イレギュラーナンバー 003O『春雪恋歌 〜ハルフルユキ〜弥生』 ガサガサと木の騒ぐ音が聞こえる。 空は月の光に淡く輝いていて、それを背景に黒い影を落した木が揃い揺れている。 「みんなとはぐれちゃったな・・・」 僕はうずくまりながら辺りの森を見渡す。 ミィ〜と小さく泣き声、僕は今、手の中に子猫を抱えている。 「・・・そうか・・お前はもっと一人ぼっちだったっけね・・」 子猫は明らかに弱っていた。僕はそのことがすぐにわかった。 でも自分には何も出来ない。家の近くの森なのだけど正確な場所が全然わからない。 「ごめんね・・・何も出来なくて・・でも、最後まで一緒にいてあげるから・・」 そっと子猫をやさしく撫でる。 「君は一人じゃない・・・」 ※ ※ ※ だから、あいつは馬鹿なんだよ。 自分じゃ何も出来ないくせして、一人で何でも仕舞い込む。 ・・・まあ、気が付いてやれなかった俺にも、少しは責任があるけどな・・。 それはいつもと変らない放課後、 「絶対今年こそは・・・見れるって」 「いや、やっぱり無理だろ」 帰り支度をそうそうに済ませた俺、叶志度に『あの馬鹿こと』喜司雄が数年越しの話題を振ってきた。 「そもそも、本当に見たのか?」 「見たもん、絶対見たんだもん」 なんというか無駄に頑固だ。 一度言ったら聞かない、こうなると別の事に興味が移るまで無理だ。 「どうしたのですか?」 ほれみろ、華氏玖だって気になるだろうに・・。これ以上話しを大きくしたくはないんだけどな。 「ああ、華氏玖か。ちょっとな・・・・これは男と男の秘密なんだが・・」 「別にいいじゃん、減るもんじゃないし」 減る!俺が減るって言ったら減るんだよ。あの馬鹿、華氏玖が出てきたから更に得意げになってやがる。 「・・・・?」 不思議そうな顔で華氏玖は俺と喜司雄の顔を交互に見る。 まあ、まったく内容が見えないし無理もない。 それにしても最初はおどおどしていたけど、華氏玖も随分学校に慣れたようだな。 何かっていうと涙ぐむのだから、辛気臭くなっていけない。 喜司雄の馬鹿は、力になれないくせに一緒に居たがるし、 仕方なく面倒をみてやっていたんだが、いつのまにか一緒にいるのが当たり前になっている。 「志度だって、楽しそうじゃない」と何時だが言ってきた。 あの野郎・・・俺は仕方なく、本当に仕方なく面倒見てやっているだけだ。 「喜司雄さ〜ん。に〜さ〜ん。帰りますよ〜」 で、美空までやってくるんだ・・。俺はこんなのを三人も面倒見てるわけなんだから 少しは見返りがあってしかるべきじゃないだろうか。 「あ、桜花さんも一緒だったんですね」 「はい、美空も掃除はいいのですか?」 「今週は当番じゃないので」 「そうですか、では一緒に帰りますか」 「はい」 ・・・なんか妙に仲良くなってないかこの二人。 「『桜花さん?』」 「なんだいつの間に仲良くなったんだ、おまえ達」 別に咎めるわけじゃないが、何か気にくわない。 「この間にです」 と、美空があさっての方向に向けて人差し指をぐるぐる回す。 こいつ・・いつのまにか誤魔化し方がうまくなってやがる。 「美空よ・・随分と言うようになったな・・」 「それはもう鍛えられ方が違いますから・・」 「別にいいじゃないですか、ねえ〜桜花さん♪」 「・・はい」 ぴったりと華氏玖にくっつく美空、こうして見ていると姉妹にでもなったようだ。 ・・妹よ・・・兄だけでは不足か? 喜司雄も二人の様子に驚いていたようで目が合った。 「・・まったく・・やれやれだね」 「いいなぁ、僕も名前で呼びたい」 「おまえさぁ、突っ込み所違うだろう・・」 「そうかな・・」 「バカだ、やっぱりおまえは大バカだ」 やってられない、あんな泣き虫のどこがいいのやら・・。 良くはないが・・まあ・・その・・なんだ、それほど悪くもないけどな。 ※ ※ ※ 帰りの道すがら、華氏玖にさっきの話しの説明をする。 「お花見?」 「まあそんなもんだ」 「・・です」 いや、全然説明になってないって・・。 「ああ・・まあ、要約するとだな・・」 喜司雄は説明が下手なので、俺から話す。 あいつがこの街に引っ越してきて間もない頃、 お山(華氏玖の住んでいる屋敷のある山)に広がる森の中で迷った時に、 川を見つけたそうだ。そこを流れる桜の花びらの景色が綺麗だったのでもう一度見たいと、 まあ、早い話がそういうことだ。 「・・・お屋敷の中にしか桜はありませんでしたが・・」 思い出しながら呟く桜花。 「だよな・・・俺も何度も言ったんだが・・」 俺は頭をかく、 「あるもん、僕見たんだもん」 頬を膨らませて『あの馬鹿』改め『お子様馬鹿』が抗議する。 「この話しになるとこうなんだよ・・・」 やれやれだ、華氏玖が止めてくれないかな? 「確かめに行ったりはしなかったのですか?」 「行きましたよ、この季節のなるといつもそうです」 「・・・で今まで見つかってない・・というわけだ」 「でも見たもん、桜がいっぱいあったんだもん」 ったくガキかよ・・ってまだお互い子供か・・。 「仕方が無い・・今年も結局こうなるのか・・」 まあ、いいか中に入ってすぐ戻るだろうし、 「いいじゃないですか、今年は4人です」 「私も・・・ですか?」 おいおいおい・・そこの元気の大安売りな我が妹、お前たまに面白いことを言うのな・・。 「ダメなんですか?」 美空が残念そうに見上げる。まったく、お祭りが好きなんだからな・・。 「まあ、夜だしな。華氏玖はお嬢様だし、仕方ないんじゃないの?」 「でも、もしこれたら来ください。9時に大橋の上に集合です」 「わかりました。9時ですね・・行きます」 華氏玖は少し考えてから、小さく、だがしっかりと頷いた。 まったく・・・面倒をみるのは誰だと思ってるんだ、おい。 ※ ※ ※ 「どうした、桜花?集中できてないようだが」 お屋敷の道場で私は紫城兄様と向かい合っていた。 「いえ・・・大丈夫です」 なんとか木刀を握り直す。けど、腕がもう・・。 「まあ雪示の爺様のお願いだから、こちらはやめてもいいのだけどね・・」 兄様はポンポンと木刀で肩を叩きながらつまらなそう外を見る。 その何気ない動作にも隙がみつけられない。 「大丈夫です・・。やります」 そう、今日の私は引くわけにはいかない。約束したのだみんなと。 「やる気だけは一人前だね・・」 いつもは雪示お爺様が直接稽古をしてくれていた。 けど、最近になって急に紫城兄様が相手をすることになった。 お爺様はたいしたこと無いと言っているけど、お身体に無理はさせられない。 「僕から一本とったら終わりでいいって言ったけど・・」 向かってくる私を一薙ぎして呟く。 「僕は爺様ほど甘くはないよ・・」 これで何度目だろう手を床に付いたのは・・。 でも、ゆっくりしてもいられない。 夕食をとったのが丁度7時、稽古をはじめたのが8時前だったから・・。 一定のリズムで響いてくる柿落としが唯一時間を教えてくれる。 私の覚えている限り、そう猶予は無い・・。気持ちを引き締めて木刀を握り直す。 「だいぶムキになっているね、この後何かあるのかな?」 「友達との約束が・・あります」 こんな事をしようと思ったのは初めての事だ。 「夜に外出とは・・いけない子だね桜花は」 「お爺様に許可はとりました」 お爺様はすぐに行って来なさいといったけど、それでは私の気がすまない。 「ほんとに・・爺様は甘いね・・」 「私が無理を言っただけです、お爺様をそのようにいわないでください」 「おおっと怖い、怖い。なるほどね爺様も甘くなるわけだ・・・けど」 この人に勝ちたい、お屋敷の禁を破るのだ。それだけの何かを私は見せなければ・・。 でも、お兄様の本気の目は・・とても・・。 「さっきも言ったけど僕は甘くない・・」 怖い・・・・・。 「・・・く・・」 目が私を捉える、怖い・・・・怖い怖い怖い。 でも、動けない。この場から今すぐ逃げ出したい・・。 心と身体がバラバラになってしまったようだ。 「どうしたんだい桜花、友達が待っているんじゃないのかい?」 笑いながら女性のような端整な顔が近づけられる。 「く・・うう」 空気が重く感じる、視界が狭い、いつもと同じ場所なのにまったく違う物に見える。 「どうしたの?怖いのかい?そうだよね・・君ははじめて味わう感覚だろうからね・・」 兄様の目はただ『殺す』と言っている。 「さあ、僕はここさ。打って来なよ。僕は逃げないよ・・」 お互いの目と鼻の先の距離まで顔が近づいている。 「・・・約束は・・・守ります!」 後から考えると私がここで動けたのは私が未熟だからにすぎない。 あの目の本当の怖さを知っていたら、もう少しあの目を見ていたら、きっと無理だっただろう。 このときは私の小さな思いが、未知の恐怖を振り払った。 「おっと、危ない」 すんでの所で木刀が外れる。 お願い、もう少しだけ動いて! 返し刃で兄様が向き直る前に鼻先に木刀を突き付ける。 「私の・・勝ち・・・」 たいして動いてないけど、肩で息をしながら一杯に空気を吸いこむ。 二人とも姿勢が崩れたままで硬直していた。 「・・・ふふ、少し油断してしまったようだ、いいよ行ってきな」 いつもの涼しそうな顔で答える。 「はい」私は服装を直し一礼をしてきびすを返した。 「桜花」 「は、はい」 入口の所で呼ばれて、慌てて向き直る。 「夜は危険だよ、特に子供はね・・いろんなものが見えてしまうから気を付けて・・」 「・・・はい、紫城兄様」 ※ ※ ※ 夜もだいぶ遅くなりました。 「おそいな・・やっぱりお屋敷から出て来れないみたいだな」 「ええ〜もう少し待とうよ〜」 街を真中で分断する川の一番大きな橋の上、 私こと叶美空と志度兄さんと喜司雄さんの三人は桜花さんが来るのを待っていました。 「でも、そろそろ出発しないと遅くなりますよ・・」 懐中時計を見ると時計は既に9時を回っています。 う〜んやっぱり無理だったのでしょうか、楽しみにしていたのに・・。 「すいません・・お待たせしました」 その声に三人共一斉に振り向きました。 今まで走ってきたのか、息を整えている桜花さんが立っています。 「いや・・待つにはまったけどよ・・」 「うわぁ・・その格好・・時代劇の人みたいだ」 「すごいです。桜花さん剣道とかやるんですか?」 それぞれ、桜花さんに感想を投げかけます。 これって袴って言うんですよね。いつもの服と全然違う雰囲気でなんか格好いいです。 「あ・・これはまあ、そうゆう・・事です・・」 少し気恥ずかしそうに桜花さんは答えました。 これでやっと四人揃って川の上流の森へ向えます。 「へえ〜じゃあこっちに来てずっと稽古していたんだ・・」 「はい、その・・黙っていたわけではないのですが・・」 「桜花さんカッコイイです」 すごいです。こんど是非稽古の風景を見せてもらいます。決定です。 「ふ〜んなんか面白そうだな、今度勝負してくれよ。俺、そういうのちょっと自信あるんだ」 「兄さんじゃきっとかなわないですよ・・」 「なにおう!よし華氏玖、今度絶対だからな」 「はあ・・あまり気は進みませんが・・」 いいんですよ兄さんなんて、軽くのしちゃってください。 と、いろいろ話していたらあっという間に森につきました。 「ここだな」 「・・です」 兄さんと喜司雄さんが目の前の森を見つめます。 「少し、怖いですね・・」 「はい」 夜は苦手です。見上げる森はいっそう怖いので桜花さんの後ろに隠れちゃいます。 「よし、とりあえず懐中電灯だ喜司雄隊員!」 「はいです!隊長!」 なんか妙に明るいです。この二人。 「よし・・では出発だ!」 うう、なんだがどきどきします。 ※ ※ ※ 抱える子猫の泣き声で我にかえる僕、じっとしたまま眠ってしまっていたみたい。 再びミィ〜と子猫が鳴く。 記憶を遡ってみたけどどうして自分が一人になってしまった理由がわからない。 「あはは、大丈夫。心配しないで・・」 子猫の頭を撫でる。ざわざわと森のざわめきが聞こえる。 「今何時くらいなのかな・・」 記憶が途切れているからまったく感覚がつかめない。 「みんな大丈夫かな・・・華志久さん泣いたりしてないかな・・」 不思議と自分は怖いとは思わない。むしろ落ち着きを感じる。 僕は家でいつも一人だった。親は滅多に家に帰らない。 学校に出る時も、家に帰ってくるときもいつも書き置きがあるだけだ。 馴れたというによりも最初からその環境だったので特に何も感じなかった。 志度達と知り合ったことで、他の子達に比べて自分の環境が少し変っているのだとやっと気付いた。 その事もただ他との違いを感じるという程度の事でしかなかった。 他の子やその親は『かわいそう』とよく自分の事を言うが。僕自身、自分がかわいそうだと思った事は一度も無い。 それでも『かわいそう』と言われるので、他の人より自分は『かわいそう』になれなければいけないのかと思った事もある。 それもおかしな気がするの今は言われるたびにただ頷くことにしていた。 ミィ〜と遠くから子猫が鳴く。あらら、いつまにあんな所に・・。 「あ、まってよ。暗いから危ないよ」 僕は森の中を進んでいく子猫を追う。 しばらく進むとバシャと足元で水の音がする。いつのまにか足元に水がある。 底は膝下にも満たないのでそのまま川を進む。 子猫は川の上に浮かぶ石を器用にわたりながら更に先を行く。 「もう〜どうしたっていうのさ・・」 そうして月明かりだけをたよりに川を半分ほど進んだ時だった。 「その川は渡らない方がいいよ」 後ろから声が掛かる。 「誰・・・?」 聞いた事の無い声に振りかえる。 「その川を渡りきったら戻って来れないよ」 子猫が渡った石の上にいつのまにか黒い影が立っていた。 「あなたは・・・誰・・?」 「しいて言えば、道化ってやつかな・・」 ※ ※ ※ 「あの志度さん、喜司雄さん・・大丈夫でしょうか・・・?」 華氏玖は不安そうに空を見上げている。 「どうだかな・・ったく勝手に消えちまいやがって・・」 四人で固まって歩いていたはずだったのにな。 誰も見ていない一瞬であいつは消えた。軽く見て周ったがまったく見当たらない。 今はこうして木を寄りかかって休んでいる。 「・・・まう・・むにゃ・・」 美空は俺にもたれ掛かりながら既に寝息をたてている。 「仕方ない、華志久。美空を連れて先に戻れ」 「そんな!?そんな事はできません・・」 まあそう言うと思ったけどな・・。 「むぅ・・・だけどな、これ以上はちょっとやばそうだし」 「だからと言って私達だけ先に戻るというのは・・」 「それは友達だからか?」 「・・・・・?」 しゃあない、なんとか帰るように言いくるめないと、 「それはあいつが友達だからか?」 「・・ええ・・・まあ・・そうです」 華氏玖は俺の雰囲気の違いに気が付いたようだ。 さすがにこういった事には敏感か、 「そうか、あいつも喜ぶだろうな・・。あいつな、4年前にここに越してきたんだけど しばらくずっと一人でいてな友達がいなかったんだよ」 「それにぐずだし、お子様だから見ちゃいられなくてな。つい一声かけたのが運の尽きだった」 「仲良しなんですね」 「どうだかな、まあ周りからそう見えるならそうなんだろうな」 風が木を揺らしている、ええい勢いだ、こうなったら言っちまうか! 「なあ・・あいつな、お前のこと好きだって」 ・・・・と思ったものの、いくら流れでも何を言ってるんだ・・。 「・・・・あ、はあ」 突然の会話の内容に反応に困っている。そりゃそうだ、俺だって困った。 「だから・・まあ、その、なんだ。見ていてやってくれよあいつのことをさ・・」 曖昧な言葉が出る。何だかな・・。 「・・・あ、は、はい」 つられて華氏玖も赤くなりながら応える。 「私は・・喜司雄さんのこと・・好きですよ、志度さん事も・・」 別に俺はお前らが居ればそれでいいと思うし、 俺自身はそれ以上の事は望まない。 面倒といいながら世話を焼くのは、やっぱり心のどこかで俺が望んだ面倒や忙しさなんだろうしな。 ただ、あいつには誰かが必要だと思う。それが華氏玖ならまあそれでいいのかなって・・。 「・・・・・」 「それに美空も。みんな、みんな大好きです」 「そうか、そうかだな・・・うん」 これをよく漫画で見る友情だの恋だのとは思わない。 そんなふうに大仰に考えたくはない。そういうよく聞く言葉でくくりたくはなかった。 周りからはそんな風に見えるだろうが、それよりももっとちゃちで簡単で、 それでいて・・いや、だからこそ気が付きにくいものだ。 この場所を守りたい、ただそれだの事。 「ちょっと見てくる、おまえ達はここにいろ」 照れくさくなったし頭も冷やしたかった。いいじゃないか、安い見栄でもはらせてくれよ。 ※ ※ ※ 「まてよ」 目的はそれのはずだったのに、何か場違いな思いを俺は感じた。 「勝手な事してるんじゃねえ」 非現実的だ、喜司雄が変な影に呑まれて半分消えている。 「何やってるんだよ、こいつは何なんだ?」 半分埋まりかけた影を睨みつける 「うん、何かこの人と約束しちゃってたみたいなんだ・・」 「約束だぁあ?何の約束だよ」 「ここに来たら僕の命をあげるって・・」 「馬鹿、大馬鹿!ほいほいそんな事約束するんじゃねえ」 「うん・・でも、もう前に来たときに約束しちゃってたみたいだし・・」 「アホか!そんなもん取り消せばいいだろう、やい化け物! そんな割りに合わない約束さっさと取り消せ!」 「それはできない、それに見合う事が無いとね」 影が喋る、話しができるならなんとかなるか・・。 「化け物のくせに融通のきかない奴だな・・・・よし、俺のを半分くれてやるそれでいいだろう」 「君の命を半分くれるというのかい?志度君?」 「ああそうだ、あの馬鹿から半分と俺から半分で一人分だ丁度いいだろう、どうだ?」 「馬鹿、志度何を言ってるのさ」 「お前は黙ってろ。どうだ化け物!」 やけだな、俺。何を言ってるんだか・・・今日の俺は本当におかしい。 「面白そうだね・・私は構わないよ」 ※ ※ ※ 気が付くと僕と志度だけだった・・。 身体は別におかしく無い。けどさっきの話しが本当なら・・。 「ねえ、僕達って半分死んじゃったって事なのかな?」 「知るか馬鹿」 良かった志度も特におかしくないみたい。 『君達は二人で一人になったのさ』 頭にさっきの道化の人の声が響く。 『君達が同じ思いを持ちつづけていれば特に問題はないけど・・』 志度にも聞こえているんだろう、呆然と目の前の闇を見ている。 『どちらかの思いが消えてしまったら、二人とも死んじゃうからそのつもりで」 「おい!勝手な事をぬかすな」 『これでも寛大な措置なんだけどね、 なあに簡単な事だろう二人とも同じ人を強く思っているんだから・・ それをずっと持ちつづけていればいいのさ』 「ねえ志度・・今のはどういうことさ・・同じ人を思っているって・・」 「さあな、知るかよ」 『それでなくとも君達の命は、ロウソクの火のように危うくなっているから気をつけてね』 「何だよ、どう言う意味だ」 『まあ、おいおいわかるさ。じゃあ最後に僕も約束を守るとしよう』 それからもうその声は聞こえなかった。 「志度さん!喜司雄さん!」 あれ、華氏玖さんじゃん。いつの間に・・。 華氏玖さんと美空ちゃんが走ってくる。 「兄さん、大丈夫ですか」 「あ、ああ。何ともない、大丈夫だ」 「喜司雄さん、今まで何処に?」 「うん、いや〜何処だろう・・」 なんて話したらいいのか・・。 「あ〜兄さん、喜司雄さんあれ」 いきなり美空ちゃんが後ろを指差す。 みんなが振りかえったその先に、 「すごい、桜ですよ桜」 「・・・・・」 川を流れるたくさんの桜の花びら、月明かりを反射して白く輝いている。 それは夜の黒い川の上を滑るように、 「綺麗・・ですね」 「そうだね、綺麗だ」 華氏玖さんの言葉をそのまま返す。 これが昔僕の親が親が亡くなった時に見たもので、 僕が見たがっていたもでもあるけど・・。 今は、僕と志度の命の代償・・・なのだろうか。 「・・・・」 志度は何も言わずその光景を見ている。 僕も何も言えずにただずっと目の前の光景を見ていた。 確かにそれは綺麗だった。 |