エピソード 2.43 『富と栄光の行進曲・第3』
 
ルルカ「あ・・あの忍さん?もう降ろしてください・・」
今が非常時というのはよくわかってはいるが、抱きかかれえられているこの状況はやはり恥ずかしいものがある。
忍  「でも、まだいっぱい来ますよコウモリ」全力で走りつつ、チラッと振り向く。後ろから無数のコウモリが迫ってきている。
ルルカ「それはまあ・・そうなのですけど・・・」コウモリは嫌いだ、しかしこの状況はもっとその・・。
このように機奏英雄に助けられることを夢に見ないことも無いが、
優夜に助けられている自分を想像して赤くなっているとも言えず。延々とこの抱きかかえられたままの状況が続いていた。
 
ルルカ(だけど忍さん・・こんなに速く走れるんだ)
相変わらず続く洞窟、足場はけしてよくない、加えて自分を抱えている。
そんな悪条件(自分はそんなに重くないはず・・)を待ったく気にせず忍は走りつづけていた。
忍の運動神経はよい、何度か見たこともあった。しかしそれを差し引いてもこれは少し無理があるのではないか。
 
ルルカ「や、やっぱり降ろしてください、大丈夫です、もう大丈夫ですから」
忍  「そうですか?まあたしかにコウモリもいなくなったようですね」振りかえり確認する。
ルルカ「はい、大丈夫ですから」やっと自由になる。
 
忍  「僕はまだ平気ですけどね」
ルルカ「・・私が平気じゃないです」
忍  「はい?」
ルルカ「・・いえ、何でも無いです・・・」
忍  「僕はもう少しああしていたかったかな」
ルルカ「え?」
忍  「ルルカさん、可愛いから」
ルルカ「え?え?ええ」一瞬何を言われたかわからなかった。
 

アール「おまえはどうしてそう考え無しなのだ」
バッド「しょうがあんめい、こんな所だ、きっかりメモっても結果は同じだろうよ」
二人は向かい合うように通路に座りこんでいる。バッドラックに先頭を任せたみたのがそもそも間違いだったかもしれない。
 
アール「だからといって適当にあっちこっちと進むバカがあるか!」
バッド「まあ少し休もうぜ、疲れてまったく動けねえ」
アール「これだから年寄りは・・」
バッド「言っとけ言っとけ、俺は疲れた」そう言ってだらしなく姿勢を崩す。
アール「まったくたいした奴だ」
バッド「そういえば忍の奴、蟲化ことについて何か言ってたか?」
アール「唐突だな、今更なんだ」
バッド「いや、ちょっと気になってな。嬢ちゃんも無視できる話じゃないだろうしな」
アール「白銀の暁に所属している。それで答えになるだろう」
バッド「対面としてはそれですむがな・・」
アール「何が言いたい?」バッドラックを睨む。
バッド「お前達の間でどういう話があったのかと思ってな」
 
アール「ふん、何を言うのかと思えば」
バッド「聞いてないのだろう?何も」
アール「・・・何を・・・」
バッド「何も聞いてない、怖くて聞けない、ちがうか?」
アール「おまえには関係無い・・」
バッド「確かに関係無いが、それでいいのかお前自身は?」
アール「おまえは・・づけづけと何を」
バッド「丁度いい機会だからな、嬢ちゃんに少し説教をしようと思ってね」
互いに睨み合ったまま沈黙が続く。
 

そして優夜は・・
優夜「いやぁ〜何も変りませんね」
相変わらずとぼとぼとシィギュンの前を歩いている。
シィギュン「そうですね・・それに少し寒くなってきました」
優夜「そ、そうっすか?俺は別に・・」立ち止まり辺りを見まわす。洞窟だからそれもあるかもしれない。
 
不意に優夜の首まわりに後ろから腕がまわされる。
優夜「・・!?」妙にいい臭いがする。
シィギュン「・・優夜様・・少し暖めてもらえます?」いつのまに優夜の真後ろに来ていたのか、シィギュンが優夜を抱きとめている。
優夜「シ、シ、シィギュンさん?」完全に気が動転している。
シィギュン「少し・・このままで・・」更に腕を絡ませる。
優夜「そ、それはまずいっすよシィギュンさん。旦那がいるじゃないっすか」背中から伝わる感触に抵抗してなんとか平静を保つ。
シィギュン「今は何も言わないでください・・」
優夜は自分でも何だかわからない汗を掻きながら、必死で穏便に済ませる方法を考えていた。
 

ルルカ「な、何を言ってるんだすか。こんなときに・・」
後ずさり、岩肌に支えられながら問う。
忍  「TPOは関係ないですよ、ただそう思っただけです」ジッとルルカの目を見ながらいう。
ルルカ「や、やめてください、本当に怒りますよ」
忍  「僕は本気であなたが心配なんですよ、ルルカさん」岩肌に片手を置きまっすぐにルルカを見る。
ルルカ「・・・」
忍  「このままこのアーカイアの戦いが激しくなれば、あなたは命を落とす」
ルルカ「・・・・優夜さんが・・・いてくれます」
忍  「失礼ですが、優夜さんではあなたを守ることはできない。僕が優夜さんに変ってあなたの盾になりましょう」
ルルカ「・・し・・忍さんにはアーデルネイドさんがいるじゃないですか」
忍  「アールは大丈夫、二人の女性を守るぐらいの力は僕にはあります」
ルルカ「そんな!そんなこと・・言わないで下さい・・忍さんは忍さんの大切な人を守ってください、
    私は優夜さんで十分です、お似合いなんです」
忍  「あなたが僕の大切な人になってくれればいい、
    きっとこれだけ捜しても見つからなかったんだ、きっとみんなもう・・・」
ルルカ「そんなこと無い、きっと無事です。それに私は人の不幸の上に立って幸せになろうとは思いません!」
忍  「幸福というのは誰かの不幸の上に成り立っている、
    死ぬか生きるかの今の状況では人の死の上でしか自分の生を勝ち取ることはできない。
    それでなくても自分が有利になるというのは誰かが不利になるということだ、それが自分に見えるか見えないかの違いだけど」

ルルカ「私は私が優夜さんと共にあるという幸せで十分です」

忍  「それは偽善だ、生きつづけることそれ自体が
    誰かの見えない不幸の上で成り立っている。それを見ずに生きつづけるかい?」
ルルカ「私はそんなにできた人間じゃないです。見えない物にまで気は配れません。
    私は今までたくさん人に迷惑をかけながら、なんとか生きてきました。
    確かにいろんな人の不幸の上で生きているかもしれません、
    でも、でも、私は、今私の側にいてくれるあの人は笑ってくれる、
    きっとあの人は幸せです、でも私は何も不幸じゃないです。それでも、あの人は笑ってくれるんです」
 
いつのまにか涙が流れていた。
 
ルルカ「あの人の笑顔の下に私の不幸なんてないんです、
    だから、だから私はあの人の側にずっといるって決めたんです。
    いつも笑ってくれるあの人だから・・忍さんの気持ちは嬉しいですけど、
    これは私の・・私の・・・・」
 
もうその先は言葉にならない。
 
忍は手を離し少し離れる。
忍  「そうか、そうなんだね。それだけ言えれば僕は何も言うことは無いよ」
 
ガラスに用に忍にヒビが入る。

ルルカ「・・忍・・さん?」
忍  「御免ね、試すようなことをして。君の記憶を借りてちょっと意地悪をしてしまった・・」
 
端からボロボロと崩れ始める。
ルルカ「・・・・!?」
忍  「この先に少し進めば君の大切な人や君の仲間はいるはずだ、自分に負けていなければね」
ルルカ「ど、どういうことなんですか?」
忍  「君の仲間だ、きっと大丈夫だろう。次の試練も何とかなるはずだ・・・・がんばるんだよ」
そして忍だったものは砕け散った。
 

アール「説教だと?言われなくても自分の弱さぐらいわかっている!」
バットラックを見据えながら言う。
アール「確かに怖いさ、忍が蟲化するのではないかとな。
    しかし、だからどうだと言うのだ、私が泣きつけば何か解決するとでも言うのか。
    語りえぬことには沈黙しかない」

静かに目を瞑り言葉を紡ぐ。

アール「そこに答えは無いのだ。問うまでもないことだ。忍はあの言葉を聞き何も気にせずそのままだ、
    ならば私も同じだ。今を、この一瞬を、大切に生きる。重要なのは一緒にいた時間の長さではない、
    そのときの思いだ。いつか二人を別つそのときまで私は悩む苦しんでも思いの強さは変らん!」
カッと目を開く、そこにはバッドラック姿は無かった。

アール「幻覚が、そう何度も引っかかると思うな」そう言うと立ちあがり道を進む。
 
アール「まあ、聞いてみるのも面白いかもしれないな。あいつの事だまた妙な事を言うのだろう」
一人呟きながら光の見える道を目指した。
 

優夜「シィギュンさん・・やっぱりこれはいけないよ」
さっきから同じ体制だが意を決したように静かに言う。
シィギュン「何故です?ルルカさんではご不満でしょうに」
優夜「ご不満?ああ、確かに不満はいっぱいあるけどね・・」
シィギュン「でしたら私が・・・」
優夜「でもね、不満ってのも案外悪くないんだよね・・」
ピシッピシッとヒビ割れる音が聞こえる。
優夜「シィギュンさん・・たしかにあんたは『綺麗なお姉さん』だけど・・俺に近づくなんてことはしちゃだめだよ」
シィギュンの気配が薄くなる。
優夜「あんたは俺にとって『壁の花』みたいなもんで、見ているだけでいいんだ。
   ルルカはそうだな〜追い払ってもついてくる子犬・・いや違うな・・猫って感じでもないしな〜」
少し上を見上げて考えこむ。

優夜「まあ、とにかくそんな感じなものの方がって・・・あれ、シィギュンさん?」
辺りを見まわすが何処にも人影は無い。

優夜「少し惜しかったかな・・まあいいか」
そう言って鼻歌を歌いながら一人で先を進む。
優夜「俺のマシンはぁ〜♪幻糸の3重織り〜♪」いつもの素っ頓狂な歌を口ずさむ。
優夜「成り行き任せのぉ〜♪渡り鳥ぃ〜♪」

一人であることが少なからず身に染みたが、心配はいらない。根拠は無いがそんな気がした。
 
エピソード 2.43 END

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