では、

「桜花く〜ん、是非お兄さんに昨日の事を詳しく・・」

ウキウキ顔の優夜が階段を上がる、が・・・。

「行かせるわけにはいきません!」勢いよく登った直後にルルカのフルスイングのハリセンが決まる。

「へぷし」

顔面にもろにくらい、そのまま階段を転がり落ちる優夜。

「良かったね、みんな元気」

「だうだう」

「・・・・・・・・・桜花殿とベルティ殿が・・」

こうして騒がしい事件の一つは幕を閉じる。

多少気恥ずかしくなるだろう思い出の一つは、

しかし、視点を変えればそれは世界の歯車の一つを回している。



      ※      ※      ※



「ったく騒がしい連中だな」

バッドラックは若い英雄と歌姫達のやりとりを宿の入り口から眩しそうに眺めていた。

「今までが穏やかすぎたのですよ」

シィギュンが側に寄り添い同じように見上げる。

「そうかね、あんまり休んだ気にはならなかったがな」

「そうですか?いつにもましてよく食べよく寝てらっしゃったではないですか」

「これからの事を思うとな・・・これが最後の休息になるだろう。やつらにとってもな・・」

軽くため息をついてきびすを返す。

「おい」

外にはシュレットが仁王立ちで待ち構えていた。

「おう、シュレット。世話になったな」

「それだけか中年」

「他に何があるんだ、おチビ」

「僕はおまえを認めたわけじゃないからな」

「それはおまえの勝手だが・・・シィギュンはもう少しの間借りて行くぞ」

「・・・なんでお姉ちゃんじゃなきゃダメなんだよ」

「昨日言っただろ?たまたま手近な所に同じ目的の人間がいただけだ。深い理由なんてないそれだけのことだ」

「酷いよ・・・そんなの・・もっと何か言いようがあるじゃないか・・・・大人なんだろ!宿縁だからとか、大事な人だからとか、もっと上手な嘘をついてよ!それらしい嘘で・・僕を・・・騙し続けてよ」

涙をこぼしながらその場に立ち尽くすシュレット。バッドラックは普通の足取りでその脇をすり抜ける。

「確かに俺は自分のためなら平気で嘘を付くし裏切りもする。お前みたいなガキを誤魔化すのなんて難しくない・・・今回のはただの気まぐれだ。俺はお前に何も望んでいない」

「・・・・何だよ・・・それ・・」

「大人の都合ってやつだ。それにお前は少し巻きこまれたそれだけだ。シィギュンはちゃんと返す、だがもう少しだけ待て」

「そんなの・・信用できない」

「だろうな、だからこの数日だけ姉妹ゴッコを黙認してやったんだ。せめてもの情けってやつかな。恨むなら恨め、どうせ俺は地獄行きだがな」

そこで会話は終わりバッドラックは無言で去って行った。

「・・・・シュレット」

シュレットの前でシィギュンが止まる。

「シュレット・・・この数日本当に楽しかった」

シュレットはずっと下を向いたままシィギュンの声を聞く。

「姉さんと3人で居た時の事を思い出したわ」

「・・・・・・・・・・・・お姉ちゃん・・」

「でも、私は行かなければならないの・・これはもう決めた事だから」

「・・・・・・・・・・・・・・・・お姉ちゃん」

「あなたには辛い思いばかりさせてしまって・・・私は姉さんのように器用には生きられない」

「・・・・・・」

「結局ここにいても私はあなたを悲しませるだけだった・・」

「・・・・・・・・・・そんなこと・・」

「・・・行くわね、話していてもお互いに辛くなるだけだから」

「・・・嫌だ。嫌だよ。お姉ちゃん」

通りすぎようとするシィギュンの手をギュット掴む。

「・・もうここに居るのはあなたの姉ではないわ・・・ただ、出来すぎた姉の幻想に嫉妬するだけの女々しい女」

「・・・・・」

「もうすぐ世界は大きく変るわ。全てが終わったらまた会いましょう。それまで強く生きなさい。私のようになってはダメ」

優しく手をほどき歩き出す。シィギュンが行ってしまってもシュレットは見送らず下を見て立ち尽くしていた。




勇気の言葉 コンダクターサイド 〜了〜

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