”ten years after” 『スネ―ク・フット・01』



かってその世界を巻き込んだ大きな戦争があった。
人を、物を、思いを、全てを呑みこんでいったそれは人と大地に深い傷を残し、
『英雄大戦』という名で歴史に刻みつけられた。

それより10年、ある者は傷を癒し、ある者は傷を深め、ある者は傷を忘れた。


「・・当時のインゼクテン・バルト、シュピルドーゼの識別呼称『ルインズ8』において行われた
 両軍の作戦行動について、白銀の暁は極秘裏に『ラスト・エピソード』なる作戦を発動、表向きは
 一部穏健派による敗戦時に『白銀の歌姫は過去の亡霊に操られていた』とする理由を打ち出すための
 スケープゴートを作る事・・しかし蓋を開けてみれば作戦指揮官ジェイド・カンクネンは当該
 戦力を用いてクーデター画策・・シュピルドーゼ側の介入や一部白銀の暁の特殊部隊の反旗により
 前後関係が不明のまま事態は収束、その後一部役職のある人間を除いてこれに関った人間は全て行
 方不明、白銀の暁の敗退が決定的になり一部残党の武装隆起もあったといわれるが詳細は不明・・」

私は読みかけの報告書越しに目の前の人物に目線を向ける。

「何かな?カルクライン君」

何が可笑しいのか目の前の人物は半笑いで腕を組みこちらを見上げる。

「この報告書、中途半端すぎませんか・・」

「そうだね」

「そうだねって・・これ概略だけですし、来週中までに上げなきゃいけない資料じゃないですか」

「うん、実は先日飼い猫が残りを滅茶苦茶にしちゃってね・・」
「始めて聞きましたよ、猫を飼っているなんて」

「うん、僕も初めて話した」
「・・・・・」
この人はまったく悪びれていない。

「・・・で、相談なんだけ・・」
「お断りします」
言いかけた声に被せるように否定する。

「でも気になるだろ?」
ペースを崩されたにもかかわらず上目使いで見上げてくる。

「お断りします」
他の人はそれで頷いてしまうようだけど私は違う。

「僕、来週から上に頼まれて出張らなきゃならないんだよね・・」
「・・・・」
違うはずなのだ・・。

「ほら、僕って白銀の出身だからさ・・上の偉いさんからやっかまれるんだよね、それに・・」
「わかりました、わかりましたから!他のスケジュールを調整してみます、私も抱えている
 仕事があるんですから・・」
この人は困るといつもこれだ。


「助かるよ、戦後10年なんていうけど開示された情報なんて、
 それこそ雀の涙程度、そのなかで急にこれだからね・・」

「やはり来月に予定している平和式典の影響ですか?」

「まあそんなところ・・それと式典は再来月に延期になったから、会場は予定通りだけど出展する玉が
 足りないらしいよ。一部の偉いさんは失業問題が解消できるって喜んでたなぁ・・」

「また・・あのとんでも市長ですか・・」
去年エタファの領主になったお腹だけ立派な元英雄だったモノを思い出した。

「僕は好きだよ、ああいうの・・。まあこうい知ってはいるけど全容までは誰も掴んでいないのがあの英雄戦争だ。
 なんとか復興してきているからね、ここいらであれを総括したという形がも欲しいのだろうね・・」

「誰が誰にですか・」

「僕達が・・後の歴史に・・かな」


      ※      ※      ※


「・・で、それを聞いて先輩は母性本能を刺激され助けてあげなければと思った。と・・」
「変な事を言わないでちょうだい・・」
仕事が終わり自宅に戻った所で同居人にからかわれる。

「え〜だって先輩の上司ってあのバッドラックさんでしょ?今時あの若さでフリーの人なんて居ないですよ〜」

テーブルに顔を投げだしただらしない格好で私を見上げるのはメスタ・ラトリック。
学生時代ヴァッサマインの『琥珀の塔』の管理助役であり私の義姉でもあるアーデルネイドさんの所で
一緒に学んでいた後輩だ。

「あの人は少し変わっているのよ、元最年少英雄だがなんだか知らないけど・・
 自分の立場や力量を全て理解したうえで何もしない、昼行灯もいいところだわ」

義姉の口利きでエタファに来て半年、私は街の私設警備課に勤めている。
ヴァッサマインは居心地の良い所だったけれどいつまでも義姉に頼ってはいられない。

その事を率直に相談したところ・・
『ならば良いところがある。若いうちは広い世界を見てくるのがいいだろう』
と、その場で働き口と住む場所の紹介を書いて寄越した。

ヴァッサマインの一研究者でしかない義姉が何故エタファの私設警備課へのコネとその近隣の建物の権利書を
持っているのかは謎だったけれど・・
『今そこを管理ができる者が居ないんだ、ついでに頼む』

大通りから少し入ったところにあった2階建てのその建物は、
1、2階で4部屋に大きく分かれていてどちらかといえば
小さなアパートと言った方がいいものだった。

「そんなこといってぇ〜本当はまんざらでもないんじゃないですかぁ〜」
「メスタ・・それはあなたの主観でしょ・・」

3ヶ月経ち仕事にもこの街にも慣れてきた頃、このメスタ・ラトリックがふらっと尋ねてきた。
『アーデルネイドお姉様の紹介でやってきました。よろしくお願いします先輩♪』
そこには教師になることを夢見ていた瞳はそのままに、少し大人っぽくなった彼女がいた。

『アコルト歌術学院で未来の歌姫を育てるのが私の目標です!』
その教員試験のためにこちらに来たという、これも慢性的な人手不足と
表面上の他国間の協力体制規定が生み出した状況だ、戦前ではまず考えられない。
そんな世界の情勢などお構いなしで彼女は夢の階段を現実的に登っているようだ。

「そりゃランシアお姉様には昔から思っている人がいるのはわかりますが・・」
「・・あれは、子供の時の話よ」

義姉に引き取られる前の事はほぼ覚えていない、唯一残っている記憶はには大きな手と優しい眼差し、

「でも、いつも持っているんですね、それ・・」

私の胸元にかかるアクセサリーを指差す、
2羽の片翼の鳥がお互いを支え合っているレリーフ。
裏には私の旧姓である、ランシア・ストラトスの名と対にもう一つ・・

ロムロ・ブレイザー

20歳の誕生日(といっても義姉が決めてくれた日だけど)にくれた物。
『あの戦争の時、君の傍らに一人の英雄が居た』
その短い言葉はあいまいな記憶しかない私をつき動かすのに十分だった。


      ※      ※      ※


「よはこともなし、か・・」

昼、エタファのメインストリートに通じる広場は人でいっぱいだった。

『休憩に外へ出るなら、お願いしたい事があるのですけど・・』
真面目な部下のランシア君から頼まれた買い物は既に終わっている。
ちなみに休憩時間も既に30分ほど過ぎている。

休憩時間返上でいろいろ捜し回ったのだこれぐらいは勘弁して欲しい。
棒のようになった足を引きずり備え付けのベンチにだらしなく寄りかかる。

「さぁ〜て、疲れた時は甘いもの〜」
買い物袋から屋台で買ったパイを広げる。
ルリルラ風という謳い文句のそれは疲れを忘れるのに十分な甘さだった。

「そういえばあそこには行ったことなかったな・・」
たくさんの仲間と文字通り世界を回っていた10年前、つい昨日のように思い出すことができる。

いい事ばかりではないけど、おおよそのことは笑って話せるようになった。今でも交流のある人達もいる。
「・・レグニスさん達エタファに来るって言ってたな・・」
だいぶ前に会って以来だけど、既に2児の父親だという。
シルキーちゃんと言ったかなコニーちゃんが抱いていた小さな生命を思い出した。

『君もいい歳なのだから、そろそろ落ちついてもいいのではないかな?』
冗談めかしてブラーマさんにそう言われたのを思い出す。

「僕は・・そんな柄じゃないしな〜」
案外、声を掛ければ簡単にあの人は頷いてくれるかもしれないが・・
お互い一人の方が気が楽だと思っているのもまた事実。
きっとあの人も背負っている物で今は一杯一杯なのだ・・だぶん。

「そうね・・あなたに幸せなんて似合わない・・」
反対のベンチから呟きが漏れた。何でもない言葉だが自分に向けられたものだと気が付く。

「?・・・今年は、早かったね・・」
振りかえらずに言葉を返す、あからさまな殺気が背中越しに伝わってきていた。

「あなたが忘れているだけ・・それとも名を捨てて全てを無かった事にするつもりかしら?」

「そんなことはないさ、しかしもう10年だ。そろそろ相互理解を深めるべきだと思うけど・・」
「・・まだ10年よ、安心していいわ。
 あのときよりも憎しみが増したぐらいよ、バッドラック・ザ・ソードフリークス」

抑揚の無い声に僕に唯一残った名前が紡がれる。

真後ろに座っているであろう女性。かっての仲間であり、
今は僕を殺そうと毎年同じ時期に現れる魔女。

「はは、それはまた熱烈な思いいれで・・」

彼女は優秀な歌術の使い手であり、それ以上にその血に流れる魔女の力を毎年惜しげも無く僕に披露してくれる。
今ここに僕がいるのは人並み以上の身体能力のおかげだがそれも年々低下しつつある。
そろそろ決着をつけるべきなのだろうお互いに・・。

「あなたがした事を考えれば足りないくらいよ・・」
「そうだね・・そうだと思う・・」
正直に言えば戦争終結前後の記憶はない。それ以前に僕はこの世界を諦めていたのだ。
僕の中の一人に全てを任せ誰も居つけない場所で眠るつもりだった。

しかし、世界は終わらずに再び僕はこの場所にいる。

「・・逝き遅れた物語に興味は無い?」
「そんなことはないさ、これでも責任を感じてる」

そう、まだ僕達はここに生きているんだし・・。

「終わらせるよ、綺麗には収まらないだろうけど・・」
「あら、ここで始めるの・・私は構わないけど」

辺りに目を向ける、暖かな日差しと喧騒があった。

「いや、もう手加減できるほど余裕は無い」ここで遣り合うわけにはいかない。

「そうね、私も同じ事を考えていたわ」

周囲に目を向ける、こんな時のために使える人間を常時数人配置してある。
こちらほどではないが彼女の魔力も年々低下している。
今なら最小限の被害で取り押さえられるだろう。

「大人しく捕まってくれないかな、マリーツィアさん・・いや怪盗『新月』」

どうゆうつもりで昼日中に姿を見せたかしらないが、この機会を逃すわけにはいかない。
手を振りかざしまわりに合図を送ろうとする。

ズズン、鈍い音が響いた。
「な・・」

建物の影で見えないが遠くから黒煙が上がっていた。
更に鈍い音が断続的に響く、煙は二つ三つと数を増やしていく。

「行ってあげた方がいいわよ、でないとそのパイを口に放り込む間に慰霊碑に刻まれる名前が増えるわ」

経ち尽くす僕と涼しげな顔の彼女、周囲の人々も戸惑い不安げ空を見上げていた。

「ちぃ、くそ」
周りの部下を現場に向かわせ、もう一度彼女を振りかえる。

「今日はほんの挨拶代わり、もう手加減できる余裕は無いの」

既に暗黙の取り決めは破られていたというのだろうか・・。
「マリーツィアァァ!!」

「あなたでもそんな顔するのね、それともそれもただの振りなのかしら・・」

彼女に一歩踏み出そうとする。

「バッドさん、こんなところに居たんですか!」
「ランシア君・・」
声の方に顔を向ける。

「今、他の人も現場に向かってます。バッドさんも早く!」
「だが、しかし・・」

再び彼女を視界に捕らえる。遠く離れていたが顔は薄く笑っていた。

「バッドさん!!」
「わかったすぐ行く!」
心の中で毒づきながら黒煙があがる路地に足を向けた。


戻る