「vol 2.0 剣と銃」




「…ひゅぅっ!」

 息を―自分の身体ではないから本来必要ではないのだが―吐きつつ、愛機の左
足を打ち下ろす。
 どぎんっ!
 ケーファの脚部フレーム構造に対して正確に真正面から撃ち込まれたスパイクの
一撃は、堅牢なはずの脚部を意外なほどあっさり破砕した。

「さて」

 背後に視線を投げ、ザナウのハルニッシュが最後のケーファをフライパスしながら
剣を振るう―ほとんど見た目は体当たりと変わらない―のを確認し、ソードは銃口を
外さずに間合いを離した。

「…………」

 確認する。
 確認された敵機の総数、4。伏兵の気配はなし。
 無力化した敵機の数、2…いや、今3だ。ザナウが切り倒した。背後から攻撃され
る可能性はなし。
 眼前の敵の状態、右膝部破壊、左肘部から先は脱落、弾痕多数。
 敵の武装はブロードソード、右腕は残っているので攻撃される可能性がある。しか
し、現在の距離ならば敵の攻撃を回避及び反撃する事は十分可能。
 …結論。チェック・メイト。
 弾は無駄にしたくない。
 ソードは、最低限の弾消費で終わらせられる部分―つまりコクピットを狙ってマシ
ンガンの引き金を絞り込む。
 整備されたばかりの引き金は滑らかにスライドし、スプリングがたわみ――

「駄目だぁっ!!」
『ソードさん!』
「!?っ!」

 銃口とケーファの間に飛びこんできたハルニッシュを認識した瞬間、ソードは動き
を止め――られるならそいつは人間ではない。既に動作を開始してしまった機体の
腕に、強制的に新たな動作を追加する。

 どだだだっ!

 ハルニッシュの足元…と、言うには語弊があるか。浮かんでいるハルニッシュか
らややずれた地面に3つの弾痕が刻まれた。
 自分の行った動作の結果が予想通りだったことを確認し、ソードは溜息をついて
視線を上げた。

「…なんの真似だ?」

 ザナウのハルニッシュは動かない。
 マシンガンの銃口とケーファの間に立ちふさがり…厳しい視線を向けているのだ
ろう、心持ち前のめりになっていた。
 ビリオーンの顎を横に向け、どけと伝える。
 動かない。
 
「どけ」

 動かない。
 …危険、だな。
 ハルニッシュの向こうに見えるケーファの挙動が明らかにおかしい。

「どけと言っている。危険だ」
「…嫌だ」
『ソードさん、なにも殺すことは…』

 普通ならネリーの言い分を聞くことも出来る。だが今は…
 知らず、舌打ちが漏れる。
 マズイ。
 絶対奏甲というものは思考がダイレクトに機体の動きに反映するだけに、機体だ
けを見ても操縦者の感情状態がある程度推測できる。
 ハルニッシュの向こうに見えるケーファは細かな振動を繰り返し、両肩は息切れし
たかのように激しく上下を繰り返していた。人間であればパニック真っ只中、過呼吸
寸前の状態に見える。
 つまりは早急に対処しなければ危険極まりない状態だ。
 …だというのに。
 いつ決壊するのかわからないダムを背後に抱えたザナウは相変わらず動こうとし
ない。
 なにを考えているのかは知らないが、背後に庇っている敵は状況が長引くほど危
険度が上昇していく。恐らくそんな事は、ザナウは欠片も考えては居まい。
 そろそろ本当にまずい、強引にでも―

「あ、ああぁあぁっ!!」
「っな!?」
「っ!」

 ケーファに乗っている英雄が奇声を上げ、ケーファが片足で地面を蹴った。
 振り降ろされる剣。
 振り向くハルニッシュ。
 爆音と共に加速するビリオーン。
 ザナウの歌姫の悲鳴。
 ネリーの叫び。
 
 …そして、金属同士がぶつかり、歪む嫌な音。

 浮力を失い、落下しながら倒れ付すハルニッシュの向こうに見えるケーファ。

「っの…!!」

 動作のフォローも何もなく立ち尽くすそれに向かって、ソードは躊躇いなく引き金
を引いた。

 だだだんっ!!




「…………」

 昼間の騒ぎが全て滲んで消えた、静かな施療院の一室。
 部屋の中心を占めるベッドの横で、椅子の背もたれを前にしてソードは組んだ
腕に顎を乗せていた。良く整えられた清潔なベッドに眠っているのは言うまでもな
く、理想家の少年ザナウである。
 あの後のひどい騒ぎ―フィードバックダメージでザナウの歌姫…栞が昏倒したり、
コクピットハッチが歪んで開かなくなったのをビリオーンで無理矢理引き剥がした
り、更に歌術で治療を施したり―も意に介さず、すやすやと眠るザナウの寝顔は
実に穏やかだ。
 …具体的に言えば、額に「肉」と書いてやりたいほどに穏やかな寝顔だった。
 いい加減その実行を本格的に検討し始めたとき、ザナウが瞼を開いた。
 
「…………んぁ?」

 半開きの口から息とほとんど変わらないような声を漏らし、茫洋とした瞳がふら
ふらと揺れる。
 天井、右と向いてから、ザナウはソードの居る方向、左に顔を向けた。
 ふとしたきっかけでどこかに飛んでいきそうな視線はしばしソードの上で停滞し…
ぱちり、と言う瞬きと共に焦点を取り戻した。
 
「――あー…」

 ザナウがゆっくりと手を持ち上げ、ぐしゃり、と頭を掻く。しばしそのままで停止
し
――起きあがってソードの方を向いたザナウは、今度こそ完全に覚醒していた。
 …まったく。
 溜息をついて口を開く。

「意識はあるな?」
「…ああ」
「物が二重に見えるなどの異常はあるか?」
「いいや、ない」
「…状況は、わかるな?」
「――」

 頷き。
 自分のしたことを思い返してでもいるのだろうか、頷いたまま俯き加減の表情に
は精彩がない。
 ふとザナウが心配しているであろう事に思い当たって、言葉を付け加える。

「栞は無事だ。まだ寝ているがな」
「ああ」
「後で言って謝って来い、少なくともフィードバックダメージはお前の…」
「ソードさん」

 割り込んできた言葉に喜色は―ないとは言わないが、まるで同じ位の心配事が
あるかのような。

「?ああ、ハルニッシュか?修理は…」
「いいや」
「…?」

 ザナウは首を振る。
 その口から続けて発された問いは、ソードにすれば意味不明なものだった。

「…ケーファに、乗っていた奴は…大丈夫だったかな?」
「あ?」

 …大丈夫と言った割には錯乱中か。いや、あのときから既に敵を庇うなどして
いたのだ。実は脳に障害があるのか?こいつは…

「…お前は錯乱しているようだな。今はゆっくり休め」
「あ、ちょ、待った待った!」

 出て行こうとするが、慌てた声で呼びとめられる。いくら錯乱しているとはいえ、
まともに扱ってやるのは人間としての最低限の心遣いだ。
 ソードは面倒に思いながらも、とりあえず思いつくことを口にしてみた。

「なにか欲しいものでもあるのか?錯乱者」
「いや、だか―」
「言っておくが数日は安静だ、外見では治っていてもダメージは残っているからな。
ハルニッシュの修理は俺が手を回しておいてやる。心配するな」
「―違うってのをぉ!?」

 大声を出して治療されたばかりの肋骨に響いたのだろう。裏返った声で脇腹を
抑えてうずくまるザナウを見て、ソードは溜息をついて完全に振りかえった。

「……何だ、ザナウ」
「をぉぉぉ…」

 うずくまったままびし、と突き出された掌。『しばし待て』と言う意味か。
 …待つ。
 腕を組む。
 とんとん、とつま先で床を叩く。
 たっぷり3分はかかって、ようやくザナウは復活した。大きく息を吐き出し、また
顔をしかめる。

「…………」
「……あーしんどい…で、ソードさん」
「さっさと言え」

 これ以上アホなパントマイムに付き合う義理はない。
 ソードは早いところザナウとの会話を終わらせたかった。戦闘と事後処理の上
に今もなお疲労は積み重なってきているし…なにより空腹だ。

「殺しては、いないんだよな?」
「…………」

 す、と目を細めてザナウを見る。以前にそうしたように瞳の奥にある光、その揺
らぎを見透かしてみる。
 …やはり、本気か。
 ソードは視線を外し、腕組みしながら背中を壁に預けた。
 なんとも呆れた少年だ。身近な存在だけでなく、敵までその理想の対象に入って
いるとは…
 理想に向かって突っ走る性質であったにしても、その範囲を見誤っていた。

「…聞いておこう。お前の理想はなんだ?」

 問いに対する答えは、ひたすら真っ直ぐだった。

「俺の理想は…『誰も失わない』事」

 『誰も』と来たか。苦笑が漏れる。嘲笑が漏れる。哀れみが憎しみが胸の内でくす
ぶり…消えた。
 確認する。

「聞こう。お前はそれを実現できるのか?」
「いいや」

 人一人の出来ることには、限界がある。それは必然であり、覆すことなどかなわな
い。

「それを知ってなお、お前は理想を実現しようとするのか?」
「ああ」

 矛盾。届かぬ高みに手を伸ばすなら、それは――

「――聞こう。どうやって?」
「…………」

 打てば響くような問答が途切れた。
 声の残滓は霞み、変わりに沈黙が空間に染みとおる。
 わかってはいる。答えられるわけがない。方法がないことを事前に確認しておい
て、
どうやってもない。
 …だが、興味があった。
 自分とは根本的に異なるこの少年の答え。自分ではどうあがいても答えられないで
あろう問いに対する答え。
 それを、この少年は持っているはずだ。彼の理想は遥かな高みにあり…届かないこ
とを知っていてなお、彼はあがいているのだから。

「……上手く、言えない」
「ほう?」

 『わからない』ではなく『言えない』、それは――

「…お前は答えを、得ているのか?」
「だーからそれが上手く言えないんだって、ソードさん」
「む」

 知らず気が急いていたことに気付いて、ソードはばつが悪げに唸った。

「上手く言えないけど…今回は、上手く行ったんじゃないかな」
「上手くだと?どこがだ?」

 自身がどうなったのかを省みれば、上手く行った等と言えた状況ではないことは明
ら
かだ。
 だと言うのに…ザナウは達成感を滲ませ、微笑みながらそう言ってのけた。

「誰も失わなかったからだよ」
「……アホだな、お前」

 …わかった。このザナウと言う男、いわゆるアホや馬鹿だ。
 理想へ向かって突っ走り、その身を張ってでもそれを実現しようとする。
 実現さえ出来れば後は…つまりは自分の身などはどうでも良いらしい。
 大体にして。

「お前、俺が敵を殺すのに躊躇するとでも思っているのか?」
「いーや?」
「…おい」

 訳のわからない回答。矛盾がありすぎると思えるのは決してソードの錯覚ではある
ま
い。

「でもさ、今回は殺さなかっただろ?だから今回は上手く行った。俺も死ななかった
しね
…それで良いんだよ」
「…殺していたらどうするつもりだったんだ?」
「上手く行かなかったってことになるかな…まあ、そんなのは仮定の話さ。だろ?」
「…………」

 行っていることは間違っていない。間違ってはいないのだが…
 盛大になにかが『外れて』いる気がする。
 内心だけで頭を抱えて悩むソードを余所に、ザナウはにこやかに言葉を続けた。

「でさ、ソードさん」
「…まだ何かあるのか?」
「腹減った」
「――」

 …ああ、そうかい。

「―付き合っていられるか」

 先程までの強さすら感じさせる態度とのギャップに溜息が出た。
 いかにも、と言った風情で腹に手を当てるなどして見せるザナウに構わず、振り向
い
て部屋を出て行く。

「え、ちょっとソ――」

 掛けられる言葉を今度こそ完全に無視して、ソードは扉を閉じた。



「…やれやれ」

 屋根の上にあぐらをかき、夜空を眺める。砂を散らしたような星空は、現世では久
し
く見えなかった。
 上を見上げれば爆撃機が飛び、横を向けば密林の濃密な葉を突き破って機銃掃射
がぶちまけられる場所ではこんな夜空など望むべくもない。
 ふと、懐かしい思いにとらわれる。
 あの赤く染まった戦場が。
 炎に彩られ、血に染め上げられ、怨嗟に満たされた場所での、熱に浮かされたよう
な殺意…いや、殺すという行為そのものが。
 殺せ。
 百の武器を操り―
 壊せ。
 千の命を糧にして―
 燃やせ。
 万の怨嗟の声を浴び―
 消し去れ。
 ―全ての敵を殲滅し、一人荒野に立つ。

「下らん」

 内面に埋没しかけた意識を引っ張りあげ、ソードは口の中で呟いた。
 戦いの中で生まれ、戦いの中で人生の9割を過ごしてきた自身の本質が破壊にあ
ることなど、とうに知っている。いまさら蒸し返してどうなるものでもない。
 腰の後ろの大型ナイフを抜き放ち、星明りにかざして見る。
 愛用品、と言えばそうなるだろう。持っている中では最も長く使っている武器だ。
 ふと、かすかな物音と共に影が動いた。
 一瞬で意識を切り替え、無数の選択肢がソードの頭に浮かび―即座に攻撃と言う
選択肢を脳から排除した。

「ソードさん?」

 夜の空気を震わせる事にすら気を使っているような、ごくごく控えめな声。その声
は
ソードの歌姫のものに違いない。
 声のした方、下に視線を向けると、ネリーが出窓から苦労して屋根の上に登ってこ
ようとしていた。
 あまりに危なっかしいので、手を引いて隣に座らせてやる。
 屋根の上に上るという只それだけの事に、ネリーはやたらと満足げな溜息をついて
先程のソードと同じように空を見上げた。
 そのまましばらくぼうっとしていたが、ソードはふと口を開いた。

「…栞のことは良いのか?」
「はい。さっき栞さんが起きて…そろそろ―」

 瞬間。
 ごがんっ!!
『――!?』
『――、――!!!』

「―始まっちゃいましたね」

 下の方から聞こえてきた物音と叫び声に、ネリーは苦笑した。
 ソードも苦笑を返す。
 そして、再び沈黙。下からの物音もやがて静かになった。

「なあ」
「はい?」

 それを破ったのは、またソードだった。口に手を当てて言葉を選び、口を開きかけ
て
閉じ――結局言葉を選びながら、口を開く。

「俺は…怖いか?」
「怖いです」
 
 まったくの即答。それも当然ではあるが。

「でも、今は大丈夫です」
「何故?」
「怒ってないからですよ。ソードさんは怒ると怖いですけど、良い人ですから」
「…いや、そうではなくてな…」

 どうにも『怖い』の意味が違うのだが、それを説明できそうにない。
 悩んでいると、突然ネリーがソードの手を取り、胸の前で両手で包み込んだ。

「?」
「ソードさんは、この手で私を殺すなんて簡単です。例え歌術を使っても同じだと思
い
ます。でも…ソードさんはそんなことをする人じゃありませんよね?」

 向けられる視線はついさっき、下で向けられたものとほぼ同質。
 …下の理想少年と同じ事を言うつもりか、この娘は。
 いい加減ソードは嫌になってきていた。何故にこうも理不尽に信用されなければな
らないのか?

「だぁから何故そんなことが言える?理由があれば俺は何をやるにも躊躇しないぞ
?」
「その理由がないからです」
「……その根拠は」
「今まで一緒にいてわかりました」
「…………」

 額に手を当てる。今までにもネリーの態度が軟化…と言うより遠慮がなくなってき
ているとは思っていたが、今日は特におかしい。今まで檻の向こう側からこわごわ
と手を伸ばしてきていたのが、突然檻の中へ踏み込んできたかのような…
 そこに思い至って、気付く。
 ネリーの緊張。
 脈拍、体温、眼球運動、発汗、呼吸。
 どれも恐怖、もしくはそれに近いストレス状態を示していた。
 …ああ、なるほど。
 何の事はない、彼女が意を決して猛獣の檻の中へ踏み込んできただけのことだ。
 考えてみれば大した物だ。
 それまで普通に暮らしていたであろう少女が空から降ってきた血まみれの男―男
というモノを見ることすら始めてだったかもしれない―を介抱し、宿縁などと言う良
く
わからないものの為に戦場に身を投じ、あまつさえ自ら進んで死の恐怖に立ち向か
っているのだ。
 苦笑した。
 今までの自分が馬鹿らしくなる。
 …何が不可解だ。
 …何が理不尽な信用だ。
 そんなことの前に、出さねばならない答えがあったではないか。
 胸に清涼な理解が広がるのを感じつつ、ソードは口を開いた。

「ネリー」
「は、はい」
「確認する、俺には信用される道理も信頼される道理もない。それでも、俺を信じる
のか?」

 問いへの答えは、簡潔にして明瞭。
 ソードの手を離し、目の前で手を組んだネリーの視線は揺らがなかった。

「…はい。私はソードさんを信じます」
「――了解した。では俺はその信頼に答えよう。お前を護る、その一点において俺
は決して言を違えないことを誓う」

 ソードにとって誓いを立てるべき誇りなど何もない。
 だが、この誓いは自身に立てたもの。自身が存在する限り、護るべきもの。


「…改めて、よろしくお願いします。ソードさん」
「ああ、よろしく。ネリー」

 そう言って、ソードは『パートナー』に右手を差し出した。
 




少々暴走気味。いや、キャラクタが勝手に動くと言う点では良いのだろうか?とにか
く、
ソード&ネリー、コンビとしてはようやく本格始動。
…時間かかったなぁ…

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