IF ”The Last episode ”『災禍の中心』




その森の雨に慣れるのに三日かかった。

「彼も・・ジェイドもこれを望んでいるのか・・?」

ミスト・ヴァール

最後に立ち寄った村では、この一帯の森はそう呼ばれている。
昼夜問わず、決まった周期で雨が降り、霧が辺りを包む。

「ロムロ様、今日はもう休まれた方が・・」
「・・ん、ああ。もう少ししたら戻ります」

奏甲の肩越しに上を見る。
しかし、雨と共に現れた白い霧が、森も空も全て覆い隠していた。

「どうしました、ランシア?」
後ろで動かないままの、ランシアに声をかける。
そもそも、先ほどの内容を言うだけなら、わざわざここまで来る必要は無い。

「あの・・バッドラックさんから報告です。パメラ様と忍さんとマリーさんとが見つかりました」

「・・そうか」声が沈んでいる、ただ見つかったわけではなさそうだ、無言で先を促す。

「パメラ様を取り戻すべく、アンリ・イールがお二人と交戦、更にバッドラックさんの友人の方が事態の収拾にあたりましたが
 お二人の操る奏甲は、何処となく飛び去り行方不明。パメラ様は保護されたそうですが、そのときアンリ・イールの補佐を
 していた歌姫ティティス・フォートレストが・・」

森に降る雨の音が、一段増した気がした。

「・・戦死しました」
本来であれば彼女もアイン・フュリューゲルに入隊するはずだった歌姫だ。
いや、それ以上に重要なのは、忍君たちがアンリを退けその歌姫を死に至らしめたことだ。

「忍君たちはどうしてしまったのです?それではまるで・・」
「・・人が、変わってしまったそうです」

私の言葉をさえぎり、ランシアがポツリと呟く。
「説明、してもらえますね?」
「・・・それは」

「私が話そう」
振り向くとアーデルネイドが細い目でこちらを見据えていた。


      ※      ※      ※


奏甲を降り、野営の焚火の前に戻る。
既にデッド君とバッドラック、そしてその歌姫のシャストアが待っていた。

しばらく無言だったアーデルネイドが、口を開いた。

「あれはもう、忍ではない。紫城という・・別人だ」
「どうゆうことです?」

「簡単に言えば二重人格だ、温和な忍と違い紫城は己の欲望のままに動く・・
 私も人づてに聞かされていただけだったがな・・」

「変わる原因や戻る方法などは・・?」
「わからん。が、ある程度自制が利くものらしい。それと一度発動したときは・・殺すしかないと言っていた」
搾り出すように、アーデルネイドが言葉を吐いた。

「おっかない女だ」
「・・何?」
ずっと木にもたれかかって黙っていたデッド君が口を開く。

「女、嘘をつくなよ。忍は『殺してくれ』と言ったかもしれんが紫城はそうは言ってなかったぞ」

「貴様!どこからそんなデタラメを!」

「紫城本人からだ。あれは、お前の知らない所でたびたび入れ替わっていた。
 レグニスとかいう男から聞いていないのか?」

「デッド君も、その紫城を知っているのですか?」
これ以上、犬猿の仲の二人から情報を引き出すのは、限界のようだった。

「ああ、あれは俺以上にイカレているから、一筋縄ではいかんぞ。これで厄介ごとが一つ増えたわけだ」
「貴様こそ!マリーツィアの血の事を知りながら、何故ほおっておいた!」

「何故も何も、俺は最初からマリーのために何かしてやろうなんて思っちゃいない」
「・・宿縁でありながら何を言うか!」

「だから何だというのだ?誰が手心を加えたところで、最後に決めるのは自分自身だ。
 マリーが、自分の血に負けたのであれば、それだけの存在だったということだ。
 お前が、忍に対して何もできなかったのと同じことだ」

「・・言わせておけば」

「二人とも、そのへんでやめてください。デッド君、あなたの考えはわかりましたが、隊を預かる身としては
 マリーツィアさんが、敵対することになった責任を、あなたにとっていただきたい」

「無論、そのつもりだ。マリーは俺が止める。そのために、この女とつるんでるんだ」

「了解です。ではアール君、あなたはどうです。忍君はあなたに殺してでも、止めてくれと頼んだそうですが?」

「私とて・・同じだ。だが、その過程でマリーツィアがどうなってしまっても私の知ったことではない」
「それはお互い様だ、悪魔と魔女を相手に加減をする余裕なんてありはしない」

悪魔と魔女ですか・・策謀を巡らせているジェイドの方が、易しく思えてきますね・・。

「わかりました。では改めて状況を整理しましょう」
一部始終をずっと見守っていた二人に目を向ける。

「そんなんでいいのか?もし、忍・・いや紫城か・・こちらに向かっているとしたら?」
頃合を見ていただろう、バッドラックが口を挟んできた。

「相手は常識外です。加えて飛行奏甲を有しているのでは、正直対応しようがありません。
 それぞれ、宿縁のお二人の心構えを確認したのです、あとは状況に任せます」

「あんたは、二人を殺れるのかい?隊長さん」
「・・ええ、ジェイドを止めるための障害になるのであれば私は躊躇しません」
今の私に、他の人間を気にかける余裕は無い。いや、目の前の事を成せぬ者に、そんな資格は無い。


      ※      ※      ※


「よろしかったのですか?」
夜、交代で見張りについてからずっと無言だったシィギュンが不意に口を開いた。

「何のことだ?」
明け方にはまだ時間がある。空と森は争うように黒を深めて、その境界線を曖昧にしていた。

「白銀のヴァイス様の事です。既にこちらに向かっているのでしょう 
 何故ロムロ様たちに伝えないのです?」

「あれは、頭がよく回るようだが。思考は、小隊長としての粋を出ていない
 他国間の損得を重視して、考えて動いている俺やヴァイス達など、戦力として信用はせんだろう
 まあ、わざとその役を買って出ているようにもみえるが、なんにせよ、奴にはこの部隊を引っ張ってもらわないとな
 ・・で?何を疑問に思っている?」

「ヴァイス様が到着する前にケリを付ける・・そのおつもりではと思いまして・・」

「まあな、ジェイド・・いやバッドラック・ザ・アービトレイター・・。
 やっと尻尾をつかんだと思ったらろくな事をしない男だ。
 俺達を見殺しにしたかと思えば白銀に下って奏甲の建造と権謀術数かぎり・・
 上の顔を伺って、汚れ仕事をかって出たようだが、腹では何を考えているのやら・・」
 
「『捕まえてみればわかる』でしたね?」
「いやまあ、理解はできても、納得はできないだろうな。それは、お前の姉さんも同じことだろう?」

「ええ、何故そんな男の側にいるのか・・捨てられた妹の、醜い嫉妬でしかありませんが・・」
「よせやい、シュレットのためだろう?なんどでも言うが、そんなに自分を虐めるもんじゃないぜ」

「ええ、ですが綺麗な理由で固めるよりも、自虐的に自分を罵っている方が落ち着くんです・・
 いつのまにか心が濁ってしまったのでしょう。こう言って、またあなたに、寄りかかっている」

「・・ん、夜泣き癖のある、悲劇のヒロイン気取りの女は願い下げだが、それも美人の口からでれば別だ、悪い気はしない」

少し驚いたようにシィギュンが振り向き、薄く微笑む。
「ふふ、その口で今まで何人の女性を騙してきたのですか?」

「それが聡い奴ばかりでな、逃げられてばかりだよ。
 いいところまではいくんだがな〜、いつも利用価値が無くなったらポイッだ」

「あらあら、先に捨てて行く方の間違いではないのですか?」

「勘弁してくれよ、俺を虐めても何もでないぜ。
 追うのは性に合わないし、引っ張っていくのはなんか疲れるだろ」

「そうですか」

「ああ・・・だから俺、待ってるから、な」

しばらく、会話が途切れる。こちらの意図は読めないだろう。
これ以上言葉を足せば、ありきたりな感情に行き着く、それでは意味が無い。
ここから、少しでも自分に都合の良い希望を、汲み取ってくれればそれでいい。

分かり合おうなどと、元から思ってはいない。
だが、『分かり合ったという錯覚』だって必要だ。
そう思い込めるだけで、前に進めれるのであれば、人から与えられる『真実』などいらない。


「・・・・・・はい、ですが・・あの」

「いや、何でもない、忘れてくれ。そろそろ交代の時間か、ロムロたちを起こしてくる
 シィギュン、休める時に休んでおけよ」

膝を打ち、立ち上がる。こういう時だ、言うべきことは、言っておかなければならない。

「ええ、わかりました」

背中越しに、手を振って応える、後ろの気配は、しばらく動く様子は無かった。


      ※      ※      ※


『起動歌術、周辺状況、オールグリーンです』

朝、例の霧に紛れて奏甲を起動させる。
ランシアの淡々とした起動作業を聞きながら、奏甲の視点を確かめるため周辺を眺める。

動きに若干の違和感を感じる、接収したブリッツリミットだが、まともに整備したのはかなり前になる。
ジェイドとぶつかったら間違いなくただではすまないだろう。

『こちらも、起動完了。ロムロ、バッドラック達が見えないが先行して行ったのか?』
もう一騎のブリッツリミットが立ち上がると、アーデルネイドから早速確認がくる。
昨日の打ち合わせと違っているのだからあたりまえだろう。

『ええ、バッドラック氏がうまく誘き寄せてくれるそうです』
『信用していいのだろうな』

『彼らだって少しでも戦力は欲しいはずですから、こちらを見殺しにするようなことはないでしょう』
『その打算で、足元をすくわれなければいいが・・』

今までの経緯から周辺に未確認の奏甲がいるのは間違いない。
別の特戦隊の奏甲の残骸をこれまで何度か目撃した。

まちがいなく、ジェイドは作戦を進めている。
しかし、こんな辺境で十分なバックアップもなく作戦行動とるには限度がある。
それは秘密裏に建造した奏甲といえど例外ではないはずだ。

話では、シュピルドーゼが少ないながらこの件に関して多少動きを見せているらしい。
自分達に、もしものことがあってもかわりはいる。犬死をするつもりは無いが、気持ちは多少楽になった。

『ロムロ様、2騎とも起動完了です』
『了解、それでは行きましょう。アイン・フリューゲル出撃』

これが、最後の出撃になるだろう。なんとなく、そんな予感がした。



〜続く〜

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