イレギュラーナンバー 003O『春雪恋歌 〜ハルフルユキ〜如月』 「美空と♪」 「鈴の♪」 「「お料理教室春日部ディモールト!!」」 美空の家の台所で二人のエプロン姿の少女がポーズを決めている。 「え〜今回はバレンタイン間近ということで、チョコレートですが、美空さん!」 「はいっ、女の子ならばビシッと決めておきたいイベントですね、鈴さん!」 「そして今回は特別ゲストとして、桜花さんを呼んでおりま〜す」 鈴は自分で言って自分でカーテンを引く。奥には桜花がかっぽう着で姿で立っていた。 「・・・・どうも・・」 桜花はあまり自体を把握できずにいる。 「・・・・・あの〜鈴さん」 美空も桜花が来るとは知らされていなかったらしく、目が点になる。 「な〜に♪美空ちゃん」 美空はダッシュで鈴を捕まえて台所の奥で小声で話し始める。 「なにって、鈴さん。あの人は連れてこないでって言ったじゃないですか」 「だって、私料理はあんまり出来ないし、手伝ってくれる人がいなくってさ・・」 「だからって・・これじゃあ私だけが喜司雄さんにチョコレートをあげる計画が・・」 ※ ※ ※ 先日、少しづつ喜司雄達に馴染んでいく桜花に危機感を感じていた美空は、 兄の志度から更に衝撃的な事実を聞かされた。 「喜司雄なあ、華氏玖にチョコレートくれって言ってたぞ」 「え・・・ええぇ!」寝耳に水とはまさにこの事である。 喜司雄は、奥手・・と言うか、女の子とほとんどまとも話せないはずだったが。 「嘘でしょ、兄さん」 「ここで嘘を言って俺に得は無い」 「・・・で、あの人はなんて言ったんですか!」 「あ〜、時間が取れればって言ってたかな」 ※ ※ ※ 「とにかく、負けるわけにはいかないのです!」 背に炎をしょって美空は気合をいれた。 「盛り上がってる所、悪いんだけど美空ちゃん・・」 鈴がちょいちょいと肩を叩く。 「はい・・」 「材料が足りないです・・」 桜花がテーブルを見て呟く。 「え!?私、準備しておきましたよ」 美空は台所の棚を開ける・・・が中は何も無い。 「そんな・・・」 「きっと志度じゃん、私がここに来たらなんか遊び行くって慌てて出ていったし・・」 「むう・・兄さん無駄に邪魔してくれますね・・」 「どうする、買いに行く?」 「それしかないですね・・私が行ってきますから二人は待っていてください」 美空は肩を落とし自分の財布のお金を確認する。 「私も・・行きます」と桜花。 「別にあなたに来てもらわなくても・・」 「いいお店を知ってます・・」 ※ ※ ※ 別に、お店を知りたかったわけではない。 ずんずんと先を歩く美空と後ろを着いて来る桜花。 これは喜司雄が桜花のどこに惹かれたのか知っておくべきという、戦略的な打算によるものだ。 と、自分に言い聞かせて先を行く。 「そっちじゃないです・・」 後ろから桜花の声がかかる。 「む・・仕方ないです・・隣を歩いてください」 背を比べられるようで嫌だが仕方ない。 美空の知らない道を歩く。 「引越しして間もないはずなのに、よく知ってますね」 「・・何度かこの街にはきた事があるから・・」 「・・引越し多いんですか?」 自分も経験が何度かあったので聞いみる。 「母さんが忙しいから・・」 「・・・そう・・・ですか・・」 少し俯きながら道を歩く美空。 「着きましたよ」 桜花の声が後ろからかかった。 ※ ※ ※ そこは小さいが業者と一般のお客を一手に引き受ける良心的な店で、 二人はお使いにきたと思われだいぶおまけしたもらった。 「いいお店でしたね」 「・・はい」 足取りも軽く家路を急ぐ、と突然頭に冷たい感触を感じる。 「わ、わ・・これは」 「雨・・大雨ですね」 大粒の水滴は街を一瞬で灰色に染める。 二人は慌てて商店街の店先に避難した。 「困りましたね」 「はい・・」 空を見上げる二人。 雨は風を帯び、波のように道路の水溜りをないでいく。 止む気配は全くない。 「どうしましょうか・・?」 「待つしかないでしょ」 雨音以外聞こえない沈黙。 「未だ空にあらず・・か・・・」美空がポツリと呟く。 「・・・?」桜花は訳もわからず美空を見る。 「嫌なと時に嫌な事を思い出すなぁ・・」 誰に言うでもなく呟く美空。 「嫌な思いは吐き出した方が楽です・・」 「簡単に言う人ですね・・」 ジト目で桜花を睨む。 「今なら、雨露の中に消えます・・」 睨まれるのを気にせず空を見上げる。そう言う桜花の声も雨音が強く聞き取りにくい。 再び沈黙が訪れる。 「『未空』・・私の・・本当の名前です」 不意に美空が呟きはじめた。 「本当の・・名前・・」 「戸籍上はそう書くそうです」 「・・・拾われっ子なんですよ、私。本当のお母さんも知らない・・・」 空を見上げる美空の表情は見えない。 「でも・・それを不幸だとは思ってないですよ。施設ではいっぱいそんな子と一緒だったし・・」 ポツリ、ポツリと呟くように話す。 「ただ、自分の名前が嫌いでした。あなたと同じように・・」 「志度さんの家族に引き取られて、私が志度さんの『妹』になって・・・」 桜花は最初、聞き間違いかと思ったが確かに美空は『志度さん』と言った。 「とてもやさしかったです。兄さんは私が自分の名前を嫌いだと知ると『じゃあ今日からお前は”美しい空”で美空だって』 だから私もお話に出てくるような『できた妹』になろうって決めたんです」 「そのとき喜司雄はさんも一緒にいました。『きっと君は綺麗になるよって』真顔で言うんです。 それに『美空と志度で、ミソラシドだ。だから君達は兄妹』だって可笑しいですよね」 そこまで言うと美空は黙ってしまった。雨音だけが耳に届く。 「『未』という字は・・・」桜花が口を開く。 「『未来』の『未』でもあるよね」かぶさるように二人の後ろから声がかかる。 少年が立っていた。歳は桜花よりも幾つか上だろう。桜花はその少年に見覚えがあった。 「紫城・・・兄さん」桜花が呟く。少年の名は紅野紫城(ひのしじょう)実の兄ではないが母親からは兄と呼ぶようにと言われていた。 「桜花・・こんなひどい雨の中で傘も持たずに・・」 そう言って二人に近寄る。 「お兄さん?」不思議そうに美空が見上げる。 「はい、紫城兄さんです」 「しょうがない、僕の傘を貸そう。二人で使いな」 おおきめの傘を差し出すと美空の頭に手を置く。 「自分の生まれを悔いちゃいけないよ」そう言って紫城は雨の街に走り出した。 ※ ※ ※ ベルティ「桜花!桜花!兄さんがいたなんて聞いてない」 桜花「はあ、私もはじめて話しましたし・・」 ベルティ「で、歳は幾つ?美形?」 桜花「あのとき14歳と聞きましたから・・たぶん20歳だと・・・」 ベルティ「よ〜し、射程範囲内♪で、私が見た中で誰に似てる」 シュレット「この人・・相変わらずだよ」 桜花「そうですね・・・・しいて言えば、忍さんに似ていると・・・」 言ってみて桜花自信もはじめて気が付いた。 つかみ所ない形容しがたい人物だったがそんな所が似ていなくも無い。 ベルティ「そ・・それは・・」 シュレット「まあ、ある意味美形やね」 ※ ※ ※ 灰色の街に大きな傘が揺れる。 「大丈夫ですか?」 「これぐらい、へっちゃらですよ」 桜花が傘を持ち美空が荷物を持つ。 風が強く右左に持っていかれながらの家路。 「私・・少しあなたの事がわかった気がします」 「そうですか?」 「うん、ほんの少しだけ・・」 「私も少しわかった気がします・・」 「何を?」 「さあ・・少しだけですから・・」 そのとき更に強い風が吹く。 「ああっ」 「傘が・・」 元から支えるのがやっとだった傘は、突然の突風でもっていかれてしまった。 容赦無く降り注ぐ雨、遮る物は無く。濡れる二人。 「ああ・・あ・」 全身を打つ雨に呆然となる美空。手の荷物も地面に落ちる。 「行きましょう」桜花は雨を気にすることもなく。美空の手を取る。 「え・・・でもせっかく買ったのに・・」 「あなたの家族が待っています」 ※ ※ ※ ラルカ「桜花・・・つよい」 桜花「帰る事しか頭に無かっただけですよ」 ルルカ「いえ・・そんなことないです。桜花さんはやっぱり桜花さんですね」 ルルカは理由も無く、目頭が熱くなった。 ※ ※ ※ 何か一つ諦めてしまえば、物事は以外と楽になるものである。 「何かシャワーを浴びているみたいです」 「そうですね・・」 ずぶ濡れになりながら、手を握り歩く二人。 荷物を半分づつ持ち、重くなった服を引きずるように歩く。 それでも気持ちはどこか晴れ晴れとしていた。 「あ〜め♪、あめ♪、ふ〜れふれ♪、もっとふれ♪」 「ふふふふ」 「あははははは」 歌い、笑い、濡れながら帰る道。灰色の街の一角に明るい声が響く。 ※ ※ ※ 「さあ、ずいぶん濡れてきたね。風呂が沸いてるからさっさと入りな」 美空の母は二人を見るなり、風呂にほうりこんだ。 「うう、身体・・冷えてましたね・・」 「はい、しっかり暖まりましょう」 顔まで湯につかる二人。 時を同じく・・。 「結局・・・ずぶ濡れじゃないか・・・」 志度の家の玄関に立ち尽くす喜司雄。 「男はいちいちそんなこと気にするな、かあちゃん!風呂!」 同じく全身ずぶ濡れの志度。 玄関の騒ぎを聞きつけ顔を出す、志度の母。 「おや?一足遅かったねえ、風呂は今満員だよ」 「・・・・誰だ!こんな大雨で外に出るバカは!」 「僕達だってそうじゃん・・・」 「何を!お前はこの大自然の脅威に晒されてみたいとは思わないのか!」 「思わない・・」 「大自然の前でいかに人間がちっぽけな存在か、お前は感じてみようとは思わないのか!」 「いやだから思わない・・」 志度と喜司雄が湯船につかるのはだいぶ後の事になる・・。 そして一番風呂の二人は。 「これを着ると・・?」 「はい、家には女の子の服は無いので・・」 母親が豪快な性格のため、美空も基本的に志度のおさがりを着ていた。 「しかし・・これは・・」『それ』を見て桜花は少し引く。 「大丈夫です。アイロンをかけたので暖かいですよ」 「わかりました・・」 桜花は仕方なく『それ』に袖をとおした。 「風呂上りは牛乳に限るね、少年よ」 「いや、同い年だし」 再び志度と喜司雄、廊下を歩きながらリビングに向かう。 「細かい事を気にしちゃ・・・」 リビングのドアを開けかけて止まる志度。 「どしたの?」 喜司雄が中を覗こうとする。 「いけない!爆発する!」喜司雄に見せまいとドアを閉める。 「はあ?何が・・」 「いいから、予定変更。我々は2階でくつろぐ!」 「な、なんだよ急に・・」 「いや・・あれは致死量だ」 「え?・・何?・・何が」 「ええい、これ以上はNHKに盗聴される」 「日本放送協会がどうかしたの?」 「ちがう、日本秘密結社だ」 そう言って2階に上がる志度。 「まってよ〜も〜」仕方なく着いて行く喜司雄。 閉まりかけたドアの先・・リビングではぶかぶかのYシャツを着た美空と桜花が、ソファで寄り添うように寝息をたてていた。 ※ ※ ※ 翌朝、紅野家の道場内に一つの影があった。 嵐の後の何の混ざりも無い空気の中で、影は舞う様に真剣を振るう。 見る者が見ればそれは紅野流総合武術の一連の『形』である事がわかる。 真剣を握っていなければ本当に舞踊そのものだろう。 影はしばらくして最初から何も無かったように静止した。 「どうだい、爺さん。なかなかのものだろう?」 影から声が飛ぶ。 「確かに・・お主なら躊躇無く全てを斬る事もできような・・」 道場の真中で全く動かずにいた。雪示が答える。 「躊躇?はん、そんなもの最初からありゃしないよ」 先程の優雅な動きからは想像も出来ないほど粗雑な声が響く。 「僕は、あんた達が代々伝えてきたという動きを寸分違わず真似しているだけさ」 「・・・形だけなら、この家で誰もお主に真似できようも無いな」 「そりゃそうでしょ?なんたって出来が違うもの・・」 「それが・・わしが気の迷いで協力した物の結果か・・」 「いまさら舞台から降りようなんて無しだぜ、出資先が一つ無くなったって うちの機関は痛くも痒くも無いけどね。あんた達が僕を創り出した。最後まで見届けてもらわなくちゃね」 朝日が影をてらしだす。それは桜花の兄、紫城だった。 「だが、心まで真似は出来なんだが・・」 「それも時間の問題さ、ちょっと『刃の心』が抵抗をがんばりすぎちゃってるけどね・・・」 「なあに人間のエミュレートなんて難しくないさ・・」 端正な顔が醜く歪むように笑った。 〜あとがく?〜 雨降ってなんとやらという話です。 誰?って感じの紫城君は忍が身体を得る前の試験体と忍の暗部をコピーした者です。っていったらそうなんです!(言い切り) ・蛇足 1ヶ月後。 「なんです?これは」 桜花の前に突然包みを差し出す。志度・・・・と喜司雄。 「ホワイトデーだ」 「・・・です」 「はい?」 結局チョコレートは出来ずに終わってしまったのだが。 「何も渡してないですから・・受け取れません」 「来年の予約だ!」 「・・・・です」 「は・・・はあ」 何となく迫力に押されて受け取る桜花。 「よし、じゃあ来年はこいつのためにも頼むぞ」 「なんでそこで僕を引き合いにだすかな・・」 「うるさい、お前が一人では渡しずらいと言うからわざわざ付き合っているんだ」 「じゃあなんで、僕が言う前から渡す物が用意されてるのさ」 喜司雄の頭をこずく志度。 「男はいちいち気にするんじゃない。そんなんではNHKに入れないぞ」 「秘密結社なんて入らないよ・・」 「いや、日本○モ協会だ」 「・・・・・バカ」 |