IF ”The Last episode ”『カウンタープログラム』



「お帰りなさいませ、アンリ様」

宿の部屋に戻るとその顔が出迎えた。

「・・・・・」マントを放り出し、窓に寄る。

「どうしました?」

声に応えず窓際に斜めに立つ、外の路地や身を隠せそうな遮蔽物を一つ一つ見定める。
「どうしたのです?」

「気に入らなかったんで自警団をぶん殴って逃げてきた」
「・・・・アンリ様」

「面は割れてないし、追跡も無い。安心しろ」

「・・今度は何をしたのです」

「何も・・ただのレクリエーションだ。飯を食いそびれた、何かないか?」

「・・・では、下から何か貰ってきましょう」

別に一人で動かせる奏甲でもよかったのだがな・・。
何故ジェイドにのせられて俺はこの小間使いのようなガキを連れているのか。

「・・酒と・・腹の足しになれば何でもいい・・」
「わかりました」

ジェイドと別れて既にしばらく経つがパメラの居所は漠然としていて掴めていない。

「テュティス・・」
「はい?」

これを名前で呼んでやるのは同情でもましてや好意でも無い。

「明日はもう少し捜索範囲を広げる」
「わかりました」

代わりなどいない。俺が『歌姫』と呼べるのはパメラだけだ。


      ※      ※      ※


私、テュティス・フォーレストはいまだに慣れないことがあります。
アンリ様のお供をするようになって、もうだいぶ経つのですが・・。

「・・・・あ、あのアンリ様?」

返事はありません、気持ちよく寝てらっしゃいます。
それは大変喜ばしい事です。この方はいつもご自分の宿縁を探して奔走しているのです。
お休みになられる時ぐらいはゆっくりとしていて欲しいと思います。

思うのですが・・。

「何故私も同じベッドなのですか・・」

小声で呟きます。もちろんそんな事しなくても誰にも聞こえないのですが、
言葉にした事で余計に恥ずかしくなりシーツに顔を埋めました。

『きちんと休めず、お前が使い物にならなくては困るからな』

そう言って私にベッドを与えてくれるのは嬉しいのですが・・。
そのとき同じベッドで休もうとするアンリ様に驚いた私に、

『俺が動けなければもっと困るだろう』

と、真顔で言われました。はい、確かにその通りです。
ですが、もう少しお気遣いが欲しいのと思うのは私のワガママでしょうか?
アンリ様は私の事などは普段は感じられない幻糸ほどにしか思っていないのでしょうけども
私にとっては始めてお使えする方であって・・。

「ひっ!」

ベッドの端で丸くなる私に何かが触れました。
恐る恐る顔を向けるとアンリ様の手が私に体に当たっていました。もちろんアンリ様は寝ています。

「〜〜〜!?」
顔が沸騰するかと思いました。けど、アンリ様の寝言を聞いて急にそれが冷めました。

「・・・・パメラ」

私、テュティス・フォーレストはそうやって毎晩複雑な夜をおくっています。


      ※      ※      ※


「冴えない面だね」
「あんたには負けるさ」

朝、宿の1階で朝食を出してきた店のおかみと友好的な挨拶を交わす。

「アンリ様、今日はどうされます?」
「・・・・・そうだな・・おい、おかみ」

皿を数個並べるのがやっとのテーブルでテュティスと顔を付き合わせながら食事をとる。
ここに来て既に4日、おかみから情報を買っていたがどうもブラフだったようだ。
文句の一つでも言っておかなくては気が済まない。

だが、朝食の用意に忙しいのか何度呼んでもこちらに来ない。
周りを見渡していると、隣のテーブルの声が無遠慮に耳に入ってきた。

「ねえ、本当にこの辺りに出るのディアナ隊長さん?」
「間違いは無い、昨日北の森に探しに行った者達が戻ってきていないそうだ
 それと、ベルティ。その呼び方はやめるようにと何度も言ったはずだがな」

人数は6人、空いている席にも料理が置いてある所を見ると、まだ他に連れがいるようだ。

外の風景を見る振りをして、窓に映り込む隣のテーブルの人物達を確認する。
こちらより大きめのテーブルに歌姫と・・。

「アンリ様、あの・・」
「食事を続けろ」

軍人だ。テュティスが緊張するのがわかる。
何故ここにいる?シュピルドーゼ軍はほぼ全て最前線のはずだ。
まあ、白銀の暁である事がばれたとしても多少面倒になるだけだが飯が更に不味く感じる。

こちらの事情などお構いなしに隣のテーブルの会話は続いた。

「戻ってきてないって、ずっと捜しているだけじゃないの?」
「『森のローレライ』はそう簡単な相手ではない、ここの英雄同士は相互で連絡を取り合っている、
 必ずその日のうちに戻る事もその一つだ」

「自らの死すら情報として扱うという事か、傭兵団か何かがまとめているのか?」
そのテーブル端のずっと黙っていた男が口を開いた。

「そうだ、国自体から高い懸賞金が掛かっているから無理も無いな」
懸賞金の出所がシュピルドーゼからと知っているか・・軍人だからあたりまえか。
しかし、敵対勢力にやっきになっているシュピルドーゼだ、高い懸賞金は『森のローレライ』が
白銀の暁となんらかの関係があると言っているのと同義だ。
こいつらがそこまで気が付いているのか・・。

「・・・・アンリ様」
「わかってる・・おい」

さっさと情報を拾ってここを出た方がよさそうだ。
もう一度呼ぼうかと迷った頃、狭い店内を器用に動きながら太ったおかみが現れた。

「なんだい、料理に難癖つけるなら後にしておくれよ」
「そうじゃない。あんたこの前ローレライは南に出るといったな」

「ああ、言ったよ」
「その辺りを3日捜したが見当たらなかったな・・」

「あたしゃ金にみあった情報を売っただけさね、今そこで最新のを聞いたけど幾らだす?」
そう言ってさっきの英雄達を一瞥する。冗談にしては趣味が悪い。

「俺は面倒は嫌いなんだがな・・」
「あたしもだい。さっさとそのローレライだか何だかも追っ払って欲しいね」

「・・・・今まであれが出てきてない場所は?」
言って金貨を投げる。

「さぁって何処だったかね・・」
おかみは受け取った金貨を懐にしまい天井を見上げる。

「あ、あの、何でしたら。お皿洗いの他にお掃除も手伝いますから」

急にテュティスが乗り出す・・こいつ俺がいない時にそんな事をしていたのか・・。

「あんたが心配することじゃないよ、これはわたしとこれの取引なんだからね」
おかみはティティスに向かってだけ穏やかに話す。

「俺は面倒は嫌いなんだが・・」
「あたしもさね、だがここはこの可愛い歌姫さんに免じて教えてやろうかね
 最初にこの辺が騒がしくなったのは西の方だ。あっちにも森があったろう、
 それからはそこ以外でしかあれは出てきてないよ」

「邪魔をした、出るぞテュティス」
「ま、まってください。まだ朝食が・・」

「ちゃんと食ってきな、あたしの料理は食えないってのかい?」

しばらく、おかみと睨みあう。隣の席の数人もこちらを見ていた。

「勝手にしろ・・」
それだけ言って俺はイスに座りなおした。

 
      ※      ※      ※


私、テュティス・フォートレストには他にもなれない事があります。

『日が暮れる前には動かしてもらいたいな・・』
『・・は、はい・・次は必ず・・』

ツインコックピットの端で私はいろんな汗を掻いていました。

奏甲の起動は苦手です。
英雄様と同調で全てが決まると言いますが・・。

何分私はアンリ様と宿縁ではないですし・・。

『明日は晴れるといいな・・』

それにアンリ様が何を考えているかいまいちよくわかりません。

知っているのは宿縁のパメラさんを大事に思っているという事だけです。
私は直接あった事はありませんがお二人でたくさんの戦場を駆け抜けたそうです。
その奏甲であるカルミィーンロートに私は多少引けを目を感じています。

それでも、アンリ様は私を捨てずに今ものんびりと起動歌の成功を待ってくれています。
やっぱりわからない人です。

感覚が広がっていきます。なんとか成功したようです。
『ん・・・今日は早かったな・・』

『しばらくここに帰って来れないと思え』
『はい、準備は出来てます』

そうして、颯爽と赤い馬は町を後にしました。

一度動いてしまえば、後はアンリ様が完璧に動かしてくれます。

私達が追っているものを目指して・・。
森のローレライと呼ばれるそれは最近この町で騒がれている奏甲を襲う謎の怪現象・・。

と、いうのは表向きだそうでアンリ様曰く『軍の脱走兵のなれの果て』だそうです。

どういう経緯かは知りませんが、白銀の暁を抜けようとした人がいたらしく、
それにパメラさんが巻きこまれたのだとか、

『俺は・・奴等を許さない』

アンリ様は脱走した人のいた部隊、アイン・フリューゲルを憎んでいるようでした。
自分の宿縁が巻き込まれたのですから当然と言えば当然です。

ですが、何も無ければ私はそのアイン・フリューゲルに拾われる予定だったので、
個人的に心中複雑です。

できれば、その脱走兵の人にはもう一度白銀の暁で戦って欲しいと思っています。
もちろんこれはアンリ様には内緒ですが・・。

私、テュティス・フォートレストはそんな事を思いながら今日も歌を紡いでいます。


      ※      ※      ※


「やはり、目を付けられたか・・」周囲の気配を感じながら自然に口が動いた

『どうしました、アンリ様』

『朝の奴等だ、先に出たはずなのに後ろを付かず離れずで着いてくる』
宿を出てから着けられていたのはすぐに気が付いた。
テュティスが起動に手間取ってくれていたおかげで撒くことができたのだが。

『ど、どうします?』
『どうもせん、フリーの傭兵だと言えばそれですむ』
白銀の暁である事を証明する物は何も無い。

しばらくそのままの状態が続いたが先に奴等の方が動きを見せた。

『すいません、少しよろしいでしょうか?』

いつ前に回ったのか、紅色の奏甲が道を遮った。
キルシュブリューテ・・ジェイドから聞かされていたが、それが何故ここに居る?

『なにかな?茶の誘いにしては場所が悪いね』能天気な英雄を装う。

『・・・いえ、私達は『森のローレライ』を追っています。
 あなたも目的が同じようでしたので協力していただければと思いまして』

女の英雄、それもまだ若い。だが、それに乗っているということは白銀の暁に関りがあると見ていい。
シュピルドーゼの軍人とキルシュブリューテ・・妙な組み合わせだ。

『俺はただの野次馬さ、見つけて情報を売るだけだ。アレとやりあうつもりは無いぜ』
半分は本当だ。パメラを取り戻し、側にいるであろう
アイン・フリューゲルの残党が気に入らなければければ倒すだけだ。

『そうですか・・』
丸腰のキルシュが体制を低くする。抑えているようだが殺気が漏れている。

そのままキルシュが一気に踏み込んでくる。

『はっはぁ!奇襲するには気合が乗り過ぎだ!』
『避けられた!』

いつのまにかキルシュは刀を持っていたがそんなものは関係無い。
打ちこみを半歩で避けて脇を走りぬける。
単純に場数が足りない、どんな手品で刀を出したか知らないが、
しかけるのがわかっているのだ避けるのは簡単だ。

『桜花、次、次』
『足はあちらの方が・・もう無理です』

キルシュを尻目に森を駆け抜ける。

『アンリ・イールだな?』脇から別の奏甲が割りこむ。
シャッテンファルベのカスタム機だ、どうやら既に面が割れているらしい。

『違うと言ったら?』
『ねじ伏せてから認めさせる』

『面白い、やってみろよ!』シャッテンが振りかざすブレードをランスで受け流す。

『動きを止めてください、レグニスさん』
『ちぃ、サムライガールか』後ろからさっきのキルシュが追い着いてくる。

さすがにこれは分が悪い。
『テュティス!』
『はい、この先に一機通るのがやっと通路があると宿のおかみさんが・・』

『アレを信用するのは気が引けるが・・』
面倒はごめんだ、俺の名を追ってくる奴にまともなのはいない。

『面白い奴等だ、暇があったら付合ってやる』ランスの内臓火器を辺りに撃ちまくる。

『何のつもりだ?』
『おまえには関係無いだろうが・・』
シャッテンは構わず攻撃を繰り出す。

『この国の人間はどう思うかな?』タイミングを合わせて突撃する。

『レグニスさん、ディアナさんから森の火災を防ぐようにと・・』
『・・・・・』

『精々がんばれ、クールガイ、サムライガール』
責任を背負っている奴は扱いやすい。


      ※      ※      ※


『逃げてきちゃいましたが、あの人達はなんだったのでしょう・・』
『さあな・・だがこっちに得が無い事だけは断言できる』
アンリ様はかなり派手に立ち回ったのにもう他人事のような口振りです。

『そうでしょうか・・これも何か縁があるんじゃないですか?』
『・・・また、それか』
つい出た言葉にアンリ様のため息が重なります。

『お前は運命だの奇跡だの信じすぎるきらいがある。全ては自分で招いた結果だ。
 それを『運命』と逃げたり『奇跡』ともてはやしたり、
 自分で勝ち取った手絡をそんなものにくれてやる必要は無い』

『でもでも、私は落ちこぼれですし・・『奇跡』とか『運命』とかを願っても・・』

『それこそ弱者の言い訳だ、何もせずにそんなことを願ってどうする・・だからお前はダメなんだ。
 まあいい、自慢の『遠聴き』で何か聞こえないか?』

『え、あ、はいちょっと待ってください・・』
私の唯一の特技、といってもほんの少し人より幻糸から伝わる声が聞こえるだけですけど・・。
このおかげでシュピルドーゼ内でも軍隊と鉢合わせせずに済んでいました。

『・・・・・・・・すいません、ダメみたいですぅ』
いつもは微かに聞こえてくる声ですが今日はまったくです。

『ここに来てからずっと不調だな・・』
『・・・・・・・はい』
訂正します、今日もまったくです。ちょっと気にしているのに・・。

『やはり、ここに居る・・か』
『・・・・・?』
『おまえの力を遮断している奴がいる』

そのとき微かに歌が聞こえてきました。
『アンリ様!歌が!』
『・・・・・・・ああ』
ここに来て始めて『遠聴き』に反応がありました。

『待ってくださいね、すぐに場所を・・』
『必要ない、俺にも聞こえる・・これはパメラの歌だ』
   
振り向くと森の木より少し高い丘に人が立っていました。


      ※      ※      ※


『パメラ・・・』
間違いない、少し痩せたようだが何も変わっていない。

俺はゆっくりとパメラの立つ丘に近づく。
歌は止まない、パメラもずっとこちらを見つめている。

木が無くなり開けた場所に出る。そこで歌が止んだ。
『アンリ・・・・来てはだめ・・』

久しぶりに聞く声、しかしそれは拒絶。

『何を言っている・・』
『ア、アンリ様』
テュティスの凍りついた声、同じに気が付いたのようだ。
パメラの立つそこは丘ではなかった。

『それ以上来たら・・あなたも・・』

空気が揺れ、木がざわめく。

『あなたも死んでしまうわ・・』

無数の奏甲の残骸の上に立つパメラ、その後ろから木々を揺らし浮かび上がる黒い鳥。

『アイン・・・・フュリューゲル』

フィメル・メーヒェンの白鳥を思わせる面影は無く、
方々いびつにひしゃげたその形はクロサギと言った方が近いかもしれない。
見なれた俺も片翼の鳥の部隊章が無ければわからなかっただろう。

『初めましてかな?アンリ・イール』

忍とかいうガキか・・温室育ちで少し生意気になりやがったようだ。
伝わる声が神経を逆撫でする。次の瞬間、俺とパメラの声が交錯した。

「歌えパメラ!俺のために!」
「ダメ!逃げて!アンリ!」

黒鳥が一気に突っ込んできた。


〜続く〜

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