エピソード 2.51 『終わり無き遁走曲〜夢のレプリカ〜 第一』
 

アール「お久しぶりです、デヴァイド・ダラン」
暗い部屋、頼り無く灯る明かりの側らに老婆が座っている。
動かなければ、生きているかどうかも怪しい。
 
ダラン「お前から来るとは珍しいね、アール。男を連れているそうじゃないか・・」
フードを目深に被る老婆は、目の前にいるアールには視線を合わせない。
 
アール「・・はい、自分よりも若いですが。芯はしっかりしています」
ダラン「ふん。あたしゃそんな事のために、お前をここに置いていたわけじゃないよ」
アール「それは・・わかっています。ポザネオで学を積んでいた時に出会ったので・・」
 
ダラン「そのポザネオにだって無い物が、ここには有ったはずだがね」
アール「ふう・・降参です・・ダラン先生。あのときの自分は、家元の近くに居たくなかったので・・」
ダラン「ふん。そんなことじゃ、お前の言っていた知の探求なんて程遠いね」
 
アール「それは認めます・・今日は先生の知恵お貸しいただきたく、恥をしのんで参りました」
ダラン「まあ、ここに来れるだけでもたいしたもんだ。特別に聞いてやろう、よっぽどの事だね・・」
ダランの顔が怪しく歪む。
 
 
 
レグニス「ブラーマ、何故お前が荷物を持つ?効率が悪いだろう」
夕刻、買い物で賑う街の中でレグニスとブラーマがいた。
ブラーマ「いいのだ、たまには。街の中でそうそう危険も無い、コニーもお前の頭の上がお気に入りだからな」
街での買い物はコニー加わってからの日課といってもよい、
三人で歩く時のブラーマは特に機嫌が良かったのでレグニスは何も言わず着いて来ていた。
 
レグニス「そうは言ってもな、油断はできんぞ何が有るかわからん」
ブラーマ「レグ・・それくらいのハンデで私やコニーが守れないのか?」
コニーのための荷物が重いはずのブラーマだが、少しはしゃぐような足取りで口も軽い。
 
レグニス「俺は戦術として言っているのだが・・」
こうゆう時のブラーマには何を言っても無駄というのは、
今までの統計でわかってはいたが。だからといって自分を曲げるレグニスではない。
 
レグニス「やはり俺が持とう、よろけているではないか」
片手でコニーを押さえ、もう片方で荷物を持とうとする。
ブラーマ「お前はいつもそうやって・・」
傍目から見れば、重い荷物を持つ歌姫を心配して気を利かせる英雄という絵に見えなくもない。
もちろん、レグニスにそんなつもりが無いのはブラーマは百も承知だが、それでもこの状況に自然と顔がほころぶ。

ブラーマ「いいんだ、今日は私が持つ」レグニスの手を無理に振り払うが、
重い荷物でバランスを崩し積み重なっていた荷物が宙を舞う。

レグニス「言わん事ではない」行き場を無くしていた手を荷物に向ける。
しかしその手は再び行き場を無くした。
 
???「大丈夫ですか?」目の前には片手で荷物、片手でブラーマの手をとっている少年がいた。
 
 
 
ダラン「で、内容は男の事だね・・」
揺らめく灯りの前で向かい合うダランとアール。
アール「・・まあ、それもあるのですが・・」少し言葉を濁す。
ダラン「なんだい、はっきりしないの嫌いだよ」
アール「ええ・・・先生、私達が世界を越えるというのは可能でしょうか?」
 

ブラーマ「すまないな、荷物まで持ってもらって・・」
側らで一緒に歩く少年、新見忍に声をかける。
忍「いえ、別に構いません。宿が一緒みたいだし」
ブラーマ「しかし・・いいのか?歌姫とはぐれてしまったと言うが・・」
忍「ええ、この街で少し用事があると言って、それからもう数日経ちます」
ブラーマ「何か書き置きとかは無かったのか?」
忍「あるにはあるんですが・・よくわかない文面で書かれていて・・」
 
レグニス「ブラーマ、すまないが先に行っていてくれ」
宿への近道の裏路地に入った所でレグニスが立ち止まる。
ブラーマ「レグ・・どうした?」
レグニス「すぐに戻る、この少年に少し話があってな」
ブラーマ「わかった・・では、コニーと先に戻っているぞ」
レグニスから何か言うのは珍しい、ブラーマは気にはなったが言われた通りにする。彼なりの考えがあってのことだろう。
 
ブラーマとコニーが路地から見えなくなる。無言でたたずむ忍とレグニス。
忍「どうしたんです?」
 
振り向く忍に、突然反対方向から蹴りを繰り出すレグニス。
再び荷物が宙を舞う、忍は一度しゃがみ蹴りをかわすと、立ち上がる勢いで地面を蹴りレグニスとの距離をあけた。
 
レグニス「やはりその反応速度、偶然では無いようだな」
忍「・・ずっと警戒していたようですが・・何か?」
声はいつもの調子だが、動きに警戒を強める
 
レグニス「ブラーマがよろめいた時に、お前は俺よりもはやく動いた。何者だ」
 
街の中とはいえ、それなりの警戒をしていた自分より速く動く者・・。
よほどの事が無いかぎり、危険と判断しレグニスは警告の意味で軽く仕掛けたみたのだが・・。
 
言葉と同じにナイフを投げ距離を詰める。
 
忍「偶然です。僕の半身に似ていたからちょっと様子を見ていただけです」
ナイフの軌道が路地をから出るのを読んで、自分のナイフで叩き落す。
 
忍「意地の悪い人ですね・・そんな所に投げなくても」
突っ込んでくるレグニスに対して右、左と壁を蹴り跳ぶ。頂点で身体を回転させながらナイフを投げる。
 
レグニス「悪い人間では無いようだが、その歳でその動きを習得するのは無理だ、何者だ」
飛んで来るナイフを受けとめて利き手に握り、忍の着地予想地点に走る。
 
忍「あなただって、肉体年齢から考えたらそんな事は出来ないでしょう」
着地の勢いを利用して、低い姿勢から回し蹴りをお見舞いする。
 
レグニス「俺は普通ではない」動きを読み軽く飛び、踵落しを繰り出す。
 
忍「なら、僕も普通じゃない。それだけの事です」回転を止めずそのまま地面に手を付き。倒立するようにしてレグニスの踵を両足で受け止める。
 
忍「僕はただ、何人分かの経験が頭の中にあるだけです」踵を受けとめたまま自分の身体を捻り、レグニスを投げる。
 
レグニス「信じられんな」
流れに身を任せたレグニスだが、受身を取り体制は崩さない。
 
忍「『言葉で発することは全て実現可能である』と先人は言います。なぜこんな事をするのです」
レグニス「今はブラーマとコニーが居る、危険と思われる者に警告しているだけだ」
ナイフを構え直し、攻撃を仕掛ける。
 
忍「僕だって半身を捜すのに必死なんです、少しでも手がかりが欲しいのですから」
予備のナイフを取り出し応戦する。
 
レグニス「ブラーマがお前の半身に似ているのが手がかりなのか?」
お互いナイフ振るって牽制する。
 
忍「これは僕の勘です・・良く当たるんですよ」
おどけたような口調だが、動きにスキは無い。
 
レグニス「そこまで必死になるものなのか」
忍「全ては半身を思えばこそ・・あなたもそうですね」
ガキッ、お互いの刃が交差する。
 
レグニス「俺は・・・そう見えるか?」
忍「そうでしょう、さっき言っていたじゃないですか」
両者共、一瞬退き。同じにナイフを繰り出す。
 
レグニス「そうか・・あまり自覚が無いのでな」
お互いの喉元にナイフが突き立てられ、止まる。
忍「僕もです。よくそれで半身に怒られます」
ニッと忍が笑う。
 
レグニス「俺もだ、女というのはどうもわからん」
忍「初めて意見が合いましたね・・」
レグニス「そのようだな」
 
宙を舞っていた荷物は、辺りに散乱していた。
 

ダラン「アールや。そもそも、世界をなんと心得ている」
アール「己が定義する限界で決まります」
ダラン「して、お前の定義の限界は・・?」
アール「機奏英雄が召喚される『現世』があると言われていますが、私はまだにわかに信じられません。このアーカイアが私の限界です」

ダラン「しかしこの世界が一つであれば、ここを『アーカイア』と呼称する必要も無い。
  名とは自と他を分けるための物、一つであれば呼び名など必要無かったはずじゃがな」
アール「・・確かにそうですが、それは黄金の歌姫様が『現世』から英雄を召喚するという事の証明に必要な物です」

ダラン「つまりはその程度のものということさ。ただ『現世』という島があって、
  その島から『アーカイア』という島に英雄がやって来る、だが戻る事のできる船が無い。
  見る物の尺を変えればその程度の事よ」

アール「ですが・・私は『現世』という島は知りません。行き方もわからない、ただ『そこにある』と言う人間がいるだけです」
ダラン「英雄達が嘘を言っているとでも言うのかい?」
アール「見えない物は無いも同じ・・と思っていましたが。今は違います、話してみると彼らは明らかにここには居なかった者達でした・・」
ダラン「だから、お前も超えてみたいというのかね?」
アール「それもあります・・・ただ、こうして一方的に英雄達が来る状況がわからないのです」
 

ブラーマ「遅かったな二人共」
宿の一階の食堂でブラーマはコニーと夕食をとっていた。
忍「ええ、僕の買い物を思い出して、レグニスさんに付き合ったもらっていました」
レグニス「そういうことだ」
実際は路地裏での騒動で、荷物が滅茶苦茶になってしまっので買いなおしていたのだ、
忍がお金を出したのだから忍の買い物と言えなくも無いが・・。
 
ブラーマ「なんだ随分服が汚れているじゃないか、着替えて来い。食事が冷めてしまうぞ」
テーブルには、二人の席と食べ物が用意されていた。
忍「え、僕もですか!?」
ブラーマ「まあ話を聞くついでだ、気にするな」
レグニス「俺はこのままでも構わんが・・」
ブラーマ「お前はそうだろう、私も百歩譲ってガマンはできる。だが、コニーのためにならん」
力説するブラーマの迫力に押されて、二階に上がる二人。
 
忍「そう言えば・・あのコニーちゃんはどういったいきさつで・・」
レグニス「少し前に見つけたキャラバン唯一の生存者だ」
忍「・・それだけですか?」
レグニス「それだけだ」
忍「・・・ほんと〜に、それだけですか?」
レグニス「くどいぞ」
忍「いえ・・こうゆう事には、ひとギャクを入れろという友人がいまして・・」
レグニス「くだらん、当て推量の詮索等はするだけ無駄だ」
忍「はあ・・慣れない事をするものじゃないですね・・・」
 

自分のあてがわれた部屋に戻る忍。
参ったなと心のなかで呟く。
夕食を一緒にするのは問題無い、レグニスとの誤解もとけたし赤ん坊のコニーにも興味がある。
だが・・。
忍「服の替えなんて・・変装用にアールが残した物しか・・」
女装用と言わない辺りが、この少年の最後のプライドだが・・。
忍「よし、こうなったらとことんやってやる」
今は非常時なのだし自分の特技(認めたくない)を利用することにした。
 
準備もそこそこに、テーブルに置いてあった紙切れに手を伸ばす。その紙には、
 
金のウロ 十の鷹ノ子   
 
縁の死に絵
        
此の方の音 金の女湯   
 
忍「もっとわかりやすく、書いてくれればいいのに・・」
ため息をつくと、紙を丁寧にたたみ部屋を出た。
 

後書き
おもしろいシチュエーションなので、書かせてもらってます。
まあパラレルワールド的に解釈してもらえればと・・。
 
レグニスと忍のファイトは・・、
かなり強引ですが、格闘技とか良く知りませんのでノリだけで書きました。
 
手紙の文面を考えるのに、かなり時間を費やしました。
一様、アーデルネイドが居るところが書いてあります。
アーカイアで日本語の暗号も無いでしょうけど・・。
わかる人はわかるかも・・・。

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