エピソード 2.23D 『迷い子達の夜想曲・第三』


走り去るカイゼルを見送った直後、その歌をネレイスも聞いていた。
ネレイス「この声は・・マリー様?・・・」隣のマリーツィアの部屋をノックするが、返事は無い。
ネレイス「・・緊急・・事態でいいですよね?」先程のカイゼル言葉を思い出し、銃を構える。

勢いよく扉を開け、中の状況を一瞬で確認する。歌は既にやんでいる。
ネレイス「あなたは、昨日の・・!?」咄嗟に銃を向ける。
デッド 「昨日の女か!」マリーツィアにナイフを向けたまま止まる。
両者とも動かない。

ネレイス「マリー様から離れなさい!」
デッド 「嫌だと言ったら」
ネレイス「あなたを撃ちます!」
デッド 「こっちは娘がいるんだぞ、当たってもいいのか?」
ネレイス「私の腕を甘く見ないで下さい!」
デッド 「マガジンが入っていないようだが・・」
ネレイス「え!?・」さっき確かめたはず、一瞬思考が止まる。だが、デッド・アングルにはその一瞬で十分だった。

一回の跳躍で窓際に飛ぶ。
ネレイス「させない!」思考回路が復活し銃を撃つ。
デッド 「ち!」肩口に命中しその場で止まる。
ネレイス「甘く見ないでといいましたよ!」再度、銃口をデッド・アングルに向ける。
デッド 「たいした腕だ・・」目の前の女を見る。気迫か腕か、いい目をしている。
ネレイス「観念しなさい!」トリガーに手をかける。

その瞬間、両者の目の前にマリーツィアが立ちはだかった。
デッド 「こいつ」苛立たしげにその背中を見つめる。
ネレイス「マリーツィア様・・?」完全に思考が止まった。
マリー (伝えて・・・)マリーツィアがデッド・アングルに語りかける。
マリー (あの人のご主人様、カイゼルさんとサレナさんが危ない)
デッド (何を勝手なことを・・・)
マリー (このままだと死ぬわ、あなたも私も、あの人達も・・)
デッド (ならばそれでいい、奴らなど関係無い・・)
マリー (この人達を助けなければ・・あの少年も死ぬわ・・)
デッド (勝手に人の心にづけづけと!)
マリー (私はあなたに死んで欲しくない・・それだけ)
デッド 「ちぃ・・おい、女!」
ネレイス「・・!?」
デッド 「女!おまえのご主人というのが危ないそうだ、いってやれ」
ネレイス「こんどは、騙されません!」
デッド 「融通のきかん女だな!おまえの主人のカイゼルとサレナとかいうのが死んでもいいのか!」
ネレイス「・・なぜ、その名を・・!?」
デッド 「俺はこの娘から聞いただけだ、あとはおまえの好きにしろ!」
きっかり三秒考えたネレイスは・・・。

ネレイス「逃げないで下さい!いいですね!」そう言ってカイゼルと同じように、駆け出した。
デッド (これでいいのだろう)
マリー (まだ・・・危険が・・)そう言って部屋を出る。
デッド (どこにいく)立ちあがりついて行く。
マリー (力が・・必要だから・・)そう言って館の奥に進んでいった。


駆け出すネレイス、一応館の地図は頭に入っているが・・。
ネレイス(地下への入り口なんて、あったかしら)何故、それに今まで気がつかなかったのだろう。自分の愚かさを呪った・・・が。
ネレイス(これでも、メイド。隠していても、隠されてない部分は全てわかってます)
図面を頭の中で引っ張り出す。その中から、何も無いことになっている空間を捜す。
ネレイス(こっち!)角を曲がり石畳が剥き出しの空間が現れる。

ネレイス「これは!」
確かに入口はあった。しかし、その前に立ちはだかる影が無数に向かってくる。
ネレイス(人・・、では無いようですわね!)ならば遠慮は要らない。

ネレイス「メイドはぁ!」銃を両手に構える。

ネレイス「ご主人様を守るのがお仕事です!」躊躇無く銃を乱射する。たくさんの肉塊をつくりながら、その場を走り抜けた。


カイゼルはやっとの思いで地下の大広間にでた。
カイゼル「こんな所があったとわな・・」
かなり広い空間だった。奏甲も自由に動けるぐらいの・・。
メルトラ「・・いらしていたのですか・・カイゼル様」
カイゼル「・・お騒がせしてすいませんねメルトラさん。サレナはどこです?」息を整え、平静を装う。
メルトラ「・・申し訳ありません、生憎忙しくて・・」メルトラも見た目は変化が無い。
カイゼル「・・少し顔を見させていただければよろしいのですが・・」
メルトラ「・・しょうのないお方・・・」
メルトラが奥を指す。そこにはぐったりと横たわったサレナの姿があった。

カイゼル「サレナに何をした!メルトラァ!」もう、芝居を続ける必要も、づづける気も無くなった。
メルトラ「少し眠っているだけです。もう少し役にたってもらうつもりでしたが・・」
カイゼル「何をしていると、聞いている!」
メルトラ「・・・少し魔女の封印を手伝ってもらっただけです」
カイゼル「・・魔女の封印だと!?」
メルトラ「そう、代々このアルハイム家は、魔女をその身に宿し封印してきました」
カイゼル「・・その身に宿すだと」
メルトラ「・・その力と自我を抑えこむための処置です。呪われた力・・」
カイゼル「それをあの、マリーツィアに施そうとしたのか!」それならば納得がいく。いい気分ではないが・・。

メルトラ「本来ならば・・しかし、何故、このような素晴らしい力を手放せましょう」
カイゼル「何!?」
メルトラ「私は、周りに悟られぬよう通常の儀式の準備をする側ら、この身に魔女の力を完全に抑えこませる歌術を発見しました」
カイゼル「何をバカな!」
周りにスッと毒々しい色で書かれた、5線譜が浮かぶ。

メルトラ「歌姫達の血で書かれた、血の5線譜です。サレナさんのおかげで予定より早く完成しました」
カイゼル「あんたは狂っている」
メルトラ「あなたほどの方なら、理解できると思ったのですが・・」
カイゼル「生憎そんなおかしな神経は、持ち合わせていない」
メルトラ「しかし、これで民は魔女の力に怯えることなく、有能な私にその力は管理される。民の上に立つものなら当然の選択です」
カイゼル「犠牲になった歌姫達はどうなんだ!」
メルトラ「これは、これは。万民を助けるのに多少の犠牲は付きのもの、そうでしょうカイゼル様?」
しばらく顔を下げて、拳を握り締めるカイゼル。

カイゼル「・・・ノーブレスオブリージュ・・」ボソリと呟く。

カイゼル「貴族にはそれに相応した重い責任、義務があるとする考えだ・・。しかし、メルトラ。おまえのそれは、単なる自己満足でしかない」

キッとメルトラを睨む。
カイゼル「貴族の貴族たる責任は、おまえの力に溺れた弱さを肯定するものではない!」
そういって駆け出す。

カイゼル「一人も救えないものが、万民を救えると思うな!」一気に踏みこみ、打ちこむ。

メルトラ「お黙りなさい!しれ者が!」メルトラから衝撃波が放たれる。

吹っ飛ぶが、再び踏みこむ。
カイゼル「今は貴様が魔女!そのものだぁ!」先程よりも鋭い打ち込み。

メルトラ「正面から、私に勝とうなどと!」再度、衝撃波を放つ。

再び吹っ飛ぶカイゼル。
メルトラ「ご高説、痛み入りますが。力が伴わなかったようですね・・」うずくまるカイゼルに手をかざす。

そこへ突然の銃撃。メルトラは後方に飛ぶ。
ネレイス「誰も付き従わぬ、主に救われたい者などいません!」カイゼルの後方からネレイスが現れる。
メルトラ「飼われるだけの俗物が!はむかうな!」周囲の岩を飛ばす。
ネレイス「飼われる者にも、選ぶ権利があります!」素早い銃撃で対抗する。

メルトラ「ふ、そろいも揃って。しかし、これではどうかな?」メルトラの背後から巨大な影が姿を現わす。

カイゼル、ネレイス「・・・!?」奏甲ほどはあろうかという巨大な肉塊が現れる。
メルトラ「研究の傍らの副産物です、上で見た物と基本は同じ・・」
カイゼル「まさかこれは・・・」
メルトラ「そう、血を抜き、残った歌姫達です。最後まで役にたってもらいます」
ネレイス「なんて、酷い・・・」
カイゼル「仕方が無い、一度退くぞ!」ネレイスの手を取る。
ネレイス「しかし、サレナさんがまだ・・」メルトラより少し離れた所に、サレナは横たわったままだ。
カイゼル「これでは、全滅だ。おまえとキャロルだけでも逃げろ」
ネレイス「カイゼル様!」カイゼルの手を握り締め、キッと瞳を見つめる。
カイゼル「・・!?ネレイス?」
ネレイス「あなたは、一番大切な人を守らないのですか!万民は救えないと、あの時貴方はおっしゃいました。
     ならば貴方のたった一人の人を救うのに何故ためらうのです。私は・・」
ネレイス「私は貴方に守ってもらう者ではありません!
     貴方と生き、貴方と死に、貴方の志のままに動く代行人です。一番大事な今をどうか迷わず御進みください!」
カイゼル「・・ネレイス・・わかった」肉塊とサレナを交互に見てチャンスをうかがう。

そのとき、横から突風が舞起きた。たまらず目を瞑る。
カイゼル「何だ・・・」静かになった目の前を見る。

そこに立つは、闇よりも更に深い闇。
絶対奏甲、ナハトリッタァ。しかし、この場でそれとわかるものは誰一人いない。
また、それを操っている者も、これがいかなる奏甲か理解してはいなかった。
デッド「久しぶりの奏甲だが・・・」吹き飛ばした肉塊を見る。
マリー(はやく助けてあげて・・)マリーツィアは、夜の闇に月を背負い歌う。
デッド「わかっている、頭の中で話すな」これが歌姫の力・・。デッド・アングルは今までに無い高揚感を感じていた。

肉塊がナハトに向かい突進する。
デッド「話になら無いな」突進する肉塊を避けようともせず、ナハトの左腕を振るう。

ピーンと何かが張り詰める気配がする。肉塊は構わず突進したが、ナハトに振れる前にバラバラになった。金剛糸、アークワイヤー等といわれる武器だ。
普段は相手を転倒または、動きを封じるための武器だが。歌術の力で強化されたそれは、突進の力を利用して十分な殺傷兵器に変貌する。
先程、肉塊を吹き飛ばしたときに仕込んでおいたのだが・・。
デッド「無能が・・・」ワイヤーをしまい、辺りを見まわす。

メルトラ「・・・小癪な・・・」ナハトを睨み、歌術を織る。しかし突然、背中に熱を感じた。
カイゼル「余所見はいけませんよ、主様」メルトラの背中にカイゼルが剣を突き刺していた。
メルトラ「・・私が死ねば・・魔女の・・力は・・」震えながらカイゼルを睨む。
カイゼル「あんたに、心配されなくても何とかするさ」更に深く突きたてる。
メルトラ「私は・・まだ・・死にた・・・く・」

カイゼル「それでも上に立つものか!己が散り際をわきまえるがいい!」剣を抜き斬りつける。

こうして夜の闇の中の事件は幕を閉じた。


サレナ 「・・・私は・・」目を開けるとカイゼルがいる。
カイゼル「何も言うな、今は眠れ・・」口調は厳しいがやさしさを感じる。
サレナ 「・・あの・・警護は・・・」
カイゼル「全て終わった、全てな・・」そう言って、そっとサレナの額に手を触れる。
サレナ (暖かい・・)今は言葉よりも、その温もりが心地よかった。


キャロルもあてがわれた部屋で目を醒ます。
キャロル「あれ、みんなは・・」
ネレイス「ちょっと外に出てますがすぐ戻ってきますよ、明日はすぐ出発します。だからもう寝ましょう」
キャロル「なんか怖い夢、見た」
ネレイス「大丈夫です。怖い夢は終わりましたから」
キャロル「ねえ、ねえ。お姫様はちゃんと守った?」
ネレイス「はい、これからもずっと。守られることでしょう」
そして、窓の先に視線をうつす。館の屋根の人影を見ていた。

???「・・・で、結局。連れて行くことにしたのかい?」しゃがれた声がひびく。
館の屋根の上、デッド・アングルがいる。
デッド「遠くで、頭に話しかけられるよりはましだ」声に振り向かずに答える。
???「ひっひっひ、そんなことを言って。あの娘に惚れたんじゃないのか?」相変わらず嫌味ないい方だった。
デッド「どちらでも構わん、うるさくなければな」静かに空を見つめ答える。
???「・・・まあ、いいさ・・これで私もゆっくりできる・・・」
デッド「二度と姿を現わすな。その顔、虫唾が走る」
???「・・言われなくても、そうするさね・・・」ゆっくりと気配が消えていく。
デッド「歌われている方がまだましだ・・」ボソリと呟く。

マリー(デッド・・・・)振りかえるとマリーツィアが居た。
デッド(おまえはいいかげん、なんとかならないのか)睨みながら無言の会話。
マリー(私は・・話せない・・・)
デッド(困った、奴だ・・・まあいい・・いくぞ)
マリー(どこへ・・いくの・・・・)
デッド「醒めない夢を見にいくのさ・・」

二つの影が闇に消える。後には輝く月が二つ寄り添うように輝いていた。


エピソード 2.23D END

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