”ten years after” 『スネ―ク・フット・02』
 

    

point of view 〜シングルアーム〜 


「気に入らん・・」

「・・は?」
テーブルの対面に座る男が何度目かの呟きをもらした。

「気に入らんと言っている」

朝独特の清々しい空気の中、オープンカフェでとる朝食。
ここ数日湿っぽい穴倉と不味い飯に飽き飽きしていたのは俺だけではないはずだったのだが・・。
目の前の男は腕を組みそっぽを向いたまま顔を合わせようとしない。

「せっかく一仕事終えたんだ、もう少し楽しめよ。なんなら彼女もこっちに呼ぼうか?」

視線だけ離れたテーブルに向ける、黒ずくめの女が静かにカップに口を付けていた。

「ふん!このガヤック、魔女などと一緒に卓を囲むほど落ちぶれてはいない」
「あっそ・・・」

女の反応が気になったが、一瞬カップを運ぶ手が止まっただけでそれ以上は何も無かった。

「おっさん・・力むのはいいがここは街中だ、もすこし静かにできないか?」
「魔女がどうとでもするだろうよ。わしは、貴様の言う『事後確認』とやらに付き合っているだけだ、
 すぐに戻ればいいものを・・・・」

「言うなよ、ここのウェイトレスは可愛い子揃いなんだぜ」
ガヤックは何も言わず一度向けた顔をまた戻す、ジョークは不発だったようだ。

「作戦の時間・・何故ずらした?」

ガヤックはこちらに眼を向けず呟く、
視線の先には昨日の俺たちの仕事の目標だったホテルのなれの果てがあった。

「何のことかな?」
「誤魔化すな、わしが陽動に出たすきに時間を遅らせたと聞いているぞ」
「年のわりにいい耳をおもちだ」

「シングルアーム!」
俺を睨みつけてきた。遊ぶのも限界のようだ。

「わかったよ、降参だ、だがちょっとまてって・・」
「まだ、はぐらかすというか!」
「ここは喫茶店で今は爽やかなブレックファーストの時間だ、
 迅雷の騎士様は礼節を重んじると聞いていたが?」

いい匂いを運んできたウェイトレスに眼を向ける。

「ふん」
ガヤックは鼻息一つでイスにふんぞり返る。
その態度に怯えながらウェイトレスはテーブルに料理を広げた。

「あの・・お客様・・」
「何かな?」
なるべく紳士的に答える。ウェイトレスの声に謝罪の意が含まれているのを感じた。

「申し訳ございません、お客様のご注文の品の一つが品切れでございまして・・」
「そう・・そいつは残念だ」

「食材の一部は向かいのホテルのレストランから卸していたのですが・・」
「ああ・・なるほどね・・」

「ま、いいんじゃない。風通しが良くなってさ」
「あ、はあ」

曖昧にウェイトレスが応える。



      ※      ※      ※ 



point of view 〜バッドラック ザ ソードフリークス〜


爆破事件から一夜明けた私設警備課のオフィス

「昨日の連続爆破事件ですが、実行犯と思われるメンバーを数名抑えました
 テロ行為と見て間違いなさそうです」

「あ、そう」日差しがまぶしい部屋でランシア君の報告を受ける。

「爆発は現在わかっているだけで3ケ所、
 他にも現場から眼を逸らすための陽動と思われる事故が数件報告されています」

「ん〜なかなか手が込んでるね」報告書に眼を落としながら耳を傾ける。

「エタファ中央防衛局は犯人を逮捕したことで静観の構えですが
 我々警備課には警戒態勢をしくようにと通達が降りるそうです」
「中央は高みの見物か・・また傭兵上がりを捨て駒に使うかねぇ〜」

私設警備課は名前のとおり、公的な機関ではない
言ってしまえば中央から認可をもらっているというだけの寄り合い所帯だ。

何故こんなことになったのか、理由は簡単、人手が限りなく少ないのだ。

眼に見える脅威が去って10年、あぶれた英雄は犯罪を犯す側と取り締まる側に回った。
それはこの大都市エタファも例外ではなく平和という字のルビには『戦争ではないだけ』と刻まれていそうだ。
それでも幻糸の減少でまともに扱える奏甲が無かったのは不幸中の幸いだったのかもしれない。
それも奇声蟲の存在おかげで5年ともたなかったけれども・・。

「他は既に動き出しているそうですよ」
「あそう・・まあ、いいんじゃないやる気のあることはいいことだ」
私設警備課はここを入れてエタファに四つ、それぞれ東西南北に受け持ちが分かれている。

「・・いいんですか?」
「何が?」
「受け持ちを度外視した、特A級の事件ですよ」
私設警備課同士の縄張り争いが多い中、中央はたまにこうしてお互いを競わせるような事をする。

「ランシア君、言ってることが少し不謹慎だよ」
「明日の私の生活がかかっているのです、ここで少しでもうちの評価上げておかないと・・」

ロムロさんの後ろでオロオロしていた娘が逞しくなったものだ。

「それには同意するけど、今から頑張ってもね〜簡単に尻尾はださないと思うよ」
「何故ですか?」

「死亡者が出ていない」
「それは・・いいことではないですか、あれだけ大きな爆発だったのに物的損壊ですんで・・」
「そう、あれだけ大きな爆発だったのにね」

「・・バッドさん、わざと死者の出ないようにしたと言いたいのですか?」
「だってさ、どっちが簡単だと思うよ?」
被害は3ケ所。港、ホテル、市場、どれも不特定多数の出入りが多い場所だ。

「それは・・ですけど、いえ・・それだと何が目的なのです?」
「さあ、捕まえて聞いてみれば、きっと常人には理解できない御高説を聞かせてくれるよ」

それにマリーツィアがどの程度かかわっているのかも気になる。
事件を匂わせる発言をしていたのだ、無関係ではあるまい。

「果てしなく投げやりですね・・」
「だって中央が投げやりなんだもん。どうせ『私設警備課が引っ掻き回して事件が大きくなってから・・』
 とでも思ってるんでしょ」
言って席を立ちコートを羽織る。

「何処に行かれるんです?」
「例の現場のホテルに友人が泊まりに来る予定なのを思い出した、
 どうせ相手がまた動くまで何も掴めないでしょう」

どちらにせよこの事件、必ず次がある。

「そうですか、昨日から寝てないのに元気ですね」
「・・何を言ってるんだい?君も来るんだよランシア君」
徹夜の女の子に言うセリフではないけど、僕は男女を平等に扱うことにしている。


      ※      ※      ※


point of view〜ランシア・カルクライン〜

「だから、これが正式な宿泊券で・・」
まず聞こえてきたのは女性の声だった。

「何か揉めてますね」
徹夜明けで最悪のコンディションなのになぜかこの人に付き合ってしまう、
多少言い訳を上げるならば、この人は普段動かないわりに外に出るといつもやっかい事を持ってくる。

それらが自分に掛かる被害を最小限にする努力と、最低限、身なりを小奇麗にしたいという感情を天秤にかけたとき、
前者が勝ってしまう時点で女として何か大事なものを捨てているような気がする。

人である前に女なのか、女である前に人なのか怖くて今は答えを出したくない。

「僕はもう一度現場検証をするからそっちは任せる」
そう言ってひょいひょいと瓦礫を上っていくバッドラックさん。

「あ、ずるい」
友人に会うって言ったのはあの人なのに・・。

「何かあったら言ってくれ」
そう言い残して奥へ消えてしまった。

仕方がないので声のする方に足を向ける。
「・・ですから、いくら正式なものでもホテル自体がこのありさまですので・・」
情けない声が聞こえてくる、バッドさんはこのトラブルを事前に察知したのだろう。

近づくと長い髪の子連れの女性が眼に入った。

「それはわかっている。私は何故代わりのホテルが用意できないのかと聞いているのだ」
「自分は現場の保持が任務でして・・そういったことは他をあたっていただけないでしょうか・・」
女性の剣幕に部下はかなり押されているようだった。

「どうしたの?」
「あ、補佐官。こちらの方がちょっと・・」
困り果てている部下に割ってはいる。

「責任者であられるか?」
「はい、第四私設警備課のランシアと申します」
するどい視線に営業スマイルで応える。

美人だ、怒ってはいるがそれすらもこの女性を引き立てているように見える。
多少気後れしたが私も戦う女で、ここは私の仕事場だ。

「ふむ・・丁度いい。実は私達はこのホテルに泊まる予定だったのだが・・」
「なるほど、それは災難でしたね」
四階建てだったホテルは既に原型を止めておらず無残な姿をさらしている。

「過去形にされては困る、単刀直入に言う。代わりのホテルを用立ててもらいたい」
「お話はわかりました。が、そういったことは中央防衛局にお申し立てください」

「役人の対応だな・・こちらは子供もいるのだ。あまり手間を取らせたくない」
「はい。ですが、私達には捜査の権限しか与えられておりません」

「被害者への対応は範疇外だと?」
「事故当時この場にいた人間は既に対応済みです」

「話にならん。上の者に会わせていただきたい」
「現場の指揮権は私にあります。意見がおありであれば私にお申し付けください」
そのまま数秒睨みあう。

私だってできればこんな態度はとりたくない。
だけど、同じケースの人はきっと他にもいるだろう。この人達だけ特別扱いはできない。

「ブラーマ、そのへんにしておけ」
男の人の声。

「レグ、しかしだなっ!」
事故現場の方から男性が歩いてきた。この女性の知り合いのようだ。

「・・もう話はついた」
「レグ・・それは・・」

「ブラーマさん、どうもご無沙汰してます」
何故かバッドラックさんが一緒にやってきた。

やはり、バッドさんとは一緒に外を歩くべきではないのだ。
そう思いながら二人が近づいてくるのを眺めた。


      ※      ※      ※


「なんで、私の家なんですかぁ!」
「だってここ、空室がまだあるじゃない」
この人の言うことはいつも唐突だ。

「無理ならばいいのだ。こちらも少し熱くなりすぎていた」
「そうです。ママはパパのこととなると人が変わります」
「ば、こら、コニー」
「わ〜こわいです」
「コニー、そうやってレグの後ろに隠れるのではない」
「俺は別にどこでも構わんのだがな・・」

もし今、幸せってなんでしょう?と問われれば間違いなく目の前の光景を推薦するだろう。

レグニス夫妻。バッドラックさんの友人なのだそうだ。
場所を私の家に移し(まだ勤務中)話を聞いていたのだが・・。

「いえ、今上司の横暴に意見立てをしているだけなので・・」
「まあ俺は構わんのだが・・」
そう言ってレグニスさんは家族に眼を向ける。

「ええ、お部屋を貸すのは構いません。だた横暴な上司に小言を言っているだけですから」
「すまない」
「いえいえ」

「そういえばアーデルネイド殿は元気なのか?」

「さあ、あの人のことですから・・」
「さあ、あの姉のことですから・・」
私とバッドさんが同時に答える。

「・・・・ふむ、大事無いようだな・・」
薄く笑いながらブラーマさんは妙に納得していた。


      ※      ※      ※

point of view〜バッドラック ザ ソードフリークス〜


「・・安心した」
「何がです?」

深夜、まだ僕はランシア君のアパートに居座っていた。

「まだ、お前が生きている」
「そうそう簡単には死ねません、彼女のためにも・・」
女性陣は既に休んでいる。

「まだ、アーデルネイドとは会えないのか?」
「会えませんよ、お互いを人質にとられているようなものです
 まあ、逆に言えば僕が生きている限り彼女は無事ですが・・」

「つらいな・・」
「もう一人の気になる人がいるので・・」

「気が多い男だ」
「マメなだけですよ」

「シュレットとベルティーナに会ってきた」
「ああ、去年あたりからエタファに来てるって話でしたね」
「なんだ、会ってないのか」
「会わせる顔がないですよ、大切な友人を現世に戻してしまったんですから・・」
「あれは桜花の望んだことだ、二人もそれはわかっている」

「でしょうけどね・・一時でも僕は三園喜司雄だったわけだし・・
 彼と一緒に桜花さんを行かせてしまったのは僕だ、彼女達にしてみれば敵みたいなものでしょ」

「そんなものか」
「そんなものです」

「なら、いい」
「何かあったのですか?」

「いや、今のところは何もな。わかったら教える」
「そうですか・・」

「おまえは、あの魔女やランシアの事を見ててやれ、
 去年のようには手助けはできん」
「ええ、毎年旅行としょうしてこっちに来てもらっている身でしたから
 こちらからは何も言えません」

「すまんな、だがお互いに・・」
「何かあれば言いますよ。仲間、ですからね」


      ※      ※      ※



一人で、夜の街を歩く。

『もう少し不器用に生きても、いいのではないのか』

別れ際のレグニスさん一言が頭の片隅でくすぶっていた。

だいぶ捨ててきたつもりだった。
既に僕は『新見忍』でもなければ『三園喜司雄』でもない、
ましてや『アーデルネイドの宿縁』でもないのだ。

だが、そうであったことは消すことはできない。
僕が自身を忘れても、この世界が僕を忘れるにはもう少し時間がいる。

彼女の中だけの僕になるまでには、少し派手に動きすぎていた。

「遅かったね、そろそろ来る頃だと思ってたんだけど」
路地に入ってしばらく進み、少し開けた場所に出る。

「あのレグニスという男は居ないのね・・」
後ろから声だけ返ってきた。たいしたものだ気配が全くない。

「さっきふられてきた。妻子持ちに関わらせるにはそろそろ酷だと思っていたし・・」
「そうやってあなたはもっともらしい理由を付ける、自分がいつも正しいと思っている」

「それぐらいの愚痴は聞いてもらってもいいんじゃないかな?」
「遺言にしては、様にならないわ」

「もとより、何度来られようと殺されるつもりは無いしね」
「慢心を・・そうやってあなたはいつも世界を見下している」

一瞬、風が止んだ。ためらわず横に飛ぶ。
「いつのまにテロリストと仲良くなったぁ!マリーツィア!」
「のうのうと日の光を浴びるあなたには、伝える言葉は無いわ」
自分の居た場所を衝撃波が通り過ぎた。

振り返る、彼女は目線だけこちらに向けていた。
「もう、私の夜を照らす月はない・・」




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