イレギュラーナンバー 003O『春雪恋歌 〜ハルフルユキ〜睦月』
 
 
後から同じクラスの子供が数人やって来て、どうにか志度の誕生会は形どおりに始まった。
「まあまあ、食いねえぇ。そして、飲みねぇ」
「何で、おじさん口調なのさ・・」
部屋の中心でおどける志度に喜司雄が突っ込む。
 
「何を!俺はなぁ、毎年この日が憎いんだ!」突然志度が叫ぶ。
「また・・その話しか・・・」
「いいや、何と言われようと、納得がいかない!こんなクリスマスと正月が近い日に生まれてしまっては、
 全てを一つで済まそうという親の陰謀にまるハマリだ!・・そうだ・・・最初から、計画的出産だったんだ、そうに違いない・・」
すっくと立ち上がり、遠くを見つめながら演説する志度。
 
「お兄ちゃん・・・その親の居る所でいう話しじゃないです・・」
「そうだよバカ息子が!だいたい計画的じゃない出産がどこにあるんだい!」
そう言って思いっきりゲンコツで志度の頭を殴る志度の母。
 

「相変わらずだな志度、それよりゲームやろうぜゲーム」
そう言って志度の悪友の優が笑いながら誘う。
「ぬう、やる気だな優」
「あたぼうよ、少しは強くなったんだろうな」
「何を・・お前が負け越してるだろうが」
「ふ、そんな過去はとうに忘れたな・・」
 
     ※    ※    ※
 
ルルカ「どこにでも似たような人はいるんですね・・」
ラルカ(こくこく)
 
     ※    ※    ※
 
「あんたねぇ、人の食べ物とるのやめなさいよ」
クラスメートの鈴が優ににくってかかる。
「?・・お前が太らないように俺が食べてやっているんだぞ」
しれっと優が呟く。
「何を・・・あんたやる気っていうか殺る気ね!」
「ほほう、俺にかなうとでも・・」
 
     ※    ※    ※
 
シュレット「どこにでも似たような人はいるんですね・・」
ルルカの口真似をする。
ベルティ「・・・・げ、元気があっていいじゃない」
 
     ※    ※    ※
 
 
「相変わらず賑やかだ・・」
その風景を遠めに眺めて喜司雄が呟く。
「・・・・」
そんな周りの賑やかさになじめず、桜花は居心地悪さを感じていた。
 
「こういうの苦手?」
喜司雄が桜花を覗き込み尋ねる。
「・・・嫌いじゃないけど・・・」
返事に困り視線を泳がす。丁度、志度と優と鈴がテレビゲームを始めていた。
 
「・・・・慣れてないから・・」
そう言って行儀良くジュースに口を着ける。
「・・そう・・そうだよね・・いきなり来ちゃったんだし」
つられて喜司雄もジュースを飲む。
 
「き・し・お・さん♪」
美空が喜司雄の後ろから飛び付く。
「のわぁ・・あははは、美空ちゃん元気だね・・」
 
「はい、私はいつだって元気ですよ♪」
「あははははは・・・それは良かった・・」
持たれかかられて少し困った様子で返答する喜司雄。
 
「・・仲良んだ・・」
その様子をみて桜花が呟く。
 
「そうです、だからあなたが入りこむ所はないんです」
「み、美空ちゃん・・!?」
喜司雄越しに桜花を睨む美空。
 
「・・別に・・呼ばれただけだから・・」
まったく意に介さず。返答する桜花。
 
「じゃあ、帰れば?どうでもいいんでしょ?」
「・・・・・・そうする」
美空の言葉に、無表情で立ち上がる。
 
「あ、ちょちょっと・・」
スタスタと玄関に向かう桜花を、喜司雄は慌てて追う。
 
「ねえ、ここからの帰り道はわかるの?」
丁寧に靴を履く桜花に、引き止めようと話しを続ける。
 
「・・・・『お山』に行けば着くから・・・多分大丈夫・・」
この辺一体を見下ろすように丘があり、その丘に大きな屋敷がある。それらを含めて街の住人からそこは『お山』と呼ばれていた。
 
「『お山』って、あそこは紅野っていうお金持ちが住んでる所だよ・・」
「・・・うん、そのお屋敷に住んでる」
 
「へぇ〜華氏玖さんってお嬢さんなんだ・・」喜司雄が驚く。
「お金持ちさんなら、こんな所に来なくてもいいじゃない」
玄関から戻ってこない喜司雄を連れ戻しに美空がやってくる。
「み・・美空ちゃん・・」
美空の突き放す言い方に、顔を引きつらせながら桜花を見る喜司雄。
 
「・・・・そうかも、しれない」
少し寂しそうに玄関の戸に手を掛ける。
 
「・・・ありがとう・・さようなら・・」
その言葉を残して桜花は玄関を出た。
 
「ふう、これで邪魔者は消えました。戻ってこないように鍵を閉めちゃいましょう」
閉まったばかりの玄関に急ぎ鍵を掛ける。
「美空ちゃん・・・何もそこまで・・」
「いいんです。せっかく楽しみにしてたのに、知らない人がいると盛り上がりません」
そう言って喜司雄の背中を押しながら、部屋に戻ろうとする。
 
ドンドンドン、ドンドンドン
 
「あれ・・なんか音がする・・・」部屋に戻りかけた喜司雄は耳をすませた。
「喜司雄さんどうしたんですか?」
「いや・・ちょっとトイレに行くから、美空ちゃん先に戻ってて」
そう言って玄関の方に戻る喜司雄。
 
「はやく戻って来て下さいね」その言葉を残して美空は部屋に戻る。
 
ドンドンドン、ドンドンドン
 
玄関に立つ喜司雄、聞き間違えではない。確かに誰かが戸を叩いている。
「華氏玖・・さんかな?」
恐る恐る、玄関の戸を開ける。
 
途端に何かが喜司雄に抱き着いた。
「え・・・うわわわわ」
勢いに押されて尻餅をつく。
 
それは思っていた通り桜花だった。
桜花は喜司雄に抱きついたままで小刻みに震えている。
「・・・・・・・・・・」
喜司雄は現状が理解できず、ただ呆然としていた。
 
 
     ※    ※    ※
 
 
ルルカ「桜花さん・・・大胆ですね・・」
桜花「・・・ええ、それには訳がありまして・・・」
 
あのとき桜花が外で聞いた音、カチャリと鍵の閉まる音。
それは何でも無い音だったが、桜花の心の中にはさっきまでの場所と、自分をわかつ音として響いた。
 
知らない場所、知らない人達、知らない空気。そこにほおり出された自分。
 
丁度日も暮れかけて、一変したその風景は幼い心を不安にさせるのに十分だった。
子供は暗がりに恐怖を見出す、耐えられなくなった桜花は振りかえり戸を叩いたのだ。
 
ラルカ「それ、よくわかる」
ルルカ「そうですか?」
ラルカ「夜は嫌い・・一人は嫌い・・自分の一人の夜はもっと嫌い」
ベルティ「そんなもんかね」
シュレット「あんたにはきっとわからないよ」
 
 
     ※    ※    ※
 
 
『お山』と呼ばれる丘の上、うっそうと茂る森のなかに紅野家の屋敷はあった。
「・・・御爺ちゃん」
夜、広い紅野の屋敷の奥に桜花はいた。
「・・おお、帰ったか・・小さな桜花」
縁側に座る老人。紅野家頭首、紅野雪示(ひのゆきじ)は笑いながら桜花を向かえる。
 
「・・・遅くなりました」
「いいんじゃよ、初めての学校はどうだった?」
雪示の横に座り、今日あった事を話す。
 
「かっかっか。そうか、夜は怖いか・・」
「・・だって・・」笑われた気恥ずかしさに俯く。
 
「いや、いんじゃよ。怖いうちはうんと怖がればいい。それより、もう友達ができたんじゃな」
「・・うん・・でも、また引っ越すかもしれないから・・」
「どうしたのじゃ」
「・・・仲良くなっても、いつもすぐにさよならだから、仲良くなってからのさよならは悲しいから」
「だから仲良くしないというのか?」
 
「・・・わからない。でも、その方がみんなも私も泣かなくて済む」
「だから、そこですぐ帰って来ようとしたのか・・」
「・・・うん・・あの人達はやさしかった。だから、あの人達の涙は見たくない・・」
「桜花、お前は本当にやさしい子じゃな」
そう言って桜花の頭に手を置く。
 
「じゃがな、安心せい。しばらくはそうはならんよ」
「・・・本当?」
「ああ、本当じゃ。だから友達と気兼ね無く付き合うといい」
「うん・・」
心のつかえがとれてにっこりと笑う。
 
「今日は遅い、稽古は無しじゃ。明日のためによく休むんじゃよ」
「・・・はい」
元気良く立ち上がると、桜花は廊下の奥に消えた。
 
桜花を見送ったあと、茶をすする雪示。
「なんじゃ・・?」
 
奥のふすまがわずかに開く。
「総代・・・」黒服のサングラスの男が現れる。
 
「明後日にほぼ全ての御親族は集まります」黒服は続ける。
「ふん、跡目争いの前哨戦か、ご苦労な事じゃ」
顔には出さないが声には厳しいものが混じる。
 
「総代・・ここは御意志をはっきりとしておくべきでは・・・」
「まだまだわしは大丈夫じゃ。桜花のためにもまだ死ねんよ」
そして屋内の仏壇に目を向け。
「まだまだそちらには行けんがすまんな、櫻花よ」
 
 
 
次の日の学校でのこと・・。
 
朝、教室で喜司雄はそわそわしていた。
「ね、ね。どうしよう。どんな顔をすればいいのかな・・」
前の席に座る志度の袖を揺らしながら聞く。
「知るか。俺はあの後、美空がぶんむくれで酷い目にあったんだぞ」
 
桜花が喜司雄に抱き着いている状況を、そこに居る全ての人間は目撃した。
冷やかす者、驚く者、呆然とする者、笑う者。
反応はそれぞれだったが・・。
 
「それより周りの目。気にした方がいいぜ」
「え・・・何が?」
周りでヒソヒソと話しているクラスメートがいるのに、まったく気が付かないようだ。
 
「やれやれ、これだから恋する男はよぉ・・・」
やってられないと言った感じで外を見る。
「あ、ね、ね。来た、来たよ!」
 
教室に入る桜花、既に昨日の事がクラス中に知れ渡っているらしく、視線が集中する。
「・・・・・?」
桜花もあまり気にせず席につく。
 
「あ・・あの・・華氏玖さん・・おはよう・・」
ぎこちない挨拶をする喜司雄。
「・・・・おはよう・・」
桜花も普通に挨拶を返す。
 
「ようぉ、お二人さん。昨日はお暑かったね〜」
優が喜司雄と桜花を冷やかす。さすがに二人とも赤くなる。
 
「喜司雄〜いきなり転校生にてぇ出しちゃいけないな〜」
ニヤニヤ笑いならが喜司雄をこずく。
 
「べ、別に・・僕は何もしてないし・・」
「ずっと抱きつかれたかったから、何もしなかったんじゃないの〜」
優が更に意地悪く続ける、喜司雄は耳まで真っ赤になった。
 
「それに、華氏玖さんも華氏玖さんさ何も喜司雄なんぞに・・が・」
優の喋りが突然中断される。後ろには拳骨を作っている志度がいた。
 
「し、志度・・」振り向いた優が呆然とする。
「いちいち、うるさんだよ!昨日の事は華氏玖が言ってただろう。怖かったってな!それでいいじゃねえか!」
「おいおい昨日志度だって、散々・・」
頭を押さえながら優が驚く、志度も一緒に冷やかしていたのだが・・。
 
「昨日は昨日だ!状況を見ただけで変な事を言ってんじゃねえ。
 後、こいつらの事で変な事を言う奴がいたら俺がぶん殴ってやるからな」
そう言ってどかどかと音をたてて自分の席着く。
 
「ったく、何だってんだよ・・」優は面白く無いと言った感じで戻って行く。
 
助かったといった感じで、胸を撫で下ろす喜司雄。
「おい、喜司雄!」
突然、志度が怒鳴る。
「はいっ」
「お前も、お前だ。男だったらこれぐらいの事、自分で何とかしろ!」
「・・・うん」
「声が小さい!」
「は、はい!」
それだけ言うと今度は桜花に向き直る。
 
「華氏玖」女の子というのを考慮しているのか声のトーンを落す。
「・・・・・」
「お前も怖がりなら、怖がりらしく人を頼れ。俺や喜司雄が何とかしてやる」
「はい・・」
また周りが冷やかそうとざわざわしてきたのを、志度は睨んで黙らせる。
 
「ったくどいつもこいつも・・・」
全ては収まったようで、志度はブツブツ言いながら窓の外を眺める。
 
「志度・・・」席につき志度を小声で呼ぶ喜司雄。
「・・・・・」志度は外を見て答えない。
「ありがとう」
「・・・・ふん」それが志度の返事らしい。
 
窓に映りこむ桜花に気がつき振り向く志度。
「何だよ」
 
志度の席の側に立ちじっと志度を見る桜花。
「ありがとう、志度君やさしいね」
丁寧に頭を下げてから笑う。
 
「・・・・・俺は・・美空に頼まれただけだ・・・」
そう言うと志度は、またそっぽを向いてしまった。
 
「やっぱり可愛いなあ・・・ねえ、志度・・・あれ?顔を赤いよ」
志度と桜花のやり取りを見つつ喜司雄が呟く。
「うるさい、人の気も知らずに」
ポカッと喜司雄を殴る。
「い〜た〜いよ〜」
頭を抑えてうめく喜司雄、チラッと桜花を見るとやり取りを見ていたのかクスクス笑っている。
「・・・・・・」
それを見てまた顔を真っ赤にする、喜司雄だった。
 
 
・・あとがき・・
なんか学園ものに・・、
まだ続きます。構成は出来ているので後は書くだけなのですが・・。

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