エピソード 2.10O『姫達に送る前奏曲・第一』

主な登場人物

紅野 桜花(ひの おうか)17歳、女、アーカイアでは珍しい女性英雄、紅野流総合武術の使い手、頭が硬い。

ベルティーナ・アルマイト(通称ベルティ)16歳 桜花と行動を共にする歌姫、素敵な英雄に憧れていたが、『宿縁』の人が桜花であったため、
                    やる気がそがれている。もっぱら桜花を茶化して遊んでいる。

何度と無く轟音が響く。舞起る怒号と歓声。
絶対奏甲バトル。アーカイアの主要な都市では、比較的メジャーなイベントであるそれは、それに関わる人々の様々な思惑が絡む中で淡々と行われていた。
対『蟲』対策のための絶対奏甲をこんなことに、という声が多少あがったが、
陣営に属さない機奏英雄達のもてあました力のはけ口、という大義名分でほとんどの意見は黙殺された。
実際、野党や盗賊団に成り下がる英雄達も決して少なくなく、また、それを退治できるのは英雄しかいない。
この微妙なマッチポンプの関係は、評議会軍と白銀の暁の争い、この絶対奏甲バトルも本質はさして変らない物なのかもしれない。

そんな中で、今また、お互いの素性も知らぬ二人の英雄が剣を交えていた。

レグニス「そろそろ、降参したらどうだ?」奏甲越しに冷静な声が響く。
桜花  「・・まだです。まだ・・やれます」声は出したものの、疲れは隠せない。
長い黒髪は額に数本張り付き、残りは適当に束ねたが、長時間の戦闘でめちゃくちゃになっている。
力の差は歴然だった。両騎とも所々に損傷があるが、相手のシャルラッハロートVは動きに衰えが全く無い。
次で決めるしかない、桜花は自分の奏甲、ローザリッタァの空いていた左手に刀を握らせる。
レグニス「刀・・、それも2刀か・・。おもしろい」シャルVは剣を構え直す。
桜花  「いきます」左の刀を水平に構え、右手の今まで持っていた刀を鞘に戻す。


この刀、けっして無駄にはしない。桜花はここに来て間もない頃の事を思い出していた。
数週間前のシュピルドーゼでの出来事を・・。


シュピルドーゼの北に位置する幻糸鉱山、その付近の街の一つに桜花は召喚された。
ほとんどの機奏英雄が受けたであろう簡単な説明聞いて、半ば呆れる桜花。
更に・・・
ベルティ「私は、ベルティーナ・アルマイト、ベルティでいいわ」と突然やってきた少女が一人。
栗色の髪を両側で別々に束ねて、派手な服装。歳は桜花と同じか下くらい、意思の強そうな目が桜花を捉える。
桜花 「あなた・・何・・」説明を受けて聞いてはいたが、自分の『宿縁』の歌姫というものらしい。
ベルティ「ほんとは、みんなが連れているようなカッコイイ人達が良かったんだけど・・」と桜花の話しも聞かず一人でまくしたてる。
ベルティ「まあいいわ、よろしくね♪こんな所より早く都会にいきましょうよ」更に勝手に話しを進めてしまう。
桜花 「勝手に来て何を?私はここの宿にお世話になった恩が有ります。すぐに何処かに行くわけにはいきません」
ベルティ「もぉ〜、あったま硬いな〜。いいじゃん別に、裏からこそっと出てけば」
桜花 「そんな軽薄な行動はできません!」

そんなやり取りがって、歌姫がいるにも関わらず、絶対奏甲も無く、宿の手伝いをしながら何日かすぎた。
話しでは、ポザネオ島で大規模な戦闘がおこなわれている、ということだが・・・。
私には関係無い、桜花には今はどうやって元の場所に帰るかが重要であった。

この刀のためにも・・、この世界に来るときに一緒に落ちていたという、先祖代々から伝わる宝刀。
消して抜いてはならぬと厳しくいわれてきたそれが、なぜここにあるのか。
桜花「父や兄は、今頃どうしているかな・・・」

自分が消えたことよりも、この宝刀が消えたことに慌てていることだろう、そうに違いない。
どうせ、潰れかけた家なのだから、これで良かったのかもしれない。

桜花「しかし、亡きお爺様の遺言は守らなければ」
遺言は二つ、先程の宝剣のこと、もう一つは、
桜花「私に紅野を継げ、というけれど・・・」
夜、あてがわれた自分の部屋でそれを見るたびにため息が出る。

朝、騒がしい音が近づいてくる。
ベルティ「桜花〜♪起きてる〜♪」ノックもせずに部屋に入ってくる。
桜花 「何度も言うけど、ノックぐらいしたらどうです」廃れても昔は武家、寝坊などはしない。既にここに来たときの服装、胴衣姿で出迎える。
ベルティ「気にしない、気にしない。またその服着てるの、せっかく何着かあげたのに・・」まったく意に介さず、話しをする。
桜花 「あなたのは、風通しが良すぎです!あんなもの着ていられません!」今のベルティーナの服装も、現社会の人間が見れば、レオタードにしか見えない。
桜花 「あんな、人目を無駄に集めるような服は、お断りです」
ベルティ「今の桜花の格好だって、十分注目されてるけど」
桜花 「・・・・・、着なれた物の方がまだまし・・」最初は珍しいのだろうと思っていたが、どうもそれだけでないような視線を感じているのも事実。

桜花 「それより、用件は?」あまり考えたくないので、話題を変える。
ベルティ「シュレットがまた刀ができたから見てほしいって」
物騒な世界なのは聞いていたので、自分用の刀をベルティの知り合いに頼んでいたのだが・・。

桜花 「わかりました、すぐに行きます。今度は大丈夫なんでしょうね?」
ベルティ「それは桜花次第じゃない?桜花、注文多いんだもん」
桜花 「それは、あのシュレットがおかしな物を鍛えるからです、だいたい前回のはなんです、なぜ両刃なんかに・・」
どうもシュレットは、わざと間違えているふしがある。鍛えるのを楽しんでいるような。
ベルティ「だって、その方が得じゃん。斬れる所いっぱい有るんだし・・・」
桜花 「そういう問題では、だいたい刀というのは・・」
ベルティ「だから、桜花のもってるあれ、オウ・・セツだっけ?あれを見せてくれればいいのに・・」
桜花 「『塵乃桜雪』!、あれはダメです。何度も言ったはず」
何日目かの同じようなやりとりをやりながら、工房に向かう。

街の端の方に工房はあった。中は現状を踏まえて、奏甲やその武器の建造が行われている。
しばらく進むと工房の片隅で、金属片をハンマーで叩いているシュレットがいた。
シュレットは髪はぼさぼさの金髪、後ろで適当に束ねている。
小柄で歳もベルティーナより下らしい、額に溶接用のゴーグルを付けて、青い作業着を着ている。
いたる所に工具が詰まっているのか、ポケットというポケットは膨らんでいた。
ベルティ「連れてきたよ、シュレット〜」声を掛けるが反応が無い。
ベルティ「どしたの?また、徹夜?」前まで回りこんで手をヒラヒラさせる。
シュレット「あ〜、ベルティか」やっと気づき、手を休める。顔はクシャクシャで、目の下にはくまがあった。
ベルティ「また、徹夜したんだ、今度は何?」
シュレット「・・このハンマーをね、新しくしたんだ・・」といってハンマーを見せる。
ベルティ「何?今までとあんまり変らないけど」受け取っていろいろな角度から見る。
シュレット「ん〜、奏甲建造で余った、幻糸装甲を使ってみたんだけど・・」半分眠りながら答える。
桜花 「・・・で?」話しが進まなそうなので、さっさと促す。
シュレット「あまりの叩き心地につい・・・」といって、クタッと仰向けに倒れる。
ベルティ「あんたやっぱり、最高だよ」友人の変人振りに称賛を送る。
桜花 「それより、私の刀は?・・・」二人に付き合ったのでは、いつまで経っても終わらない。実際、無駄話で半日すぎたことが有る。
シュレットは寝たまま手を動かし、棚を指差す。
シュレット「・・・上から・・3段目の左側〜」そう言って熟睡してしまった。
ベルティ「友よ、安らかに眠れ・・・・永久に」側らに座り死者への弔いの印を結ぶ。
桜花 「冗談やってないで、さっさといきますよ」既に物を見つけて歩いている。
ベルティ「あ、ちょっと。シュレットをこのままにできないよ〜」慌ててシュレットを抱えようとする。工具の重さか、かなり重たい。
桜花 「私はいつもの場所にいるから、後できてください」それだけ言い残すとさっさと行ってしまった。
ベルティ「まったく、付合い悪いな〜」なんとかシュレットを工房の奥の休憩所に押しこめて、桜花の後を追った。


エピソード 2.10O END

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