エピソード 2.33Syu 『夢想家達の幻想曲・第3』 街はシトシトと振る雨に静まりかえっていた。 近隣で蟲が暴れていると聞けば、当然のことだ。 更に退治に向かった英雄が返り討ちにあったの事もありなおさら静かだった。 シュレット「フェイル・・・さん?」 工房脇の詰所にフェイルは寝かされていた。 フェイル「やあ、シュレットじゃないか」 上半身を起こしてシュレットを向かえる。 シュレット「あの・・怪我は・・」 フェイル「ああ、まあ大丈夫だよ・・・ただ・・」 左腕を見せるフェイル。 シュレット「・・・!?」 驚いて声がでない。そこには左手は無かった、肘から先がそっくり無くなっている。 フェイル「・・・ごめんね、君の絵の続きは・・もう描けそうに無いね・・」 シュレット「・・そんなことはいいよ・・でも・・それじゃもう・・」 フェイル「仕方が無いよ、僕達は命を掛けて戦っているんだから、生きていただけまだましかな」 シュレット「でも・・でも、もう今までにみたいに描けないんだよ、描きたいものがあっても・・・・もう・・」 目まぐるしく頭が回転する、自分が同じようになったらと思うと、目の前が真っ暗になった。 フェイル「確かにそれは悲しいけど、僕はまだ創る事を諦めたわけじゃないさ」 工房の奥に顔を向ける。 シュレット「・・そうだ、レミュさんは?」一緒に奏甲に乗っていたはずだ、フェイルがこんな状況ではレミュも。 フェイル「うん、彼女は全く問題無いよ。今もオストヴェントに向かっている」 シュレット「フェイルさんがこんな状況なのに?」 フェイル「状況は関係無いさ、いや・・むしろ、僕がこんなだからこそ早くあれを完成させたいのかもしれないね」 シュレット「レミュさんは、腕の事をなんて・・」 フェイル「うん、『おまえの新しい翼を造ってやるから待ってろ』ってさ」 シュレット「・・・・」 そう語るフェイルの目は、力強くどこか遠くを見つめていた。 桜花 「ここにいたのですかシュレット・・」 宿の部屋に戻った桜花が、自分達の部屋の戻るとシュレットがぼんやりと外を見ていた。 桜花 「食事もとらずに・・・」テーブルに置いたままになっている食事は、既に冷めている。 シュレット「・・蟲は・・・」桜花の方を見ずに呟く。 桜花 「無事退治しましたよ、心配はありません」 シュレット「・・・そう・・・」 桜花 「とにかく何か食べないと・・まだ奏甲は完成していないのでしょう?」 シュレット「・・・今は・・いらない・・」 桜花 「どうしたと言うのですか、フェイルさんも左手は失ってしまったそうですが無事でしたし・・」 シュレット「なんか・・顔を合わせずらくなっちゃって・・」 桜花 「・・・・?」 シュレット「あの人・・ううん。あの人達は自分の思いに何処までも真っ直ぐでさ・・・フェイルさんは好きだよ・・でも、 なんか悔しいんだ。僕もあんなに強い思いで物を造れるのかなって・・」 桜花は、シュレットがフェイルに会いに行ってから元気が無いと聞いていたが、 心の内はずっと先を見ていたらしい。しばらく何も言わず聞くことにする。 シュレット「今はただ造るのが楽しいし、桜花達がうまく使ってくれるのを見るのもすごく嬉しい。ずっとそれでいいと思ってたけど・・ フェイルさんやレミュさんはずっとずっと先を見てる。僕には僕の先は見えないし考えたことも無かった」 呟く様に話していたが、桜花を見て尋ねる。 シュレット「桜花は何で強くなろうと思ったの?」その目は純粋な疑問の色だけが浮かんでいる。 桜花「私は・・物心ついた頃には叔父様に稽古をつけてもらっていましたから・・叔父様は稽古中は厳しい方でしたけど、 それ以外時は冗談の好きな面白い方でした。私は叔父様と一緒に入る時間が楽しかったから、 強くなるのも叔父様が誉めてくれるから、うまくは言えませんけどそんな理由です」 シュレット「ふ〜ん、じゃあもし、もしだよ桜花もフェイルさんみたい腕が無くなっちゃって、剣を振るうことができなくなったらどうする?」 桜花「あまり仮定の話しは好きではないですけど・・ そう、一つこの道の中で気が付いたことがあります。 剣はあくまで手段であってその先の本質は別にあるんです」 シュレット「その先の・・本質?」 桜花「ええ、これもうまくは言えませんが、私は相手と対峙している時、剣を交えている時に相手の心が見えるのです、 錯覚かもしれませんけど。強い相手の心は同じように・・いえ、それ以上に強いです。そういった心を観る瞬間を、 私はここまでやって来て良かったといつも感謝しています。 だからもし、この両腕や五体が欠けてしまってもその心を観る方法を探して行くと思います」 シュレット「・・・やっぱり桜花はすごいや・・」 桜花「そんなことはありません、そういえばフェイルさんがあなたの事で驚いてましたよ、自分の一番思い入れの有る、まだ描きかけの絵を観抜いた・・と」 シュレット「そ、そうなんだ・・」赤くなって俯く。 桜花「シュレットにはシュレットの力があります。今は先が見えなくても、 見えてない事に気が付いた今があれば大丈夫です。あの御二方も最初はそうであったでしょうし」 シュレット「そうか・・そうだね・・」 桜花「今は、思いのままに動いていてもいいのではないですか。 シュレットが今一番望む事に、その力を振るってみてはどうです?」 シュレット「うん、わかった。やってみる」 それから数日間、シュレットは工房に顔を出さずに一人で宿の部屋に篭っていた。 それでも夕食には顔を出すので、ベルティが問いただす。 ベルティ「あんた最近何やってんの?部屋に篭りっきりでさ」 シュレット「う〜ん、秘密。教えてたげない」ベルティの皿から食べ物を取る。 ベルティ「あ〜あんた、返しなさいよ」 桜花「私のをあげますから、あまり騒がないでください。シュレット、順調のようですね」 シュレット「うん、フェイルさんの奏甲と同じ頃位に出来るんじゃないかな」 ベルティ「何、知ってんの桜花?」 桜花「いいえ、知りません。ただ何となくわかります」 シュレット「そう、なんとなくわかるの」 二人で目を合わせて笑う。 ベルティ「ったくなんなのよ、のけ者にしてぇ〜」 それでも桜花にもらった食べ物はしっかり頂くベルティ。 その夜・・。 ベルティ「なんで私まで付き合わなきゃならないのよ」 夜遅く出歩くベルティとシュレット。 シュレット「いいじゃんどうせ、だらだらしてなかなか寝ないんでしょ」小脇に箱を抱えている。 ベルティ「で、何なのよそれ、愛しのフェイルさんにプレゼント?」 シュレット「うん、まあそんな所」 ベルティ「何をしてるかと思えば・・作戦変更ってわけですか〜」ニヤニヤと怪しげな笑い。 シュレット「べっつに、ただ渡したい物があっただけだよ」 工房の詰所の前に箱を置く、するとシュレットは一目散元来た道を戻る。 慌てて追いかけるベルティ。 ベルティ「なんなのよ、置いてくだけでいいの?」 シュレット「やっぱり・・会うのは恥ずかしいや・・」 ベルティ「ったく恋する乙女ってやつはも〜」 翌朝、昨日までの天気とはうって変わって雲一つ無い青空。 旅立つには絶好の天気といえる。 シュレット「朝一番で経たないと、次の街につけないよう」 ベルティに手を引かれるシュレット、ちゃんとフェイルさんに会いなさいと言ってずんずんと進んでいくベルティ。 ベルティ 「大丈夫♪ローザリッタァの全快走行ならすぐにつくから」 シュレット「また、壊れちゃうよ〜」 丘の上につくと、見慣れた奏甲と二人の人影があった。 シュレット「・・・!?」 見間違える筈も無い、オストヴィントとフェイル達だ。 フェイル 「やっ、遅かったね」 いつも通りのフェイルがいる。シュレットは昨日の事を思いだし何を喋っていいかわからない。 フェイル「これ、君が造ったんだよね」そう言って左腕を見せる、肘の先にはゴテゴテした義手が付けられていた。 シュレット「うん・・いろいろ調べて、短い時間で造ったから全然うまくできてないけど・・」 フェイル「いや、良く出来てるよ。さすがに元の腕とまでといかないけど、また筆と剣を持てるようにしてくれたんだね」 シュレット「うん。フェイルさん、描くときは手首は使ってなかったから肘から先がちゃんと固定できればまた描けると思って・・」 フェイル「なるほど、よく観ていたね。筆が丁度元の手の位置くるよ」 シュレット「急な依頼で行かなくちゃならないけど・・今度来たときは・・続きを描いて下さい」 フェイル「ああ、わかった。約束だね」そう言って義手の左手を差し出す。 しばらくそれを見つめて左手で握手を交わすシュレット。 レミュ 「おい、時間が無いんじゃないのか・・」 フェイル「ああそうだったね。じゃあさっそく始めようか、レミュ、サポートよろしく」 レミュ 「わかっているさ、もう失敗はできないぞ」 フェイル「はいはい、それじゃあ行って来るよ」そう言って一人でオストヴィントに乗りこむ。 シュレット「レミュさんは乗らないの?」一番乗りたがっていたはずなのだが。 レミュ 「今回は特別だ、まあ見てな」そう言って歌を織りはじめる。 程なく風が沸き起こり、オストヴィントが空を舞う。 一定の動きを繰り返していたが、レミュの合図によりオストヴィントは急に不規則な機動を取り出した。 フェイル(スモーク展開、それじゃ始めるよ) レミュ (ああ、しくじるんじゃないよ) シュレット「ね、あれ煙・・」 ベルティ 「大丈夫、ま、見てなさいって♪」 レミュ (そうだ、そのまま。あと三回数えたら旋回だ) フェイル(了解、スモークは拡散してない?) レミュ (ぎりぎりだな、少し速度を上げろ) スモークを引きながら舞うオストヴィント、時には空を踊る鳥の様に、風に舞う木葉の様に。 形作られる物に気がつき声をあげる。 シュレット「ね、ね、これって・・・」 ベルティ 「だいぶ練習したんだって、あんたに見せるために・・・」 レミュ(よし、そのまま突っ切って完成だ) フェイル(ふ〜、胃が変になりそうだよ) スモークを切るオストヴィント。 それは竜だった、大空に翼を広げた竜がスモークで形作られる。 シュレット「すごい、すごいよ!これ」歓声をあげる。 レミュ 「ま、あいつが言葉よりもってね、大丈夫だってのを見せてやりたかったんだとさ」 シュレット「・・すごいなぁ・・手が無くても、描けるものがあるんだ・・・」 見つめるシュレットは素直に感動していた。自分を振りかえり悩み迷う事の無い満面の笑み。 レミュ 「ああ、あれがあいつの本質だからな・・」そう言って眩しそうに空を見る。 快晴の空、力いっぱい手を振るシュレットに答えるように、新しい翼は何度、空に弧を描いていた。 エピソード 2.33Syu END あとがき〜 修正版です。以前の物と比べて見ると面白いかもしれません、 まだ公式掲示板のどこかぬ埋もれているはずです。 同じ台詞でも意味が違ったりしてますので・・。 |