「で」

 ソードは横から茜色の日光に照らされながら腕を組み、不機嫌に呟いた。

「面倒な事態だな」

 ケーブルで伝わってきた異常事態に、戦闘を切り上げてビリオーンを急行させた
先。
 ネリーが居たはずの場所、そこには。
 …簡潔な文面で場所が書かれたメモだけが残されていた。



vol 2.5.1 接続の断絶



「…………」

 薄暗くなった中、地面を見る。下生えの乱れを探し…あった。
 人間が通ればそこには大抵痕跡が残る。それは草が茂ったり枯葉や枝が落ちてい
る状態でも変わりはしない。
 うっすらと、だが確実に残されている痕跡を仔細に分析して、ソードはふむと考
え込んだ。
 胸ポケットから滅多に吸わない煙草を取り出して咥え、火をつける。

「自由民、か」

 奏甲運用の為の歌姫、ということを事実上認めた評議会に反発した正式な歌姫や
らなんやらの集まり、だったか。
 現世人を毛嫌いしている彼女等がネリーを連れ去り、「返して欲しくばここに来
い」と言わんばかりに場所を指定してきたのなら、目的は当然こちらの殺害だろう。
 …逆に考えれば、ある程度ネリーの安全は保障されているとも考えられる。
 ふぅ、と肺に吸い込んだ煙を吐き出してソードは歩き出した。
 ネリーの様子がぼんやりとしか感じ取れないのも、何らかの妨害措置が施されて
いると見て良いだろう。
 
「やれやれ」

 べきり、と地面に落ちていた枝を踏み折り。
 『ケーブル』を介した連絡が歌姫同士で可能なことを思い出して、一瞬渋い顔に
なる。

「だが、まあ」

 布に包んだ大型マシンガンを背負いなおし、ソードは目を閉じた。
 物事は至極単純。至極シンプル。
 …相手が自分を殺そうとしている。対抗しなければ当然死ぬ。
 そして、今は単独行動。つまり甘い連中に付き合う必要がない。
 よって、設定すべき作戦目標。

「殲滅」

 もとより守備は、単独戦闘タイプの自分には向いていない。
 …攻めれば良い。守るべきものが壊される前に敵を殺せば良い。
 手を握らずにごきりと鳴らし、ソードは静かに走り出した。



「あの、本当に来ると思いますか?」
「ん?」

 拠点の周辺を巡回している途中、彼女――ロニーはチームメイトの一人の言葉に
首を傾げた。

「何がだ?」
「いえ…あの現世人、です」

 ああ、と思い至る。
 今日確保した歌姫のパートナーだった現世人の事だ。

「どちらでも良い。来れば少しは楽に殺してやるがな…どの道現世人など、歌姫が
いなければろくに奏甲を操れんのだ」
「…そう、ですね」

 頷くチームメイトに満足しながら周囲の森に視線を流す。
 …彼女は、『奏甲を動かすための歌姫』という扱いに反発して自由民になった。
対戦の始まる以前から正式な歌姫であった彼女は、『歌姫』という称号にそれなり
のプライドがあったのだ。
 それが機械の――それも異世界の存在が操る機械の付属品扱いされるなど、彼女
にとっては言語道断だった。
 そして盗賊や暴徒と化した元『英雄』達を見てその排斥が正しいとの確信をます
ます深めていたのだが…

「…む?」

 ふと、彼女は足を止めた。
 空気に感じる違和感。…臭いだ。
 これは…煙草。

「…………」

 無言で片手を上げ、チームメイト達に警戒を促す。
 チームメイト達もすぐにそれに応え、おのおのが銃を構えて周囲を見回しはじめ
た。
 ゆっくりと前進し、臭いの発生源が前方の岩の向こう側であることを確認して再
びチームメイト達に身振りで指示を出す。
 しかし、反応がない。

「?」

 不審に思って振り向――

 ごぎょり。

 そんな鈍い音と共に、彼女の視界が180度回転した。

「っか…ぁ」

 一瞬にして彼女の制御を離れた身体がよろめき、倒れこむ。
 薄れていく意識の中で、彼女は必死に考えを纏める。何故?何が?どうなった?
 …奇襲を受けた。
 必死の思考の末、その回答に彼女は辿り着いたが…不運なことに、それを誰にも
伝えることはできなかった。



「――駄目です。4班も連絡が取れません」

 日はすっかり落ち、代わりに月がわずかな光を提供する森の中。
 受けた報告の内容に、彼女は舌打ちした。
 20分ほど前から巡回に出ているグループが次々と連絡を絶っている。
 意識を保っているのならば歌姫同士の通信は可能なはず。
 故に連絡が取れない状況は限られる、気絶しているか…それとも殺されたか。
 …迂闊に手を出しすぎただろうか。
 あの現世人がビリオーンブリッツを操っていると言うことは、ボザネオでもその
後もそれなり以上の戦果を上げた存在と言うことだ。
 生身でも戦闘能力が高いのは覚悟の上だったが…

「見通しが甘かった、か」

 歌姫の身柄を材料に――
 そこまで考えて、彼女はいやと首を振って自分の考えを否定した。
 『手を出せば歌姫を殺す』類の警告はしていなかったとはいえ、ここまで躊躇な
く殺しにかかってくる相手だ。歌姫の安全などどうでも良いと思っている可能性の
方が高い。
 それはともかく、この短時間でこれだけの人数を制圧するとは…

「一体何人で攻撃してきている…?」
「一人だ」
「!?」

 呟きに割りこんできた男の声に、慌てて顔を上げる。
 その首にすい、と硬い感触が押し当てられた。
 反射的に身体をこわばらせる彼女に、マイペースな声が告げる。

「二択。ここであっちやそっちやこっちの仲間と一緒に森の肥やしになるかネリー
の居場所を教えてこれ以上の被害を出さず撤退するか選べ」
「く……」
 
 …馬鹿め。
 悔しげな声を漏らしながら、内心で彼女は喝采を上げた。
 歌姫の連絡手段、ケーブル。思考を伝えるそれは、連絡の際に声を出す必要はも
ちろんない。
 故にケーブルを使った連絡を現世人が察知する術はない。あと数分もすれば、森
の中に展開している仲間達がやってきてこの現世人は自らの愚かさを悔いることに
なる。
 だから今は…

「…一人だと?」

 …今はなんとか、時間を稼がなければ。

「選べ。今後回答以外の発言は禁止する。ちなみに制限時間は考える時間を含めて
30秒」
「わ、私を殺せばお前の宿縁は…」
「殺される前に貴様等を殺し尽くす。禁止発言ペナルティで時間減少だ。あと22
秒」

 さらりと割りこむ台詞とカウントダウン。
 
「う、く」
「20秒」

 考える。
 この状況を打開する手段。生き残る手段。
 考える考える考える。

「10秒」

 もとより心臓が壊れそうな速さだった脈拍が更に加速する。
 どうする。どうしたらいい。

「5秒」

 ――駄目だ。考えがまとまらない。
 ああ、いっそここで誰かが現れてくれれば…

「3、2、1、終了」

 無慈悲な声。
 カウントの終了から一瞬の遅滞もなく、ぐ、と押し付けられる感触。
 …まとまらない思考の中、彼女はその感触――喉に食い込む金属の感触だけは、
はっきりと感じていた。

 

「さて」

 大型マシンガンを担ぎ、ポケットに片手を突っ込むと言う無防備な格好でソード
はくわえた煙草から煙を吸い込んだ。
 …到着まで、あと1分未満といったところか。
 どこまでも暗く、どこまでも透き通った夜空。
 がさり、と正面に人影が現れた。
 目を細めて見る。
 …銃を構えた、女。
 厳しく引き締められた表情からは憎しみすら見て取れる。
 がさり、がさりと人影は現れる。
 前方と左右、合わせて7人の人影を確認し、ソードはぷぅ、と口の端から紫煙を
吐き出した。
 普通に考えれば既に自分の負けだろう。囲まれた状態、初撃をかわしたとしても
その後一発でも食らえば動きは止まり、あとは蜂の巣になるだけだ。

「大した奴だな。一人でここまで同胞を殺してくれるとは」

 優位にあることを確認したいのだろう女の言うことは無視して、ソードは口を開
いた。

「…ネリーは、どこにいる?」
「答える必要はない」

 にべもない返事と同時に向けられる銃口。
 ソードの意識が圧迫され、反射的に腕に力がこもった。
 …やれやれ。
 それでもソードは苦笑する。
 さめざめとした月光に照らされ、銃口を向けられて。
 
 銃口が反射する光を見ながら、ソードは自己の内面に埋没していく。

 ――殺される。奴等は自分を殺そうとしている。
 なら、どうする?
 …簡単だ。先に奴等を殺してやれば良い。

 隠から暴へ。
 影の戦から焔の戦へ。
 ソードは自分を『切り替えた』。

 …カチリ

 頭の中で音が響き、そして全身の機能が切り替わっていく。
 …久しぶりだな。
 自分の身体の感触を確かめつつ、ソードは内心でつぶやいた。
 一秒、いや一瞬ごとにクリアになっていく感覚。
 五感だけでなく、第六感までも。
 空気の流れ、皮膚に当たる月明かり、空気に混じるわずかな人間や金属や油や火
薬の臭い。
 それらすべてが自分を包み、そしてすべてがひどく心地よい。

 …身体は熱く、頭は冷たく。

「…やはり」

 ポケットから手を引き出す。
 動きに反応した自由民達が殺気立つのにも構わず…じっと自分の手を見つめなが
ら、いつしかソードは笑みを浮かべていた。
 きし、と剥き出した犬歯が擦れる。
 ……そうだ、これが。この殺意に塗りつぶされた場所こそが。

「――俺の、居場所だ」

 言うと同時に全ての感覚を広げ、周囲の空間を把握する。
 広げた感覚で存在を…呼吸を動作音を脈拍を読む。
 認識をさらに広げる。20m先に…ネリーか。それと40m先に奏甲一体。
 …一応の備えはしていると言うわけになるだろうが…甘い。
 そもそも段取りを間違えた時点で彼女等に勝機はなくなった。
 背に担いでいたマシンガンを踵で蹴り上げる。
 同時に脚をたわめ、体勢を低く。

「っ!撃て!」

 発砲音は5つ。
 
 がぎゃががががんっ!!

 銃弾は頭上に掲げたマシンガンに当たり、巻いていた布だけを引き裂いて跳ね返
った。
 空中で持ち替え、グリップを握り、手首を返してベルトを引っ張り、布の残りを
引き剥がしながら先端を向け――
 がしゃり、と銃口が露わになった。

「…まず、3人」

 ヴルォンッ!!

 12.7mmの金属で構成された暴風を真正面から受け、3人分の赤い液体が森に飛
び散った。
 マシンガンの後部を叩きつけるようにしてマシンガンを縦回転させ、左に射撃。
 隠れた木の幹ごと右半身を削り取られ、肩の大動脈から血を噴き出しながら更に
一人が倒れる。
 同時に右のホルスターからハンドガンを抜き、右方向に片手で3発。

「ぎゃああぁ!!」

 目を押さえて倒れこんだ頭に止めの弾丸を撃ちこみ、ソードはハンドガンをホル
スターに戻してマシンガンを右脇に抱えなおした。
 たわめた膝を伸ばし、地を蹴る。
 飛び退いた地面を衝撃波が抉った。
 …鬱陶しい。
 側面からの銃撃をまたマシンガンをかざして防御し、弾幕が途切れるのを待って
一斉射。銃口を向けた先で木の幹に赤と黄の花が咲いたのを横目にしながらマシン
ガンを脇に…戻さず再び撃つ。先ほどの花に重ねてばしゃり、と広がる赤色。
 
「…………」

 ぎこちない動きで隠れながら反撃してくる自由民達を障害物ごと残らず消し飛ば
しながら、ソードは前進する。
 赤く染まった森の向こうにネリーと一人の女性が見えてきたところで――

 ずしん。

 森を揺らし、掻き分けながら現れた灰色の奏甲――キューレヘルトを、ソードは
つまらなそうに眺めた。
 …いまさらだな。
 キューレがおもむろにロングソードを振りかぶるのを見ながら、ソードはマシン
ガンをひょいと構えた。



「皆の…仇ッ!!」

 ラナは渾身の気合を込めてキューレの腕を振り下ろさせた。
 ここに来るまでに沢山の仲間を殺し、今目の前でも好きに暴れてくれた男。
 奏甲と比べればあまりにも小さな男は頭上に迫るロングソードを避けようともし
ない。
 ――当たる。
 そう彼女が確信した瞬間。

 ヴォォオォン!!

 耳障りな音と共に男の持つマシンガンが火を吹いた。
 銃弾は親指の付け根、関節部を激しく叩き、そして…
 キューレの指が、砕けた。

『うあっ!』
「クリス!?」

 サポート役の歌姫の苦痛の声がケーブルを介して聞こえてくる。
 それに気を取られた瞬間、男の姿は彼女の視界から消えていた。
 慌てて機体の首を巡らせ、男の姿を捜す。

「下!?」

 ずどんっ!

『――!!』

 男の姿を認めたと同時、機体の股関節部が爆裂した。
 重力に引かれて傾ぐ奏座で必死にバランスを取り戻そうとする彼女の頭に響くの
は、もはや意味をなさないケーブルを通した叫び。
 …キューレヘルトは、歌姫と歌姫のペアで稼動できる唯一の機体である。
 そのシステム上、歌姫への負担は並ならぬものがあり…最悪、廃人の場合もある。
 その最悪のケースに相方が陥ろうとしているのだ。
 ずずん、とキューレが横倒しに倒れる。
 ショックのさなか、彼女は相方を心配し、次いで怒りと共に男を必ず殺すことを
誓い――

 ばくん。
 「え?」

 空気の抜ける音に顔を上げた。
 思った通り、顔を上げた先では奏座のハッチが開き始めていた。開いた隙間から
夜の森の風景が覗く。
 …何故?強制解放スイッチが誤作動したのか?
 そんな疑問を持ちながら彼女はとにかく外に出ようと身を捩り。

 ごつり。
「?――」

 頭に何か硬い物が押し付けられる感触を最後に、その全てを手放すことになった。



 ばしゃり、と奏座の中で弾ける音がしたのを確認して、ソードはキューレの向こ
う、ネリーとネリーを拘束している自由民に目を向けた。
 隙間から引き抜いたマシンガンの先が、どす黒く染まっている。

「…で」
「ぅ、あ」

 認識。敵個体、残1。
 認識。奪還目標の状態…問題なし。速やかに目標を達成すべし。

「ま、待て!降ふ」

 ヴォォオォン!

 言いかけた言葉すら消し飛ばし、弾丸の雪崩は自由民だけを綺麗さっぱり消去し
た。
 …殲滅完了。
 その認識と共に、感覚が再びかちりと切り替わる。
 一気に減少した感覚の情報量に心細さを感じながら、ソードは目を見開いたまま
硬直しているネリーに近寄った。
 外傷はないものの、自由民の血で左半身を染め、腕を首にぶら下げている姿は相
当ひどい有様だ。

「ネリー?」

 反応のないことに首を傾げながら手首のロープを解き、首にぶら下がっている腕
を取って、赤く染まった顔を手で拭――

「っ!!」

 瞬間、ネリーは弾かれたように飛び退った。躓いて尻餅を付いた身体はがくがく
と震えている。

「っと…大丈夫か?」
「ち、近づかないで下さい!!」
「!?」

 差し伸べた手を振り払われ、ソードは驚いて硬直した。

「ネリー?」

 返事は返ってこない。ネリーはこちらに…ソードに恐怖のまなざしを向け、動かない。

 …ああ、そうだ。そうだった。

 不意にソードは悟った。
 何度もあった。そう、思い出して見れば何度もあったのだ。
 見覚えのありすぎる反応。
 戦闘の後の味方。
 敵軍の捕虜。
 民間人。
 要は敵だろうが味方だろうが関係ない人間だろうが、同じなのだ。
 

 …やはり、ここも同じなのだな。

 そんなことを思い出しながら、ソードは自分の手を見て溜息をついた。
 




 …勢い…
 路線変更っぷりとか文章とかマシンガンとかいろいろ変ですねぇ。

戻る