IF ”The Last episode ”『紅の握る花』



刃と刃がぶつかり合う。

「腕を上げたか」
「ええ、まだまだ及びませんが・・」

こちらはレグニスさんの振るうナイフの起動を読むのに精一杯、
武器の特性上、至近距離では不利。

得物の長さは踏みこみの速度差が歴然で有利な材料にはならない。
総合的に見て勝てる要素が無い。
それでも決着が着かないのはある程度対戦経験があるからにすぎない。

「・・・・!?」

刃をずらしこちらの刀の上をナイフが滑る。
慌てて空いている刀で受けとめ押し返した。

「油断するなよ」
「そちらこそ」

飛び退きざま数本のナイフが飛ぶ。
一本は叩き落とし、もう一本は身をかがめかわす。

最後の一本避けずに突進する。
『桜花無茶しないで!』
「いえ、これぐらいしなくては・・」
ベルティの声に短く返答する、
体制を立て直す前に打ち込むためにはこうるすしかない。

しかし、奏甲の肩に当たったナイフが爆発した。

「そんな・・」
「甘く見過ぎだな、桜花」

軽く吹き飛ぶ私の奏甲、狙い清ましたように迫る。

「まだ!」
咄嗟に右の刀を逆手に持ち返え、振り上げる。

「面白い」
一振り目はかわしたものの、お互い体制を立て直す時間しか作れない。

「これではどうだ」
すぐに二振り目が迫る。これは・・。

「ほう・・」
レグニスさんの感心する声、
二振り目は持ち替えた左の小太刀で受けとめた。

「思いきりはいいな・・だが」
ちらりと大地に突き刺さる刀を見つめる。

「その小刀をどこまで扱える」
拮抗した体制の私の奏甲を蹴り飛ばす。

確かに・・この間合いでは勝ち目は無い。
もう少しそれ以上の長さがあればあるいは・・。

しかし、長刀も薙刀も持ち合わせてはいない・・。
いや・・だめだ、得物に頼って勝てる相手ではない。


      ※      ※      ※


「意外と中は少ないんだね・・」
開けた空間に間の抜けた声が響く。
歩み寄る男はヘラヘラと場違いな明るさを振りまいていた。

「貴様・・いつのまに」
ディアナが驚き身構える。ここまで来るのにそれなりの人員が配備されていたはずなのだが。

「いや、よく訓練されているよ。普通の人間ならここにくるまで後20分は掛かるかな・・
 安心していいよ、手加減する余裕はあったから」

「やれやれ、白銀の暁はもう少し紳士的と聞いていたが・・」
予想どおりの相手の登場に多少余裕ができた。良くはないが悪い相手ではない。

「それはお互い様じゃないかな、ファゴッツの商魂の逞しさには頭が下がるよ」

「協定調印式以来か・・おまえ、こんどはどんなあだ名だ」
「ヴァイス・・そういうあんたはどうなんだいバッドラック」

「バッドラック卿?」
ディアナの疑いの視線が突き刺さる。

「ああ、ディアナ安心していい。こいつは・・ヴァイスは話しのわかる奴だ。
 白銀の暁とファゴッツの協定調印式に代表の影武者としての役を勤めた男だ」

「では・・この男を捕らえれば・・」

「お嬢さん、変な気を起こさない方がいいよ。君の手勢は外で動いている奏甲以外無力化してある
 丁度いいから、今日はシュピルドーゼとの交渉といきたいのだけれど・・」

「話し合いだと!ふざけるな、黄金の歌姫様に反旗を翻し
 我がシュピルドーゼに土足で入りこんだ貴様の話しなど聞けるか!」

「ふむ・・困った、バッドラックもう少し話しのわかる人はいないのかい?」

「俺に話しを振るな、彼女はインゼクテン・バルトの悪魔の被害者だ、
 それに彼女は軍の高官の一人娘だこれ以上の人間はいないぞ」

「そうか・・お嬢さん。うちの不始末はうちで着ける。インゼクテン・バルトの悪魔も
 森のローレライもだ、だからあなたの国には少し目を瞑っていて欲しいのだけどね・・
 これは白銀の歌姫の言葉と取ってもらって構わない」

「信用できるものか!」

「しかしね・・意地だけではとうせない状況だというのはよくわかっているはずだよ、
 いくら軍事に秀でたシュピルドーゼといえど黄金の歌姫のみで他に何も後ろ盾無い身ではね・・」

「く・・言わせておけば・・」

「ディアナ君といったか・・我々はまず評議会軍を破ろうとしている。
 たまった膿を排除したのちに改めて黄金の歌姫と対決するというのだ。
 ファゴッツとの協定は既にすませてある」

「それは本当か?」

「事実だ。ファゴッツもそれには賛同する。やつらは自分の利権のために少々やりすぎた」

「同じようような輩は何処にでもいるのだ、それは白銀の暁とて例外ではなかった。
 ジェイド・カンクネンという男がそうであった・・
 この戦争は時代の明日のためのものだ。人の欲のためにあってはならない。
 これまで流れてきた血のためにも、これから流れるであろう血のためにも・・」

「・・・血の、ために・・」

「ここに今話した事をまとめた密書がある。これをどうするかは君次第だ」

「わかった・・受け取ろう。しかし、判断は上がすることだ。
 私はそれに従う・・結果がでるまで私は私の任務を遂行させてもらう」

「それでいいよ、いい返事を期待してるから」

そのとき部屋の一部が轟音と共に崩れた。

「ちぃあ、もちっとうまく戦えないのか!」
落下物からディアナを守りつつ状況を確認する。

屋内にある奏甲にダメージは無いようだが、その脇に桜花のローザリッタァが仰向けに倒れている。

「バッド・・どこからあんな凄腕を拾ってきたんだ?
 紅野さんなら軽く勝ってくれると思ったのに・・」
ヴァイスが戦闘していたニ騎を交互に見て呟く。

「戦争だけやっている奴にはわからんだろうよ」
瓦礫の上の涼しそうな顔に精一杯の皮肉で返してやった。

「ふむ・・じゃあ、今日の本題に移ろうか・・ローザリッタァは限界みたいだし・・」
そう言って奴は保管されていた奏甲に歩み寄った。

「キルシュブリューテは気に入ってくれるかな?新しい紅の乗り手を・・」


      ※      ※      ※


「完敗・・ですね」
既にローザリッタァは動いてくれない。

「紅野さん、聞こえてるかい?紅野さん?」
いつのまにかヴァイスさんが奏甲の上に乗っていた。

「ええ、あ、はい。ヴァイスさん危ないです、レグニスさんはまだ・・」
向こうから遠慮無く迫るレグニスさんの奏甲が映る。

「ヨルン!」
ヴァイスさんの声と共にレグニスさんの奏甲の動きが止まりました。

「何を・・」
「ちょっと止まってもらっただけさ、紅野さんその奏甲はもうダメだ。
 代わりにこれを使いなさい」

私はそこでやっと、脇に見慣れない奏甲があるのに気が付いた。

「これは・・?」
綺麗な奏甲でした、深紅に染まったとても綺麗な・・。

「気に入ったかい?キルシュブリューテと言うんだ、
 苦労したよ〜健気な双子の英雄のおかげでその存在が確認されてから
 上は『2番騎を捜せって』五月蝿かったからさ〜」

「てめえ、それは元々俺が『幸割の洞』で・・」
遠くで男の人が怒鳴っています、よく見るとバッドラックの叔父様です。

「バッド・・あそこにはうちの忍君だって一緒に行ってたんだ。
 白銀にだって所有の権利はある・・」

「ヴァイス!それは屁理屈だ!後で掘り出したのはファゴッツだぞ!」
「でも、起動できる人は居なかったでしょ
 動かした者がその権利を得るって協定調印式の時に決めたよね?」

「てめえ!『女性英雄専用』だって黙ってたじゃねえか!」

「あれ・・言ってなかったっけ?」
「とぼけんな!そんな所まで優夜に似るんじゃねえ!」

「あ〜五月蝿い五月蝿い、起動できなければ同じでしょ
 じゃあ紅野さんちょっと試してみて」

「よろしいの・・ですか?」
凄く気まずいのですが・・。

「いいのいいの、試すだけだから、動かなければそれでいいのだし」
「はあ・・わかりました」

二人はまだ何か言い合っていましたが、私はキルシュブリューテと呼ばれた奏甲に乗りこみました。

『桜花、ねえどうなったの?』
ケーブルを介してベルティの声が聞こえました。

「ローザはもう動きません、代わりにというわけではありませんが別の奏甲を起動します。
 ベルティ、起動歌を・・」

『うん、わかった』
聞きなれた歌声の後、視界が開け体が軽くなる感覚がしました。

『いけるわ、桜花!』
「そのようですね・・」
高い視界にローザリッタァが見えました。

ごめんなさい・・すぐ治してあげますから・・。

ローザリッタァの腕をとって体制を直そうと近づいたとき、

「ローザ・・」
まるで振り払うようにローザリッタァは崩れ落ち、
キルシュブリューテの手にはローザリッタァの腕だけがぶら下がっていました。

そう・・おまえはもう休みたいのね・・。

「レグニスさん・・」
「まだ、やるのか?」

「ええ・・一太刀で十分です・・」
これは自分に対するけじめだ、今まで助けてもらったローザのために・・。
安心してローザが眠れるように・・私はやってみせなければならない。

「刀が無いようだが、どうするつもりだ?」

「・・・・・!」
この奏甲には武器が付いていなかった。ローザの刀も既にボロボロで使えない。

「紅野君、それには既に特別な武装がある」

『違わぬ者よ、己が内よりいだきて汝、力とすべし・・』

頭に不思議な声が響く。

『己が内よりいだき力を示せ』
 

      ※      ※      ※


深紅の奏甲の手に一振りの刀が握られていた。
「よし、ディバイン・アームも起動したようだ」
「ヴァイス・・何を言っている?」

「重要なのは奏甲じゃない、2番騎はあれのためにある・・」
「あいつらを白銀の駒にする気か?」

「いや・・ただの興味本意さ・・綺麗な桜の花が舞うのを見たかった、それだけだよ」


      ※      ※      ※


見慣れない奏甲が建物から出てきました。

「優夜さん、優夜さん。あれが目的の奏甲ですよね?」
「んあ〜たぶんね・・というかあれは俺のだ・・」

少し離れた所から私と優夜さん、ラルカとベルティさんで様子を伺っていましたが。

「まだそんなこと言ってるのですが!優夜さんには似合いません」
「ルルカよ・・どうしておまえはそう無駄にロマンチストなんだ・・」

「だって、だってあれには今、桜花さんが乗ってるのでしょう?」
状況はまったく予測のつかない方向に向かっています。

「ああ、そうらしいけど・・」チラリとベルティさんの様子を伺います。
織歌を紡いでいるベルティさん、こんな真剣な表情を見るのは始めてです。

「レグニス君も手加減はしないようだし・・これ以上花が散らなきゃいいけどね・・」
「も〜優夜さんはどっちの味方なのですか!」

「強い方・・・」

・・即答です、こんな状況なのに私の英雄様はとことんマイペースです・・。


      ※      ※      ※


『桜花、ねえ大丈夫なの桜花!』
ベルティの声で気が付きました。

「桜花、聞こえてる?」
「大丈夫です、が・・あまり持ちそうにありません・・」

先ほどの声のあと、急激な脱力感に襲われて気が付けばいつのまにか一振りの刀を持っている。

「これが、この奏甲の力・・ですか」
手に馴染む使いなれた感覚、これは道場から戴いた真剣そのもの・・。

『桜花、レグニスさんが・・』
見るとレグニスさんの奏甲が向かってきている。

「はい、一太刀で決めます・・」
長時間の戦闘で自分の限界は既に超えている。

「いきます!」覚悟を決め、奏甲を走らせた。

『桜花・・ごめん。私も、手伝わせてもらうわ』

ベルティの声と同じに視界が歪んだ。


      ※      ※      ※


「分身・・あれは歌姫の歌術か・・」
桜花の乗るキルシュブリューテが二騎に見える。

「バッド・・彼女達を知っていたならもっとはやく教えてくれればいいのに・・」
ヴァイスはこの戦闘が楽しくてしかたがないようだ。

「馬鹿を言うな、どうせろくな事にならんだろうよ」
全部自分の思い通りになると思っていやがる。

「つれないね・・しかし、この勝負どう見る?」
「いくら優秀な奏甲と武器といっても紅野の嬢ちゃんは始めて使うんだ。
 レグニスの方がまだまだ上さ」

「ふうん、意外と冷静な分析だね・・でも実力だけで勝敗は決まらないよ・・」

「そいつはどうかね・・」

議論をしても始まらない。どのみちすぐに結果がわかるのだ。

二騎になったキルシュをレグニスは同じに相手にする気らしい。
両手にナイフを構えてじっと様子を伺っている。

「桜花の奏甲と武器が特別でも、レグニスはあいつ自身が特別だからな・・」
だいぶまえに戦った記憶が蘇る。

キルシュは相手を直線上に捕らえると同じに回りこみながら打ち込んでいった。

「・・レグニスの勝ちだ」

後ろに目があるように最小限の動きで前後からの打ち込みをかわし
両手のナイフをそれぞれの胴に滑りこませた。

絡み合ったまま止まる三騎の奏甲、

「どちらが本物でもあれで決まりだな・・」
桜花もよくやったと思うが実力が違いすぎたか・・。

「たしかに・・どちらかが本物だったらね・・」
ヴァイスが意地の悪い笑みをこぼす。

正面から打ち込んだキルシュが花びらが散るように霧散していく。

「まさか・・おい・・」
続いて背後から打ち込んだキルシュも同じように花びらとかした、そして・・。

突然、空中から現れたキルシュが一刀を振り下ろした。

そこで時間が止まった、誰も動かない。
目の前で何が起こったのか理解するのに数秒掛かった。

「はっはっはっは、お見事だよ。すごい、素晴らしい」
手を叩き大はしゃぎするヴァイス。

「彼女は、紅野さんはあの奏甲や武器よりも自分の歌姫を信じていたってことか・・」

歌姫・・たしかベルティーナとか言ったか・・。

「僕達はあの奏甲とあの武器ばかり目がいっていたからね・・。
 可憐に戦う彼女達よりも目先の新しい玩具に目がいってしまったというわけだ、
 悲しい男の性ってやつかな・・」

この結末がよほど気に入ったのであろう、ヴァイスはいつも以上に口が回っていた。

「しかし、ベルティちゃんの歌術もたいしたもんだ・・」

それからしばらく、夕焼けの空に早口でまくしたてる声は響き続けた。


      ※      ※      ※


それから後の事はよく覚えていません。

「・・・・・・」

気が付いたときにはベッドの上でした。

「桜花、気が付いた?」
「ベルティ・・」

横のベッドに同じようにベルティが寝かされていました。

「私達は・・」
「勝ったんだよ、レグニスさんに・・」

「そう・・・ですか・・」

記憶が蘇る、頭上から一気に振り下ろしたあの瞬間が・・。

「ごめん・・。桜花、手だし無用って言ってたのにね・・」
「いえ・・私は別に・・」

「レグニスさんもね、あの後『戦闘にルールは無い』って言ってたし
 それに・・始めて誉められちゃった『何重にも練られたいい作戦だったって』」

「それは・・そうですか・・」
「あれ、桜花嬉しくないの?」

「いえ、そうではありません・・」
実感は無かった、あまりに無我夢中だったからだろうか気持ちが追いついてこない。

「ですが・・」
「・・・?」
「ですが、あの時あなたを信じることが出来てよかったと思います」
あの奏甲には圧倒的な力を感じた、でもそれと同じくらい不安もあった。

「あはは、なんだかあらたまって言われると照れるな・・」

「ベルティ・・」
「・・ん?」
「これからもよろしくお願いします」

「・・・・ん、うん。OK、任せてずっとお願いされちゃう」
「はい、お願いします」

「さ、桜花疲れでしょう、もう少し休みな」
「・・はい」
私は少しだけ天井を見詰めてから、目を閉じました。


      ※      ※      ※


「私は、彼等と共に行こうと思う。国の人間が居た方が動きやすいだろう」
ディアナが口を開いた。

「そう・・じゃ、僕達はインゼクテン・バルトに行かせてもらうよ」
ヴァイスは当たり前のように対応する。

「言っておくがおまえを信用したわけではない。バッドラック卿が同行するというから
 承諾したまでだ」

「このおっさんだって十分胡散臭いと思うけど・・・」
「本人を前にして何を言いやがる」
相変わらずふてぶてしい男だ。

「しかし、レグニス君だっけ・・よく森のローレライの件に同行するきになったよね」
「まあ、あいつらにも考えがあるんだろうよ・・」
本当はローレライに関っているであろう新見忍の事を教えてやっただけだが・・。

「なんだ、結局バッドもあの子達を巻き込むんじゃいか・・」
「俺は何もしていない、あいらが自分で判断しているだけだ」
「紅野さん達にも話したの?」
「いや・・ディアナ、説明しておいてくれ多分おまえの力になってくれるはずだ」
「わかった・・できれば私達だけで何とかしたい所だが・・」
遅かれ早かれこうならざるおえないのは見えていたが、まあなんとかなるだろう。

「そう・・じゃあ、バッド行くとしようか。はやくジェイドに追いつかないとね」
「あれの動きはシィギュンが調べさせてる、動けばすぐにわかるさ」

「私も・・私もすぐに追いつく、それまで待っていろ」
ディアナが慌てて口を挟む、自国のましてや自分の関った事だ無理も無い。

「ああ、言われなくても・・」
「わかってるって」
宿を出て空を仰ぐ、それはこれからの道を暗示しているような曇り空だった。



〜続く〜



※あとがき

桜花をこの奏甲に乗せなくては・・。
ルリルラTRPGリプレイ集の扉のページを見たとき、まずそう思いました。

今回が演出過剰に感じたのであれば、完全に自分の独り善がりによるものです。
だいぶロボット対戦のノリが染みついています。

ただ乗せるだけでは面白くないと思ったのでいろいろ考えてみましたが・・。
この2番騎の武装のディバイン・アームはただの演出やご都合主義の道具にしか見えませんが、
今後、それだけの扱いにならないようにするつもりです。

こじつけですが、以前の宝捜しのエピソードの洞窟で
埋まっていた奏甲と武器という設定を与えてので、それなりに話しに絡ませていきます。

後は国家間のやりとりですがあまり真面目に考えていないので
全体の雰囲気程度に感じてもらえれば幸いです。

今回のことで少し花を調べていましたが、桜薔薇というのが実際にあったり
桜は薔薇科の植物だった事などまったく知りませんでした・・。

無知な自分が恥ずかしいかぎりです・・。

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