ある晴れた日、ある街の郊外。 そこに、片腕を失った一機の奏甲が片膝をついていた。 力強く、角張ったデザインのそれは突撃式奏甲の一つ、プルプァ・ケーファ。 幻糸精度の低さを装甲厚で補ったその機体はA級機体と同等の防御力を持ち、歌 術の運用には適さないもののコストの安さ、歌姫のサポート無しでもある程度行動 できるなどの要因からそこそこポピュラーなものとなっている。 だがそのケーファは何をするでもなく、ただただ荒地に膝をつき、頭を垂れてい た。 と―― ――がんっ!! 頑強な装甲、中でも特に堅牢に作られるはずの部分…幻糸炉やコクピットがある 胸部装甲に、一瞬にして大穴が開く。加えて『それ』が引き摺ってきた高圧の空気 がケーファに突き刺さり、めきりと致命的な音を立てて穴の周囲の装甲が歪んだ。 細く絞られた風、いや嵐はうねり、蛇のようにのたうちながら穴へ潜り込んでい く。穴は捻られたように亀裂を伴って広がり… っどぉ…ん… ケーファは機体の中心を砕かれ、部品を振りまきながら倒れ伏した。 vol 2.3 受信と送信、そして結果 がしゃこ、と大砲から薬莢が排出され、ごわん、と響いて地面にバウンドする。 『…命中』 「おー」 「へー」 「……ふぅ」 脚を大きく開き、やたらと巨大な銃、と言うよりも大砲を脇に構え、他にも色々 と部品が増設されているビリオーン・ブリッツから青年の声。 やや離れた場所には数人の人影がある。 双眼鏡を覗きながら、意味の判然としない言葉を漏らす少女と少年。 そして、軽い運動をした後のように息をつく少女。 「…で、どうですか?ソードさん」 少年たちの後方から声がかかる。作業服を着た女性はバインダーに取り付けた紙 の桝目に○印を書き込み、ソードのビリオーン・ブリッツを見上げた。 『やはり有効だな』 「そうですね…点にしか見えませんよ、この距離」 ビリオーンの頭部、人間ならちょうど右目に当たる部分に装備されたスコープが きゅい、と回転する。 少しの間そうした後、ビリオーンが大砲をおもむろに分割して地面におき、ふむ と腕を組んだ。 その行動は、全体としては人間の雰囲気を多分に含んでいる(人間の思考を反映 するのだから当然だが)が、ところどころの動作、と言うよりパーツごとの動きは 妙に機械的だ。 『しかし…届きはする、奏甲も撃ちぬけるが、それでも…』 「ちょっと動くもの相手には無理ですねぇ」 10km以上などと言う遠距離になると、着弾までに10秒はかかる。戦闘にお いてそれまでに相手が移動していないというのは殆ど考えられない。 よって。 『施設破壊か気付かれない状態での一撃、か』 「うわ、卑怯っぽいなー」 『ザナウ、面と向かって戦う方が非効率的だぞ』 思わず、と言った感じで言った青いシャツの少年―ザナウ―に言い返しながら、 ソードはビリオーンの傍らにおいてある数本の砲身のうち一つを取った。バックパ ックから腹の前に回っているアームに固定し、反対側のアームに固定されている基 部に連結して再び構える。 「あ――」 『歌わなくて良い。今度は弾道試験だからな』 「っ」 息を吸いかけ、急に止められて喉を詰めるネリーに構わずソードは淡々とテスト をこなしていく。 『で、ルスフォン。今度は水平射撃で良いんだな?』 「はい、ターゲットは344度の方に」 『了解』 ぐい、と砲口を巡らせるソードのビリオーン。 「ルスフォンさん」 「はい、何ですかザナウさん?」 ルスフォンは標的の方を双眼鏡で眺めたまま返す。 「何でわざわざソードさん使って砲身の試験なんかするんですか?リゼリミとか使 えばもっと楽に…」 言って、ザナウは横目でビリオーンの方を窺った。 同時に轟音。肉眼では殆ど確認できないが、その方向には標的があるのだろう。 数秒後に、はー、と声を上げてターゲットの粉砕を確認し、ルスフォンは双眼鏡 から目を離してザナウと視線を合わせた。 「試験に都合が良いんですよ」 「?」 首を傾げるザナウ。 一発ごとに大仰に構えて撃たなければならないビリオーンのどこが都合が良いの だろうか? 「リーゼ・リミットが、あんな風に砲身をひょいひょい付け替えられると思いま す?」 「あ」 向けた視線の先で、ビリオーンが再び砲身の交換を始める。 リーゼ・リミットが122mm砲をマウントするのは背中の砲架だ。当然だが自 分で砲身を付け替えるなどという器用なことは出来ない。 そう言う意味では、確かにソードのビリオーンは122mmの砲身のテストには 向いていた。 「ザナウさん…」 「どうした?栞」 背後からの低い声に振りかえるザナウ。 振りかえった先で、栞はびし、とソードのビリオーンを指差した。 「あれ、使いましょう!」 「…ビリオーン?」 「違います!銃です砲です飛び道具です!」 轟音。 二人は音の残響が収まるまで沈黙し、再び口を開く。 熱っぽく提案する栞に、ザナウが返した言葉はストレートかつ素っ気無かった。 「―ヤダ」 「なんでですか!?あれを使えばもっと安全に」 「いや。俺、煙嫌いだから」 「な…ああもう、ザナウさんてばいつもいつ…」 「あ」 栞の口の動きが加速し始めたとたん、ネリーが小さく声を上げて口に手を当てた。 そのとなりではルスフォンが何故かマスクを装着している。 「え?」 「ん?」 ネリーの視線をたどると――ソードのビリオーンがまた122mmを撃つところ だった。 特におかしい所は…いや、砲口部分の形が少し変わっている。太くなった先の部 分、横面に長方形に穴が―― 瞬間。 「!?」 ひときわ大きな轟音と共に、ザナウと栞の視界は地面と同じ色に占領された。 二人は突然の自体に息を詰め、ついで驚き、叫ぶために息を吸い… 「っが、げほげほげほっ!?」 「えほっ、けほけほっ!!」 胸一杯に細かな粉塵を吸い込んでむせた。 「説明しましょうッ!」 もあもあと地面から巻き上げられた砂や塵が漂う中、粉塵をかぶって微妙に茶色 っぽくなったルスフォンがマスク着用のくぐもった声で楽しそうに指を立てた。 その隣、申し訳なさそうな表情で立っているネリーは歌術でも使ったのか全く粉 塵の影響を受けていない。 「今ソードさんが使った砲身の先端部分、アレは『マズルブレーキ』と言いまして」 薄くなってきた煙の向こうからがしゃこごわん、と薬莢の落ちる音。 咳き込みつづける二人。説明しつづけるルスフォン。そしらぬ顔で狙いをつける ソード。 ネリーはどうしたら良いのかわからず立ち尽くすばかりだった。 「現世の、一部の大砲に使われていた技法です。効果は反動の減衰、同じ基部に1 ランク上の砲を搭載することもできるという素晴らしい効力があります!でも…」 くるり、とルスフォンの指が円を描いて、声のトーンが落ちる。 「発射の時、砲口の脇にあけた穴から噴き出すガスの所為で土煙が凄いんですね−」 先に言ってください。 そう叫んだザナウと栞の声は、122mmの圧倒的な咆哮と再び巻き起こった土 煙に呑み込まれた。 工房「ルスフォノクラスタ」内。 122mmの試験を終えたソードはビリオーンの足元で軽く伸びをした。 「よう、ソード」 脇からかけられた声に振り向くと、ずっと以前に出会い、別れ、そして最近また 見るようになった顔があった。 たたき上げの軍人とは異なる、言うなれば正規のスクールを卒業した士官のよう な雰囲気を纏った青年。 「ああ、カイゼルか…また調整か?大変だな」 首をゴキリ、と回してカイゼルの背後を見やる。 肩の宝玉が特徴的なシャルWが心なしかくたびれたようにハンガーに固定されて いた。 この街でザナウと偶然出会い、奏甲を改造するのに良い工房がある、と案内され た先で出会ったときは驚いた。 その夜は最初に出会った時…ボザネオで仲間が全滅した同士、協力して蟲の大群 の中を突破した時の話で盛り上がったものだった。 「そんなところだ。そっちこそ、ルスフォンに付き合わされるのも大変じゃない か?」 「改造費割引の為だ。そうでもない」 なるほどな、と言って笑うカイゼル。 そんな仕草にも、どこか高貴さが漂うのは生まれが「そんな家」だからだろう。 …もっとも、ソードとてそれを理由に接し方を変えるような人間ではないが。 「ところでお前の…」 「あ、いたいた。ソードさん!」 「ん?」 聞くようになってから間も無い女性の声に振り向く。当然、声の主はそこにいた。 ルスフォンが背負っているものを見たからなのか彼女が汗だくなのを見たからか あるいは両方もしくはそれ以上の何かを見てしまったのか、隣にいるカイゼルが硬 直したのが視界の端で確認できたが、ソードは気にせず彼女に話しかけた。 「…流石、速いな」 「もちろん、仕上がりも完璧ですよ」 うちのモットーですから、と胸を張り、まるで子供が改心の出来の粘土細工を見 せびらかすような優越感やら顕示欲やらがダダ漏れのルスフォンは意味不明のファ ンファーレを口ずさみながら背負っていたものをずしん、と降ろして掛けていた布 を取り払った。 直方体で構成され――それは布の上からでも確認できたが――白と黒のツートン カラーに塗り分けられている他は、中央部分に透かし彫りの如き意匠があるだけの 巨大な物体。縦サイズで言えばソードの鳩尾ほどにも達する。 「……なんだ?それは」 ぱっと見てその用途を見ぬけるものはそうは居まい。 呆けたままのカイゼルににや、と笑ってソードは物体をわずかに持ち上げ、中央 部分に手をかけてスイッチを操作した。 じゃっこん、と機械的な音を立てて物体は長手方向がばっくりと割れ、先端から 鈍い色をした筒が覗く。 巨大さとあいまってやたら物々しいその構造体は―― 「――銃、か?」 「その通り」 「幻糸鉄鋼を用いて、反動を押さえこみつつ個人でも持ち運べるギリギリの線の重 量を実現しました!使用弾種は7.62mmと12.7mmの選択が可能でカバーまで幻糸 鉄鋼製、それなりの厚さですから銃弾やそこらの剣くらい撥ね返せます!!ちなみ に…」 喋り捲るルスフォンとの間にさりげなくカイゼルを挟みこみつつ、ソードはつま 先で先端を跳ね上げ、脇で抱え込むように銃口を水平に向けた。 …重いが、許容範囲内か。 素早く取りまわすには相当気合が必要になるが、そもそもそんなに振りまわすこ と自体少ない…筈、だ。 「うむ、悪くない」 「おいソード、こ、このルスフォ…」 「反対側にはグレネードも内蔵していまして弾倉は横の方に回してます特に苦労し たのが口径をパーツの交換で変えられるようにすることでしてサイズを合わせたの は良いんですがパーツの収納をどうするかと考えて見たら本体が軽すぎたじゃない ですかだから銃身カバーを大きくして内側に」 もはやどこで息をついているのかわからない速度でマシンガントークを繰り出す ルスフォンと斉射を食らって動けずに立ち尽くすカイゼルを置いて、ソードは大型 マシンガンを元通り布に包んで肩に担いだ。 「じゃ、俺は宿に戻る。金はビリオーンの改造費と一緒で纏めてくれ」 「12.7mmの場合は薄いところを上手く狙えば奏甲だってなんとかなりますしでも 本当はもっと大口径にしたかったんですが流石に個人携帯となるとこの位が限界で それでも並の建造物なら紙同然――」 「き、貴様ぁー!」 叫びを背にしつつソードは工房を出ていく。 傾いた日に照らされ、茜色になった宿の看板が見えてきたところで、ソードはポ ツリと呟いた。 「…許せよ、カイゼル」 場所は変わって、宿の客室の一つ。2つあるベッドの片方に腰掛け、ネリーは思 案していた。 ソードは床に布を広げ、その上で楽しげに先ほど担いできた巨大な物体をいじっ ている。 「えーと」 ネリーはやることがない。 ソードは楽しげに巨大物体をいじっている。 「えーと」 ネリーは天井に目を向けた。…顔のような染み、発見。 ソードは楽しげに巨大物体を分解している。 「うーんと」 ネリーはふと、昨夜の雑談を思い出した。だが具体的な内容が思い出せない。霞 みの向こうに目を凝らすように集中する。 ソードは楽しげに巨大物体だった部品をもてあそんでいる。 「あっ」 『それ』を思い出し、想像し、自分に重ね合わせ、ネリーはソードに目を向けた。 ソードは楽しげに巨大物体を組み立てなおしている。 「…はぁ…むっ」 想像と現実との落差にネリーは溜息をつきかけ、それを否定するようにぷるぷる と首を振った。現状を嘆くだけの者には、決して現状を変える事は出来ないのだ。 ソードは楽しげに巨大物体の動作を確認し、満足げに頷いている。 「…えー、と。ソードさん、ちょっとこっちに来て下さい」 「ぁ?」 首を傾げながらも物体をその場に置き、なんの警戒も無く近寄ってくるソードに ちょっと嬉しくなりつつ、自分の座っているベッド、自分の隣の部分をぽむぽむと 叩いて示す。 「ここに座ってください」 「…何でだ?」 「良いから、座ってください!」 「?…あ、ああ」 いつになく押しの強いネリーに戸惑いつつも、ソードは素直に従って隣に腰を下 ろした。 「それ、で」 「ああ」 「頭、貸してください」 「あ?」 全くの言葉通りに取ったのか、妙な表情になったソードの頭をネリーはがっしと 両側から掴んだ。 具体的な行動に移ったことで恥ずかしさに決意が折れそうになり、そしてそれを 渾身の意志力で引き戻す。もはや待った無し。 「――っ!!」 「…おお?」 ぐり、と掴んだ頭を下に向かって引き落とし、強引に太ももに着地させた。 完成したのは、いわゆる『膝枕』だ。いかにソードの腰や首の曲がり方が不自然 だとしても、とりあえず膝を枕にしているのだからそう呼べる。 「…………」 「…………」 沈黙。ネリーにとっては痛いことこの上ない沈黙。 …そして。 「ま、いいだろ」 ソードが何と言うこともなさそうに姿勢を楽に―頭はそのまま、つまりネリーの 膝の上―したとたん、ネリーの顔はぼひゅっと音を立てて赤くなった。 「…ソ、ソードさんっ!?」 「んー?」 自分からこの状況を作ったくせにネリーが慌てているが、全く気にせずソードは 脱力した。 気合を入れて何を始めるのかと思いきや、かなり意外な線だった。 自分で始めた癖に自分で慌てるのがネリーらしいと思いつつ、その小動物のよう な仕種に癒される自分を再認識する。 ふ、と思考にノイズが走った。 …こんな時でも、か。 混乱こそ収まったが、未だもじもじしているネリーの向こう、天井もすり抜けた 先にあるであろう空に焦点を合わせながら口を開く。 「……なぁ、ネリー」 「はい?」 「俺は、このままで良いのか?」 「ぇ?…え、と…」 視界の中、上下逆になったネリーの眉間にしわが寄り、細い指が口元に当てられ る。ネリーが真剣に物事を考えるときの癖だ。 ソードは苦笑して、大きく息を吸い込み、細く吐き出した。 さして意味がある問いではない。 頭と心臓に一発ずつ45口径弾を撃ちこんだとき、 スコープの向こうでヘルメットの破片と頭蓋骨と脳漿が飛び散ったとき、 あちこちで煙の上がる廃墟の中、瓦礫に寄りかかって紫煙を吐き出したとき、 銃声が響き渡る中、抜けていく血を止めるために腕をきつく縛ったとき、 ……そして無数の銃口を向けられながら、にやりと笑って手の中の無線スイッチ を押し込んだとき。 何かというとそれを考え、そしてすぐにそれを考えていたことすら忘れた事柄。 それを改めて考え、何度と無くたどった道筋の末に変わりばえのしない結論に辿 り着く。 同時にネリーがふ、と表情を動かした。 「…もう、ソードさん。自分で答え、言ってたじゃないですか」 ぷーと膨れるたその顔が無性に可笑しくて、ソードはくくっ、と笑った。 「ま、気にするな。不安になっただけだ」 「あ、ひどいですよそれ」 「?」 意外な言葉に片眉を上げる。 「私がソードさんを信じてるんじゃ、足りないんですか?」 「――む」 …参った。そうきたか。 今日はやけにネリーが予想外の事をするな、と思いながら言葉を纏める。 もちろん足りないわけは無いのだが、それをどう表現すべきか。 「あー…そりゃまあ、足りないわけじゃない。むしろ十二分だ」 「…本当ですか?」 目を逸らそうが逸らすまいが関係無い距離から疑いの視線が注ぐ。 「ああ、本当だ……当たり前のことでも、ふと不安になることはあるだろう?」 「それはまあ、ありますけど」 「すぐに不安に思ったことさえ忘れるようなもんだ、勘弁してくれ」 苦笑して、とりあえず目に付いたネリーの顔…の横に手を伸ばす。 ふに。 「――何やってるんですか?」 ふにふに。 「いや、なんとなくな」 ネリーの耳たぶの絶妙な柔らかさを堪能しつつ、ソードは空虚に答えた。 自分でも理由がわからないので、なんでやっているのか聞かれると困る。 しばらくして、ネリーがクスリと笑った。 「なんか変ですよ、ソードさん」 「そうか?」 その答えにネリーはますます楽しそうな、あるいは嬉しそうな顔になった。 「……やっぱり、変です」 ちなみに、数分後に夕食の誘いに来た少年や恨みを晴らしに来た某青年達が乱入 してきてちょっとした騒ぎになったのも――まあ、平和な出来事であろう。 …無理した雰囲気作ると変ですね。台詞がビミョーだ…精進します。 |