エピソード 2.11O『姫達に送る前奏曲・第二』 アーカイアではめずらしい、女性英雄の紅野桜花。奏甲をもたず、元の世界に戻る方法を考えるばかりだが・・。 桜花達のいる街から少し離れた丘、桜花は一人で鍛えてもらったばかりの刀を振っている。 今回の刀は反身、重量バランス等、見た目はわりとまともだった。 風を遮るものの無い丘の上、無言でいつも行っている鍛錬を開始する。 悩みや不安なことがあるときは、いつも自然とこうしていた。 家のこと、この世界のこと、父や兄のこと、遺言のこと・・・。 やはり一刻もはやく戻らなければ・・。 紅野を継ぐのは自分しかいない、家の存続だけを考える父や兄には紅野は任せられない。 紅野の武家のしての精神もなく、ただ銘だけにすがりつく姿勢。 きっとそのことをお爺様は、わかっていたのかもしれない。 やはり、ここで考えていても仕方が無いか・・。 夕日で空が赤く染まる頃、世話になっている宿に戻ることにした。 宿に返ると、店主のおばさんが迎える。 おばさん「あら、桜花ちゃんお帰り。遅かったのね」 桜花 「はい、少しがんばりすぎたみたいで・・」 おばさん「ああ、ベルちゃんと会えたみたいね」刀を見ながらおばさんが言う。 桜花 「はあ、確かにベルティとは途中まで一緒でしたが・・」会えた?一緒に宿を出るのをおばさんは見たはず、何か違和感を感じる。 おばさん「昼頃、ベルちゃんが戻ってきてね、『桜花に持ってきてほしいって頼まれた』って部屋にあるあなたの剣を持っていってたけど、 良かったわね、ちゃんと会えて・・」瞬間、凍りつく。 桜花 「ど、どこへ行ったんですか!」まさかそこまで非常識とは、桜花は自分のうかつさを呪った。 おばさん「確か鉱山の方に行くって言ってたわよ」それだけ聞くと、桜花は走り出した。 おばさん「どうしたのかねぇ、あんなに慌てて・・」 店員 「ベルティと桜花さん仲良しですからね。でも、おばさん。鉱山って『蟲が出るから危険だ』って昼過ぎ英雄さん達が来ません出した?」 おばさん「あら、私としたことが・・。でも大丈夫でしょ、桜花ちゃん強いから」 そう言って桜花の出て行った扉を見つめていた。 すでに日の暮れた鉱山は、完全に静まり返っていた。 シュレット「だから、やめようって言ったのに・・」 ベルティ 「なによ!あんただってのってたじゃない・・現物を見ればもっとちゃんとした物が造れるって・・」 シュレット「でも、直接鉱山に来ることも無かったんじゃ・・」 ベルティ 「だって、サイズが近いのがあれば加工が楽だって、あんた言ってたじゃない」 シュレット「そうだけどぉ、やっぱり二人で来るのはあぶなかったし・・」 ベルティ 「・・・・ごめん」 シュレット「・・・・」 二人は縄で木に縛られて、身動きがとれなくなっていた。 目の前の鉱山では、何人かの男達が鉱山の入口を出入りしている。 二人の横にも一人、いかつい男が睨みをきかせていた・・。 シュレット「・・・・だから、やめようって言ったのに・・」 時間は昼過ぎまで遡る。ベルティーナとシュレットは、 桜花が新しい刀を試しているうちに、桜花の大事にしている刀『塵乃桜雪』を持ちだして完璧な物を造ろうと考えた。 見るだけでもよかったのだが、せっかくなので鉱山で手ごろな鉱石を見つけてこようということになった。 時間的には行き帰りで、夕方前には戻れるはずだったが・・・。 鉱山に着いた途端、『俺達は機奏英雄だ』と名乗る一団が現れて、たちまちベルティーナ達は捕らえられてしまった。 ベルティ「こんなこと、機奏英雄のすることじゃないでしょ!」 男 「すまないね、俺達は悪い英雄さんなんだよ」 ベルティ「街のみんなはどうしたのよ、おかしなことしてないでしょうね!」 男 「俺達は、無駄な殺生が嫌いでね、『蟲』が出るから危険だと言ったら全員信じてくれたよ」 ベルティ「なんて奴らなの」 そんなやりとりが数時間前のこと、そして現在至る。 なんで、私の周りにはまともな機奏英雄が現れないのだろう。ベルティーナは、今現在の身の危険よりもそのことの方がショックだった。 桜花も怒っているだろうし・・。 現在の状況に現実味が無く、それ以前のことばかり考えてしまう。それを現実逃避というのだが、今のベルティーナにそこまで自己分析する冷静さは無かった。 そんな思考を男の呻き声が遮った。 ベルティ「・・・!?」見ると目の前の見張りの男が倒れている。 シュレット「・・あ・・・桜花」目の前に入るのは確かに桜花だった。 桜花 「何をしてるんです、こんな所で」二人に縄をほどきながら聞く。 ベルティ「ん〜、かくれんぼ♪」安堵して余裕が生まれる。 桜花 「・・・・」無言でため息をついて、再び縄を結ぼうとする桜花。 ベルティ「わ、わ、嘘、今の無し、今の無し」 桜花 「なぜ、こんなことをしたのです・・・」 ベルティ「桜花・・・」 桜花 「こんなことをすれば、私が怒るとわかっていたはずです」声が震えている。 ベルティ「・・・・」 シュレット「あのね、ベルティはね、桜花が笑う所がみたかったんだ」たまらずに喋りだす。 桜花 「笑う・・・所・・」意味がわからない、ベルティを睨んだままシュレットの声を聞く。 シュレット「だって、桜花。ここにきてずっと元気無いんだもん。 ベルティ、ずっと心配してたんだよ、あっちから来た人に相談したり、いろいろ桜花に話してみたり」少しずつ涙声になるが構わず続ける。 シュレット「僕だって協力したよ、刀を造れば、喜んでもらえると思って・・・・。失敗ばかりだったけど・・・。 だから、もっといいのを造れば喜んでもらえると思って、そう思って・・・」 その先は泣くばかりで言葉にならなかった。 桜花 「・・・シュレット、・・・ベルティ」 ベルティ 「ごめん、本当にごめん。怒ると思ったんだけど・・・さ・・」ばつが悪そうに口を開く。 桜花 「・・わかりました、とにかく事情を聞かせてください。話しはそれからです」すぐにどうしていいか、桜花自身もわからなかった。 事情を聞いて、怒る桜花。 桜花 「なんですかそれは!」 シュレット「し!桜花、うるさいよ」辺りを見まわす。まだ気付かれてないらしい。 桜花 「・・・・・で、賊の人数は?」小声で尋ねる。 シュレット「六人ぐらいかな・・、絶対奏甲も持ってきてるみたい」 桜花 「絶対奏甲・・。騎種は?」だいたいならシュレットに聞かされて知っていた。 シュレット「ローザリッタァだったよ」 桜花 「ローザリッタァ?男達が?」 ローザリッタァは英雄追放を訴える、自由民が開発したものである。本来、男が持つ奏甲ではない。桜花の疑問はもっともだった。 シュレット「だから、盗賊団なんでしょ。あの人達・・」言葉はそっけないが、顔は本気で怒っている。 桜花 「許せない、ベルティ、シュレット、ここに隠れていてください」そう言って駆け出す。 ベルティ「ちょ、ちょっと桜花どうするの」やっと開放されて聞き返す。 桜花 「仇を、討ちます」それだけ言うと鉱山の中に行ってしまった。 盗賊団に成り下がるだけのことはあって、男達の腕はたいしたことは無かった。桜花の刀が折れるまでは・・・。 桜花 「・・・しまった」本来の半分ほどになってしまった刀を振り回す。 男 「てこずらせやがって、このアマ」じりじりと、剣をかざして詰め寄る。 桜花 「くっ・・・」半分になった刀を向ける。 襲いかかろうとする男。しかし突然、男が倒れる。側らには見覚えのある、ハンマーが転がっていた。 シュレット「へっへ〜。大当たりぃ♪さっすが幻糸装甲製♪」満足げに鼻をこすっている。 桜花 「シュレット!なんで来たのですか!」 シュレット「怒られちゃった・・」と後ろに言う ベルティ 「だって、桜花だけじゃ心配じゃん」ベルティーナが現れる、手には桜花の『塵乃桜雪』がにぎられていた。 桜花 「いつのまに・・・」 ベルティ 「桜花ががんばっている間に♪」そういって投げて渡す。 桜花 「っとっとと。ああっ、良かった」刀を抱きとめる。 ベルティ 「ごめんね、ほんと。勝手に持ってちゃって」ぽりぽりと頭をかく。 シュレット「でも、僕が作ったの折れちゃったね、どうしようか・・・」 桜花 「・・・・」無言で、上に塵乃桜雪を掲げる。 ベルティ・シュレット「・・・・!?」 (お爺様、自分勝手な私を許してください。ここで、ここでは私を思ってくれる人達と、力を必要とする戦いがあります。 私は紅野を継ぐことはできません。だから・・・だから・・せめて、思いを守る力をください) 塵乃桜雪を一気に鞘から引き抜いた。 それは、シュレット自身が何度か鍛えたものとは明らかに違っていた。 見た目が同じようにできても、これはまねできない。 こんなに綺麗なものが、この世にあるんだ・・。 物を創る者だけが感じる、圧倒的な念をシュレットは感じていた。 桜花自身も別の意味で、硬直していた。 抜く前は、いろんな思いが自分の中で交錯していた。 今これが必要だから、いや、そんな単純な理由じゃない。 遺言を破ってでも、なさなければならないことをみつけたから。 そして・・。塵乃桜雪には・・・。 『我を抜くに至りし思い、夢々忘るるべからず』そう刻まれていた。 全てが解ったような気がして、全て解らなくなった。 しかし、今はそれでいい。一つだけ確実に解ったことは・・。 (お爺様は、私がこれを抜くのを確信していた) その思いだけで十分だった。 残った男達は桜雪の、それを振るう桜花の敵ではなかった。 しかし・・。 桜花「絶対・・奏甲・・・」 出入り口で待ち構えていたのは、絶対的な力の差だった。 絶対奏甲、ローザリッタァ。動いているのを始めて見る桜花には、鬼が立っているように見えた。 男 「よくも仲間を、死ね!」奏甲から怒声と、マシンガンの咆哮が響く。 桜花「これでは、しかし!」対奏甲用のマシンガンの弾は、人にとっては大砲に等しい。 男は慣れてないのか、それとも標的が小さいのか狙いが定まらない。 男 「そらそら、いつまで逃げきれるかな」自分の腕を気にせず撃ちまくる。 鉱山の岩沿いに逃げる桜花、定まらない狙いは辺りの岩を削る。 桜花「ここまで・・か、お爺様・・・」岩に隠れたまま最後の祈りをささげる。 突然、激しい爆音。程なく銃声が止む。 桜花「・・・!?」恐る恐る覗くと、ローザリッタァは背中を向けて、別の何かと戦っている。 ??B「弱い物いじめはいけないなぁ」現れた奏甲、シャルラッハロートTから声が響く。 その奏甲、シャルTはライフルでローザリッタァと銃撃戦を展開している。 ??B「あ、やべぇ」間抜けな声、更に桜花の上の方で爆発音。 桜花 「・・・!?」自分の隠れていた上から岩が降ってくる。 これで本当に終わりだ、ここまでなのか。そう思って目を瞑った。 ??A「簡単に呆れめるな」 ふわりと浮かんだような気がして目を開ける。誰かに抱きかかえられているのがわかった。 岩が崩れてくるのを器用に避ける、その人物は安全な場所に桜花をおくと、 ??A「あの奏甲の足を止める」ぼそりと呟く。 桜花 「えっ!?」独り言だと思ったがそうではないらしい。 ??A「あの奏甲の足を止めるから、手伝えと言っている」そう言って駆け出す。 桜花 「えっ、ま、まってください」慌てて追う。 追いながら、やっとその人物を見る余裕ができた。 全身黒ずくめの服装で、銀髪、体格からして男だというのがわかる。 奏甲同士の戦いは、お互い遮蔽物を盾にしての銃撃戦になっていた。 ??A「都合がいいな。女!先にしかけるから同じ部分を斬れ、いいな!」 桜花 「そんな、無理です」さすがに幻糸装甲は斬ったことがない。 ??A「そう思えば、そこで終わりだ」 桜花 「えっ」それは、桜花の亡き祖父の口癖だった。 ??A「奴らの装甲は、見せかけだ。いくぞ」そういってローザリッタァを駆け上る。 その男が何か液体を装甲面にばら撒く、途端激しい異臭が漂う。 ??A「時間が無い、やれ!」有無を言わさぬ迫力があった。 やれる・・いや、やってみせる、自分に言い聞かせて男と同じように駆け上がる、膝の部分の装甲に狙いを定めた。 桜花 「はああああああ!」跳躍から大上段で振り下ろしそのまま地面に着地する、わずかに膝の装甲が割けた。 ??A「上出来だ」すかさず男がその裂け目に、爆弾を投げ入れた。 程なくローザリッタァの左膝が爆発する。 男 「・・・!?なんだ」状況を確かめようと、奏甲を立たせようとするが、そのままローザリッタァは転倒した。 ??B「何だぁ、こけやがって。まあいいや観念しろ」シャルTは銃口をコクピットに向ける。 男 「わあ、降参する。撃つな、撃つな」最後の盗賊団の男が、両手を上げて出てきた。 こうして戦いは終わった。 ??A 「まあまあだったな、俺や奴ほどじゃないが・・・」 桜花 「えっ」後ろから声がして、振り向いたが誰もいない。 ベルティ「桜花〜」ベルティーナとシュレットが駆け寄る。 桜花 「ベルティ・・シュレット」 ベルティ「何?何?今の一緒にいた男は?ちょーカッコイイじゃない、今度紹介しなさいよ、まったく何処で見つけたのよ、自分は興味が無いって言ってく・・が・」 突然、ベルティーナがうずくまる。 シュレット「こんなときに何やってんの!まったく」後ろにハンマーを持ったシュレットがいた。 ??B「お〜い、おまえさん達」三人の方に先程のシャルTがよって来る。 奏甲をから顔を出した、中年の男がさらに声を掛ける。 髪はぼさぼさで髭も濃い、顔は何が可笑しいのかニカニカと笑っている。 ??B「ここら辺で、あやしい男を見なかったか?」 いっせいにその中年男を指す三人。 ??B「上等だ!やんのかコラ!」 中年男の怒声と三人の笑い声が鉱山に響いた。 それは、はじめて桜花がここに来て笑った瞬間であり、ベルティーナがはじめて桜花の前で涙を見せた瞬間だった。 エピソード 2.11O END |