「――倒してでも、ソードさんを止めます!!」 決然と告げられた言葉にソードが返したのは、あからさまな嘲笑。 眼前に浮かぶ無数の岩、石、樹木を通し、顎を引いて睨み付けてくるネリーを見 下ろして、くっ、と犬歯を剥き出して笑う。 「面白い冗談だ」 無言で、ネリーが足を踏み出した。 vol 2.5.2c 接続の再試行/宿縁 無言で対峙する二人の周囲で、木々がざわめく。戦いの気配を感じたからなのか、 森にいるであろう小動物たちの気配は感じられなくなっていた。 ソードはネリーに視線を合わせたまま、動かない。 対奏甲ライフル級の弾丸を連射する巨大な銃身は、ともすれば長閑に映るはずの 午後の空気の中でもなお、剣呑に光っている。 ソードと15mほど離れて向かい合うネリーの周囲に浮いているさまざまな物体 は、今は動く気配も感じさせずにそこに在る。大量の自然物が空中にぴたりと静止 しているその光景は、ともすればそれはそれで『自然な光景』にも思えた。 ネリーは一歩を踏み出したものの、未だに迷いがあった。 『倒す』と言った時に一瞬だけ変化した、ソードの視線。 何の感情も浮かばず、感慨も浮かばず、ただ『殲滅対象』としか相手を認識して いない視線。 機械のよう、と言うよりは爬虫類のようと言った方が当たっているその視線は、 向けられるだけで根源的な嫌悪感や恐怖感を煽られる。 視線は合わせたままに焦点を外したネリーを見て、ソードは息を吐き出した。 「……どうした?そこで立っているだけか?」 「っ!」 その一言で、ネリーの瞳に急激に焦点が戻った。 ぽそり、と聞き取れないほど小さくネリーが呟き。 ――ばかんっ! 浮遊物の群れの中から弾丸のごとき勢いで飛び出した拳ほどの石が、首を傾けた ソードの側頭部を掠めて背後の立ち木を抉った。 パニッシャーの銃口をネリーに向けながら、やれやれとソードは首を振る。 「視線が正直すぎるな。教えたことを忘れたのか?」 「忘れてなんていませんよ……ちゃぁんと覚えてます。『裏をかくべし、裏を読む べし』です」 にこ、と笑って首を傾げるネリー。 ふむと呟いたソードの脳裏に警告が閃いた。 ――死角。散弾。誘導からの反対方向。頭上から足元。 「……2番、炸裂」 っぱぁあん!! ソードが飛びのきながらパニッシャーを盾にしたのと、ソードの前の地面にいつ の間にか転がってきていた土塊が炸裂するのはほぼ同時だった。 細かい粒のほとんどは空気によって減速されてソードを殺傷するほどの勢いは失 うものの、混じっていた小石が手榴弾もかくやという数の子弾になってパニッシャ ーの表面を激しく叩いた。 「ほぅ……っ!」 つま先で草地を掘り返しながら着地したソードが間髪入れずにバック転を行い、 一瞬後に岩がソードのいた場所を押しつぶす。 「逃がしません!」 ずどどどどどんっ! 岩が石が丸太が土が、森の中を走り回るソードを追い掛け回して盛大に破壊を撒 き散らした。 茂みを一撃で突き破り、木の幹を連弾で粉砕し、下草の繁る芳醇な土を大質量が 抉り返す。頭上では慌てた小鳥たちが騒乱から必死に遠ざかろうと翼を動かしてい た。 そんな横向きの爆撃のような攻撃の中でもソードは至極冷静に対応していた。す るりするりと水が流れるように障害物を避け、木が粉砕されるまでの一瞬の間のう ちに距離を稼ぎ、先読みの一撃が着弾する直前に進路を変更する。 だんっ! 一際強く足を蹴りだし、ソードは更に深く繁る森の中に飛び込んでいった。 ごぉ……ん 「は…っ、はぁ…」 地響きが次第に納まる中、最初の位置から動いていないネリーは乱れた息を整え ていた。 目を凝らしてみても森の中に消えたソードの姿は視認できない。 視線を向けた森の中で幹を半ばまで抉られた木が軋みながら傾き、やがて隣の木 に枝を絡ませながら寄りかかった。 ばさばさと鳴る枝葉の音や視界に入る破壊跡に罪悪感を感じる余裕は、今のネリ ーにはない。 森の奥を睨み付けながら、思考をフルに回転させてソードの戦法をシミュレート する。 ……ソードの十八番は悪辣な悪知恵の結晶――ブービートラップ――だが、少な くとも今までの時点ではソードはそれを使ってきてはいない。これからの戦闘では 森の中ということも含めてトラップの危険は上がるが……可能性は捨てる。知って いるものなら見抜く自信はあるし、そうでなければ認識の隙間をついてくるトラッ プなど悠長に探している暇はないし、『読み』に関してはソードと比べることも出 来ない。何しろ経験が違いすぎる。 ――歌術と銃。歌術は確かにさまざまな事象を発生できるが、シングルアクショ ンで攻撃の可能な銃と比べれば致命的に遅い。ソードが発動を見逃してくれた初撃 で決めるのが最上だったが…… 前回の不覚――今の状況の原因になった事件――の経験までも掘り起こし、ネリ ーは考え続けようとした、途端。 「っ!」 ばきんッ! とっさに前面に集中させた自然物の防壁に、銃弾がめり込んだ。 その一発を契機に、森の奥、視線の遮られる向こう側から大量の銃弾が降り注ぎ だす。 がががががががっ!! 森が轟音に包まれる中、防壁ばかりでなく周囲の地面が弾ける。大口径の銃弾に 晒された防壁はみるみる内に削られていき、着弾の衝撃にがくがくと揺れ始めた。 防壁から移動――制圧射撃されている現状では不可。 防壁ごと移動――制御の精度的に不可。薄くなった瞬間に打ちぬかれるのは必至。 真後ろに後退――防壁が砕かれた後に対応できない。よって不可。 ……まずい。 そうネリーが考えた時、唐突に銃弾の雨が止んだ。おんおんと木々の間を残響が 反射していき、やがて空気は静寂を取り戻す。 そして、ごく小さく聞こえてきたのは『ぱしゅっ』という空気の抜けるような音。 慌てて横に跳び、距離を取るネリー。近づいてきた円筒形の物体は誰もいない場 所を守っていた、防壁の残骸に衝突し。 ばがぁん!! 「わ…っ」 盛大に波打つ空気が、顔をかばったネリーの腕を叩いた。 顔に張り付いた袖を引き剥がし、爆心を見やったネリーの顔が硬直した。 ……大きく抉られ、クレーター状になった地面。そこにい続ければどうなったか は考えずとも明らかだ。 「……本気、みたいですね」 自分も半ば本気だったのだが……そのくらいでなければソードは止められないと いう確信があった。 『これ』はソードも似たような考えだと言う意味なのだろうか?それとも……? ぼす、と身を隠していた木の幹に背を預ける。 しばし上を見上げ……一つ首を振って、ネリーは俯いた。 |