勇気の言葉・メイデンサイド1


それは突然だった。いや、あの優夜っていうへっぽこ英雄が一緒に居たのがそもそもいけなかったんだと思う。

あとから聞いた話しだと、優夜の作った『あれ』に歌姫だけにさようする特殊な毒が混ぜられたそうだ。

「心配はいりません、すぐに私達がなんとかしてきます」

桜花はそう言ってくれたけど少し不安だ。特に優夜が着いて行くという辺りが・・。

でも、残された僕は人の心配をしている場合じゃないというのをすぐに自覚した。

「びええ、びええ」

うう、コニーちゃんが泣いてる。あやし方なんて知らないよぉ・・。

「シュレット・・お腹空いた」

ラルカちゃんに服を引っ張られる・・・お昼はさっき食べたばかりだってば・・。

というわけで僕は今、洗濯物を両手に抱え、コニーちゃんを背中におぶってラルカちゃんを半ば引きずりながら宿屋の2階をベランダに急ぐ。

ブラーマさんとルルカとベルティは寝込んでいるので必然的にこういう状況になる。

宿屋には長期滞在のお願いとお金を払ってほとんど我が家同然の生活。

だから今はこうして洗濯しているわけ、3人はずっと意識が無くて汗をかきつづけているので衣服を取り替えては洗濯の毎日、まだ2日目だけど。

もちろん量も半端じゃない、かなり大変だけど僕は全然平気だった。

「ご苦労様、シュレット」

真っ青な空に真っ白な洗濯物が干されている。洗濯物の影に背の高いシルエットがテキパキと動くいていた。

「大丈夫だよ、お姉ちゃん。次、何手伝う?」

だってシャルシェラお姉ちゃんが居てくれるんだもん。


      ※      ※      ※


5年ぶりだった。

二人が歌姫になるためにポザネオ島に行ってしまって以来、

正確に言えば、少し前にも一度会ってるけどそのときは別の名前を名乗って僕と距離を置いていた。

『シャストア・シィギュン』僕達の姉、つまりはシィギュン家の長女の名前。

理由は今も教えてくれない、たぶんシャストアお姉ちゃんに何かがあったんだと思う。

2回目に再開した昨日もシャストアと名乗っていた。

でも今のこの時だけは僕のお姉ちゃんでいてくれている。

前に会った時とは大違いで最初は僕の方が少し戸惑ってしまった。

みんなには悪いけどずっと今が続けばいいとさえ思った。

後はあのへんな中年さえいなければ完璧なんだけどなぁ・・。



      ※      ※      ※



「シィギュン!酒!」

みんなで夕食というタイミングで宿にあの中年が戻ってきた。

『バッドラック・ザ・エンフォーサー』100%偽名なのは間違いない。

突然倒れたベルティ達の対応に困っている僕達を助けてくれたのは認める、認めるけさ・・。

「おい中年!お姉ちゃんは1日動いて疲れているんだから、自分で何とかしろよ!」

気に入らない、理由はうまく言えないけど気に入らない。

「るさいなチビスケ。こちとらいろいろ飛び回ってクタクタなんだよ」

知るか!そもそもあれだけ今回の事態に詳しければ自分でなんとかして欲しいと思う。

「どうせ、くだらない悪巧みでもしていたんだろう」

「わかる?実はそうなんだ」

なんてふてぶてしい・・・優夜が居なくてもこれじゃあ全然変らないじゃん。

お姉ちゃんはお姉ちゃんで何も言わずにお酌しているし・・。

「シュレット、食べないならもらっちゃうよ」

僕のテーブルの前からお皿が消える。おおぅ・・ラルカちゃんそれは僕の好物の炒め物。

「きゃっきゃっ、あう〜」

コニーちゃんは僕の膝の上に座って大暴れ中・・・。

もう何がなにやら・・。

「シュレット、疲れているんでしょう?上のみなさんの様子を確かめたら先に休みなさい。二人は私がみているから」

いつのまにかお姉ちゃんがコニーちゃんを抱き上げる。

「あ、うん、そう、そうだね、ちょっと診てくる」

一人で浮かれたり怒ったり疲れてたりしてるけど、

やっぱりこの状況はベルティ達が苦しい思いをしている上に成り立っている事を忘れちゃいけない。

お姉ちゃんとゆっくりお話ししたかったけど振りかえらずに階段を上がった。



      ※      ※      ※



まずはブラーマさんの部屋に入る。

いっつもレグニスさんとの距離をやきもきしながら行ったり来たりしているブラーマさん。

今は随分穏やかな寝顔で呼吸も規則正しい。

薬草を取りに行く時のレグニスさんは相変わらずの無表情だったけど、

黙々と歩いていく後姿はブラーマさんのため行動なんだと思うと少し羨ましかったりもする。


続いてルルカの部屋、

病弱って言ってたけど、優夜とのやりとりを見る限り最近それは嘘なのではないかと勝手に思っている。

ハリセンを振りまわして優夜を追う姿は間違いなく僕よりも元気だ。

でも今はあまり顔色が良くない、ルルカにとってはこうしている時間は長かったのかもしれないけど、

いたたまれなくてとても長い間は見ていられない。

優夜ももっとこうした本当に困っているルルカを見るべきなんだと思う。

もしかして、僕の知らない所でちゃんとフォローをしているのだろうか?

そういう事がちゃんとないと僕だったら付いて行けない。

でも優夜だしな。無いな。きっと、うん、あるわけない。

それでも付いて行くルルカは僕よりも強いと思う。

ルルカ、早く元気になってね。またどこか遊びにいこうよ、優夜抜きでさ。


・・・・・で、ベルティの部屋というか僕と桜花達も泊まっている部屋なんだけど・・。

「・・むにゃ・・・もう、食べられない・・・・」

あのねえ・・先の二人は病に伏せっていてあんたも同じ状況なはずなんですが・・。

定番すぎるし・・・なんだろうねこの女優夜は・・。

腐れ縁でここまで来ちゃったけど、こんなへッポコでも歌姫がやれるのだから母姫様も寛大な方だ。

まあ桜花っていう立派な英雄が宿縁なんだからバランスは取れているのかな・・・たぶん。

ベルティもね〜黙ってれば綺麗なんだから男を引っ掛けるなら、
もう少しやりようって物があると思うんだけど・・。

残念!宿縁の方が綺麗ですから!なんてね・・。

桜花は桜花でベルティの事をとても心配していたな、あの二人正反対の性格なのに仲いいんだよね、
ああ、反対だからかな?

でも桜花はやっぱり自分の居た世界の事が気になってるみたい、あんまり口には出さないけど。

一度その世界の話しを聞いた事があったけど僕は途中で寝ちゃったからよく覚えてない。

ルルカから後で無理矢理聞いたけど、やっぱりあちらに気になる人を残してきているらしい。

桜花が気になる人だから、きっとすごくカッコ良くって桜花以上に出来た人なんだろうなぁ。

いろいろ考えていたら時間がだいぶ経っていたらしい。
ベルティのだらしない寝顔を見るのも飽きたので部屋を出てドアを静かに閉じる。

英雄と歌姫、千差万別十人十色、いろいろな関係があるけど、あの中年とお姉ちゃんの間には何があるんだろう。

「おい、チビスケ」

「!?・・」

バッドラック・・この中年、いきなり後ろから声をかけるなよ・・。

「なんだよ、僕はこれから寝るんだから」

「まあそう邪見にするな、面白い物を見せてやる」

こいつ・・人の話しを聞いてないな。

「ぼ、く、は、こ、れ、か、ら、寝るの!わかる、疲れてんの。誰かさんがほっつき歩いているおかげでね」

「最新式の絶対奏甲なんだがなぁ〜」

「・・え!嘘!マジ!」

ああ、機械に弱い僕。こいつには関わらないと決めたのに・・。

「おう、まだ出まわってない装備付きだ」

「・・・・・・!?」

ちくしょう、人の足元見やがって。

「どうするチビスケ、疲れてるんなら無理にとは言わないが・・」

この言いかたが多少癪に障るけど・・。

「じゃあ、ちょっとだけ・・ちょっとだけだかなら」

脆いな〜僕のプライド・・。



〜続く〜

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