エピソード 2.32Syu『夢想家達の幻想曲・第2』
 
快晴の大空をフェイルのハルニッシュ・ヴルムが滑っていく。
シュレット「すごい、すご〜い」
一緒に乗っているシュレットが歓声をあげる。
 
飛行テストは、実際乗らなければわからないだろう、というフェイルの提案で
シュレットを本来は歌姫が搭乗する席に乗せて飛んでいた。
本来ならばリンクを介してしか、外の景色を見ることができないのだが、
このカスタマイズされたハルニッシュには目視用の窓が多く設けてある。
 
シュレット「そういえば、なんで空を飛ぶことにこだわるの?」
フェイル「もともと、レミュが飛んでみたいって言ったのが始まりなんだけど、
     僕もこうやって空から見る景色が好きになったし、空なら何処にでもつながっているから」
シュレット「ヘぇ〜なんかすごいな」そう言って下の景色を眺める。
フェイル「そういえば君は何か見たい物ってある?」

シュレット「竜!」何の迷いも無く答える。

フェイル「竜?あのおおきな身体で翼のあるやつ・・・」
シュレット「う〜ん、聞いたことしかないからわからないけど、竜が見たい!」
実際は竜鱗が欲しいのだが同じ事だろう。
フェイル「そうか、どこかで竜がでるって湖があるらしいから、見れるかもしれないね」
 

一連のチェック項目を終えて、ハルニッシュが工房近くの発着所に降りる。
 
フェイル「なかなかいいバランスだね、今までは旋回時に少しガタついたのに」
シュレット「そ〜お?装甲の付け方を、少し変えてみただけだけど・・」
フェイル「じゃあ、それが良かったのかな」
奏甲を工房の奥にいれて、それぞれ降りる。奥では一人の歌姫が出迎えていた。
 
レミュ 「遅かったじゃないか、調子は悪くなさそうだな」
ぶっきらぼうな物言いでレミュが向かえる、ぼさぼさの赤髪、
無造作な作業着で、チョーカーが無ければまず工房職人にしか見ない。
 
フェイル「うん、調子が良かったからね。前よりも良くなったかも」
シュレット「そんなことないよ、もともとよく手入れがしてあったし」
レミュ 「そう言ってもらえると、嬉しいね。安心してそれを任せられる」
 
フェイル「そうだレミュ、僕の剣がまた折れちゃったんだよ」
そう言って鞘から剣を出す。かなり使いこまれていたであろうそれは、今は半ばまでしかない。
レミュ 「またかい?あんたは力が入りすぎるんだよ」剣を受け取り各部を確認する。シュレットも横から覗きこむ。
 
シュレット「なんかこれ、変ってるね」
レミュ  「わかるかい?フェイルは左利きだからね、それ用に造ってあるのさ」
シュレット「ふ〜ん、それ僕が見てあげようか?」
フェイル 「いいのかい、君もいろいろ別の奏甲を見なきゃいけないんだろう」
シュレット「大丈夫、なんとかなるから。それに今日乗せてもらったお礼」
フェイル 「そうかい、なら頼もうかな、レミュもあれに専念できるだろうし」
レミュ  「悪いね、そうさせてもらおう」
そう言ってそれぞれハルニッシュの側らのもう一騎の奏甲を見る。
 
それはシュレットが今まで見たことの無い奏甲だった。
それもそのはず、これは無色の工房がペーパープランで終わらせた物の一つ。
ハルニッシュ・ヴルムの空中機動能力を考慮に入れた、空中戦能力強化案。
フレームはハルニッシュを元にしているが、推進器を倍に増やし足に装着、
現世技術をとりいれより飛ぶことにより限定した奏甲。
 
特徴は足の推進器を任意の方向に向けることにより、急旋回や急制動、ホバリングが容易になっている。
 
フェイル 「コードネームは『オストヴィント』、レミュが持ってきた設計図をみてこつこつここまで造ったんだけど・・・」
シュレット「『オストヴィント』?」
フェイル 「東風っていう意味だよ」
シュレット「東・・風?」
フェイル 「うん、僕が好きだった日本っていう国は、東にあったんだ」
 

ベルティ 「あんた、見たわよ・・」不適な笑みでシュレットに話しかける。
前日と同じく夕食の席で会話の花が咲く。
シュレット「な、何がさ・・」
ベルティ 「昼頃男と一緒だったでしょ、どこで捕まえたのよ」
シュレット「な・・別に、誰かさんと違って仕事してたよ」
ベルティ 「へぇ〜、英雄さんと楽しそうに話すのが仕事なんだぁ〜」
シュレット「な、なな、何の事だが〜」がんばってしらをきる。
ベルティ 「でもやめといたほうがいいわよ、どうせ歌姫がいるんだし、きっと遊んでいるだけよ」
シュレット「フェイルさんはそんな人じゃない!」ダンと、テーブルを叩いて立ちあがる。
ベルティ 「フェイルっていうんだ」意に介さず、ニヤニヤ笑いながら見つめる。
シュレット「・・・・・」真っ赤になって無言で座る。
 
桜花   「どんな方なのですか?」
もくもくと食べていた桜花が突然話す。
ベルティ 「そんなの見に行けば一発じゃん」
シュレット「何であんたが答えるかな」
ベルティ 「桜花もどうせ奏甲が整備中でやることが無いでしょ、ちょうどいいじゃん」
桜花   「私は、日頃の鍛錬が・・」
ベルティ 「いいじゃんたまには、お休みも必要だって。
      それにシュレットがちゃんと人様の奏甲に傷つけずに仕事をしているか、
      確かめてもいいんじゃない?」
桜花   「それもそうですね・・」
シュレット「ちょ、ちょっと桜花までぇ〜」
 

フェイル「で・・、みなさんが見学に来たと・・」
シュレット「はい・・・すいません」
翌日、突然工房奥を訪れた3人をフェイルは快く向かえた。
 
ベルティ「7点、7点、8点、9点・・・」
フェイルを上から下へ眺めてブツブツ呟く。
ベルティ「うん、まあ合格♪」
シュレット「何採点してるのさ、あんたは?」
 
桜花「すいません、突然押し掛けたりして」
二人が騒いでいるところをすり抜けて、フェイルに挨拶する桜花。
フェイル「いやあ、別に構いませんよ。賑やかなのは嫌いじゃないので」
ベルティ「ほっほう、なかなか好青年らしい対応、1点プラスだわ」
シュレット「だからなんであんたが採点してるのさ」
 
レミュ「なんだシュレット、来てたのかい?」
オストヴェントの影からレミュが顔を出す。
シュレット「ああすいません、大勢で押し掛けちゃって・・」
レミュ「ん、まあいいさ。それよりちょっと手伝ってくれるか」
シュレット「はい、いま行きます」
 
そのやりと取り見てベルティは、
ベルティ「あれがあんたの歌姫・・・?」
フェイル「そうです。名前はレミュ・イスラート、元はここの工房のスタッフです」
ベルティ「ふ〜ん、通りで。なんか歌姫っぽくないし・・」
桜花  「・・・・」
率直なベルティの感想に微妙な目を向ける桜花。
 
桜花  「・・・シュレットはよくやってますか?」
フェイル「はい、あなたの奏甲もみているという事なのに、すいません」
桜花  「こちらは、構いません。急ぎの旅ではないですし」
フェイル「そうですか。あの失礼ですが、あちらでは日本にいたと聞きましたが?」
桜花  「ええ、そうですけど」
フェイル「そうですか、実は描きかけの絵がありまして、それが桜の木なのですがちょっと見てもらえますか?」
桜花  「ええ、構いませんよ。家の人間は桜が好きで私の名にいれるほどですから・・」
フェイルと桜花は元の世界の話しで盛り上がっている。
 
ベルティ「な〜んか、空回りするなあ。あっちもこっちも色気の無い話題ばかりで・・」
シュレット「そこの不良歌姫、暇なら手伝ってよ」
オストヴェントの陰から声がかかる。
ベルティ「あ〜あたしはパス。油っぽいの嫌いだし、壊すよきっと」
シュレット「ったく使えないな、もちっと何か手に職を持とうは思わないの?」
ベルティ「あたしはほら、歌姫だからさ・・」
シュレット「歌姫だから?」
ベルティ「いざって時に動ければいいの」
それだけ言って工房を出るベルティ。
 
シュレット「全くも〜調子がいいんだから」
レミュ「ほっとけ、二人いれば何とかなる。それよりこっちをみてくれないかい」
シュレット「あ、はい」
 
剥き出しの駆動系に二人掛りでとりかかる。
シュレット「レミュさんはいつから、これの製作をしているんですか?」
レミュ「いつからだったかな、物心ついた頃から親にこれの設計図を見せられていた気がするし・・。
    親が工房の職人だから子供の頃からこればっかりだったしな」
シュレット「へぇ〜すごいな〜」
レミュ「お前は違うのか?奏甲をこれだけみれるのに?」
シュレット「僕は町に新しくできた工房の人に拾われたんだ。今は人手が足りないからって。
      家はなんとか『歌姫』を家系から出したくって。三人姉妹でいっつも練習してた。
      僕は抜け出して機会いじりばっかりだったけど・・」
 
レミュ「お前らしいな、悪い、そこのスパナ取ってくれ」
手だけで探り当てて渡すシュレット。話しをしながらもお互い手は休めない。むしろペースは上がっている。

レミュ「すまないな。それで」
シュレット「うん、上のシャストア姉さんとシャルシェラ姉さんは本当に歌姫になるためにポザネオに行っちゃったけど、僕は残った・・。
      ううん、シャストア姉さんが残してくれるようにしてくれたんだ。僕が好きなことを出来るように・・」

レミュ「お前が残りたいと言ったのか?」
シュレット「ううん。僕はシャストア姉さん達と一緒に居たかったよ、絶対奏甲も見てみたかったし。
      でも、二人しか行けないって事になって僕と姉さん達のどちらかが行くことになってたんだけど・・、
      僕の知らないうちに二人が行っちゃったんだ」

レミュ「なら、なんでその姉さんのおかげって解ったんだ?」
シュレット「僕の内緒の工具箱にシャストア姉さんの手紙があったんだ、
     『あなたまで家のいいなりになることは無い、あなたは自分の好きな事をしなさい』って」
レミュ「それから、その姉さん達には会ったのか?」
シュレット「うん、会うには会ったけど・・よくわからなくって」
レミュ「何かあったのか?」

シュレット「シャルシェラ姉さんに会ったんだけど・・姉さんは自分はシャストアだって言うんだ」
レミュ「何だそれ?お前が間違えたんじゃないのか?」
シュレット「確かに姉さん達は双子だけど、僕が間違えるはず無いもん!」

レミュ「ああ、悪い。じゃあ何か理由があるんだな」
シュレット「うん、もう一度聞いてみたら、シャストア姉さんは行方不明だって・・」
レミュ「ふうん?じゃあ一様自分がシャルシェラだってことは認めたんだな」
シュレット「うん、でもこれは秘密だって言われた、理由は教えてくれなかったけど・・」
 
レミュ「なるほどね。しかし、もしお前がそのままポザネオに行ってたらやっぱり歌姫になってたのかな」暗い様子のシュレット見て話題を変える。
 
シュレット「どうだろ?わっかんないよ。そういえばレミュさんはずっとここに居たの?」
レミュ「ああ、親と一緒にずっとポザネオさ。でも、新しい工房できることになって一人で出てきたんだ」
シュレット「連絡とかは・・?」

レミュ「ああ、そう言えば・・手紙にこれの設計図と指輪が入っていたんだ、思い出したよ。どちらか好きなほうを選べってね」
シュレット「・・え?でも今は歌姫になって、奏甲をみて・・」
レミュ「これはたまたまさ、指輪を付けて仕事をしてたら光だしてね、それがフェイルさ」

シュレット「でも、大変じゃないのいろいろと・・」
レミュ「まあね、でもこいつが完成して何処の馬の骨とも知らない奴に乗られるより。自分の半身に乗ってもらう方がましだからね。今じゃ丁度良かったと思ってる」
シュレット「それまでは・・どう思ってたの?」
レミュ「いつか親を超えてやると思っていてね、それを目標にしていた。今もそれは変らないけどな、
    完成したら親に見せてそれからぶっ壊しちまおうって思ってた」

シュレット「ええ!?せっかく造ったのに?」
レミュ「ああ、自分が造ったものが人殺しの道具にはなって欲しくなかったんだな。
    それに同じ物を見ていちゃそれ以上の物は造れない、確かに反省する所とかはあるだろうけど、
    もっとでっかい夢があるからな!」
シュレット「へえ、すごいな。どんな夢なの?」

レミュ「この世界のまだ誰も知らない島を見つける!」
 
そらからしばらくは穏やかな日々が続いた。
シュレットはオストヴェントの手伝いをする側らで、フェイルのために左利き用の剣を鍛えていた。
 
 
シュレット「剣、完成したよ」
フェイル「すまないね、何から何まで。そうだ、君の絵を描かせてよ今までのお礼って事でさ」
シュレット「え、えぇ〜いいよ別にそんな〜」
フェイル「前からアーカイアの人達を描いてみたかったんだけど、
     レミュはあの通りで、工房から出てこないし。見知らぬ人にお願いするのもなんだしね」
シュレット「だったら、ベルティあたりに言えば喜んで受けそうだけど・・」
フェイル「君にお礼をするんだから、君が見たい物でもいいけど・・」
シュレット「そ、そうですか・・?なら・・お・お願いします」
 
こうして、オストヴェント製作のかたわらでシュレットは絵のモデルを務めた。
フェイル達が奇声蟲退治に向かって留守の時も、わかる範囲で作業をすすめた。
 
しかし、フェイル達が経って数日後のこと・・・。
 
シュレット「フェイルさん達が・・・」
ベルティ 「そうなのよ、ぼろぼろにやられちゃって、ここまでは何とか辿りついたけど、
      今桜花と私で蟲の方はフォローしに行く所だから、あんたはフェイルさんの所に行ったあげて」
シュレット「わかった、行ってくる」
 
外に飛び出したシュレットは一目散に工房に向かっていた。
 
エピソード 2.32Syu END

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