エピソード 2.21D 『迷子達の夜想曲・第一』

???「・・・私を殺してください・・・」
声だけが聞こえる、不思議な空間。
デッド「・・誰だ、出て来い・・」
そこは何も見えない、ただ闇が続くばかり。

???「・・私を・・殺してください・・」
デッド「誰かは知らんが、姿を見せたらどうだ」呼びかけに反応はない。

???「・・・私を・・殺して・・」
永遠とその呟きがつづく。


ぱっと目が醒める、まず目に入るのは月の輝きだった。
デッド「・・・また、同じ夢か・・・」頭をふって起き上がる。
前髪が視界を遮る、髪を掻き揚げてもう一度月を眺めた。
街の路地裏に適当につくった寝床、そこから見上げる空の闇は建物に区切られ、狭く遠い。
銀色の輝き、自分の髪と同じ色。銀は嫌いだ、夜、目立ちすぎる。

現世騎士団の追っ手を撒く日々。それも当然か、奴らに参加すると見せかけて奏甲を奪ったのだから。
一人一人はたいしたことはないが、とにかく奴らはしつこい。

あてどなく、転々と街を渡る。ここがどんな街かも知らない。
とりあえず、今は生きている。だが、それはただ死んでいないだけといってもいい。

『あなたに僕は殺せない!』

自分に向かって来た少年の言葉が蘇る。奏甲の急所を無防備に向けて斬り込んで来たあの少年。
殺ろうと思えば幾らでもできた。だが自分は迷った、ほんの一瞬だが確かに迷ったのだ。

あれから数週間が経つ。何をするでもなく夜を渡り歩いていたのだが・・。
この頃同じ夢をみる、内容は永遠と同じ声が繰り返されるばかり。

デッド「死にたければ、幾らでも殺してやる」

拳を握り締め鋭い目つきで、月を睨み返す。月は夜の闇に照らし出されただ輝くばかり・・。



キャロル「すごい、すご〜い、ね、ね、広いね」後ろを振りかえり、聞き返す。
ある屋敷の一室。仕事の依頼を受けたカイゼル一行は、屋敷内に案内され応接間で待たされていた。

カイゼル「俺の屋敷には負けるがな」軽く値踏みするように見まわす。
サレナ 「そうなのですか?高位の歌姫の方のお屋敷ですけど・・」
ネレイス「確かに立派ですよ、掃除も行き届いているようですし」部屋の隅々をチェックする。

ネレイス「それよりもカイゼル様、良かったのですか?今回の依頼はちょっと・・」
カイゼル「まあ困っている婦人を、見過ごすわけにもいかないだろう」
サレナ 「そんなことをいったら、この世界の大半の人を見過ごせませんよ」
カイゼル「むう、たしかにな。まあ貴族は貴婦人の盾になりってね」
キャロル「ねえ、ねえ、カイぱん、これ、これ」そう言って適当に飾り物を持ってくる。
カイゼル「あんまり騒ぐなよキャロル。俺達はお客様なんだからな」
本音は壊されでもして、弁償しろと騒がれないためなのだが、言って聞くわけではないのは十分経験済みだった。

キャロル「は〜い」周りの雰囲気に圧されてか、今日は素直に言うことを聞く。

丁度、依頼人が入ってきた。ここの部屋に案内してきた人物だった。
メルトラ「すいません、お待たせしてしまって・・」長い黒髪が印象的な、不思議な雰囲気の女性だった。
カイゼル「いや、構わない。綺麗なご婦人には時間が必要だ」サレナの視線が痛いが気にしない。
メルトラ「まあ、ご冗談を・・」口元を手で隠し、上品に笑う
カイゼル「いやいや、それでは依頼の件について詳しく聞きたいのだが」
メルトラ「はい、実は・・・」

この館の主、メルトラ・アルハイムの話しはこうだ、
これから数日の間に大事な儀式がここで行われる。
普段なら、使いの者がいるのだが。あいにく、暇を与えていて、この館には今はほとんど人がいない。
その間にこの館の警護についていて欲しいということなのだが・・。

カイゼル「儀式とはなんです?」
メルトラ「代々このアルハイム家だけに伝わっているものでして、詳しくは・・・」困ったように言葉を濁す。
カイゼル「ああ、すいません。ではあなたをその儀式の間まで守ればいいと?」
メルトラ「はい、私もそうですが私の娘、マリーツィアを特に・・」
カイゼル「ご息女ですか・・なるほど」
メルトラ「はい、儀式までは3日あります。その間だけここにご滞在頂くだけで結構です」
カイゼル「今までに誰かに襲われたり等は、あったのですか?」
メルトラ「今の所はまだ、しかし絶対奏甲を持つ英雄様がついていて頂ければ、どれほど心強いかと・・」
カイゼル「ふうむ、なるほど。・・わかりました、3日間この館を守ることを約束しましょう」
立ちあがり恭しく礼をする。
メルトラ「ありがとうございます、お食事やお部屋の世話はこちらでさせますので・・」
こうしてあっさりと契約が成立した。

サレナ 「やっぱり貴族なのですね・・」しんみりと呟く。
あれから屋敷内の間取りや絶対奏甲の準備、マリーツィア嬢の部屋の位置の確認など、ひとしきり作業は整えた。
今はネレイスとサレナが再確認の意味も踏まえて、館内を見回っている。
ネレイス「・・はい?」
サレナ 「い、いえ、さっきのカイゼル様の様子を見ているとまるで別人で・・」
ネレイス「・・・そうですか、そうですね。でも、あれでだいぶ無理をしてたのですよ」少し可笑しそう笑う。
サレナ 「・・・無理、ですか?」
ネレイス「ええ、自分は格式ばったことが嫌いだって、以前はよくこぼしていましたから・・」
サレナ 「・・そう、ですか・・・」自分の知らないカイゼルがいる。何度も聞かされてはいたが、直に見るカイゼルの知らない顔は、悲しくもあり驚きでもあった。

突然ネレイスが立ち止まる。
ネレイス「・・・!?」
サレナ 「どうしました?」
ネレイス「今、この先で何かが割れる音が・・・」

サレナも耳をすます。

・・・パリン・・・確かに何かが割れる音が聞こえる。

サレナ 「確かこの先は・・・」
ネレイス「ご息女様、部屋だと・・」
二人は顔を見合わせ、恐る恐る進んで行った。



デッド(俺は何をしているんだ)
暗闇の中照らし出される影。
そして、さっき老婆の言葉を思い出す。

月を見ていた時に、音も無く自分の背後をとった影。
振り向きざまに、ナイフを繰り出すが手応えが無い。
見ると、少し離れた所にボロボロの布を羽織った何かがいた。
???「おまえさん、声が聞こえるみたいだねぇ」しゃがれた声が路地に響く。
デッド「誰だ、貴様は・・」辺りに気配は無かったはず、油断なくそれを睨む。
???「ひっひっひ、こわい、こわい」楽しんでいるようにすら思う、人の神経を逆撫でする声だ。
デッド「誰だと、言っている」ナイフを逆手に持ち戦闘態勢にはいる。

スッとボロ布から針金のような手が出る。それは向かいの建物の1部屋を指していた。
???「・・・声を止めたきゃ、あそこにいきな・・・」

正面に注意しつつ横目で確認する。かなり大きな建物だった。
デッド「・・声・・だと・・」
???「・・そうさ・・うるさいだろう・・毎晩・・毎晩・・」
デッド「・・・何をバカなことを・・」
???「・・どう思おうが・・おまえさん次第・・・」そう言って顔を覗かせる。しわくちゃの老婆のようだ。
デッド「・・・・」
???「・・まあ、すきにするがいいさ・・・」スーっと姿消えていく。
完全に消えたが油断無く辺りの気配を探る。

???「・・・声を止めたきゃ、あそこにいきな・・・」同じ声がどこからか響く。
警戒をとき、建物を見上げる。月が建物に覆い被さっているようだった。



そして今、その一室にいる。進入するのは簡単だった。
デッド(無警戒すぎるな)辺りを見まわす。普通の貴族の部屋だ、小奇麗すぎるくらいか・・。
あの言葉は、やはり嘘だったのではないかと思う。

デッド(嘘か真かすぐにわかるさ)ベッドがあった。誰かが寝ている。
注意しながら、そちらに進む。罠は無いようだ。

デッド(女・・子供か・・)顔を確認しようとした、回りこむ。


???(・・・私を殺して・・・)
聞きなれた声が頭に響く。
デッド(間違い無いようだな)顔を覗く、少女は眠っていなかった。

視線が交錯する。
???(私を殺してください)無言のまま、じっとこちらを見る少女。
デッド(すぐ楽にしてやるさ)ナイフを構える。

『もうあなたは、無駄な殺人はできない』いつかの少年の声が蘇る。

デッド(ち、こんなときときに・・・)

『ここで生きていれば『宿縁』を感じるはずです。そのときは迷わないで下さい』

デッド(バカバカしい、今更なんだっていうんだ)

浮かんだ言葉を振り払うように、ナイフを振り上げる。

ネレイス「誰か入るのですか」
その動作と、ネレイス達がドアを叩くのが同じだった。

エピソード 2.21D END

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