イレギュラーナンバー 002B 『埋め合わせブルース』
 
・定例報告
 
以前より報告のあった遺跡を探索、事前調査のとおり歌姫大戦時代の物とみて間違い無く、
古代歌術書並びにその頃の物とおぼしき品を数点発見。しかし遺跡内の全容の把握には至らずまた、
対侵入者への警備システムが健在のため、再調査の際は十分な準備が必要。
 
また、以前より捜索中の現世騎士団脱走者の件に関しては、以前情報がえられず。
先日報告された、アルハイム家強盗事件並びに同時刻に起こった奏甲紛失事件は、
手口、目撃証言を総合するに捜索中の人物、通称『デッドアングル』と断定してほぼ間違いないと思われる。
次の報告までには現場を確認する予定。
 
また、以前からこちらが報告している、未確認の絶対奏甲が多数発見されている件は、
戦時中という状況も有り、今まで秘匿されていた奏甲建造技術並びに技術者の流出は
表に出ない部分で頻繁に行われている可能性が高い。また現世の技術の投入した試作機や機奏英雄独自の改造、
または有力者による政治的手段のための道具として多数の奏甲が流通しているため、各国、各勢力のパワーバランスの把握は急務と思われる。
 

筆をはしらせていた手を休める。
バッドラックは今書いた内容を一度確認すると、折りまげて小さくする。
窓越しに景色を見る。相変わらず二つの月が浮かんでいる、
 
今もこの大陸の何処かで歌が紡がれ、見知らぬ者同士が剣交え、奇声が響き、ある者は倒れ、
ある者は今日の生を喜び、明日の運命に怯え、己が半身の無事を祈り、帰らぬ者に涙を流しているのだろうか。
夜は何も答えない、答えるべき言葉は無い。今日は静かな夜だ。
 
目の焦点を変え窓に映る自分の顔を見る。小さな灯りに照らされる顔はいつになく厳しいものだった。
誰にも見せていないもう一つの顔、ファゴッツの諜報員それがもう一つの顔だ。
 
もちろん公的なものではないし、組織名も無い。
公にできない情報を取り扱うのだ自分達がわざわざ敵の情報になりうる事などしない。
ファゴッツの公的支援も無い、もしもの時に自身の命以外払う代償が無いようにするためだ。
 
その分、情報の精度は高く範囲が広い。逆に出所が公にできない品が装備として回ってくることが多い。
足がつかないものの筈だが本当の所は聞かない方が身のためだろう。
 
窓を開け夜風を入れる。先ほどの文面を筒に入れ伝書鳩に括り付ける。これが組織と自分を繋ぐ唯一の
糸。同じ筒を別の2羽にも付けると窓から放す。どんな状況でも辿りつく特別な鳩だ、しばらく見守り窓を閉める。
 
部屋のドアが軽い音をたてる。
「シィギュンか?」
「はい」
ドア越しにややくぐもった声が返ってきた。
 
「今、終わった所だ入れ」
「はい」
音を立てずにドアが開く、何時もの格好のシィギュンが現れる。
夜の光に照らし出されてその容姿はいっそう幻想的に見える。
 
「お疲れだと思って、飲み物をお持ちしました」
手には湯気をたてたカップが二つ並んでいる。
「そうか・・・いつもすまないな」
「いえ、いつもの事ですから」
微笑しながら、側らのテーブルに座る。
「そうだな、いつもの事だ・・」
カップを受け取り静かにすする。
 
二人とも何も話さずぼんやりと外を眺める。
宿には自分達と同じように数組の英雄と歌姫がいたはずだが、今はまったく動く気配を感じない。
 
「まだ、消息は掴めないそうだ・・」
外を見たままバッドラックが呟く。
「・・・そうですか・・・」
少し顔を曇らせてカップを口に運ぶ。
 
「すまないな、いつも後回しで」
「いいのです。『他の道を照らしぬれば、己が道もまた灯りぬ』バッド様が以前仰った言葉です」
目を閉じ静かに答えた。
「そうだったな・・この頃忘れっぽくていけない」
ボリボリと頭をかきながら笑う。

「そのようなことでは、また優夜様や忍様に笑われますよ」
穏やかな笑い声がその場を包む。
 
「写本・・渡したそうだな?」
目だけをシィギュンに向けて尋ねる。
「はい、無理なお願いをして申し訳ありません」
「まあいいさ、若い連中には助けが必要だ」
「はい、この前のことで妹の事を思い出してしまいまして・・」
再び沈黙が訪れる。
 

バッドラックのカップが空いたのに気が付き、ポットから注ぎ足すシィギュン。
「あのまま紅野の嬢ちゃん達といっしょに行動していても、俺は構わなかったんだぞ?」
「はい、いいえ今の私ではシュレットと一緒にいるのは、お互いによくないと思います」
迷いがみえたがきっぱりと答えが返ってくる。
 
「シュレットには言ったのか・・・その・・」
「はい、私の事はちゃんと説明しました。姉に関しては・・今は行方不明とだけ言ってあります。
あのときはシュレットが申し訳無いことを・・」深く頭を下げる。
 
「いいんだ、あれぐらい言ってくれる方が助かる。
 それにお前が今、どう名乗ろうとシィギュンはシィギュンだ
 俺にとってそれ以上でもそれ以下でもない」
シィギュンを見てしっかりと言う。
 
「ありがとうございます」
そう言ってもう一度頭を下げた。
「そういう所はやっぱり双子だな、あの元気なシュレットが本当にお前達の姉妹かと疑いたくなる」
場を和ませようとニッと笑う。
 
「家は姉妹全員を歌姫にするつもりのようでしたけど、姉がシュレットは自分達とは違うからと・・」
「紡ぐより・・創りだす者だから・・か」
以前聞いた言葉を思い出す。
 
「はい、姉が最後にシュレットに言ったのがその言葉でした」
「確かに才能はあるなようだな、先見の目があるいい姉さんだったんだな」
桜花のローザリッタァのチューンと奏甲用の刀の建造、両方に立ち会った状況を見るかぎりシュレットには確かに才能がある。
 
人手はこちらで手配したのだが基礎設計案や使う者の要望を汲み取る姿勢、戦時中ということで、
秘匿されていた技術の一部を幸運にも触れる事ができた事を差し引いても、その発想とセンスは天性の物だ、
それが破壊をもたらす力になるかもしれない今の世の中は、悲しみべき所ではあるが
今は側らに『思いを守るための力』を必要としている桜花がいる。世の中悪いことばかりではない。
 
「はい、シュレットは誰よりも姉に懐いていましたし・・反対に姉は私には謝りっぱなしでしたが・・」
「そうか・・・」
何に謝罪したのか、当然気になる所だがあえて口にはしない。
 
三度の沈黙、バッドラックはそれを遮るように席を立つ。
「ちょっと出てくる。先に寝ててくれ、朝には帰る」
「わかりました、いいお店を見つけたのですか?」
「そんなところだ。今回は商談だが、今度この街に来たときには案内しよう」
普段は見せない紳士的な口調で答える。長く生きるといると、それだけたくさんの顔が必要になるものだ。
「はい、楽しみにしています」
何度も聞いた台詞だが一度も案内をされたことはない、それでも何度目かの同じ台詞で答える。
 
 
 
外は思っていたように静かだった。
時折聞こえてくる虫の声がアクセントになり独特雰囲気を創っている。
この顔を優夜や忍達に隠しているわけではない、しかしあらたまって言うことでもない。
若い英雄や歌姫にはもっとたくさんの困難な問題が控えている。自分が見ているような暗い部分ではなく、
もっと真っ当な部分で思い悩み生きつづけて欲しいのだ、いずれ知ることになるだろう事でも今はまだいい、いつ知っても変らないことだ。
だったら今の彼らは彼らなりの生き方をさせるべきだ。過保護と言われる事もあったが、温室に居れっぱなしにするわけでもない、
ただ彼らの進む道が理不尽な力で捻じ曲げられ、可能性が摘み取られるような事だけは防ぎたいそれだけだ。
 
 
「戦場の最後の弾丸で死ねる軍人は幸福だ、その先の平和な世の中で世捨て人になる必要が無い」
店に入るなりそんな台詞が投げかけられる。
「その軍人はバカさ、平和の中にこそ本当の戦いがあることを知らない」
適当に切り返す。店内は落ち着いた照明が灯っていた。
黒を基調とした店内、少し狭く感じられるが客は自分を除いてカウンターに一人しか居ない。
「ジュークのつもりか?誰の言葉だ」
久しぶりの面会に趣向を凝らせたつもりなのだろうか。
「大戦の戦車乗り、スターアンドストライプを背に戦った男だ」
バッドラックを見ずに続ける。
「生憎、死んだ人間の格言は聞かないことにしている」
カウンターの隣の席に座る。間を置かず、グラスに琥珀色の液体が注がれる。
「俺もだ、久しぶりだな」
注いだグラスをこちらに回す。ジョークがうけなかったことへの謝罪のようだ。
 
「忍は元気にしているのか、バージルよ?」
グラスを煽り、バッドラックが尋ねる。
「おまえさんの方が、顔をあわせている時間は長いんじゃないのか?」
白銀の暁、特機強行偵察部隊隊長バージルが軽い嫌味をこめて反撃する。
「そうかもな、だがいつもと変らないものだ。まだ尻に卵の殻をつけた雛と変らないんだがな」
「それでいいんじゃないのか、まだ隠れる殻があるんだからな」
「面白いジョ−クだ、これは俺の奢りだ」
そう言ってバージルのグラスに酒を注ぎ足す。
 

「そろそろ取引に移りたいのだが・・」
グラスを口に運び、用件を促す。
「多忙なようだな、現場はそんなに厳しいのか?」
「厳しくない現場などありはしない、場所や人が変ろうが本質は何も変らん」
「俺には向かん世界だ・・」
「だが誰かが見てやらねばならん、戦争は・・女子供、ましてや変人がするものじゃないと言われていたはずなのだが・・な」
「俺達はさしずめ変人って所か?」
「バカを言う、目の前で帰らぬ半身に泣く歌姫達を見てみろ、つらいぞ」
「悪かったよ、これが頼まれた品だ」
バッドラックは厳重に封のされた箱を渡す。
「確かめる必要は無いようだな・・」
一瞥して懐にしまい込むバージル。
「コードネーム『ヴィルベルヴィント』、知り合いの伝手で手に入れた設計図だ。
もっともこれは量産性を高めるために機構を簡略化したタイプだがな」

「軍を毛嫌いしていたおまえがな・・いいのか?いまらなまだ取り消せるぞ」
「男に二言は無い。譲ってくれた奴が言ってたぜ『形は真似できても、志までは真似できない』ってな」
「空を飛ぶ者か・・できれば俺もこんなことには使いたくは無かったがな」
「『目の前で帰らぬ半身に泣く歌姫達を見てみろ』だろ」
「そうだ。それに、これを完成させた人物の思いが少しでも世界に伝わればいいのだが」
 
「では乾杯といこうか?」
バッドラックはそう言ってグラスを持つ
「創る者達の思いにか?」
「この老いぼれ達の気苦労の労いだ」
「ふん、バカを言う・・」
カチャリと音をたてる。その音は小さく儚いが、頭の中でしばらく響き続けた。
 
 
 
急に意識が覚醒する。バッドラックは今まで眠っていたことに気が付く。
バージルとしばらく呑んでいたが、どうやら先に眠ってしまったらしい。

隣を見るとバージルの姿は無い。空のグラス下に紙切れが挟んである、それには、
『お互いの墓に美酒を傾ける事無きを願う』と走り書きしてあった。
笑えないジュークだ。去りぎわに精一杯考えたに違いない。
 
不意に反対に気配を感じる、見るとシィギュンが静かにグラスを傾けていた。
「お目覚めですか・・」
最初からそこに居たように静かに呟く。

「よくここがわかったな・・」
「はい、これでも『歌姫』ですから・・それに」
シィギュンは視線をカウンターの奥に向ける。
つられてそちらに顔を向ける。二人の視線を気にすることなく、マスターがグラスを磨いていた。

バージルが居たときには気が付かなかったが、気をきかせてくれたのだろう。もっともここまでするとお人好しだが。
「そうか・・苦労をかけるな」
「いえ、いつもの事ですから・・」
シィギュンの決り文句のようなその言葉が出る。
「そうだな、いつものことだ・・」
いつものこと、そう言っていられる時間があとどれぐらいあるのか。
 
「まだ、朝まで時間があります。もし宜しければお付き合い願えますか?」そう言ってシィギュンがグラスを寄せる。
「面白い、今日最高のジョークだ」再びグラス同士が音を奏でる。それは先程よりも優しい響きだった。
 

イレギュラーナンバー 002B END
 
 
 
・復活の後書き
最近後書きを書いてなかったんで久しぶりに・・。
というわけで少し書き方を変えてみました、今回は人物が少ないので混乱することはないでしょう。
埋め合わせといいながら、穴が空きまくってます。書いてない話を有った事として進めてしまうのは自分の悪い癖です。
その方が雰囲気がでるのでつい・・。

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