「……本気、みたいですね」

 自分も半ば本気だったのだが……そのくらいでなければソードは止められないと
いう確信があった。
 『これ』はソードも似たような考えだと言う意味なのだろうか?それとも……?
 ぼす、と身を隠していた木の幹に背を預ける。
 しばし上を見上げ……一つ首を振って、ネリーは俯いた。



vol 2.5.3 心理的要因と結果的行動



「…………」

 ぐっ、と顔をこすり、ネリーは顔を上げた。頭の中でシミュレートと手段の選択
を繰り返しながら、足首まであるワンピースのスカート部分をたくし上げる。膝の
すぐ上、大きく足を動かすのに引っかからない程度までたくし上げると、余った布
地を右側で固く結んだ。
 続けて腕を通している袖部分――独立した『振袖』のような広がった袖を肘の上
辺りで留めている――をごそごそと探り、袂に入れている幾つかの道具を取り出す。
 一つ一つそれらの状態を確認した後、ネリーは木の脇から顔を出して銃撃が飛ん
できた方向を窺った。
 森は静まり返り、倒れた木や抉れた地面までも沈黙の中に取り込んで、見る者へ
と懐を開いて奥へと誘うように……あるいは一続きの壁となって何人の侵入をも拒
絶するように佇んでいる。
 ……拒絶。このままにして置くべきなのかもしれないという感情がネリーの決意
を鈍らせる。
 実際、現実的にどういう行動が正しいかといえば彼の行動は正しい。
 『出来るだけ多くを救う』――たったそれだけの言葉で説明できる、説明できて
しまう彼の行動論理。迷わず躊躇せず後悔せず、冷静に冷徹に冷酷に、おまけに迅
速に判断を下して的確に実行する彼は止まらないし止められない。
 今まで走り続け、死者の上に立ち続けてきた彼はこれからも――

「――違う」

 止まらないワケではない。止まらないワケがない。
 ……つまりは。
 ネリーは歩きながら袂の中に収めた右手を動かした。ぴん、と澄んだ音が響く。

「止めれば、いいんですよね……いいのかな?」

 垂直に降ろした指の先に挟まれている、幾つかの簡素なナイフ。黒っぽい本体に
柄と呼べる部品はなく、刀で言う茎の部分に布を巻いただけである。見た目はとも
かく、奏甲の廃材から作ったナイフは幻糸が混じっていることもあってなかなか良
い代物だった。
 決断を下したはずなのに未だに迷う自分に苦笑し――だがソードの障害物があれ
ば真正面から粉砕してわが道を突き進むような一直線ぶりを見た後では、常に自分
を省みるのはとても大切に思える――、ネリーは顔を心持上げて感覚を集中した。

「理由――」

 直接の原因は自分だ。自分があの時ソードの手を振り払わねばこの状況にはなら
なかったに違いない。
 だがそれ以上に、根源的に彼と自分との間には違和感があった。時間を置けば理
解できる、という類のものでもないのだから、先送りにされていた問題が表面化し
ただけとも言える。
 張り巡らせた感覚の糸が震えた。馴染み深い感覚は、彼がそこにいると確信する
に足るほどはっきりと感じられる。
 その硬質な感覚を意識の中で転がしながら、ふと湧いた疑問。違和感の全てを表
現できる、それゆえに漠然とした……しすぎた疑問。

「――ソードさんって、何なのかな?」




「――何なんだ?」

 ソードは森の端――草原と森との境目になっている小高い丘――に立ち、遠くを
眺めていた。

「わけがわからん」

 不可解。不条理。そんな言葉ばかりが思い浮かぶ。
 何故にこうまで追い回されるのか。そもそも自分を拒絶して、それから何もアプ
ローチしてこなかったのは向こうのはずなのだが。
 考える。原因……恐らく、自分が『敵』を躊躇なく殲滅したことか。
 考える。何処に落ち度があったか。考える。考える。考え……て、思いついた。

「……ふむ」

 『殺人』を禁忌と見なすか否かの差、か。
 かつての自分を思い返す。意識することもなく殺していた事を悔いて、償いにな
ればとそれを禁忌とした。
 しかしそれは結果として多くを、本当に多くの命を失わせる原因となった。
 ……ふと、それだけを考えつくのに要した時間を省みて苦笑が漏れる。
 人間としての意識の醸成、その基本的な『工程』からして大きく異なる者たちに
合わせるのは容易ではないと改めて思った。

「正直、面倒なのだがな」

 『出来るだけの事をする』
 その事自体は、自分の目指す方向そのものと言ってもいい。むしろ断言できるほ
どに合っている。
 だが。

「自分の出来ることと出来ないことの区別もつかないのは……若さ、か?」

 そして、それは途方もない無責任でもある。それを見過ごし、無用な犠牲を出す
ことは自分の道に反する。言うまでもなくその道を外れて他のやり方を選択するこ
とも、道に反する。
 ベストでなくベター。理想への近似値を選んだ時点で、自分は理想を実現出来な
い。
 そんな事は既に自問しつくした。他人から指摘されつくした。
 ……それが、仕方のないことだから。だから、そこで自分は終わる。積み重ねた
死体を踏みつけ、『自分が助けた人々』を見下ろして自己満足に浸るのなら、立ち
にくい場所だからといってそこから降りるわけにはいかない。
 願わくば、死体を踏みつけることを拒否するような『お坊ちゃん』が人々に見上
げられる存在――嘘に嘘を重ねた上とはいえ、見た目だけは理想の形だ――になっ
てくれれば悪くない、と言う思いもある。
 それだけであり、特に非難される覚えも……ないとは言わないが。

「……非論理的な奴め」

 舌打ちを一つしながら、ソードは近づいてきた気配へと振り向いた。





 ……少ない割りに時間かかりました。キャラクタ造形や構成のマズさを思い知っ
てます……ええい、非論理的な奴め。

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