”ten years after” 『スネ―ク・フット・03』
 

point of view 〜ベルティーナ・アルマイト〜



今日の客の流れはあまりよくなかった。

「姉ちゃん、酒」

先月あたりからガラの悪い男が多い。流れている声を拾うと『平和式典』絡みの出稼ぎ組みのようだ。
この店のオーナーにしてみれば、私が転がり込んできたころの閑古鳥に比べて幾分ましなのだろうけど。

バカ騒ぎから目を背けて、明かりで揺れる影を見ていると
ガシャっと、目の前に並々注がれてたエールのジョッキが置かれる。
「何?」
目の前の無口なマスターを睨む。私はそんな安い酒は飲まない。

マスターは奥のテーブルに顔を向ける。どうやら客に持って行けということらしい。
「私は、ウェイトレスじゃないよ」
そう、歌うために私はここにいる。
場末の酒場で純粋に歌を歌うだけの女。それが今の私だ。

そんな私の孤高の精神を汲み取る気など無いのだろう、無言の視線はずっとこちらに注がれる。

「わかったわよ、置いてくればいいんでしょ」

マスターだって、あんな酒の飲まれ方は不本意なのだろうに、持って行くそらからカラになるジョッキを見ると
味も何もあったものじゃない。
酒は楽しんで飲んでもらいたい、態度には出さないがマスターは意外と客を選ぶ、そのことに気が付いたのは最近のことだ。

しぶしぶ酔っ払いの席に、お酒を持って行く。
「お、なんだ、遅いぞ」
テーブルには三人・・体格が良過ぎてイスが小さく見える。ゴリラが酒盛りをしているようだ。

「どうぞ・・」
動作も声もなるべくフラットにしてテーブルにジョッキを置く。
要件だけ済ませてとっとと退散しよう。

「なあ、姉ちゃんこっちに座って一緒に呑めよ」
「ごめんなさい、ちょっと疲れてるから」
全力で遠慮したい。

「んなこと言わないで、さあ」
ふらふらと一人が立ち上がってこちらに手を伸ばす。

「ほんとうにごめんなさい、また今度来たら相手をするから」
伸ばされた手をやんわりと払う。野郎、馴れ馴れしく肩を抱こうとするな。

「大丈夫だって、俺達とたのしくやろうぜ」
そう言って、強引に肩を抱いてきた。

「・・・・たのしそうね、あんた達・・」
自分でも声が低くなったのがわかる。普段はこれくらい何でもないのだけど、今日は特別虫の居所が悪い。

「たりめえよ、こちとらやっとの思いでエタファに来たんだ。タダじゃあ帰れねぇ」
「そうだ、そうだ。わざわざこんな小洒落た街まできたんだ、稼いで遊ばな損だろうがよ」
息がくさい。暑苦しい。

「そう、だったらさ・・」さっき運んできたジョッキをとる。
「お、姉ちゃんそうこなくちゃな」

満面の笑みを浮かべる男の正面に立ち、笑みを返しながらジョッキを高く上げる。

「とっとと、これを呑んで帰りやがれ。ゴリラ野郎」

冷たく言い放ち、高く上げたそれを男の真上からゆっくりと垂らす。
男は何が起きたかわからず、呆然としていた。

「うまいだろ?最近流行りの呑み方だ。帰ってママに教えてやんな」
最初はきょとんとしていた男の顔が、みるみる赤くなる。

「てめぇ、このアマ!!」
とっさに掴みかかろうとするが遅い。所詮酔っ払いだ、床を蹴って距離をとる。

「ふん、この英雄クズレ。自分の女も満足させらないマヌケがいきがるんじゃないよ」
言って相手の出方を見る。ゆらゆらとおぼつかない足で三人が寄ってきた。

「・・・・」カウンターからマスターが空の酒瓶を投げて寄こす。
どうやらもめごとを早急に済ませろ、ということらしい。

「上等!」酒瓶の握りを確かめ、勢いを付けて床を蹴る。

よほど頭にきたのだろう。さっき酒を浴びせた男が先頭で飛び掛ってきた。
「捕まえて、逆らえないようにしてやる」

伸ばしてきた手を低い姿勢でかわし、
「そんな単純な発想だから、女に逃げられるんだよ」
足を払ってバランスを崩す。私だって伊達にあの戦争から今まで生きてきたわけじゃない。

「寝る子は育つってね!」
無様に転んだ男の頭に酒瓶を振り上げた、派手な音と共に白目をむいて男は動かなくなった。

「こいつ・・おい俺達を敵に回すと面倒だぞ」
「うるさいね、味方になった方が余計やっかいだよ」

「・・言わせておけば」
そうして第二ラウンドが始まろうとしたときだった。

「すまない。ここは酒を出す店だと聞いたが?」入り口に別の男が立っていた。

「ごめんね、今はこの酔っ払いに絶賛サービスタイム中なんだよ」
「おう、怪我したくなかったら回れ右して家に帰りな」
私と酔っ払いからの暖かい言葉も気にせず、男は店に入る。

「邪魔する気はないが、こっちも急ぎでな」
男が一人の酔っ払いの肩を掴む。

「式典会場の労働者か?明日も早いのだろう、肉体労働には十分な休息が必要だ」
のんきに呟きながら、男は振り返った酔っ払いに予備動作無くコブシを振るう。

「ってめ!」
「遅いな、だいぶ酔いが回っているのではないか?」
最後の一人の腕をそのまま締め上げる。

「いでででででで、は、離せ、この」
「離してもいいが、そこに寝てる二人を連れてすぐに帰れ。
 それと、いつまでもあの仕事が続くと思わないことだ」

「ち、くそ、覚えてろよ!」
「忘れはしない、何時でも相手になるから遠慮なく来い」

「・・・・・くそ、くそ!」
憮然と言い返され言葉を失った酔っ払いは、二人を引きずって店から出ていった。


「さて・・サービスタイムとやらはまだ継続中か?ベルティーナ・アルマイト」
何事もなかったように振り返る男、レグニス・ハンプホーンはそう言って金貨を投げてよこした。

「酒をもらいたい、ここはそういう店だと聞いた」
「ええ、ええそうよ。正確には美人の歌姫とうまい酒の店『セブンスブルー』
 まさか昨日の今日で私の隠れ家を見つけるとはね、さすが『夫婦の探偵さん』かしら?」

昨日シュレットの所で軽く挨拶をしただけだったけど、
一日で誰にも知らせていないこの店にたどり着くあたり、たいしたものだと思う。

「ただの暇つぶしの便利屋だ。頭脳労働はあいつで、動くのは俺、
 揉め事をいくつか解決してやったら、周りが勝手にそう呼ぶようになっただけだ」

「みんな羨ましいのよきっと、理想の関係ってところかしら?」

「そんなものか?」
「そういうものよ、変わらないわねほんと、だから続けてこれたのかな?
 ごめんなさいね、私ばかり喋っちゃって、何か用事があったんでしょ?」

「ああ、シュレットからこの辺の事ならおまえに聞くのが一番だと聞いてな・・」
「へえ、あのチビ・・もといあの子が私を、ねぇ・・」
確かにこの街に来て、酒場を歌い歩いているからいろんな噂は耳に入るけど・・。

「『ケーニヒ・フォン・ブリューテ』または『華の王』と呼ばれる人物に心当たりはないか?」

「知らない」

即答してからしまったと思った。少し気が緩んでいたのだろう。
これでは『知っています』と言っている様なものだ。

「そうか・・」そう言って彼はカウンターに金貨を数枚置いた。
「マスター軽めのやつを、少し長い夜になりそうだ」

彼と私の顔を見比べて、マスターは金貨を懐にしまった。



      ※      ※      ※



point of view 〜バッドラック ザ ソードフリークス〜


「静か、過ぎるな・・」

上がっている息を整える。歳はとるものじゃない。
マリーとやりあって路地に逃げ込んだまではいいものの・・。

「人払いの歌術?・・それとも、あのテログループが手助けをしているのか?」
いくら普段から人気が無い区画といえど、これだけ騒げば反応があるものだが・・。

『逃げても無駄よ、ソードフリークス』
耳元からの呟きにぞっとして振り返る。

「・・・幻聴か・・しかし・・」
誰も居ない。が、危険を感じてそのままの路地を出て闇雲に走り出す。
数瞬遅れて、隠れていた位置の地面が砕けた。

「遊んでいるのか!マリーツィア!」
『私は本気よ、いつだってそう・・あなただって同じ、そうでしょう?』
鈍い体に気合を入れる意味で叫んでみたが、意外にも返答があった。

「僕は、君ほど悪趣味じゃあない」
『よく言うわ、人を駒のように使い、捨てておいて・・』

「それにはついて弁解はしないよ、謝罪もしないけどね・・」
『いちいち勘にさわることを言う!』

今の彼女には何を言っても無駄だろう。

彼女の中の真実と僕の中の真実は、逢い入れないものだから、

走る側から、辺りの石畳が弾け飛ぶ。
気持ち間隔が狭くなっているような気がする・・。

そろそろ体力の限界が見えてきた頃、

「・・ソードフリークス」幻聴ではない、透き通る声が僕を呼ぶ。

彼女は目の前に立っていた。

綺麗だ。場違いの感想だがそう思う。
黒いドレスに揃えたような腰まで伸びる黒髪、それらから浮き上がる白い肌と照り返すレイピア。
そして僕を射抜く目がそこにあった。

「やあ、もう終わりかな?」
「ええ、終わりよ。あなたも、私も」


      ※      ※      ※



point of view 〜レグニス・ハンプホーン〜


「・・ふむ」酒場を出て、振り返る。

たいした収穫はなかったが、状況の外堀は少しづつ埋まっている。
手間ばかりかかるが、あいつなら『情報は足で稼ぐものだ』と、俺を叱咤するだろう。

それは構わない、今回は特に動く時は極力一人と決めていた。

「こちらから、奴に助力を求めるのも・・な」
今はバッドラックと名乗るあの男が、この事態を知ったらどうするのか、
考えるまでもないのだろうが、すんなりと事を運ばせる気の無い自分がいた。

最後にはあの男に行き着くのだ。
こちらなりのアプローチを出来る限りとっておきたい。

「直接、会って確かめたいのだろうな。俺は・・」
口に出したが、それも違うなと思った。

視線を人通りの無い路地に向ける。
既にかなり夜もふけている。

思考は、延々と回りくどい理由を並べるだけだった。
先ほどのまでのベルティーナとの会話が、自分なりに応えたのだろうと
それらしい理由に行き着くことができた。

俺が掴んだのであろう、相対的な幸せは、
ベルティーナにとっては痛みにしかならない。
それでも笑みを返す彼女の強さは、連れ添った宿縁ゆえのものなのだろうと思う。

何も変わらず、寄り添う者がずっとそこにあるだけというの事実は
それだけで十分に値するものだ。


point of view 〜ベルティーナ・アルマイト〜


眼下では今だに戦いが続いていた。

「あれは長生きをしないね」
あえてその声を無視する、もともと私に聞かせるためでもないのだろうし。

「はて、ここに来て10と余年、あやつは何を学んだのだろうの?」
その声はこちらの反応を気にせず続いた。

横に並ぶそれは、風になびく髪を払わず口を歪ませていた。
横顔を一瞥し視線を戻す。女は剣を振るい、男はギリギリでかわしながら相手の様子を伺っている。

「ときにベルティよ、今夜はもう、出掛けないものと思っていたんじゃが」
「気が変わったのよ、レグニスさんにまで感づかれたんだから、なりふり構っていられないわ」

「好いておったのか、なかなかの腕の男よの?」

「そんなんじゃないわ、ただの憧れよ。あんたやあの男には絶対にわからないでしょうけどね」
「そう邪険にするでない、ワシにもそうした頃はあった」

「そう?まあ、いいわ。さっさと挨拶してらっしゃい。あの間抜面がどう変わるのか見物だわ」
「ふん、言われなくともそうするわい」
言葉の終わらないうちにそれは、中空に身を躍らせた。

風の音だけが耳に残る。

「忍君、悪いけど桜花はかえしてもわうわよ」


point of view 〜バッドラック ザ ソードフリークス〜


「桔梗!」
上から叫びと共に何かが振ってきた。

慌てて飛び退く、マリーも突然の乱入者に警戒を強めている様だった。

髪の長い、多分女なのだろうそのシルエットは長い刀を振り下ろした体制で止まっていた。

「邪魔を、するな!」
マリーが沈黙をやぶって女にレイピアを突き出した。

「菖蒲!」女の左手にもう一本刀が握られていた。

「剣を退け、今の主はこの男には勝てない」
「何を・・」

注意が完全に削がれたのを確認して、隠していた短剣を繰り出す。

「貴様もだ、小僧!」

マリーに繰り出したはずの短剣は、女の右手の刀で防がれていた。
腕が痺れる、いくら押しても女の刀はピクリとも動かない。

「双方、剣を退け。このままではよくて相打ち、勝ったとしても負った傷で長くは生きまい」

「あんた!」
「偉そうに!」

女がそれまで伏せていた顔を上げる。僕とマリーは同じ人物を連想させた。

「君は・・」
「紅野、桜花」

ギョッとして飛び退く。違う、だが圧倒的な雰囲気を感じた。
女を夜の明かりが照らす。黒髪、刀、身に付けている衣、そしてその顔はまさしく・・。

「我は、五条。五条櫻花。戦の音の消えた世で、なお残滓を響かせる者」

あまりにも彼女であるはずのその形は、しゃがれた声と歪んだ笑みを作っていた。






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