既に雪はやみ、夕暮れの中でさまざまな色のネオンサインが明滅している。 そんな街の中、どちらかといえばピンクや紫の地区。 いくつもの足が雪を踏み固め、蹴散らし、まだら模様になった道路を、奇妙な二 人連れが歩いていた。 一人は男。歩みには奇妙に揺らぎが少なく……なによりも背中に背負う、布に包 まれた巨大な十字架が少ない人目を引いた。 黒いコートの下はシンプルな黒いシャツと磨り減ったジーンズと言う出で立ちで、 全体が黒っぽいだけに、遠目には背中の白い十字架だけが暗闇の中に浮いているよ うにも見える。 もう一人は少女。傍らを進む男の三分の二ほどしかない小さな身体が跳ねるたび に、背中で金色の長い三つ編みが揺れる。 黒のタートルネックに灰色の膝丈プリーツスカート、膝上までの黒いソックスの 上にブラウンのコートと、こちらは服装に問題はない。手に下げているフルートの ケースも、大人しそうな少女の外見には似合っていた。 ――肩に、丁度野球のバットケース程度の緑色の筒を何本も下げていなければ。 十字架に結び付けられている革ベルトをぎしぎし言わせたり緑色の筒をがちゃが ちゃと打ち鳴らしながら二人は歩き、やがて1軒の建物の前で足を止める。 建物の外まで響いてくる重低音、いやにのっぺりとした窓のない外装、毒々しい とかけばけばしいとか言う表現が良く似合う原色のネオンサインはこう読める。 『CLUB SOL』 そのとき、入り口に立っていた趣味の悪い格好をした男が二人に近づいてきた。 派手な青色のスーツ、じゃらじゃらとした金のアクセサリー、止めにヤクと煙草の 混じった臭い。 少女は嫌そうに顔をしかめて半歩下がり、少女を守るように十字架の男が前に出 る。 「おい、なんだあんタガッ!!」 裏拳一発で数m宙を舞い、融けかけた雪に顔を擦りつけ、道端のゴミ缶に突っ込 んだ男を見やり、十字架を担いだ男――ソードは傍らの少女に告げた。 「耳栓はしているな?」 金髪の少女――ネリーはこっくりと頷いて髪をかき揚げ、耳の穴に詰められたウ レタンを示して見せる。 「大丈夫です」 よしと頷き、ソードは腰の後ろに両手を回す。引き戻した手に握られていたのは、 アサルトライフルを無理矢理切ったかのような巨大な拳銃。 「行くぞ」 がちり。 視線の先、扉から漏れ聞こえてくる重低音を、セフティの解除される金属音が押 しのけた。 "RuLiRuLa" EXTRA NUMBER -Slaughter's Tale- chapter2-1 "bullet dance/1st" 「……あれ」 灰色の地下室内。ソードがパニッシャーを分解整備している間、手持ち無沙汰に 武器棚を見て回っていたネリーはポツリと声を漏らした。 「どうした?」 「これ……」 言いながらネリーは踵を上げ、両手を伸ばしてそれを掴み取る。 少々の埃をおまけにしてネリーが抱え込んだものは、曲線を主体にした独特な形 状の銃だった。 一般的な形状のグリップが存在せず、ストックの肩に当たる部分と銃口が一直線 になっている短機関銃、『P90』。 棚の向こう、工具が揃えられている机から歩いてきたソードがネリーの手元を覗 き込んで片眉を上げた。 「…妙な形だがそれも銃だぞ?」 「いえ、違います……懐かしいなぁ、と思って」 「…………何?」 頷きかけたソードの表情が硬化した。ひびの入った天井を見て、ネリーの手元の 短機関銃を見て、最後にネリーの顔を見る。 不可解、と語る視線をネリーはニコニコと受けとめていた。 「懐かしい?」 「はい。よく使ってましたから」 「…………」 「トキタがいろいろ教えてくれたんです。『お嬢様にも護身術は必要でしょう』っ て」 パパには内緒でしたけど、とおどけたように舌を出す、P90を抱きかかえた可憐 な少女。 数年前、頭を撫でてやるだけで恥ずかしげに俯き、赤面していた少女。 そして、決然と自分を見上げて『依頼』をした少女。 どのネリーも相互に否定しうるものではない。ないのだが…… 放たれた否定的な視線の矢は、やわらかな笑顔に近づいたとたん水中に突っ込ん だかのように失速して落ちた。 自分の手を見る。 人間用と呼べるのかすら怪しい武器、『パニッシャー・クロス』の巨大な重量と 反動を支え、ハンドガンの領域を突破した愛銃『マンイーター』の反動も全て受け とめる掌――特に親指の付け根から人差し指にかけての部分は硬く、ごつごつとし ている。 ネリーのP90を抱えている手を見る。 たおやか、と言う言葉が良く似合う手は柔らかく繊細で、それこそ銃などよりフ ルートかバイオリンと言った高級っぽい楽器でも…… 「あ、緩衝材入りのグローブ使ってましたから見えづらいですけど……ありますよ」 ほらここにタコが、とひっくり返して見せられた小さな掌。 そこにわずかに硬化したふくらみを見て取って、ソードは今度こそがっくりとう なだれた。 ぐるぐると回転する思考の中で網を広げ、引っかかった中から最低限必要な要素 を選び出し、それを言語に翻訳して口を開く。 「ネリー…」 「私も戦います」 言いかけた言葉を先に否定され、ソードは口篭もった。 いつのまにか表情を真剣なものに変え、ネリーは銃を片手にぶら下げてソードを 睨む。 目に宿るのは、紛れもない叱責の光。 「私の手を汚させたくないとか……平穏に生きて欲しいとか、そう言うことを思っ たんだったら止めてください」 目を見開いたソードにネリーは更に詰め寄った。 「確かに私は子供だし、人を殺したことはありません。襲ってきたモノを思い出し て怖くもなります。けど」 すぅ、と息を吸って、ネリーは言葉を次いだ。 「私は『私の意思』で決めたんです。組織を止めると。ソードさんに頼んだのはそ のための手段です。銃で人を撃ち殺して、その銃だけに責任がありますか?撃とう と思って、引き金を引いた人間だって人殺しでしょう?」 「いや、しかし」 「だから……!ソードさんばかり危ない目にあわせて自分は後ろにいるのも嫌なん です!!」 言っている内に気が昂ぶってきたのか、ネリーの瞳や声が水っぽくなってくる。 ソードは小さく眉間にしわを寄せ、ネリーの言葉を黙って聞いていた。 「私の我侭なのはわかってます。だけどソードさんだって、パパだって我侭です。 私は飾られてるお人形じゃないんです。大事な人が危ない目にあっているのに、 それに知らん振りなんてしていられないんです……!!」 ふーふーと荒く息をつき、滲んだ涙を拭ったネリーに、ソードは目を閉じて沈 黙した。しばしの後にゆっくりと口を開く。 「――俺が守りきれる保証はないぞ。依頼の内容を最優先するしな」 「わかってます」 足手まといになれば、見捨てる可能性もある。 その言外の意味もしっかりと理解して、ネリーは頷いた。 ふとソードが苦笑する。 「お前、マッチョ女の資格十分だな」 「な……なんですかそれ!?」 顔を赤くして怒るネリーに笑い、更に怒る様子にもっと大笑いしながら、ソード はP90の弾丸を用意し始めた。 |