「…………」

 彼は一人、立っていた。
 日は既に荒野の彼方、地平線に沈みかけ、その光はまばらな雲を赤と紫に塗り分
けている。
 片手をくたびれた野戦服のポケットに突っ込み、もう片手には酒のビン。
 そして、目の前には地面に突き立った棒と、先に引っかかった、煤けたメダルの
ネックレス。 

「…………」
『アルファ09、こちらマカロフ!』

 唐突に腰の通信機から沸いた声にも、彼はほとんど反応しなかった。ゆっくり取
り上げて答える。

「こちらアルファ09。なんで名前とコードが混じっているんだ?」

 彼の質問に相手は答えず、興奮した声が一方的にまくし立てた。 

『やっと本格的な引き上げのスケジュールが決定したぞ!『船』は1週間後!』
「…そうかい」

 どこまでも興味のなさそうな反応に、相手はわずかに困惑した様子を見せる。

『嬉しくないのか?帰れるんだぞ!?』
「帰る、ね」
 
 相手の声の背後から聞こえてきた歓声から基地内の騒ぎを想像し、苦笑して周囲
に視線を流す。
 かつては雄大な自然が息づいていたこの大地。
 今は荒れ果て、まばらな雑草の他には瓦礫とスクラップしかないこの大地。
 しかし、自分が『帰る』場所があるとすれば、それは――

「…俺は、ここで生まれたからな」
『あ…ああ、すまん』
「別に良いさ。じゃ、精々馬鹿騒ぎで体壊すなよ…俺はしばらくしたら戻る」
『了解。じゃ』
「ああ」

 本当にすまなそうに謝った人の良い仲間に、彼はもう一度苦笑して通信を切った。
 一瞬わきあがった不快な感情を振り払い、溜息をついて手元を見る。そこにある
のは茶色い、酒のビン。
 そのビンの蓋を開…かない。3分ほど格闘して、仕方ないので首の部分を叩き割
る。
 それを傾ける。棒の表面を滑り落ちた酒の流れがぱしゃり、と音を立てて地面に
ぶつかった。 

「……とりあえず、約束の一杯だ」

 自分も割れたビンに口をつけ、ガラス片の混じった酒を一気に飲み干した。

 ちゃりん。

 耳に届いた、かすかな音。
 上を向いていた顔を戻してビンから口を離し、下に目を向けると、そこにはメダ
ルが落ちていた。
 仲間の形見になった、金色のメダル。すすけていたそれは地面に擦れ、地の輝き
をわずかにソードの目に差し込ませる。

「…………」

 『大尉』の最後の言葉を思い返す。盛大な溜息が出た。

「…世話の焼ける」

 文句を言いながらもメダルを拾い上げてポケットに入れる。
 …ふと、彼は自分がどうしようもなく損をしているような気分に捕われた。



vol 2.2.2 接続した風景、接続した心(2)



「っきゃぁぁあ!」
「!」

 かち、とスイッチを切り替えた、と言うより緊急スイッチ(樹脂カバー付き)を
ぶっ叩いたように意識が覚醒した。
 跳ね起き、ホルスターに手を伸ばしながら無意識の思考―矛盾したような言葉だ
が―で完全に行動と思考がそれぞれ独立して動きつづける。
 何故目が覚めた?悲鳴が聞こえたから。誰の?無論ネリーだ。
 何故悲鳴が?無論、何らかの脅威が存在するから。それを彼女が認識したから。

「どうした!?」

 一呼吸でコクピットから飛び出してTCの膝を経由し、地面に飛び降りて拳銃を
構えたソードが見たのは、髪を解いた姿でぺたりと尻餅をついて震えるネリーの姿
だった。

「敵か?」

 周囲に視線と銃口を向けながら歩みより、厳しく問うソードにネリーは青い顔で
思いきり首を振る。

「ゆ、ゆゆゆ」
「?」

 こくんっ、と喉を動かして、ネリーは叫んだ。

「幽霊です!幽霊が出たんです!」
「…………あ?」

 ネリーの口から放たれた言語を理解した瞬間、ソードの思考は停止した。
 聞き違いであってくれと思いながらもそんなことは無い、彼女は確かにそう言っ
たと分裂気味に思考しつつ問いなおす。

「…………何?」
「だ、だから幽霊です!お化けなんです!」
「……」

 …幽霊。ここでか。このロケーションでか。
 ソードは銃をしまい、指で眉間を揉み解した。目を開ける。蒼穹の空はどこまで
も澄み渡り、爽やかそのものの森林の空気があたりには満ちている。
 …溜息。

「顔を洗ってくる」
「ええっ!?ちょ、ちょっとソードさん!」

 一日の始まりだと言うのに既に一日分の疲れを蓄積させたような表情で踵を返し、
昨日設置した水のタンクの方へ歩き出したソードに、ネリーはへたり込んだままで
抗議した。
 ソードは途中で足を止め、突如不自然なほどの笑顔になって一言。

「…いや、ネリーだしな」
「どう言う意味ですかそれぇっ!」

 普段なら絶対に見せないような優しげな表情で笑うソードに、ネリーはべちべち
と悔しげに地面を叩いて絶叫する。
 
「準備しろ。出るぞ」

 叫んだ後もうーうー威嚇するネリーの唸り声を聞き流しつつ、ソードは両手に溜
めた水を思いきり顔にこすりつけた。




「で、だ」
「はい」

 ずしんずしんと足音を響かせ、細い道を押し広げるように樹を掻き分けて進むビ
リオーンのコクピット内。
 両手を使うので手に乗せるわけにもいかず、ネリーはまたソードの膝の上だ。

「整理しておこう。この森に関する噂だが…昔の奏甲が出る、と言う噂と何人も英
雄や歌姫が行方不明になっている、と言う噂の二つがある」

 べきり、と音を立てて針葉樹の太い枝が折れる。

「…後半が物騒ですね」
「だな。ともかく、前半はあの電波の情報じゃあないから信用できる」
「同意…して、良いような良くないような…」

 ネリーが困った顔で呟く。
 …あの歌姫の、独特過ぎる節回しと外見、更には行動。
 一度でも信じてみたのが間違いだった、とソードは顔に出さずに思った。
 心の中で呪いを吐きつつ、論理思考と行動は現状の整理に費やす。

「で、導かれる可能性としてかなり大きいのが一つ」
「出てくる『何か』がここに来た人たちを襲ってる、ですね」
「ああ。実際あの『雄々しく美しく力強くポロ…』ええい、とにかくあの奏甲も襲
ってきたわけだしな。アレは弱かったが」

 …リーゼ・リミットだと、思うのだが。あまりにも唐突過ぎて、果てしなく胡散
臭いことしか確かなことが無い。
 ネリーも同じことを考えたのだろう、眉を寄せて首を傾げた。

「何だったんでしょうね、あれ?」
「……俺に聞くな。とりあえず戦闘になる可能性は十分だ、気を付けて…」
「?」

 言いかけたソードの動作が急停止し、当然ビリオーンも停止する。
 枝を掻き分けかけたまま立ち尽くすビリオーンとその中で目を見開いたまま硬直
しているソード。
 固まったままのコクピット内の雰囲気に、ネリーはやがて耐えきれなくなった。

「……どうしたんですか?」
「二時」
「え?まだお昼にもなってないですよ?」
「違う…右前方。見ろ」
「あぅ…うわ」

 勘違いを真正面から抉られたネリーは赤面しつつソードの指す方向に顔を向け―
思わずうめいた。

「リーゼ・リミット…ですね」
「だな。ついでに危険度上昇だ」

 視線の先にあるのは、言ってしまえばリーゼ・リミットの残骸だった。
 ネリーがうめいたのは、別に高級機が原型を保ってるのに放置されてて勿体無い
とかそう言った経済観念から来たわけではない。残骸の状態が異常だったからであ
る。
 何しろ数本の槍に串刺しにされ、宙に持ち上げられた状態で森の中に放置されて
いるのだ。
 片腕が脱落した上に、コクピット部分は貫かれて赤黒い染みが周辺の外装や槍に
も付着しており、機体を流れ落ち、ランスを伝った雨の跡がまるでリーゼそのもの
が血を流したが如く黒ずんでいる。

「――」

 口元を押さえるネリー。
 ソードは何かに気付いたように周囲に視線を走らせて舌打ちした。

「幻糸はどうなってる?」
「…今は――普通より乱れてますけど、それほどでも」
「近くにいる可能性はあるか…またどうやったらこうなるんだか」

 リーゼ・リミットばかりではない。周囲の樹の隙間から、いくつもの奏甲の残骸
が見て取れた。同じように串刺しにされているもの、上半身と下半身が生き別れに
なっているもの、どれをとっても尋常なやられ方ではない。
 リスク計算。ついでに仮想敵の戦力計算。…終了。
 結論…見合わんな。

「戻るぞ」
「…どうしてですか?」
「リスクに見合わん」

 聞き返すネリーに一言で説明し、ソードはビリオーンを反転させた。来るときと
違って『何か』を探す必要も無いのでブースターを使って大きく飛び上がる。
 上昇と共に木々が眼下に小さくなり、下降と共に視界一杯に拡大する。
 ブースターを吹かして落下速度を殺し、着地。
 着地の衝撃を逃がすために膝が曲がりきった瞬間、ソードがポツリと呟いた。

「ち、腕一本か」
「―っ!!」

 いい加減慣れてきたらしいネリーはソードの言葉を聞いた途端、身を固めて衝撃
に備える。
 次の瞬間、左のスパイクを撃ちつけて回転したビリオーンの右腕を一瞬の閃きが
通りすぎ、かん、とかきん、とかいったやたらあっさりした音と共に腕は斬り飛ば
された。

「……ンの…!」

 崩れる重心を強引に引き戻し、回転軸を右足に移してその勢いで足を持ち上げ―
とは言っても通常起動なのでわずかに持ちあがっただけだが―収納したばかりの左
スパイクを射出する。
 狙い違わずスパイクはシャルTの足首を抉り、転倒させた。
 だが。

「な…」
「…ぇあ?」

 ぎゅり、と勢いで回転しながら距離を離し、ソードは絶句した。
 視線の先にいるシャルTは足首を貫かれ、片膝をついている…それはいい。
 …問題は、それが徐々に再生していることだ。

「……ネリー、ああいうモノ知らないか?」
「分かるわけ無いですよぅ…回復歌術に、似てますけど…」

 …原理は不明か。
 肩にマウントしているマシンガンはそのままに、右脇のグレネードを伸ばす。
 ばしゅっ、と一発。再生をほとんど終え、立ちあがりかけたシャルTは避けよう
ともせず直撃を食らって転倒する。
 狙い違わずコクピットの装甲が爆砕し、空の奏座が覗き…やはり、見ているうち
に修復した。
 シャルTが立ちあがる。
 沈黙。
 木々に横移動を制限されるこの場所では突っ込んでも迎撃されることが分かって
いるからか、シャルTは向かってはこない。
 ソードは元々突っ込むタイプではないので動かない。
 戦闘起動はしていない。しても意味が無い。
 …どうする?
 動き自体は、それだけ異常に素早い攻撃動作にさえ気をつければ通常起動ですら
どうにでもなるレベルだ。だがあの訳のわからない再生能力、加えてやたらと切れ
味の鋭いあの長剣。
 グレネードは後…3発。軟弾頭で倒しきるのは無理だろう。
 距離を押し返せる今は良いが、弾切れになれば自分たちもあの残骸の仲間入りす
ることは確実だ。

「……」

 結論。現状で勝利することはほぼ不可能。
 それからの行動に迷いは無い。
 がこん、とグレネードの弾倉を入れ替え、間髪いれずに撃ちまくる。
 連続して響く破裂音。
 爆ぜたのは榴弾ではなく、煙幕弾。ちょうどシャルTを包み込むように真っ白い
煙の塊が出来あがる。

「撤退っ!」

 含まれた硫黄の効果でぼっ、ぼぼっとところどころ発火する煙を背に、ビリオー
ンは再び跳躍した。



「…はぁ」

 眼下で丸太に腰を下ろしたネリーが溜息をつく。ソードは気にせずにビリオーン
を操り、作業を続けた。

「あの、逃げた方が良かったんじゃないですか?」
「かもな」

 あっさりとソードは認め、張ったワイヤーから手を離した。片腕では苦労するが、
出来ないことは無い。
 びんびん、と張り具合を確認してソードは言葉を続けた。

「だがアレの出現、お前は感知できなかっただろう?」
「…はい。はっきりとは」

 ネリーを掌に載せ、移動を開始する。
 『こちら側』に撤退したことはやはり間違っていなかった。トラップの材料―つ
まりは奏甲の残骸―がそこらじゅうにあるのだから。

「どうやってアレが移動しているかわからない以上、振り切れる保証も無い」

 …今こうしている瞬間に現れない保証も、とは言わないでおく。
 アレの正体が不明(恐らく幻糸に固定された想念だ。もしかするとネリーが見た
と言う『幽霊』も)な以上、悪い方へ考えれば際限が無い。
 丸太を吊り、引いた状態で固定。

「でも、もしかしたら縄張りみたいなものがあって―」
「だったら俺達がここに来ていた時点で襲撃されているはずだ、近隣に同業者がい
ないのは確認済みだしな」

 ここにいくつもの残骸があり、森のほかの場所に戦闘の跡らしきものは見当たら
なかった。
 先ほど遭遇した場所はここよりずっと街道に近い。街道に近いところに縄張りが
あるのならば被害はもっと大きいはずだ。
 残骸が集中しているのは地形上、この場所が奏甲が通りやすくなっている為だろ
う。縄張りで無くとも『狩場』になっている可能性は高い。

「アレがここを通る可能性は高い、ここにさえ来ればトラップには誘導できる」
「…倒せるんですか?そもそも倒しても直っちゃうんじゃ…」
「――それは無い。最低限、粉々にすれば修復はしないだろうな」
「……どうして、わかるんですか?」
「アレの再生の仕方だ」

 右肩にマウントしていたマシンガンを、上半身だけになって地面に伏せているシ
ャルUの残骸に持たせる。
 砕いた部分が埋められていくように再生し……本体から離れた部分、破片は『弾
けて消えていった』。
 そこから導かれる推論。

「恐らく群体に近い構成だろうな。部分部分が補完しあって全体の再生を可能にし
ている」

 だから。

「全て粉々に粉砕すれば補完し合おうにも全体の情報が把握できない。再生出来な
くなる筈だ」
「…それが違ったらどうするんですか」
「その時は別の手を考える…ネリー、そこに乗ってくれ」

 言われるままに奏甲用のスピアの片端に乗ったネリーが溜息をついた。

「…ソードさんって、良くわかりません。普段はすぐ『ま、いいだろ』とか言うの
に」
「何を言ってる。諦めるのは後があるときだけだろうが」
「?」

 見上げてくるのは不思議そうな視線。言ったことが良く判らないらしい…当たり
前かもしれないが。
 ソードはふむ、と顎に手を当て、トラップ作製を中止してネリーに向き直った。
 奏甲で視線を合わせて意味があるのかどうかは不明だが…雰囲気作りにはなるだ
ろう。

「いいか?諦めるとそこでやっていたことは終わりになる。まあコレは当然だ」
「はい」

 こくり、と頷くネリー。
 うむ、と頷き返すビリオーン(の中のソード)。

「ここで諦めることの利点は、それから『その事』に振り向けるはずだったエネル
ギーを節約できることだ。何か別のことをするなり脂肪にして溜め込むなり好きに
出来る」
「…はい」
「だがな、その利点は『次がある』からだ。ここで諦めて死んだらその後何か別の
ことを出来るか?出来ないだろう?…だからといって諦めるのを全否定するわけじ
ゃないがな。諦めることそれ自体に意味を見出したとか」
「…ぇと」
「ま、小難しいことを考えずに単純でも良い…まだ死にたくないだろう、ネリー?」
「――はい。まだ死にたくないです」

 とりあえずの結論をつけた顔でこくこくと頷くネリーに満足しながら、リーゼ・
リミットの砲架から122mmを取り外し、スピアを使って仰角を調整する。

「なら、死なないために頑張るぞ」
「はい!」
「と、言うわけでお前はコレを撃て」

 元気に同意したネリーの表情が凍りついた。
 数秒たって、今度はわたわたと手を振ってうろたえる。

「え、ちょ、どっ!?」
「…砲弾を歌術で強化するくらい、できるだろう?」
「や、やったこと無いですよそんな事!!」
「知っている」

 ソードはあくまでも冷静に話を進める。この際ネリーの個人的な自信その他は気
にしない。気にしている余裕が無い。

「だったら…」
「お前ならやれる、そう判断したんだが?」
「…でも」

 溜息。
 自分を過大評価しないのは結構だが、今はそれでは駄目だ。

「――これでもお前を信頼しているんだ。この程度のことはお前なら出来る…お前
が、そう思わなくともな」
「っ!」

 ネリーの迷いを断ち切るように、ソードは言った。
 …信頼。
 戦場を渡り歩き、そして数え切れないほどの裏切りにあってきたソードにとって、
その言葉は重い。
 だがソードはネリーを信じている。だから言うことに躊躇は無かった。
 ネリーもそれがわからないほど鈍くは無い。
 息を呑んで沈黙するネリーに構わずソードは作業を進め、やがてビリオーンを降
りてネリーの頭に手を置いた。

「一応言っておくぞ。俺がお前を本当の意味で疑うことは、絶対にない」
「…………」
「だから、お前に任せる。いいな?」

 答えずに俯いているネリーに笑いかけ、頭をぐり、と撫でてからソードはビリオ
ーンに乗りこんだ。

「俺が合図したらこのスイッチを叩け。ハンマーはここだ」
「…ソードさんは?」
「仕上げに行ってくる」

 それだけ言って、ソードはネリーを置いて移動していった。
 ビリオーンの足音が聞こえなくなってもしばらく俯いていたネリーは不意に顔を
上げ…呟いた。

「……やってみます」
「…………」

 決然としたネリーの言葉を『ケーブル』を通して聞きながら、ソードは地に向け
てグレネードを発射した。



 夕暮れの森をつんざく爆音。
 ソードが木々の間を走り、爆弾を投げつける。
 爆発。
 投擲の動きの勢いのまま、かがめた頭上を通りぬける巨大な剣閃。木々が輪切り
になってどかどかと倒れる。
 斜めになった樹の影から飛び出し、ソードは再び走り出す。
 ふと頭上の空気に違和感、瞬時に横っ飛び。
 今度は真上から振り下ろされた塊が、周囲の空気もろとも地面を弾き飛ばした。
 衝撃を全身に受けながらも空中で姿勢を整え、奏甲の残骸の影に着地したソード
は呟く。

「さぁて…ネリー、そろそろ出番だぞ」



 遠くで響く爆音。続く轟音。
 膨れ上がる不安を押さえつけるように胸に手を置き、ネリーは深呼吸した。
 集中する。目の前のおざなりに幻糸炉と接続された巨大な砲身に意識を染み渡ら
せる。
 奏甲のための織り歌を歌わずに済んで良かった、と考え、ソードが生身で戦って
いることを思い出してそれを即座に否定し――二つとも意識から締め出す。
 必要なのはただ一つ。
 『アレ』を打ち破るための、打ち砕くための力。
 発生する不安。疑問。不信。
 …押しつぶす。集中する。
 力は足りている、そう信じる。自分が信じられないのなら彼を信じれば良い。彼
は「できる」と言ったのだから。 
 …幻糸を織る、その模様は見えている。
 ならそこに至る道筋を描けば良い。縦糸を横糸を織り上げれば、それは『その模
様』を描き出すのが当然。

「……行きます!」

 大きく息を吸い、ネリーは只一つ、彼女だけの旋律を紡ぎ始めた。



「…………」

 獲物の姿を見失い、ソレは周囲を見まわした。
 ソレが以前に仕留めた獲物が点々としている周囲。
 見まわしながら足を前に出す。
 くい。
 何かを引っかけた。足元を見る。そこにはワイヤー。
 ばごぉんっ!
 横方向で爆発。爆風に乗って無数の何かの破片―白や青のそれは、恐らく奏甲の
装甲―が飛んできた。
 ソレは避けずに受ける。無数の物体に衝突され、全身が抉られるが気にしない。
すぐに再生する。
 ――どごっ。
 左後方から衝撃。きりもみする視界を丸太が横切っていった。
 ずん、と地面に転がり、起きあがる。
 どんな勢いで丸太を射出したのか、左肩は捩れて動かなくなっていた。だが気に
しない。すぐに再生する。
 起きあがった場所は、リーゼ・リミットの残骸のすぐ脇。
 がががががんっ!
 地面に伏していたシャルUがマシンガンを発射。
 無数の着弾を気にせず、歩み寄ってマシンガンを剣で貫く。
 ががががっ!
 今度は先ほど通りすぎたリーゼ・リミットの残骸の中から銃撃。そろそろ削られ
た分が多くなってきた。振り返って――
 ばがんっ!
 頭上に衝撃。多少の予想外に上に視線を向けた、その瞬間。
 どがぁっ!!
 
「おおおおぉっ!!」

 シャルUを弾き飛ばし、その下に穿たれていた浅めの穴から片腕のビリオーンが
飛び出した。ブースターを噴射し、戦闘起動の奏甲すら超える勢いで突進する。
 どがんっ!
 頭からソレの腰に激突するビリオーン。
 抱きつくように左腕を回し、人間なら脊椎に当たる部分をナイフで貫く。
 だがソレは意に介した風も無く、ビリオーンを突き刺すために剣を逆手に持ち替
え…

「……!」

 どぉむっ!!
 ビリオーンはソレを抱きかかえ、持ち上げ、さらに爆発のような音を立てて飛び
あがった。
 


「……っ」

 ぎしぎしと機体が軋む。ブースターの出力はともかく、本体はいくらパワーや関
節を強化しているとはいえ、奏甲モドキを一体持ち上げてかなりの加速度で上昇す
ることは想定していない。
 まだ、足りない。目的の高度まで、もう少し。
 どかんっ!

「っ!」

 肩を殴りつけられる。衝撃で上昇角度がぶれる。ずるり、とナイフが機体の手を
外れかけ…

「…させるか。もう暫く付き合え!」

 片方のブースターの出力をとっさに弱める。当然きりもみ状態に陥るが、上昇角
度はずらさない。
 回転する視界。通りすぎていく森の中、淡く光る点が見えた。

「!」

 目標高度、到達。
 ビリオーンの手を離す。同時に振り払われ、回転しながら機体は跳ね飛ばされた
が――
 動きの鈍い機体をブースターの出力調整だけで制御しながら、ソードは叫んだ。

「ネリーーッ!!」



「…行っけーーっ!!」

 歌を完成させ、ネリーは叫びながらハンマーを振り下ろした。
 がつんっ!
 衝撃は的確に撃針に伝わり、推進剤を爆ぜさせて122mm砲弾に推進力が与え
られる。
 織り上げられた幻糸で満ちた砲身内を砲弾が滑り、そして、発射。

「……っ!!」

 大きすぎる音は、『音』とは認識できない。
 耳栓をしていなければ確実に鼓膜が破られたであろう衝撃を発しながら発射ガス
と幻糸を纏った砲弾は砲口から飛び出した。
 仰角調整は完璧。
 砲弾は空中にあって何も出来ないソレに向かって突き進み――衝突した。紡錘型
の先端がソレの装甲をあっさりと破り、内側の空洞にめり込んだ後…入念に織り上
げられた幻糸はその事象を具現した。
 ――爆裂。
 
「ひゃあっ…」

 全身がぶれるような衝撃にネリーは反射的に頭を抱え、身を丸めた。
 夕暮れの空に、紅蓮の大花。大地すらも鳴動させ、衝撃波が森の木々を嬲る。
 数秒間続いたそれは、やがて大量の煙と熱気、反響を残して消え去った。

「…………あ!ソ、ソードさん!?」

 未だ砲口から薄い煙が立ち昇っている122mmの脇でへたり込んで放心してい
たネリーは我に返った。爆発から全く姿の見えないソードに、『ケーブル』を通し
て呼びかける。

『…ネリー、良くやった』
「…良かった…」

 いつも通りの冷静な声。再び高まっていた緊張がほぐれ、ネリーは今度こそ完全
に脱力した。安心した所為か意識が薄まってくる。

『良くやったんだが』
「……はぁい?」
『…俺も巻き込まれかけた』
「あぅ」

 さくっ、と。
 達成感や安心感を切り落としてくれたその言葉が止めになって、ネリーは意識を
手放した。
 …いつもと変わらないパートナーの言葉に安心を覚えながら。



「……やれやれ」

 ネリーは気絶したらしい。
 半ば地面にめり込んだビリオーンのコクピットから這い出し、ソードは溜息をつ
いた。いささか分が悪い賭けではあったが…何とかなったようだ。
 …しかし、122mmと歌術。あれほどの威力とは…

「くっくっく…使える。使えるぞ」

 装甲板の縁に腰掛けるソードの笑いは、暫く止まらなかった…






 なんか特に終盤に問題あり…。ここをこうすればわかりやすいとかご意見頂ける
とありがたいです。
 追伸。カイゼルさん、改造話は独立したエピソードにします…

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