「こっちこっち!3番回して!」
「はいそのまま!そのままー」
「ぶつぶつ…」

 ごぉ…ん…
 威勢の良い整備士たちの声、機材の重々しい音。
 そんな活気のある音達が、ソードの耳をかすめて抜けるような
青空へ消えていく。

「ふぅ…」
「ぶつぶつぶつ…」 

 ある町の整備場。ボロボロになった愛機を背にコンテナに腰掛
け、ソードは溜息をついた。
 肩を回す。凝り固まった筋肉がごきん、と音を立て、一瞬の爽
快感が身体に満ちる。

「やれやれ…良い天気だ」 
「ぶつぶつぶつぶつ…」

 爽やかな空気だ。
 歌姫たちは蟲退治の報酬を受け取りに行っている。機体も損傷
は大きいが、全損と言うわけでもない。数日あれば完全に復帰できるだろう。
 やや下のほうから聞こえてくる意味不明な音―これは声ではな
い、只の雑音だ、断じて声ではない―は無視して空を仰ぐ。

「…………」
「ぶつぶつぶつぶつぶつ…」

 そう言うわけで、蟲退治の依頼はそれなりに成功した。
 だが…だが…

「…………」
「ぶつぶつぶつぶつぶつぶつ…」
「……ええい、うっとうしい!!」

 際限無く意識をノックしつづける呟きについに根負けし、ソー
ドはコンテナに拳を叩きつけて叫んだ。


  vol 1.5 〜交差する螺旋〜


「いー加減戻って来い!?」

 叫びすら疑問形になりつつも、ソードは数時間前に出会ったば
かりの戦友を現世に引き戻すべく呼びかける。
 …先ほどまでその事象から目を逸らしていたのは気にしない。
男は現在と過去の経験を元にして未来を切り開くべし、だ。
 戦闘中に歌姫をからかって、仕返しに奇声蟲の群れのど真ん中
でリンクを切られた彼―青年と言うよりまだ少年―は、ソードの
腰掛けるコンテナに背を預け、周囲の空気に縦線を走らせながら
かたかたと震えている。
 視線は虚ろ、口は半開きと、もはや町で見かければ痛ましげに
目を逸らすか警察を呼びたくなるような状態だ。

「触手が…触手が…」
「…………」

 どーしろとゆーのだ。

「おーい!アンタ、これはどうするんだい!?」

 …いや、だからそれが聞きた…ん?
 背後からの呼びかけに振り向くと、整備士がビリオーンTCの
脚、追加したパーツの部分を指していた。
 …確かに、ほぼ他の奏甲からの流用パーツのみで組上げられて
いるとは言っても初見で整備は出来まい。
 ちら、と足もとで揺れる頭を見下ろす。
 …後回し、だな。
 そう結論付け、ソードは整備士に指示を与えるべくコンテナか
ら飛び降りた。


「…っと…」

 落ちそうになった部品を慌てて支え、きっちりと固定して、ソ
ードは背中を乗せているボードを滑らせた。
 ちょいちょいと足をつつかれ、装甲の縁に手をかけて身体全体を地面と装甲の隙間から引っ張り出す。
 ぷは、と息を吐いた顔に先ほど整備士に渡した図面が突き付け
られた。

「ここなんだけど…」

 言われて見る。図面をなぞる指の動き、相手の言葉を記憶と照
らし合わせ、必要な要素をまとめて言葉に変換し、口から相手に
向かって送り出す。

「…そうだ。ここはシャルT…はもう無いな…シャルUで同じよ
うなのはあるか?」

 言いながら再び頭を装甲の下に潜らせて、ぎりぎり、とボルト
を締め付ける。答えは待つまでも無く返って来た。

「ああ、大丈夫だよ。シャルUもフレームは変わらないからね」
「ならそれで頼む。あと、ここはスペーサーが必要だから注意し
てくれ」

 締め付けを終え、立ちあがってちょいちょい、とスパナの先で
構造図を指してみせた。
 頷いた整備士が部品を集めるために歩いていくのを見送って、
ふと外との境界、奏甲搬入・搬出用の大扉の方を見やる。
 …力無く投げ出された足がコンテナの陰に見えた。

「……ふう」

 どーしろとゆーのか。わからない。
 わからないから…
 つかつかと歩みより、右手を軽く掲げ…一瞬の遅滞も無く、重
力に引かれるままに振り下ろす。
 ごぃんっ!!

「ごべっ!?」

 …自分のやり方でやるとしよう。

「んな…な!?」
「いつまで醜態をさらしているつもりだ、少年」

 頭を抑えて左右を見回す上から声をかける。あっけにとられた
ままでこちらを見上げた表情は、きっかり2秒後にぐにゃりと歪
んだ。

「い……いきなりなにするかなぁ!?」
「いつまで馬鹿をやっているつもりだ、と言ったまでだ」

 怒りに近い状態でこちらを見上げる瞳。今は少々不機嫌で曇っ
ているが、そんな中にも悪意が見えない。友人に恵まれそうだ、
などと脈絡の無い考えが頭を通りすぎる。

「たかが蟲に食われかけた程度でかたかたやっているのは情けな
いと思わないのか?」
「な、情けない?食われかけてか?」
「死の危険がそんなに特別だとは思わんぞ?特にここでは、な」
「…………」

 根本的に思考回路が違うのは既に理解した。
 …恐らく、彼は死を理解してはいても死に慣れてはいない。ふ
と後ろを振り向いたら仲間の脳漿がばちゃり、と顔にかかるよう
な生活をしてきたわけではないのだろう。
 だが、共通項はある。この世界に今居ること、それで十分わか
るはずだ。
 …わからないような奴が奏甲に乗ってはいまい。態度や台詞が
なんだか情けないにしても。

「面白おかしいのも結構だが…まず自分の奏甲を何とかしろ。今
戦いになればお前は員数外、逃げるだけだ」

 言いながら後ろ上方、奏甲のほうを仰ぎ見る。少年もつられて
見上げるのを気配で確認しつつ、ソードは続けた。

「俺達では蟲に対抗できん。アレが無ければ…いや、アレを使っ
てもギリギリだ」
「…ああ、それはわかってる」

 ビリオーンTCの隣には少年のハルニッシュが鎮座している。
通常機と比べて軽量化されて鋭角的なシルエットを持ち、あちこ
ちにブースターの増設された機体は、「護」の戦い方を取ること
に対する彼なりの回答なのだろう。
 …より、多くの存在を護れるように。どこにでも、助けに行けるように。
 そう、戦うと決めたのなら。

「なら…最低限、俺達はいつでも戦えるようにしておくことが必
要だと思わんか?」

 常在戦場、その言葉の通りに。

「お前は護りたいのだろう?気を緩めるなとは言わない。だが水を留めて置くなら最低限、掌は決して緩めるわけにはいかない…
水は、一瞬でこぼれる。こぼれれば戻らない」

 ハルニッシュの頭に取りつけられた一枚の羽根―恐らくシュヴァルベからとって付けたもの―から視線を外し、少年と視線を合
わせる。
 …わかるな?
 無言で問いかけた視線は、真正面から受け止められた。
 ふと、瞳の中に先ほどは見えなかった色が見える。その色の意
味するところをソードは多分、知っている。
 ……ああ、こいつの剣はまだ、鋭いままと言うことか。失い、
立ちあがり、受け入れて、それでも前に進んでいるのか。
 理解は出来ない。自分には無い心だから。
 羨望は無い。その理想の空しさを良く知っているから。
 …しかし、まあ。
 こういう奴を眺めるのも、一興だ。…多分。
 そのためには、今死んでもらっては困る。

「…わかっていても時折忘れることだからな。まあ、最低限の部
分はしっかりしておけ」
「…………わかったよ。聞いとく」

 少年は微かに目を細めた後、頭をさすりながらハルニッシュに
向かって歩き出した。
 それを見送って、ソードも愛機の整備を再開すべく歩き出す。

「…っと、そうだ」
「?」

 少年が急に立ち止まって、ソードを見る。

「俺はザナウ・カナウ。アンタは?」

 ふと、笑いが漏れた。
 …そう言えば、忘れていた。名も知らない相手と今まで話をし
ていたことを。

「ソードだ。ソード・ストライフ。よろしくな」

 ふわり、と。吹いた風に白い羽根が揺れた。

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