IF ”The Last episode ”『陽光の先の風景』 歴史は民のためには無い。 『白銀の歌姫、ポザネオ島決戦にてレクイエムを試みるも黄金の歌姫の前に破れる』 その短い文字にどれだけの人の思いが錯綜していたか、 十余年も過ぎた今では生き残りの英雄や歌姫の語り口や、個人の想像の域をでることは無い。 事務処理の合間に薄い歴史書をぼんやりと眺めていたその人物は思考をやめ外の景色に目を移した。 昼にはまだ早い時間、日は高く上り外の空と緑は鮮明なコントラストで目に訴えかける。 不意に部屋のドアをノックする音が聞こえる。 「入れ」 部屋の中の人物が短く告げると、いつもの女官が静かに顔をのぞかせる。 「お仕事中失礼します。昨夜未明に起きた事件の報告に上がりました」 「そう・・早いね。これは君の管轄じゃないんだから後回しでもいいのに」 女官の無表情の報告に部屋の主はやんわりと感謝を述べる。 「いえ、首謀者が確定したので早急に耳に入れるべきと思いまして」 女官はあたえられた仕事を忠実にこなしていた。いつも無表情だが仕事の選び方と 優先順位に彼女の見えない心遣いがある。だからこそ彼も自分の側に置いているのだが。 「その様子だと昨夜の事件はやっぱり彼女なんだ・・」 「はい、『新月』に間違いありません」 「そう・・あの人はまだ諦めてないんだ・・」 女官はじっと主を見る。とうの主は視線を外に移したままだ。 「気になる?僕と『新月』の関係」 ここにきて初めて女官を見据える、悪戯っぽく主は女官に尋ねた。 「いえ、これは公務です。私的な事に私が立ち入る理由はありません」 きっぱりと女官が言い放つと同時に遠くからチャイムが鳴り響く。 「おっと昼休みだね、公務は一時お休みだ。どうだいカルクライン君、一緒に昼食でも?」 「それは命令でしょうか?」 生真面目にカルクラインと呼ばれた女官は聞き返す。 「いや、この時間は公務であってそうではないし、僕は元々命令は嫌いだ。しいてあげるならお願いって所かな?」 おどけた様に肩をすくめる主にカルクラインは顔をほころばせる。 本人には言ったことはないが、この真面目一辺倒ではない所が彼女を側に置く最大の理由だった。 「わかりました。ご一緒させて頂きます、バッドラック様」 「よし、じゃあ行こうか、先日アルマイトさんから美味しい店を教わったんだ、そこに行こう」 手早く机の書類をかたずけると、コートを羽織り女官を促す。 廊下に出ると、昼休憩の開放感があたりを包んでいた。 彼の居た部屋は建物の奥の部分になる。廊下は一直線に入口まで続いていて両脇の扉から 昼休みをとるために所員が出てくる。中には大きなあくびをする所員がちらほら見受けられた。 「しかし宜しいのですか?差し出がましいとは思いますがバッドラック様。 こうした行動が多いのでは所内であまり良い噂がありません」 そんな気だるい雰囲気の中をぬうようにバッドラックと女官は早足で歩く。 「僕が手当たり次第女性に声を掛けてるってやつだろ?知ってるよ。 僕は別に気にしていないし。仕事はしっかりやっている。多少そういった所を見せないと上が妬むからね・・」 後ろを歩く女官に振り返りながら、片手でジェスチャを加えておどける。 「それもありますが、私は姉とバッドラック様との事を心配しているのです」 玄関口の大きな扉に手をかけたバッドと女官の目が合う。 「彼女とはだいぶ会ってないな・・」 バッドは目を反らし扉に手を掛ける。 「私を姉の代わりと思ってはいないですよね?」 バッドの手がピクリと止まる。 「カルクライン君、今が休憩時間だから聞き流してあげるけど。同じ事を二度と 口にしないように。いいね」 表情はわからないが声色は今までの会話とまるで違う迫力がある。 「すいません。差し出がましい事でした、聞き流してください」 女官は今更ながらバッドラックの遍歴を思い出す。 かって白銀の暁に所属し、姉と共に激戦を潜り抜け更に大戦終結後の数々のしがらみの中 今こうしてエタファの私設警備課の一役職として収まっているこの人物を。 「まあいいさ、君の心配ももっともだ。そうだな・・後で昔話をしてあげよう、 今日は懐かしい名前を聞きすぎた」 そう言って扉を勢いよく開ける。外の眩しい日差しが二人を照らした。 ※ ※ ※ 物語は十余年前のフェァマイン包囲戦に遡る。 女王討伐から白銀の歌姫の叛乱、そしてトロンメル、シュピルドーゼ、ハルフェア 各国がヴァッサァマインに攻め込んだ史上最大級の奏甲戦、後に『雷鳴作戦』と詠われるそれが 評議会軍の惨敗で終わりかけた頃、白銀の暁に所属する1人の機奏英雄が上官に召集された。 「ロムロ・ブレイザー入ります」 数度扉をノックした後重々しい扉をくぐる。 「遅かったな、ロムロ君」 迎えたのはロムロの上官である強行偵察中隊隊長バージルだった。 「まずは、この戦いでよく生き延びた。フォルミカ様から全英雄、全歌姫にねぎらいの言葉があった」 バージルはそう言ってロムロの肩を叩く。 「自分は隊長の指示に従ったまでの事です」 姿勢を崩さず応える。ここ数日この言葉は既に多方面から幾度となく受けていた。 「まあ、そう固くなるな。お前が一番アレをうまく使ってみせた。そのおかげで助かった者も多い」 「もったいないお言葉です、しかしたくさんの仲間も失いました」 バージルの強行偵察中隊は名前どおりの偵察任務が主だったが今回の防衛戦ではそうもいかず 慣れない市街戦をよぎなくされた。 それでも少数ながら特注の飛行奏甲、コードネーム『ウィルベルベント』ことフィメル・メーヒェンを 配備するバージル中隊は、1人1人の質だけを言えばかの『大鷲旅団』に引けをとらない自信がある。 「前口上はこのくらいにして本題に入ろう。ロムロ君、君の移動願は受け取ったがこれは君の本意かね?」 途端に厳しい眼差しがロムロを見据える。 「はい、間違いなく自分の意志であります」 「『彼』の死は君のせいではないだろうに・・」 ロムロはバージルの独白に無言で応える。 「『彼』の意思を受け継ぐつもりかね、この移動は周りから見れば私が左遷していると思うだろうな・・」 「せめて、栄転と言ってください。その方が自分も楽です」 「相変わらず頑固だな」 「ええ、それに自分は既に宿縁無き身、この部隊には適任だと思います」 再び沈黙が訪れる。バージルはロムロの決意の固さを推し量った。 「わかった・・・では私からの最後の辞令になるな。ロムロ・ブレイザー。 これより強行偵察中隊の任を解き、新たに自由特選小隊隊長を任ずる」 「はっ、これよりロムロ・ブレイザーはステイ・アルバートの後任として 自由特選小隊隊長の任にあたります」 お互い敬礼を返す。 「お前のウィルベルベェントはいつでも残しておく、何かあればいつでも言え。 それとお前の下には俺の伝手で腕っこきを付けて置いて選別代わりだ」 「了解です」 それを最後にロムロは隊長室を後にした。 ※ ※ ※ 「よお、ロムロ」 隊長室を出て廊下をしばらく歩いた所で悪友とばったり出くわした。 「スパイツ、哨戒任務じゃなかったのか?」 今まで同じ小隊に所属していた元同僚を冷たい目で眺める。 「いいの、いいの。どうせ評議会軍なんてうちらのクロイツにビビッて 尻尾を巻いて逃げ出したんだから・・」 ヒラヒラと手を振りながらスパイツは応える。 「確かに今回は押し返す事が出来たが、油断は出来ないだろうに・・」 クロイツ・ゼクスト フェアマイン防衛戦の遊撃任務時に文字通り飛び回って時に見かけた伝説の絶対奏甲 その動きは味方である自分さえも恐ろしく感じた。 一薙ぎするたびに敵が倒れ伏していく、圧倒的な存在。 自分の目で見るまで信じられなかった伝説がそこにあった。 「あれを見せ付けられちゃね、もう楽勝なんじゃないのかなうちら?」 スパイツもあれを見た一人であるからこの軽口はけっして過大評価では無いのはわかる。 「しかし、クロイツはまだ何機もあるのだろう。議会軍が使ってきたらどうなるか・・」 「へっ、あれほど戦術がお粗末な軍が今更そんな事するかね、俺だったもったいぶらず最初から出しちゃうぜ」 スパイツの言葉はある意味、的をえている。評議会軍が正義が自分にあるのであれば伝説のクロイツを用いれば、 自分達の正当制を訴えるのにかっこうの宣伝材料になる。 あえてそれを行なわないのは評議会が機奏英雄を信じていないとも、 白銀の暁を軽視しているともとらえられるがどちらにせよ戦というものをわかっていない。 「それより聞いたぜ、『ブーメラン』に志願したんだって?」 それまでの事がなんでもなかったようにスパイツは話題を変える。 スパイツの言う『ブーメラン』とは自由特選隊の俗称で特選隊と言えば聞こえいいが、 ようは長引く戦いの中で宿縁の入なくなった英雄や歌姫を専門で受け入れる部隊である。 あくまで志願してきた者に限られ、宿縁ではない者同士での奏甲起動は戦力として数えられることは無い。 もともと効率的な戦力運用から誕生した部隊ではない。 そう、悪く言えば特戦隊は弔い合戦のためだけの小隊なのである。 それは大げさに見れば死にに行くのと同義語といってよい。 それでも自分の宿縁の仇のためにと転属してくる者は少なくなかった。 「相変わらず耳がはやいな、今隊長に最終確認を求められた所だ」 「へぇ〜、じゃあやっぱりなのかい。変わり者だなお前も・・一度本隊に戻ったんだからわざわざ そんな所に戻ることもないだろうに」 ロムロが自分の宿縁を失ったのはフェァマインに戻る前の事だ、そこで特選隊にしばらく身を置いていたわけだが、 特戦隊での働きが上の目にとまり元の偵察中隊に戻ったのである。 「自分で決めて事だ、それでなくても近々再編成が行われるのだろう、 自分と同じ境遇の人間が増えるのを黙って見ているわけにはいかない」 「へいへい・・ご高説痛み入りますね、俺は地道に活躍できる所に転属しておくよ。ま、戦場であったら優先的に援護してやるか・・じゃあな」 軽い足取りでスパイツは通路に消えた。 元同僚の後姿を見送ったあと、ため息をついてからロムロはまた歩き出した。 今日中にやっておく事は山ほどある。 一度建物を出て奏甲の駐留してある専用の館に向かう。 日は高く上っているが空気は肌寒い。 現世で北の生まれではないロムロには少々辛いものがある。 道すがら数人の歌姫や英雄とすれ違う、どのペアも寒さからかお互いの無事を確かめ合う為か寄りそうように歩いている。 その光景に以前の自分を重ね合わせるほどの未練は無い。 これから特戦隊を仕切る人間が感傷に浸る暇は無いのだ。 「ロムロ様〜」 振り向くと淡い朱のマントをはためかせながら、少女が走ってくる。 「ロムロ様〜置いてかないでくださ〜い」 パタパタと騒がしいわりに少女はいっこうに追いついてこない。 ロムロは仕方なく立ち止まり待つことにした。 「ランシア・・・付いて来てはいけないと言ったでしょう」 子供に諭すように上から見下ろす。 ランシア・ストラトス。以前特戦隊に居たときにペアを組み一緒に防衛戦も戦った歌姫だ。 「酷いですよ〜、一人で・・いっちゃうなんて。私も・・御一緒します」 息も切れ切れにロムロを上目遣いに睨む。 「ランシア・・これからは遊びではありません」 「今までだって遊びじゃないです」 見た目通りの年端もいかない少女だが口だけは達者だ。 「もともと私達は宿縁ではないのですよ、こうして議会軍を引けて余裕があるうちに故郷にでも戻りなさい」 「私だって歌姫の端くれです。自分の力が世界の役に立てるなら私は戦います」 「いいですか?今度の特戦隊では部隊の性格上、志願した不特定の歌姫のために奏甲を動かすのです。 あなたの歌はもう私には必要ないのです」 「でも、志願する英雄様の相手をする歌姫が必要でしょう?英雄様のみで動かせる奏甲だって多くはないでしょうから私がやります」 ランシアの語る事は、事実ロムロの悩みの種であった。 たしかに単独起動できる奏甲は少ない、更に白銀の暁は英雄と歌姫の絆に重きを置く所がある。 この小隊事態もそうした思考の中で生まれた物だ。 「しょうがないですねなんとかしましょう。ですが自分の命は大切にしなさい、いいですね」 「わかりました」 半ばこうなる事は予想はしていた。ランシア自身も今でこそは明るく振舞っているが 宿縁との無慈悲な別れを経験しているのだ、ここにこうして入る事はそれだけでも辛いはずである。 だが、冷静な頭は既に小隊プランの検討に入っていた。 バージルから渡されたファイルには二組の英雄と歌姫の名前が書かれている。 その二組でニ機、自分と志願してくる歌姫で一機、そしてランシアと志願してきた英雄で最後の一機。しかし、ランシアは必要悪にならない限り出すつもりはない。 これで、名目上は小隊単位である四機を確保できる。 「ではいきますよランシア、まずは余っている奏甲を捜さねばなりません。そこで残りの二組とも顔合わせする事になってます」 「はい」 再び道を急ぐ、ランシアはまたパタパタと騒がしく後を付いて来る。 ロムロは残りの二組の英雄と歌姫の名前を反芻する。 機奏英雄、新見忍と歌姫アーデルネイド・カルクライン そして、デットアングルとマリーツィア・アルハイム この人物達も既に曰く付きのようだ、それぞれのファイルに書かれた簡単な略歴を思い出しつつ 硬いはずの上層部のすみやかな再編成に疑問を抱いていた。 〜続く〜 ※後書き 久しぶりに書いたかと思えばラストエピソードです。 ちょっと長い話なると思いますがぼちぼち書いていきます。 ちなみにこの話で自分の主用キャラは全て登場する予定です。 今回はルリルラのTRPGUを参考資料にして書いています。 読みが足りない部分もあるので団体名や固有名詞、致命的な解釈の違い等は修正していく事になると思いますが・・。 ロムロ君は忍君や桜花と違って世界を見せるために考えたキャラなので 自分でもどうなる事かという感じです。 あとこんな小隊無いよと突っ込みが入りそうですが、まあ大目にみてください。 他の完結していない話もちゃんと終わらせますので・・。 |