IF ”The Last episode ”『間奏・斜光の庭』




別に今に始まった話しではないのだけれど、

「わかりました、ご協力します」

桜花はこういう人だ。

キルシュブリューテという奏甲を見てから2日が経過した。
既にあのうるさいヴァイスという男はいない。

話しではあの狸が居たらしいけど、ヨルンさんははぐらかして僕に何も教えてくれない。
やっぱり大人はずるいなと思う。

で、今は階で今後の事を話し合っているのだ。

「助かります、紅野様」
何故かヴァイスの宿縁であるはずのヨルンさんはここにいる。

「ちょっと桜花、よく考えて決めなさいよ」
「ええ、よく考えて決めました」

「それと、あの奏甲ですがお返ししようと思うのですが・・」
「何故だ、君はあれを十分扱えるではないか」
これはいつのまにか同じ宿に居座っているディアナさん、シュピルドーゼの軍人さんだそうだ。

「そうよ、せっかく貰ったんだから」
「いえ、一時的に貸しているだけです」

「む・・ヨルン、細かい所に突っ込むわね・・」
「ええ、ヴァイス様に厳しく言われていますので」

「・・で、君が奏甲を返すというのは?」
ディアナさんが話しを戻してくれた。見た目通り真面目な人らしい。

「・・ええ、お話しではあれはかなり特別な物だと」

「はい、あのキルシュブリューテには仮の呼称『ディバイン・アーム』が搭載されています」
それは僕も確認した、キルシュの両腕に付けられているパーツがそうらしい。
話しでは、奏者の望む武器が出てくるらしい、
でもそれは奏者の使った事のあるものでないとダメなようだ。
しかも、使用にはかなりの負担がかかる。

「あの奏甲とあの武器は私には過ぎた代物だと思うのです、
 あの道具を使いこなすほどの腕は、私にはありません」

「いいじゃない、使っていいっていうんだし。私は賛成よ」
「そこの歌姫の言う通りだ、あれを動かせるのは君だけなのだから、気兼ねすることはない」

「しかし・・」
「いいの!私の歌術も使えるんだし、あれを置いて行くわけにいかないってみんな言ってるじゃない」

「はあ・・ですが・・」
「禁止〜反論禁止〜腕が足りていなければ修行すればいいじゃない、桜花はずっとそうして来たでしょ」
「ええ・・まあ」
「んじゃ、さっそく行くわよ」
「べ、ベルティそんなに慌てなくても・・・」

「いっちゃった・・」
ベルティはあの奏甲がかなり気に入ったらしい。

「ふむ・・これでキルシュブリューテの件は収まったようだな」
そうかな〜なんかベルティが一方的に話しを進めていたけど・・。

「で、俺の奏甲はどうしてくれるのだ?」
離れて座っていたレグニスさんが口を開いた。

「・・ああ、桜花が派手に壊しちゃったんだっけ・・」
たった一太刀のはずがかなりの致命傷になってしまっていた。まだ修理可能だったけど・・。

「案ずるな、我が軍の奏甲をまわそう」
「軍のやっかいになる気は無い」

「しかし、空いている奏甲で同等の戦闘力があるのはそうない・・」
「・・・・・同等なのだな」

「ああ、誰も扱えずほこりを被っていたものだ」
「・・・・・いいだろう。すぐ見たい、できるか」

「今すぐか?・・・わかった案内する」
「僕にも後で見せてよ」

「・・ふむ、後で裏の方に来るがいい」
ディアナさんとレグニスさんは宿を出ていった。

「奏甲が好きなのでしょう?一緒に見にいってくればよろしいのに?」
ヨルンさんが僕に振る。

「うん、でもなんかさ・・」
そう言って視線をレグニスさん座っていた所よりも奥に向ける。

「・・・・・・・」

ずっと黙ったままのブラーマさんがそこに居た。



      ※      ※      ※



「名は『スケアクロウ』という。まあ、コードネームにすぎないが」

無口な英雄と一緒にそれを見上げる。

「シャッテン・ファルベをベースに駆動系を強化、四肢に大型の幻糸ブレードを仕込み、
 背中に数本予備もある。量産のトライアルに落ちてずっと手付かずだった」

そこまで言って英雄の顔を伺う。「聞いているのか?」

「・・・トライアルに落ちた理由は?」こちらを見ずに声が返る。

「優秀すぎたのだ、他の反感を買い結局、主力機は別の機体に決まった。
 ただ、どんな厳しいテストでもこの機体だけは立ち続けていた」

「・・・丁度いい」

「・・・?」

「・・・俺にはこれぐらいが・・だが、いくら施しを受けようが軍の狗になる気はない」

「わかっている・・敵国と協力するよりもずっとましだ・・私の自身の単なる気休めだが
 ・・こう言えば満足か?」

「まだその方がわかりやすい、ブラーマにも言っているのだがな・・」
「よかったのか?歌姫は随分と落ちこんでいたようだが」

「なんとかなる、今までもそうしてきた」
「ふむ・・あの一戦で双方、英雄よりも歌姫の反応が顕著だな」

ベルティーナという歌姫のはしゃぎようとブラーマという歌姫の落ち込みよう、
あれではいったい誰が真剣勝負をしていたのかわからない。

「俺も桜花もあの結果は予想の範疇だ。動揺するほどのイレギュラーはなかった」
「おまえ・・負けたのに随分と冷静だな」

「勝つ気の無い勝負をするのは愚か者のすることだ、
 己の勝ち方も負け方も見えぬようでは戦いに望むべきではない」

「・・・・それはもっともだと思うのだが・・」

「なんだ異論があるなら聞いてやる」
憮然と見返してくる。この男、何処まで本気なのだろうか・・。

「それを何故自分の歌姫に言ってやらないのだ?」

「・・・・・・それも、そうだな・・」
何を今まさに気がついたようにしているのか・・この男、戦闘に関してはプロのようだが・・。

「おまえは・・罪作りな男だな・・」
大切にするあまりの失念では説明がつかない・・が。

「善業をしてきた覚えは無い」
やれやれだ・・これがこの男の地なのだろう。
 

      ※      ※      ※


午後の日差しが足元に掛かる頃、自分がずっとそこに座ったままだということに気が付いた。

「・・・・」

テーブルには冷めた食べ物がそのまま置いてある。

あの戦いで私は何もできなかった・・いや、何もしなかった。
ヨルンという歌姫には一方的にやられ、桜花殿とベルティ殿の気迫に負けた。

確かにレグは私に何もするなと言った。
しかし、それを馬鹿正直にこなしていた自分がどうしても許せない。

レグは何も言わない。いや、聞く事が怖い。

「だぁ〜」

脇の揺り篭でコニーが笑う。
手を差し出すと、まだ小さな両の手はそれを握る。

「・・ふふ」

こんな時でも私は笑う事ができる。
体の中を様々感情が渦巻いていても、私は笑える。


「ブラーマ」
だから、その声にも素直に向き直る事ができた。

「桜花達との戦い、引きずっているのか」
レグからこう言ってくるのは稀だ、きっと誰かが助言してくれたのであろう。

「・・うむ」

「負けた事がくやしいのか?」

「・・うむ」
何に?と問われれば答えは出ないが確かに私は『何か』に負けた。

「それにしては笑っているな」

「・・うむ」
レグはどんなときでも飾らない。

自然と歌を紡ぐ。口から歌がこぼれる。

レグは何も言わずその場に立っていた。


      ※      ※      ※


「私の役目はもうここにはありませんね・・」

宿から聞こえるその歌を聴きながら、空を仰ぎ見る。

「であればさっさと消えてもらいたいのだがな、ヨルン殿」
「まあ、随分と嫌われたものですね」

特使扱いでここにいるが、彼女と自分の間にはそれでも割りきれない溝が確かに存在する。

「すまない・・私にはこういう言い方しかできない・・」
「『敵は憎む物』あなたが謝ることではありませんわ、ディアナさん」

「こんな争いなど、起きなければな・・」
「あらあら、シュピルドーゼの軍人様のお言葉とは思えませんわね」

「肩肘張っていても私は所詮落ちこぼれだ。その甘えで部隊は全滅、今は生き恥を晒している」
「人は生きてこそ・・それがどんな結果であっても恥ではありません」

「・・・あなたという人は・・」
「ごめんなさい、もう行きます。あなたはシュピルドーゼの軍人様ですからね」

「すまないな・・しかし、最後に一つ聞きたい。
 これほどの災厄わざわざ敵国に来てまで成すべきとはやはり思えないのだが・・」

「そうですね・・誰が誰の敵であるのか、本当は誰も知らないのかもしれません」
痛手は全てシュピルドーゼが負う、それは誰の目にも明らかだった。

いくら面子のためとはいえ、白銀の暁が出てくる理由として弱いと思われてもしかたが無い。

「全ては闇の中か・・」
「知らずに居る事は長生きの秘訣ですよ」

「・・・わかった、全てが終わってその時聞こう」
「ええ、出来損ないの御伽噺ですから・・」

「明朝、私は彼等を伴ってフェアトラークに向かう、あなたはどうする?」 
「・・そうですね、届け物が来るまでもう少し待ちます」

「・・そうか」

私も、彼等もまだまだ忙しくなりそうだ。
全てが落ちついたらとき、再び彼等とテーブルを囲めるのだろうか、

きっと彼なら平然とそのテーブルに付くのだろう、その後ろがどんな光景でも・・。


〜続く〜



※あとがき


以下の文は一つの事実を除いてフィクションである。

11月23日昼、飼い猫が息を引き取った。
家に来て8年。まあ長生きをした方だと思う。

まだ学生だった妹が名づけ親だった。
自分はというと可愛がる割に世話を一切しなかった。

ご飯を食べている時に横に座ろうが
深夜帰って来て餌をねだられようがお構いなし

だからという訳ではないが、
息を引き取るその瞬間はただずっと見つめているだけだった。

悲しくないわけはない、ある程度誇張して言えば、
昼夜逆転の生活の中で一番の付合いかもしれない。
先の妹よりも顔を付き合わせている時間は長かったと思う。

では、あの時何を感じていたのか?

居なかった時の記憶から今この瞬間まで生きていたことを

居た時の記憶から、居なかった時間の方が長かったことを

それぞれ確認していた。

日常はけして同じように続かない、ただそれだけを実感していた。


こういう時は同じような事を思い出すもので、
子供の頃、兄の友人が病気で亡くなった事を思い出した。
いつも遊んでくれた人が、数週間後に棺の中で眠っていたときの事だ。

祖母が一緒にその棺の中を見た時に「綺麗な顔だね」と言ったのをよく覚えている。
自分では全然そうは思えなかった。

まったく別人に思えた、何故そんな事を言えるのか全くわからなかった。

そんな祖母も2年前に他界した。
自宅のベッドで寝たきりになって2ヶ月ほど経った頃だった。

話すこともできず、ただじっと目を見る祖母。
その日の朝の事もよく覚えている。まだ勤務先が代わる前の仕事に不慣れな頃だった。

こちらが朝食中に横のベッドで天井を見つめ何かを叫ぶ祖母、
そのとき自分ははっきりと『うるさい』と思っていた。

そして昼過ぎに父親からの電話で祖母が亡くなったのを知った。

そのときの自分は既に悲しくはなかった。
いつそうなってもいいよういに、心の中で少しづつ祖母を亡くしていたのだろう。

棺に入っているその顔は綺麗だったと思う。

だけど、線香を上げに来てくれた友人達を見た時に自分は泣いた。


今回の自分はどうだったのだろうか、

その日は普通に仕事をし、アルバイトの人間と冗談をかわしあった。
もちろん頭の隅には猫の事があったが、
誰もこんな話しは聞きたがらないと思い口には出さなかった。

オチの無い話しだし、ただ『かわいそう』と言われるのもしゃくだった。
結局自分のすっきりしない思考はそのままに時間だけが流れていった。

今も信号待ちが短く感じられる程度には、わだかまりが残っている。


とりあえずは、精一杯我侭にかまってやった事だけは胸をはれる。
きっとそれが嫌になってずっと眠っていたくなったのだろう。

今はそう思う事にした。

以上の文は一つの事実を除いてフィクションである。

23日の夕方。一人暮しを始めた妹に事務的な内容でメールを打ち、自分は再び仕事に戻った。

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