勇気の言葉・メイデンサイド2


・・っで、結局付いて来ちゃったんだけど・・。

「ゼーレン・ヴァンデルング・・」

「なんだ、知ってたか・・つまらん」

暗がりに浮かぶ影は何度か見た事のある奏甲だった。

細部はだいぶ違う、それだけじゃ驚かないけどでも・・

「あの左腕の装備はなに?」

腕と呼ぶにはあまりにもいかつい何か、

「ああ、あれなA・I・V・I・S、俺はめんどいからアイヴィスって呼んでる」

「なんか趣味悪い・・何の略さ」

「『All Infight Visual Impact System』 略してアイヴィス。作った奴曰く接近戦最強の固体兵装だとさ」

「接近戦最強とは・・大きく出たねその人・・」

それだけ自信があるということだろう、僕だって何かを作り上げた瞬間は『これは世界で一番だ』って
思ったりするし。

「まあ、未完成でほっぽり出されていたのを持ってきただけだがな」

「何それ?」

「60%だそうだ、部品はほぼ組みこんであるから後は調整だけだし、どうだやってみるか?」

「はあ?僕が?なんで?」

このオヤジは・・寝耳に水ってこういう時につかうのだろうか・・後で桜花に聞いてみよう。

「短刀直入に言えばこいつが完成してないとやばい事態になる・・」

「何が来るっていうのさ・・」

「それはわからん、だがここいらでまともに動ける奏甲はこれしかない・・
 期限は3日、ここの施設は好きに使え」

「おい!僕はやるなんて一言も・・」

「おまえらの仲間を助けたければそれしかない・・3日後にまた来るわ」

それだけ言ってあいつはその場を後にする。

ふざけんなよ、何、勝手な事ばかり言ってるんだよ。

僕は絶対に、絶対に・・・あいつの言う事なんか聞いてやるもんか!



      ※      ※      ※



「シュレット、大丈夫?なんだか眠そうだけど・・」

「ん、うんん、何でもない、何でもないよ」

慌てて辺りを見渡す、宿の食堂だった。

そうだ、昼食を食べた後お姉ちゃんとカタズケをしていて一休みしていたんだっけ。

「シュレット、寝坊助さん」

「だぅ、だぅ」

あはは、ラルカちゃんに言われちゃおしまいだな・・。

「本当に大丈夫なのシュレット?」

「いや、うん、ちょっと夜更かししただけだから・・」

お姉ちゃんにまで心配かけちゃって・・僕ってダメだな〜。

「それより、ベルティ達の様子をみてこないと・・」

「それなら私が行ってきたからもういいわ」

「あ、そう、ごめん。僕の仕事なのに・・他にする事はない?」

「シュレット、遊ぼ、遊ぼ」

ラルカちゃんが僕の服の袖を引っ張る。

「う〜ん、でもな〜」

今夜もまたあそこに行かなきゃいけないし・・。

「そうね、少しみんなで遊びましょうか」

「お姉ちゃん・・いいの?」

「みなさんだいぶ安定していたし大丈夫でしょう、今はあなたの方が顔色が悪いぐらいよ、シュレット」

「ああ、あ、そう」

そんなに酷いかな僕の顔・・。



      ※      ※      ※



昼下がりの空に背の高い雲が真っ直ぐに天に伸びていた。

宿の端の草むらでラルカちゃんはボールを転がしている。

ラルカちゃんが蹴ったボールお姉ちゃんが追いかけて優しく投げ返す。

僕は草むらのはずれにある木の木陰でぼんやりとその光景を眺めていた。

コニーちゃんは僕側の揺り篭で寝息をたてている。

本当にこのまま時間が止まればいいのに、

お姉ちゃんが居て皆が居て、平凡だけど楽しい日々。

今この世界が大変な事になっているなんて信じられない。

たくさんの人達が殺しあっているなんて信じられない。

少なくともここは、この風景だけは平和そのものだ。

争いなんて面倒臭いだけだと思う。

みんなこうしていれば楽じゃないか、なんでそんなにせかせかと人を不幸にしようとするのか、

自分と自分の周りが幸せならそれでいいのではないのか?

ふと空を見る、一筋の雲が線を作る。

遅れて微かな奏甲の機動音が聞こえる。

あれは奏甲だ、それも聞いた事のある音。

まさか・・オストヴェント、フェイルさん!?

ラルカちゃん達も気が付いたのか空をずっと見ている。

雲の行き先を確かめる。音はどんどん近くなっていた。



      ※      ※      ※



「どうも、シィギュンさん。ご無沙汰してます」

違った。フェイルさんじゃなかった。でもどこかで見たな、誰だっけ?

「お久しぶりです忍様」

ああ、いつのかの歌姫を捜していた人か、

でも、なんでお姉ちゃんがそこまで頭を下げるかな、なんかムカツク。

「シノブ、シノブ。遊んで、遊んで」

「や、ラルカちゃんも居たんだ、元気にしてた?」

「ラルカは元気、でもみんな寝てるよ」

ラルカちゃんとも知り合いなんだ、改めて見るとなんか頼りなさような人だな。

「あそう・・シィギュンさんこちらは?」

そう言って僕に目を向ける。

「シュレット・シィギュン。私の妹です」

お姉ちゃんにそう言われるのが妙にくすぐったかった。

「へえ、シィギュンさんのよろしく、僕は新見忍、見ての通り機奏英雄です」

礼儀正しく手を差し伸べてくる、よく見るとなんとなくフェイルさんに似ていた。

「バッドラックさんに頼まれ事だったんですけど・・・シィギュンさん何かあったんですか?」

それからその忍という人とお姉ちゃんはずっと話し込んでいた。

しまった、奏甲の事を聞くのを忘れた。形は多少違うけど
あれは間違いなくフェイルさんのオストベェントだったんだよな・・。



      ※      ※      ※



夕食もそこそこに宿を抜け出した僕。

目的は・・あの中年の奏甲の整備だ。

あの奏甲はあいつのであるのと同じにお姉ちゃんが乗る奏甲でもあるのだ。

それを考えたら自分でやれる事はやっておきたい。

「どこに行くんだい?」

いきなり後ろから声をかけられる。

「誰!?おどかさないでよ・・」

「やあ、ごめん。そんなつもりじゃなかったんだけどね」

あれ、忍とかいう英雄さんじゃん。

「何、僕に何か用?」

「いや別になんとなく・・」

何だこいつ・・変な奴。まあ丁度いいや。

「ねえ、あんたが乗ってきたあの奏甲、どこで手に入れたのさ」

「奏甲?フィメル・メーヒェンの事?」

「フィメル・メーヒェン?・・あれはオストヴェントって言うんだ、フェイルさんのだぞ」

「オストヴェント?フェイルさん・・さあ僕は知らないな、そもそも軍で支給された物だし」

「軍?軍ってそんななりであんた戦争やってんの?幾つ?」

「14だよ」

「14!?あっきれた、僕より年下じゃん」

「戦争やるのに年は関係ないでしょ」

「そりゃ・・そうだけど・・」

「ようは人を殺めるかもしれないという覚悟を必要とするほどの何かが
 自分にあるかどうかだと思うよ・・まあ、それを気にしない人は論外だけどね」

何だかな・・そういう達観した所はフェイルさんに似てるけど・・。

「ああ、それよりも君の奏甲ちょっと見せてよ、僕の知り合いの奏甲に似てるんだ」

「別に構わないけど」

それに、もう少しこの人に聞いてみたい事も出来たし、一応桜花以外でまともそうな機奏英雄だしね・・。


      ※      ※      ※



なんだか都合よく中年の奏甲の横に置いてあるし・・。

「う〜ん、よく見たら確かに同型であって僕が手を掛けたものじゃないな・・
 量産用に所々簡略化した部分がある」

それはものの5分しないでわかったけど。

「すごいね、そんなことまでわかるんだ」

忍君は素で感心している。ほんと今までにいないタイプの人だ。

「まあね、これでも腕は確かだよ」

自我自賛・・じゃなくて問題は、

「なんでこれの設計図が『白銀の暁』に流れたかがわからない」

「そんなの僕だってわからないよ」

そりゃそうだよね・・でも設計図事態はあったんだから流れようは幾らでもあるか、

それにフェイルさんが関わっていないで欲しいと思うのは僕の勝手な願望かな・・。

やっぱりこの翼は自由に飛んでいて欲しいと思うんだけど。

「好きなんだね、この奏甲が・・」

「ん、まあね、大元は僕らで完成させたわけだし」

「そう・・・なら僕の方からも聞いていいかな?」

「答えられることならね」

「この奏甲を作るのにどれくらいの費用がかかると思う?」

「そうだね・・ちゃんと量産性を考えて作ってあるから、
 同じ飛行奏甲でもカノーネ・オルケスタよりは掛かってないはずだよ」

「そっか、じゃあ、これにエース級の奏甲建造費用が掛かっているって言ったらどうする」

「そんなのありえないよ、元のオストヴェントでもおつりがくるんじゃないかな・・って
 それほんとの話し?」

「ほんとの話し。でも秘密だよ、ひょっとしたら白銀の暁の内部騒動に繋がりかねないからね」

おいおい勘弁してよ、そんな危険な話しを平然とするなんて・・。

「大丈夫、僕や信頼できる人達が調べている所だから、君達自身や君達が創った翼に泥を塗るような事はしないよ」

「あ、あそう」

なんだか拍子抜けしちゃう、僕の生きるすぐ脇をとんでもない事が素通りしていく感じがした。

この人が平然としてるから実感無いけど・・。

「さてと、僕はもう行くね。明日の優夜さん達と合流してまた戻ってくるよ、
  シィギュンさんから話しは聞いたけどいろいろ大変なんだってね」

「あ、うん、まあね」

そっか、この生活ももう終わっちゃうんだ・・。

「じゃあね、おやすみなさい」

それだけ言って忍君は外に歩き出す。

「あ、あの」

反射的に声がでちゃった。何かもっと聞きたいことがあったんだけど・・。

「・・・・?」

「あ、ありがとう」

何に対してなのかは自分でもわからない、英雄と歌姫の事とか、こっちの世界に来てしまってどう思ってるかとか、
あの中年とお姉ちゃん関係をさぐるためにいろいろ参考にしたかったんだけど・・。

うまく言葉にできない、何か聞いちゃいけない気がする。

ずっと黙っている僕を見て忍君はニッと笑って手を振りながら去って行った。



      ※      ※      ※



「シリンダー部のクリアランスOK・・フルサイクル時の強度の再計算OK・・」

そのまますぐ僕はアイヴィスの調整をはじめた。

この奏甲は持ち主に似てかなり変っていた。

背中には以前大型の大砲が付いていたであろう砲身の根元がそのまま残っているし、

僕が今いる場所、火気管制要員のためのサポートシートまで備え付けてある。

つまりはこの奏甲3人乗りが可能なのだ。

でも、それほど複雑な兵器を作る必要性がどこにあるのだろうか?

一機の奏甲に過剰な火力の集中はあまりメリットはないと思うけど・・。

「ふう、これでだいたいOKかな・・」

歌姫も英雄もいない状態では機械的な部分しかみることはできないけど、頼まれた事はだいたい完了。
欲を言えば動かして実測値をだしてみたいんだよね職人としては・・。

・・・と、急に奏甲に火が入る。

「シュレット・・こんな所でまた無理をして・・」

サポートシート脇の伝声管から聞きなれた声、

「お姉ちゃんなんで・・」

「忍様から聞きました」

オウシット・・口止めを忘れていた。

「私も手伝います。その方が早く確実に済むでしょう」

「でも・・お姉ちゃん疲れているんじゃ・・」

「大丈夫です。これは私とあの人が生き残るために必要な物ですから・・」

そんな言葉・・お姉ちゃんの口から聞きたくないな・・。

「ねえ・・・宿縁ってそんなに大切なの?」

しまった、と思ったけどもう遅い。しばらく沈黙の後・・。

「・・・シュレット、私とあの人は宿縁ではありません」

「・・・・・な、え、ええ!?」

完全に気が動転した。

「私とバッドラック様は宿縁ではないのです」

「そんな・・嘘でしょお姉ちゃん・・」

「本当です、二人ともそうしなければいけない事情があるのです」

「・・・・わからないよ、全然わからないよ。何で宿縁でもない奴にそんなに一生懸命なんだよ、
 お姉ちゃんはそんなにあの男の事がいいの?あの男はそんなにお姉ちゃんを大切にしてくれるの?」

言葉が自然に口から出てくる、止めようと思ってももう自分でもどうする事も出来ない。

「・・・・そのどちらでもないわ、私とあの人はお互いを利用しあっているだけ、
 私は姉を捜すため、あの人は真実と未来のため・・
 利用価値が無くなればお互いにいつ見限ってもおかしくないわ」

「・・・・・・聞かせてよ・・シャストア姉さんの事・・」

僕はとにかくこの話しから逃げたかった、少しでも別の話題にしたかった。

「あの人と私はポザネオ島で同じパーティに居たの、その中にシャストア姉さんも居たわ、
  全ては順調だった。あなたも知っているとおりシャストア姉さんは優秀だったし姉さんの宿縁の英雄も立派な方だったわ、
  あの人も自分の歌姫を大切にしながら、私も自分の英雄を大切にしながらそれに付いて行った。
 でもある時、一人の英雄の裏切りによってパーティは全滅したの、私とあの人を残して・・」

「裏切った英雄の名はバッドラック、シャストア姉さんの宿縁の英雄よ・・
 バッドラックと共に姉さんも何処かに消えてしまった、残された私とあの人は彼等の真意を知るために名を偽ることにしたの、
  生き残ったのはバッドラックという名の英雄とシャストア・シィギュンという名の歌姫だけという事にして、
  シャルシェラ・シィギュンとケイン・アプストラはその時死んだのよ」

「私のことを姉さんと間違えて接触してくる人間を手がかりにして、今日までに現世騎士団が関わりがある所までは突き止めたわ、
  でもその先は全く・・私達のしてきた事はこれが全てよ」

なんと言えばいいのだろう、全然言葉見つからない。

そろぞれの宿縁の死を乗り越えて、自分たちを裏切った人間の名を騙り、当人達のように振舞う。

きっと二人は信じているのだろう、何か理由があるのだと、憎いだけでこんな事をする説明がつかない・・
いや、それだけであって欲しくないと僕自身が思う。

お姉ちゃんとあの中年は消えてしまった二人にこうであって欲しいという願望を投影して、今まで過ごしてきたのではないか、
それだけ二人は消えてしまった二人を信頼していたのではないかと思う。

ましてやお姉ちゃんは相手が姉妹だ、そんな事を信じたく無いだろう。僕だってそうだ。

そのとき、今一番会いたく無い人物が現れた。

「いよお・・・丁度いい感じにスタンバッてるじゃねえか・・」

ケイン・アプストラ・・いや、バッドラック・ザ・エンフォーサーは身体のそこかしこから血を流しながら現れた。


〜続く〜

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