イレギュラーナンバー 003O『春雪恋歌〜ハルフルユキ〜卯月』



あれから僕と志度は特に変った事も無く、四月を迎えた。

夢だとよかったんだけど、志度の態度が少しよそよそしかったりするので

やっぱり事実なんだろう。

でも、それよりももっと大変な事があった。

紅野の屋敷の一番偉い人

つまりは華氏玖さんのお爺ちゃんが亡くなったのだ。

最近全く会えなかったのはそういう理由があったらしい。

もうすぐ新学期がはじまる、華氏玖さんはちゃんと来るのだろうか?



      ※      ※      ※



まあ人間なんて呆気ないものだ。

俺としてはこの屋敷に居る役目が終わるので清々するのだが、

会社側は資金援助の延長を締結するまでは帰ってくるなと言う。

そもそも俺は紅野の一族の遺産を相続するために送りこまれたのだ。

しかし、少し厄介な事になった。

雪示を看取ったのが桜花と俺で、

あの爺は「桜花に紅野を託す」とかぬかしやがった。しかも遺書付きだ。

さすがに桜花に手を出すわけにはいかない、目立ちすぎる。

まあ、桜花にはちゃんと継いでもらうとして、それを俺が補佐すればいいか・・

あとはあいつがちゃんと継ぐ気があるかが問題だが・・。


      ※      ※      ※


その瞬間までは何気ない会話でした。

お爺様と『櫻花』という私と同じ名の人の話し。

その方とお爺様は将来を誓い合った仲だったのですが、

櫻花さんは戦時中に亡くなられたそうです。

「結局、ワシは心のどこかで諦めきれなかったのじゃろう」

床につき、天井を見ながらポツリポツリと語っていました。

春休みの暖かな日でした。

私は縁側に腰掛け、紫城兄様は柱に持たれかかりながら聞いていました。

そのお話が終わり、

「いいか、小さな桜花。自分の中の思い出に逃げこんではいかん、
 ワシはもう逝くが、己の心の中のワシは必ず殺すのじゃ。いいな」

それはどんな意味かわかりませんでした。

「桜花、紅野を継げ。紫城、お前が証人じゃ」

「いきなり読んだかと思えば勝手に変な役を押し付ける・・」

「お兄様!」

「・・・ったく。わかったよ、紅野は桜花に継がせる、これでいいんだろう?」

「・・最後にお前に頼むとわな」

「ああ、あんたはもうろくしたよ。心配するな、さっさと櫻花の所に逝って来い」

それからお爺様が動くことはありませんでした。



      ※      ※      ※



メモリアルホールの中、親族用にあてがわれた部屋を出て、

俺と桜花は休憩スペースで外を見ていた。

人が死ぬとは面倒な事だ、告別式に葬式にと残された人間は大慌てだ。

それが、自らに悲しむ暇を与えないためのシステムと思えばまあ、納得できなくもない。

しかし何処から沸いてきたのか知らないが、紅野家にゆかりのあるという人間が集まる集まる・・。

俺は『残された長男、紅野紫城』として挨拶を一通り終えてタバコに火をつける。

この身体もそろそろ用済みになるのだ、これぐらいは構わないだろう、

それよりも桜花だ、俺が面と向かってタバコを吸っているのに注意もしない。

「・・・・・・」

顔はずっと外を見ているが、その目は何も映していない。

着ている黒いワンピースは遠めにはわからないが所々切り刻まれた跡がある。

やったのは桜花自身だ、よほど爺の死を認めたくないらしい。

切り刻めば着なくて済むとでも思ったのだろうか?

事実は変らないのに、ガキの考える事は理解できない。

「・・・・何故、みんな笑っていられるのでしょう」

他の親族の事を言っているのだろう、奴等は今頃会食中だ。

久しぶりに会う顔同士、昔話に花を咲かせていることだろう。

「彼等なりに、他人の死との付き合い方がわかっているんだろうよ。
 生き続ければおのずとそうした場面は多くなる。
 そう言った意味でいえば彼等は賢明だよ」

「人が一人死んでいるんですよ!」

「人が一人死んだだけさ」

「・・・・・・」

「彼等にはこことは別に生活がある。
 おまえのようにずっと泣きはらしているわけにもいかない。
 今回はそれ以上に意味があるんだろうがな」

跡目や遺産を巡っての争い、

それも俺が持っている遺言状と証言で一発で加太がつくのだが・・。

「なあ、桜花。何故遺言通りにしない?俺に黙っていろとはどういう事なんだ?」

情けをかけているわけじゃない、会社からの命令で行動原理を忍寄りにしているだけの事だ。

プロト4、仮名は忍・・『電界に眠る精霊』離反したどこぞの研究者の遺産だそうだが、

会社はそれを人界に持ってこようとしている。

と、言うより人の器に押し込めて扱いやすく利用したいというのが本音だろう。

現在はその研究者の遺産のサーバー内から出てこない、人の器が完成すればまた違ってくるんだろうがな・・。

その試験体の一つが俺なわけだ、できそこないだがな。

それでも忍の一面はもっている、例えば・・。

「お前だってずっとそうしているわけにはいかないだろう。
 お前にはお前の生活がある。友達だっていたじゃないか、ずっと会っていないんだろう?」

隣に座り顔を覗き込む。やっぱり慣れないな、顔が引きつる・・。

「それに遺言を思いだせ、いくら時間が解決してくれるとしても長すぎるのはいけない・・」

更に俺が言いかけてとき、ポケットに入れていた携帯電話がはげしく振動する。

相手先の番号は、この携帯の番号・・。

馬鹿馬鹿しいと思いながら通話のボタンを押した。

「誰だ」

『・・・ごめんね、そこで携帯を使うのはマナー違反だったんだけど』

「おまえ、忍か・・」

社の人間以外は知らない番号なのだが、驚いたな直接話すのはこれが初めてだ。

『うん、まあね。ちょっと気になってさ』

「悪い冗談はやめろ」

俺は躊躇無く電話をきる、確証はないが今あれと接触する気は無い。

イスに座り直そうとすると、こんどは休憩スペースに備え付けの公衆電話が鳴る。

桜花もこれには驚いたようで、顔を向けている。

俺は仕方なく公衆電話の受話器をとった。

『いきなり切ることはないじゃない』

「用心深いんでね、迷子の女の尻を追いかけてばかりだったどこぞの間抜けとは正直、信じられなくてな」

瞬間、バチッと痛みが走る。野郎・・俺の痛覚をいじりやがったな・・。

桜花が駆け寄ろうとするのを手で制する。

『嫌な言い方するなぁ・・見失ったのは確かだけどさ』

軽い口調でいいのけやがって、だが今の挑発に乗るという事は本物に間違いなさそうだ。

「用件はなんだよ」

『報告とお願い、試験体は君以外全部スクラップにしたよ』

「物騒な奴だな・・俺はいいのか?」

たぶん奴は本気だろう、社の監視をすり抜けてよくやる・・。

『君は他のと違った役目があるみたいだし、それをしっかりまっとうしてもらおうと思って・・』

「・・桜花の事か?」

『桜花っていうんだあの子、いい名前だね。その子をちゃんと守ってあげてよ、変な気を起こさずにね』

「もし、俺が変な気を起こしたら」

どこから見ているか知らないが、変な奴だ。自分が間だ知らぬ世界の事を気にするなんて。

『今すぐ君を乗っ取って僕が役目を代わる』

ふざけた奴だ、何がこいつをそこまでこだわらせるんだ。

「よっぽど女を追っかけるのが好きなんだな、おまえは・・」

『別に、僕は見失った彼女・・真野アリスにこの物語を見せたいだけだよ、きっと何かを掴んでくれるはずだから』

「俺達はお前のための役者じゃない」

『それでいいよ、僕はずっと見ているだけだから』

電話はそこで切れた。会話の中で俺がこの役を降りない事を確信したんだろう、勝手な奴だ。

「あの・・お兄様・・」

いつのまにか桜花が心配そうに見上げている。

「ああ、大丈夫だ。ただの悪戯だ」

確かに悪戯だな、それも相当たちの悪い・・。

とりあえず俺はもう少しこの役に収まる事にする。

俺固有の存在に未練は無い。ただ今無くなろうが後で無くなろうが同じだ。

だが忍にこの役を任せるのはしゃくだし、何も知らずに『入れ替わった兄』を心配するであろう桜花が

酷く滑稽に思えたのだ。この見上げる瞳は今の俺を映している。

だが、生憎この感情を説明する言葉を俺は知らない。



      ※      ※      ※



その時の俺は酷く無愛想な顔をしていただろう。

「ねえ、志度・・華氏玖さんに会いに行くって・・方法はあるの?」

屋敷への階段を上りながら、文字通り俺の片割れになった喜司雄が尋ねる。

あの一件以来、俺達にはちょっとした変化はあったものの変らない日常を過ごしている・・つもりだ。

美空も華氏玖も気が付いていない。それはそれでいいだろう。

(ねえ、志度聞いてる。志度ってば)

頭に喜司雄の声が響く、こういった事が出来るようになった事は認めたくないのだが・・。

「それをやるなと言ってるだろう」

グーで思いっきりぶん殴る。

「い〜た〜い、もうすぐ殴るんだから〜」

「俺達は普通の人間なの!話したければ口があるし、物を見たければ自分の目がある、
 だからそんな事する必要ナシ!OK?」

これはそこらの新しい玩具とはわけが違うのだ。

「・・お、OK・・」

涙目で頭をさする喜司雄、たぶんまだわかってない。

「っで、どうするの?きっと簡単には入れないよ」

「む、そうだな・・もう着いちまったし・・」

階段が終わり、それらしい大きな門が俺達を迎えてくれたが、当然閉まっている。

「とりあえず周りの探索だ、やってやれない事は無いはず」

「根拠は?」

「無い」

他に手も無いし、しょうがないだろう。

「これなんか、いけそうじゃないか」

しばらく周りを歩いて、一本の木が塀と沿うように立っているのを見つけた。

「登るわけ?」

「もちろん」

「大丈夫かな・・」

「俺達に安全を確保する余裕は無い」

「・・そだね」

塀を乗り越え中に入る、そこはいかにも『お金持ちです』という感じの庭だ、偏見かもしれないが。

「なんだい君達?」

いきなり後ろから声をかけられる。おいおいさっきまで人なんていなかったぞ・・。

「・・・え、いや・・」

一瞬女かと思ったが違う、少し年上の・・中性的な人だ。

(し、志度・・どうしよう、見つかっちゃったよ)

(この場合見つからない方が奇跡だ)

(開き直らないでよ!)

こうゆう時はこれも役に立つ・・。だが相手が相手だしあまり意味がない・・。

「屋敷の人間ではないね、まったく行事にかまけて警備が薄くなってるな・・」

「あ、あの!僕達、華氏玖さんに会いに来たんです」

言って通じる相手じゃなさそうだぞおい、こいつはなんて言うか・・。

「華氏玖さんね・・ふん・・・なるほど、そうか・・でも僕は知らないな」

「ほれ見ろ・・」

なんていうか普通じゃない気がする。

「泣いてばかりいる、女の子なら知ってるけど」


      ※      ※      ※


部屋のふすまが引かれた時はびっくりしました。

「桜花、お客さんだ」

「え・・・あ」

振りかえるとお兄様が志度さんと喜司雄さんを連れていました。

「よ、よう」

「・・・どうも」

「じゃあ僕は行くから、帰るときに声を掛けてよ」

お兄様はそのまま部屋を後にしたので、私達3人だけになりました。

「あの・・華氏玖さん大丈夫?」

「え、ええ私は・・」

「無理するなよ。全然、大丈夫じゃないだろう」

「志度!」

「い、いえ・・・そうですね、大丈夫ではないです・・」

「その服も自分でやったんだろ?」

そこで私はまだ自分が切り刻んだワンピースを着たままなのに気が付きました。

「これは・・・・はい、そうです」

「そっか・・って言うか俺もやったことあるし・・」

「え、志度ってそんなに繊細なの?」

「うるさい」

ボコっと志度さんが喜司雄さんを叩いています。

「い〜た〜いよ・・」

いつもと変らないやりとり、でも2人はどこか無理をしている気がします。

「とにかく、華氏玖が心配だったが顔を見て安心したぜ」

「実はね、ここに来ようって言ったのも志度なんだよ」

「それは言うな!」

そう言ってまた叩いています。

「・・・でも良かった、華氏玖さんが笑ってくれて」

「・・んだな」

「・・・・!?」

言われてはじめて自分が笑っているのに気が付きました。

「さ、帰るぞ喜司雄」

「えぇ、もう?」

「ああ、華氏玖もいろいろあるだろうからな」

「いえ・・私は・・」

本当はもう少し居て欲しいと思いました。

「まあ、なんだ・・今度何かあれば呼んでくれよ」

「うん、僕達が君を守るからさ」

そう言って2人は部屋を出て行きました。

「・・・ありがとうございます」

居なくなった廊下を見つめながら呟き、また少し泣きました。

私を見守ってくれる人達がいるという事の嬉しさに。


「2人を送ってきたよ、いい友達じゃないか・・」

いつのまにか紫城兄様が戻ってきました。

「はい・・・お兄様、私は・・」

「うん?」

「私は、紅野を継ぎます」

見守ってくれると言ってくれたあの人達を守りたい。

まだお爺様の事を整理できたわけではないけれど、そう思えてきました。



      ※      ※      ※



僕達ってどこか抜けてるんだよな・・。

「ねえ、本当に本当なの?」

「ああ、だからこうやって急いでいるんだろ」

僕達は駅に続く大通りを急ぐ。

志度と僕の思考の共有部分が増えたものの、
別に頭が良くなるわけでもない。悪くならないならいいけど・・。

「2人ともなんでカレンダーをちゃんと見ないんですか!」

美空ちゃんが珍しく怒っている。まあ・・その・・。

「面目無い・・」

「ごめん・・」

あれから数日して華氏玖さんは普通に学校にきた。

でも、いきなりこんな事を言った。

「私は4月の末に引っ越します」

だもん、本当にびっくりした。

「だいたい、1ヶ月が30日あったり31日あったりする方がおかしいだろ」

今日は4月30日、4月の末日だ。

「もう〜4月が31日まであるなんてどこで思い込んでいたんですか!」

気が付いたのがついさっき、志度の家でごろごろしていたら美空ちゃんが、

「桜花さんが行ってしまうのに何をやってるんです!」

でっかいハテナマークを浮かべて聞いていた僕達2人は、数分後大急ぎで家を出た。

さすがに記憶を共有できるから思い込みが強かったからとは言えない。

駅に付いて改札を飛び越える。

「美空、入場切符買っておいて」

「ええ!兄さんずるい」

志度は財布を投げる。周りが騒がしいけど構っていられない。

僕達は階段を急いで上がった。

「あ・・・!?」

よかった間に合った。ホームで華氏玖さんとそのお兄さんを見つけた。

「桜花、僕はちょっと電話をしてくるからお別れを済ましていなさい」

「・・はい」

華氏玖さんのお兄さんはそう言ってホームの隅に行ってしまいました。

「よかった御免、日付間違えてた」

「あ、いえ、大丈夫です」

「馬鹿言え、大丈夫じゃないだろ?」

「・・・・あ、はい。少し心配でした」

追い付いたはいいものの、何を話したらいいのか言葉が出ない。

「桜花さ〜ん」

やっと美空ちゃんが追い付いて来た。

「美空・・」

「はぁ・・はぁ・・酷いんですよ2人とも私を置いて先にいっちゃって・・」

「ああ、悪い」

「・・ごめん」

「しかしな・・華氏玖。本当に行っちまうのか?」

「はい・・・すいません」

「なあ、考え直さないか?話しじゃお前の意思で引っ越すそうじゃないか、何か嫌な事があったのか?」

「いいえ、そういう事ではありません」

「じゃあなんだよ、嫌な事がなければいいじゃないかよ」

「すいません・・」

「わっかんねぇよ!全然わからねえよ!俺達が守ってやるって言ったじゃねえかよ!」

「やめなよ、志度」

志度はいつになく声を張り上げている、その理由がわかる僕はあえてそれを止める。

あのときの言葉を信じるなら、僕達が生きるには強い思いが必要だ。

それが僕にとっては華氏玖さんなわけで、

華氏玖さんが居なくなってしまったら僕がどうなるかの保証は無い。

「華氏玖さん、また戻ってくるんだよね?」

「はい」

「ならいいんだ、どんなに離れても、何処へいっても僕達は君を守る・・・
 って言葉だけになっちゃうからこれあげる」

言って僕は学校で作った木彫りの鳥を差し出した。

「これは?」

「うん、まあ、約束の印みたいな物かな・・あはは、もっと何か凄い物を用意したかったんだけど・・」

「いえ、ありがとうございます」

これでいいんだ、自分自身のためにを引きとめたくは無いし。

次に美空ちゃんが前に出る。

「桜花さん・・」

「美空・・」

「手紙を書きます、だから桜花さんもたまにでいいんで返事をください」

「はい、必ず」

「絶対、絶対ですよ」

「はい、絶対です」

そのまま美空ちゃんは華氏玖さんに抱かれて泣いていました。

ホームに電車が入ってきた。

「桜花、そろそろだよ」

いつのまにかお兄さんも戻って着ています。

「はい」

「じゃあ、そのまえに写真でも撮ろうか」

何処から用意したのかお兄さんは使い捨てカメラを持っていました。

急いで四人で並びます。

「喜司雄さん」

「うん?」

華氏玖さんが僕の横で呟きました。

「私はもう華氏玖ではありません」

「え・・」

「私は紅野・・紅野桜花です」

カメラ目線のままのその横顔はずっと先を見据えていました。



      ※      ※      ※



「これで私の話しは終わりです」

長い長い話しが終わり、もう窓の外が明るくなり始めていました。

「あの・・それからみなさんには会ってないのですか?」

最後まで聞いていたのは私だけでした。

ラルカは私の膝枕で、シュレットさんとベルティさんは折り重なるように寝ています。

私だってそんなに夜は強くないのに、我ながら大したものです。

「そうですね・・実は続きがあるのですが、これは私とルルカさんの秘密にしてください」

そう言って桜花さんは珍しく悪戯っぽく笑みをつくりました。

私は、そんな顔を見るのは初めてだったので、少しドキドキしてしまいました。



      ※      ※      ※



ガタンと一度大きく電車が揺れて、慌てて自分の荷物を押さえた。

それでも長い包みが床を転がってしまい、急いで拾いなおす。

少し派手な音がしたものの、周りはあまり気にしていないようだった。

あれから6年、変ったと言えば変ったしそうでないと言えばそうも言えた。


第一に身長は伸び続け、同じ年頃の人よりも頭一つ抜き出てしまった。

髪も同じように伸ばし続けていたので、言葉だけで言えば腰まで伸びたままだ。

そういった特徴がめずらしいのか、街で視線を感じるのが少々恥ずかしい。

腕も上がった、紫城兄様が行方不明になるまで一本もとれなかったけれど・・。

そう、紫城兄様は生活が落ち着いた頃、何処かヘ消えてしまった。

紅野家の管理は兄様が執り行っていたので、問題無い所をみると何処かで生きているのは間違い無い。

あれほどの人だから、きっとまた会えると私は信じている。


今、再びあの街に戻ろうとしている。

あのとき自分の居場所を守るために、お爺様が私の中で亡くなっていくまでと我侭を言って出てきたのだ。

悲しみでみんなとの思い出まで塗りつぶしたくなかった。私は器用ではないからそうした方法しか思いつかなかったのだ。

私にはそうした6年間だった。


美空とは約束通り手紙のやりとりをしている。

その中で志度さんと美空は家の喫茶店を手伝うようになり、

喜司雄さんは何も言わず、私のすぐ後に引っ越してしまった事を知った。

『どんなに離れても、何処へいっても僕達は君を守る』

あのときそう言ってくれなければ今の私は無いと思う。

その喜司雄さんに何があったのか、気になりつつも時間だけが過ぎていった。

しかし、数週間前の手紙で志度さんが所在を捜し当て、会いに行ったとの事だった。

そして今日その喜司雄さんが戻ってくる、

すぐに私もこの日に戻る事に決めた。


「あれ〜もしかして桜花さんじゃないですか!」

改札を抜けてすぐ聞きなれた声に呼び止められる。

「美空、久しぶりですね」

「やだやだ、連絡くれてもよかったのにどうしたんですか?」

跳ねながら美空が飛び込んでくる。

「ええ、急にこちらに戻れるようになったので・・」

「そうなんですか、ああでも昔も綺麗でしたけど桜花さん見違えちゃいましたよ」

「ふふ、そんな事言っても何も出ませんよ。私よりも美空の方が変りましたよ、綺麗になりましたね」

「ええ♪そうですか?」

クルッとその場で1回転をする美空、制服姿の彼女は伸ばした髪をリボンで結び、

少し印象は変ったものの、元気の良さはそのままで彼女らしく成長したと思えた。

「あの・・手紙届きましたよね。桜花さん、だからこの日に戻ってこようと思ったんでしょう?」

「はい、実はそうです」

「やだな〜も〜桜花さん意外とまめなんだから・・」

「そうでもないですよ・・」

「じゃあ、チョコレートも用意したんですか?」

「ええ、まあ」

今日は2月14日バレンタイン、美空達が教えてくれた日だ。

美空は、無理を言ってこの日に戻ってくるように喜司雄さんに念押しをしたそうだ。

「6年越しで渡すチョコレートなんて、なんかドラマみたいですね。
 あのときはあのときで、雨に打たれたりした大変でしたけど」

「そうですね、それにホワイトデーを先に渡されての約束でしたし・・」

「じゃあ一緒に待ちましょう、もうすぐ兄さんが連れてくるでしょうから」

「そのことのですが・・」

「・・・・?」

「私の分は美空が渡しておいてください」

いいながら包みを差し出す。

「ええ!?どうしたんですか?」

「いえ。昔、散々2人に驚かされたのでそのお返しです」

包みと私の顔を交互に見ながら、やがて美空が笑う。

「それもそうですね、いつも面倒を押しつけられていましたし・・。わかりました、引きうけます」

「すいませんね、変な事をお願いしてしまって」

「いいんですよ、でも桜花さんはこれからどうするのです?あのお屋敷に戻るのですか?」

「いいえ、この街のどこかに住みますが、そうですね・・
 2人には『昔のお返しに、私をさがしてください』と伝えてください」

「あははは、わかりました。必ず伝えて捜してもらいます。なんかますますドラマみたいです」

「そうですね。では美空、またのちほど・・」


      ※      ※      ※


「ちょ、ちょっと待ってください。もしかして桜花さんその後すぐ・・」

とてつもなく嫌な予感がしました。

「ええ、ルルカさんの考える通りです。私は彼等に再開する事無くここに飛ばされました」

「そんな・・そんなことって・・」

あまりにも酷すぎはしないだろうか・・。せっかく6年越しの再開だったのに・・。

「きっと悪戯が過ぎたのでしょう、バチが当たったのですね」

「そんな、絶対そんな事ありませんって」

それでバチが当たっては、優夜さんはもっととんでもない所に飛ばされているはずだ。

「それにそれだけ桜花さんがみんなに心を許しているって事じゃないですか」

そうだ、この話しの中の桜花さんは本当に楽しそうだった。

「そう言ってもらえると助かります」

しばらく、言葉が出なかった、というより言いづらかった言葉を吐く。

「・・・あの・・・やっぱり、戻りたい・・ですよね?」

「ええ、出来る事なら」

「そうですか・・・」

それはそうだ、これだけたくさんの思い出があるのだし、

待ってくれている人もたくさんいるのだ。

何故、私達の世界は桜花さん達を呼んだりしたのだろう、

ここは他の世界の人に辛い思いをさせてまで、救わなければならない場所なのだろうか?

「もし、ルルカさんがその世界にいたらどうしますか?」

不意に桜花さんが尋ねてきた。窓を大きく開けて朝の空気を吸いこむ。

「え、ああ、その。う〜ん、そうですね・・」

しばらく考えこんでなんとか言葉をまとめる。

「私はきっと、そこでも優夜さんと一緒にいると思います、
 宿縁とかそういうものが全然無いところで、確かなものが全然無くて
 不安でいっぱいでその思いで潰されそうになって・・でも一緒にいると思います」

これで桜花さんが切実思っている何かに、少しでも応えられただろうか?

「そうですか・・」

桜花さんはそれだけ言うと朝焼けの空を見つめていた。

なんとなく声をかけづらかったけど、どうしても気になった私は最後の質問をした。

「それで、桜花さんはどちらの方が好きだったんですか?」




春雪恋歌〜ハルフルユキ〜    〜了〜

戻る